第2幕-4
趣味で書いているので温かい目で見てね。
ガルツ帝国海軍第2艦隊が行動を起こし、臨検隊と水雷戦隊が迫る中、ハルと聖剣は船の中で状況への対応に迫られていた。
「ねぇ、聖剣。さっきの態度からわかってんだよ?あの空を飛んでたヤツは一体何なの?哨戒機って何なのさ?なんで船内にいなきゃいけないの?私達は一応“対話“の為に…
"あぁ、五月蝿いな!そうだよ、そうなんだよ!だけどな、今のお前が知ったところでどうこうなる問題じゃないだ、ハル"
そんなの言ってみなくちゃわからないじゃん!
"とにかく少しだけ考えさせてくれ!俺もお前も、“魔族“ってモノを侮りすぎてた…まさかここまで戻ってるとは…"
“戻ってる“?戻ってるってどういうこと?ねぇ、聖剣ってば!」
ハル達の乗る木造船の上を巨大な哨戒機が通り過ぎてから、聖剣は彼女が困惑するほどに動揺をし始めたのだった。その動揺具合にハルは聖剣を心配すのだが、そんな彼女の思惑を無視して彼はハルをひたすらに船内へ戻るように促し現在に至るのだった。
ハルは船室のベッドに腰掛けつつ窓の遥か彼方を飛ぶ哨戒機を眺めながら聖剣に尋ねた。その表情は出来る限り不安を打ち消そうという努力の見えるものだったが、ハルの言葉は動揺する聖剣によって不安が明らかに見えていた。だが、不安を隠しきれないハルの心情に気付けないほど聖剣は突如遭遇した事態に混乱と焦りを覚えていたのだった。
ハルの言葉にぞんざいな聖剣の返事が来ると、彼女はその反応に対して怒りを覚え声を少しだけ荒げながら文句を述べた。その口調は聖剣の感に触る嫌味な言い方であったが、その言葉で若干冷静さを取り戻した彼は、ハルに対して若干口調を和らげつつ独り言を呟きつつ考え事をし始めるのだった。
その聖剣の含みを持った発言に疑問を言うハルだったが、聖剣は彼女の口を借りて話すことも意識に直接語りかけることもなかった。
「もぅ…本当に何がどうなってるの?明らかに飛竜や火竜の類でもないし、あれ…」
完全に聖剣が沈黙し窓の外の哨戒機も見えなくなると、ハルは船室の天井を見上げて力無く呟くのだった。たとえ"剣聖"と呼ばれたハルも、船の甲板や床以外に足場がない海の上で、ドラゴンや魔獣とも異なった空飛ぶ何かを前にして無策で対応するというのはかなり分が悪かった。
そのため、ハルはとりあえず聖剣が何かしらの結論を出すまでは待機していようと天井の木目を眺め始めた。
「あの天井…昔いた"何とか男爵の長男"に似てる…名前は…んっ?」
天井の木目に幼い頃に会った誰かを彷彿とさせられたハルは昔の思い出を呼び起こそうとした。だが、それも彼女の耳に微かに聞こえる猛烈な突風を連続で打ち付けるような音が聞こえ、ハルの思考を止めた。
ハルはその耳に残る音がどこから聞こえるのか探ろうと立ち上がり、部屋の中を見回した。だが、一瞬だけ眉をしかめると彼女は直ぐ窓の外に視線を向けるのだった。
「なっ…何あれ?また新しいの?
"んっ?どうした、ハル?って、おい!どこに行こうとしてる!船内にいろって…"
また何かこっちに来てる!さっきのとは形も違うし、真っ直ぐこっちに来てる!
"だからって…あぁん、もう!"」
窓の外に広がる蒼空と青い海を目を細めて凝視するハルの視界に、小さな黒点が1つ見えた。その黒点を更に凝視するハルは、その黒点が影であり少し前に見た哨戒機と翼にあるプロペラの位置が異なる点や大きく形状が異なることに気付いた。
その影がゆっくりとしてではあるが確実に自分達へと近付いていることに気付いたハルは、驚きと聖剣さえも困惑する何かへの恐怖、そしてそれと同等の興味から目を見開いた。
ハルは船室から飛び出して船の甲板に出ようと廊下を走り出した。すると、彼女の精神の乱れや走り始めたことによる心拍数増加等の変化に気付いた聖剣が驚きながらハルへと声をかけた。だが、彼の驚きと焦りの忠告はハルの強気な言葉にかき消され、聖剣も諦めたように吐き捨て彼女の右腕を動かし柄を握らせるのだった。
「たっ、戦う必要は…
"“念には念を入れて“だ!"」
船の廊下を駆けるハルは、突然剣を握らせる聖剣に反発の声を上げた。だが、それを聖剣が一蹴すると、2人は甲板へと飛び出した。
マストに白い帆がたなびく甲板上へと出たハルは、自分の目を疑った。そこに何時の間にか船の上を旋回する巨大なティルトローター機がいた。その存在自体を理解できない彼女は、龍や魔獣の類でもないその鉄と機械の塊に呆気に取られるのだった。
「龍とか"大鷲の魔獣"ってあんな感じなんだっけ?
"あれが魔獣や生き物に見えるなら、俺はお前がおかしくなったって思うよ"
あんなの見ておかしくなったって思わないのも変な話でしょ…うわっぷ!」
ティルトローター機の形を間近で見たハルは、その生き物離れた姿に思わず口を開け間の抜けた口調で呟いた。その呟きに呆れた言葉に聖剣が苦笑いしながら指摘すると、ハルはそれでも口調を変えずに言い返そうとした。
だが、ハルの言葉は船の直上でホバリングしようとするティルトローター機の吹き下ろす突風に遮られ、彼女も吹き荒れる風を前に顔を背けた。
船の上空7mほどではではティルトローター機の後部ハッチが鈍い音を上げて開き、懸垂下降の為のワイヤーが垂れ下がった。
「Abseilen, los!《懸垂下降、始め!》」
「Los,Los,Los!《行け!行け!行け!》」
ティルトローター機の中でエンジンの爆音にも負けじとコンスタンツェが大声で臨検隊員達に降下を指示すると、2人づつ隊員が勢いよく降下を始めた。すると、短い間隔で更に隊員が2人づつ降下を始め、彼らは素早く船の甲板へと降りていった。恐れもなくまるで飛び降りるかのような素早さで降下してゆく部下達を更に隊長が急かし、最後の1人になるとコックピットや降下の誘導員に敬礼しつつ彼も降りてゆくのだった。
そんな臨検隊隊長に続く帝国騎士の2人も、コックピットや誘導員に敬礼すると、ロープを直接掴み着地点を修整すると文字通り飛び降りるのだった。
「なっ、何なのこの…人達?あの鉄の棒は何の?
"ハル、こいつ等は確かに魔族だ。だが、こいつ等は歴史で習った魔族とは比較にならないくらいヤバイぞ。強さはブリタニアの精鋭魔導騎士隊並と思った方がいい!"
そんな、まだ敵になった訳じゃ…!」
甲板へと次々に降りてくる臨検隊の兵士達は素早くワイヤーからカラビナを外しその場所を確保しようと陣形を取った。銃器という概念を知らないハルも、目的は解らないながらもその良く訓練された素早く動きに感心しつつ、目の前のフル装備の兵士達に驚いた。何より、フルフェイスのガスマスクに体のあちこちに装甲板を付けた戦闘服越しには彼ら魔族も体型から人に見え、ジークフリート大陸における魔族を少し知っている彼女は軽く混乱た。
そんなハルの困惑と打って変わって、聖剣はハルに冷や汗を流させる程に驚くと彼女の腰を落とさせて戦闘態勢を取らせた。その体の動きに驚いたハル感情を読み取った聖剣は、彼女の疑問に答えつつ最大限に警戒するように促した。
だが、聖剣の強い警戒はハルを更に混乱させると、彼女に大声の主張をさせた。その声が更に臨検隊やヘルムートを警戒させ、ハルへ一斉に銃口が向くのだった。
「Einfrieren! Wenn Sie sich schlecht bewegen, wird es feuern!《動くな!下手に動けば発砲する!》」
「えっ、なんて?なんて言ってるの?私、ネーデルリア語と軽いブリタニア語しか…
"止せ、ハル!迂闊に動くな!"」
「D…Du sagst mir, ich soll mich nicht bewegen! Gib dich leise hin!《う…動くなと言っているだろう!大人しく投降しろ!》」
「Hey, Constanze…Hey!《おいおい、コンスタンツェ…おい!》」
お互いの動きが無駄にお互いを警戒させ緊張が高まる中、コンスタンツェは初めて目にするヒト族を前に恐怖感を覚えた。デバイス付きのガスマスクの下で冷や汗をとめどなく流す彼女は、ハルの聖剣を握り直す仕草にさえ過剰反応し思わず大声で警告を放った。
そのコンスタンツェの警告を聞いたハルは、聞いたことさえないガルツ語に戸惑い、聖剣に下げさせられた腰を上げて姿勢を正すと戸惑いを抑えながら出来るだけ優しい口調で問いかけた。
それでも初陣と相対するヒト族、そのヒト族が"突然口調を変え自分に話しかける"という状態を前に興奮しきったコンスタンツェにはまるで聞こえていなかった。そのコンスタンツェを諌めつつ不審なヒト族と対話しようと前に踏み出したヘルムートは、既に戦闘態勢に入っていたコンスタンツェに焦った。
そのコンスタンツェの動きに警戒しした聖剣と、彼女から放たれる殺気を感じ取ったハルが反射的に再び身構えた。戦場の感覚で思わず取った行動に驚きと焦る表情を浮かべたハルだったが、既に体は動ききっており、いつでも抜剣出来る体勢になっていたのだった。
「Widerstehe nicht ... dir!《抵抗するなといったのに…お前!》」
「ちょっと待って!
"来るぞ!"」
その動きに緊張の線が切れたコンスタンツェは、一言呟くと歯を食いしばりハルへと向けて突風の如く突撃した。その動きが自分の体勢によるものだと理解したハルは聖剣を放してコンスタンツェを落ち着かせようとした。だが、聖剣がそれを許さず、2人は迫るコンスタンツェに応戦しようとするのだった。
しかし、コンスタンツェが握っているのが剣の柄だけしかない物とわかると、一瞬油断した。
「なっ…速っ!
"うおっと!"」
「schleppend!《遅いわ!》」
ハルの一瞬の油断でコンスタンツェは動きを加速させ、ハル達が抜剣して打ち合うのが追いつかないと悟らせるほどの速度で彼女の元へ突っ込んだ。そして、コンスタンツェの握る光熱剣が逆十字架のような光線の刃を展開すると、唸り声と共に剣を横薙に払った。そのコンスタンツェの横薙を聖剣の力で予測したハルは、目にも止まらぬ速さの跳躍で回避すると空中で1回転しながら強化された筋力で無理矢理姿勢を変えるとコンスタンツェの背後に抜剣して着地した。
その着地に合わせて大振りに聖剣を振り下ろしたハルだったが、コンスタンツェはまるでその動きを読んだかのように既に振り返っていた。更にまるで聖剣を斬ろうとするかの様な動きを再び予測したハルは、猛烈な不審感を覚えた。そして、その不審感が光熱剣の放つ熱量から"聖剣切断を狙う"という確信に変わると、彼女はそのまま腰から上体を背けてコンスタンツェの斬撃を大きく躱した。
「Hah, was!《はっ、なにぃ!》」
「チェストォオオぉおぉおおお!
"チェストォオオぉおぉおおお!"」
ハルの人間離れした回避を予測しきれなかったコンスタンツェはその動きに驚き反応が遅れた。その瞬間を逃さなかったハルと聖剣は、身を反らした反動を使い猛烈な勢いでコンスタンツェの胸めがけて聖剣を突き立てようとした。
「はいはい、2人ともそこまで」
「なっ…!
"ハル、避けろ!"」
覚えたての何処かの国の掛け声さえ上げて必殺の一撃をかけようとしたハルと聖剣だったが、背後からの寒気にコンスタンツェへの刺突を止め、その動作の流れを上手く使い振り返った。
そこには黄色い箱型弾倉を付けたサブマシンガンを構える臨検隊とコンスタンツェ同様に光熱剣を抜剣したヘルムートがいた。ヘルムートは根本からX状に伸びる紅い刃を指揮棒の如く天に向けて上げると、諌める言葉と共に振り下ろした。
その振りおろそうとした瞬間、ハルは臨検隊の持つ火器の銃口から無数の何かが高速で射出されるのを未来視した。それにハルが驚くと、聖剣が彼女に叱咤の言葉を掛けた。
だが、ヘルムートが刃を振り下ろし臨検隊が発砲を開始し、既に回避が間に合わない事を悟ったハルと聖剣は迫りくる弾丸を全て叩き落とそうとした。
「うぉおおぉおぉおお!
"イケる、イケるぞハル!"」
「du machst Witze! Gehen Sie nicht so gut mit so vielen Kugeln um《嘘だろ!あんな数の銃弾よく捌けるな》」
青白い曳航を引きながら飛んでくる無数の弾丸を最低限の動きで弾くハルと聖剣は、数発胴体や太腿、肩に喰らいながらも耐えて致命打を防ぎ続けた。着弾する度に猛烈な痛みと筋肉の痺れに筋肉の痙攣を感じるハルだったが、聖剣によって痛みと筋痙攣が緩和された。
崩れそうになる姿勢を持ち直し、更に大声を上げて痛みを和らげながら銃弾を捌くハルに、ヘルムートは思わず驚きの言葉を漏らし、臨検隊も困惑の中で弾倉交換の時を迎えた。
「"今だ、ハル!とにかく船内に…"
そろそろ限界…全身が痛い…」
「Nein!《させない!》」
銃撃が止むと、聖剣はハルの受けているダメージに焦りつつ指示を飛ばした。その言葉にハルも苦しみの滲み出る言葉で返すと、踵を返して逃走を図ろうとした。
だが、銃撃の間伏せていたコンスタンツェが即座に立ち上がりハルの進路へ刃を振り下ろした。その刃を鼻先3寸で避けたハルはコンスタンツェの胴を払うように聖剣を振った。その聖剣を剣を逆立てて防ごうとしたコンスタンツェだったが、聖剣はその刀身に青白い光を帯びていた。その光がプラズマの類と理解したコンスタンツェは少しでも肉体に触れないように光熱剣を握る手に力を込めた。
だが、ハルの力が自分より勝ることを予測したコンスタンツェは、光熱剣とプラズマを帯びた聖剣が打ち合う瞬間に後ろへと跳躍した。
「おんどりゃぁぁああぁあい!」
その強大なエネルギーを帯びた剣の打ち合いの瞬間、ハルとコンスタンツェの間には僅かな衝撃波が起きた。その衝撃波を物ともせずに聖剣をフルスイングしたハルによって、コンスタンツェは大きく後ろへと吹き飛ばされ船の後方の壁に叩きつけられたのだった。
「聖剣、そんなことまで出来るの!“光の濁流“とかも出来たけど、本当に万能…
"バカ、止まるな!"
あっ…がぁあ!」
青白いプラズマの光に目を丸くしたハルは、聖剣に驚きと称賛の言葉を掛けた。両手で彼を高らかに持ち上げたハルだったが、その状況聖剣は大声で彼女を叱咤した。その聖剣の叱咤と焦る表情に今だ戦闘中だと言うことを思い出したハルだったが、後頭部に殴られるような鈍痛と猛烈な痺れを感じた。
すると、彼女の体から力が一気に抜けてゆき、ハルは思わず聖剣を落としてしまった。それにより完全に体の制御を失ったハルは、力無く膝から崩れ落ちるように倒れたのだった。
「あぅっ…せっ…聖…剣…」
薄れゆく意識の中で、ハルは甲板上を遠くへ蹴り飛ばされてゆく聖剣を見つめて呻くと、溺れるようにして意識を失うのだった。
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