第2幕-3
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「提督、第22水雷戦隊、転舵終わり。針路173、増速します」
[臨検隊、輸送機搭乗完了。艦長、発艦許可願います]
[提督…]
「さっさと出しな」
[解りました。発艦を許可する!]
ガルツ帝国海軍の任務は多岐にわたり、領海の治安及びシーレーンの確保、洋上の制空権確保に海からの侵攻への警戒と対潜戦など様々であった。
東方洋上警戒の要である第2艦隊の行動は迅速であり、帝国本土から送られた臨検の命令に即応した。第2艦隊本隊から防空軽巡を旗艦とする水雷戦隊が離れ、艦隊所属の空母であるブロッケンの飛行甲板でティルトロータ機が1機タキシングしていた。
エアテリンゲン艦橋から遠くに広がるその光景を眺めるハイルヴィヒに、艦隊参謀から報告が挙げられた。それと同時にエアテリンゲンの通信室を経由したブロッケンの管制官からの通信が響き、ハイルヴィヒの命を求めるブロッケン艦長の老成した迫力のある声が響くのだった。その言葉にハイルヴィヒも気風のいい口調で指示を出すと、ブロッケンの飛行甲板からティルトロータ機が飛び上がり、水雷戦隊を飛び越え遥か彼方へと飛んでゆくのだった。
「ヘルムート中佐、全員の最終装備点検完了しました」
「おう、ありがとなコンスタンツェ。それで…」
「隊員の訓練状況も良好ですし、実戦経験の不足を補えるかと考えられます。それでも、対ヒト族となるとある程度の苦戦が考えられます。突入は予定通り私達を含んだ第1分隊15人は懸垂下降で船舶へ突入し、その十分後に第2分隊17人が下降します。その際に…あ痛ぁっ!」
「話を聞きなさいって。心配なのはお前さんだって」
「えっ?」
上空を飛ぶティルトローター機の中では、臨検の為に編成された陸戦隊が装備の点検を終えて不審船上空まで待機していた。その機内で、ヘルムートはタブレットにて不審船の状況を確認していた。その映像には未だ監視のために周辺を飛び回る警戒機への攻撃もしない船が映るだけだった。
そんな意図の読めない不審船にヘルムートが眉をしかめていると、彼のもとにコンスタンツェが駆け寄り状況報告をするのだった。その報告に答えるヘルムートだったが、彼女の敬礼する手が震えているのに気付いた。そんな彼はコンスタンツェに話しかけようとしたが、彼女は早口で状況を説明しだし彼の話を遮ったのだった。
そのコンスタンツェの反応や忙しない動きで不安を感じたヘルムートも彼女の額にデコピンをしながら話を遮るのだった。急にデコピンを受けたことや彼の言葉に困惑したコンスタンツェはただ声を漏らすだけだった。
「確かにな。訓練は積んできたが士官や下士官の殆どは実践経験がない。俺だって、内戦しか経験してないしな。戦後は訓練が殆どで、演習作戦にも訳あって参加しなかった。そんな俺と比べても、お前さんはそれこそ"初陣"だろ?」
「それは…そうですけど…」
「回りくどい言い方は嫌いだからはっきり言うけどさ。俺は親衛隊とか帝国騎士って肩書に肩肘張り過ぎてるお前のが心配なわけさ」
「わっ、私は大丈夫です!」
「大丈夫って言う奴に限って早児にするんだよ。とりあえず、お前は俺の後ろに付いていろよ。それと、海軍の臨検隊の皆には申し訳ないが…」
タブレットを置きながら気難しい表情を浮かべて眉間を人差し指で押すヘルムートは、出来るだけ気楽そうな声を作り、コンスタンツェへ諭そうとした。その話の内容は彼女も面と向かって否定することはできず、顔を背けて言葉を濁すだけだった。
そんな彼女にヘルムートが腹の中を言い放つと、心外と言った表情を浮かべるコンスタンツェは少しだけ声を荒げると奥歯を噛み締めた。その反応はまだ軍人としてより人間としての若さを感じたヘルムートには心配以外の何物も感じず、彼はコンスタンツェに二言三言指示を飛ばすと、彼女の後ろで座席に座る臨検隊の隊員達を見ながら話しかけた。
「コイツの面倒を俺と一緒に少しだけ見てくれよ、頼む」
「中佐!」
「機内無線が周りに会話が丸聞こえで不安なのがもろにバレてることにも気づかないくらいの新人なんだ。海軍だろうと陸軍だろうと、空軍も親衛隊も関係なく若い奴は死なせたくないんだ」
いきなり話しかけてきたヘルムートに対して、臨検隊の海軍兵士達は沈黙を保っていた。その中でコンスタンツェがヘルムートに対して声を荒げようとした。それでも、ヘルムートの続ける言葉によって黙り込んでしまうのだった。彼の言葉は確かに気の抜けたものだったが、表情には真面目さが見え隠れした。そのため、突然に神妙な雰囲気の会話へ巻き込まれた臨検隊隊員達はどう反応したら良いのか困り始めるのだった。
「俺はさ、北部よシュレースタイン出身なんだ。国防戦争には従軍してなかったが、それでも何人もくたばってくところを見てきた。内戦で国防軍に志願したのも、あの時に見てるだけだったのが悔しかったってのもあるんだ。だからさ…」
「"親衛隊中佐殿"?船乗りとは?」
「えっ、"クレファーで、目先が効いて、几帳面。負けじ魂、これぞ船乗り"…だよな?」
「だったら、そんな事気にせずに"全員の生き残り任務完遂する"ってのを優先しますよ」
その困惑を知らずにヘルムートが更に身の上話とコンスタンツェへの心配を語り始めた。その話しが長くなりそうなのを察した臨検隊の白髪の交じる中年悪魔の士官の一人が彼に一言問いかけた。その問いかけにヘルムートは、一瞬だけ戸惑うと記憶の片隅にあった海軍時代の教練を思い出しつつ呟いた。
ヘルムートの呟きに臨検隊の何人かが正解とばかりに頷くと、問いかけた士官はぶっきらぼうに言い放ち、腕を組んで席に収まったまま黙るのだった。彼のその行動は周りに伝播し、何時の間にか臨検隊はこれ以上この話はしないとばかりに黙り込んで沈黙の雰囲気を出し続けるのだった。
「中佐、もういいですから…だいぶ落ち着きましたし、むしろ何か恥ずかしくて別な意味で緊張してきましたし…」
「おっと、余計な話をしたな。皆、済まな…」
いい加減に辛くなってきたのか、コンスタンツェは涙目になりながらヘルムートを睨みつつ絞り出したような弱い声で礼の言葉を述べた。その言葉にヘルムートはヘルメットごと自分の頭を撫でつつ謝罪をしたのだった。
そんな苦笑いを浮かべていたヘルムートは、一瞬で強張った表情を浮かべるとティルトローター機の左側窓際に走り外を見た。
[お取り込み中済みませんが、そろそろ敵船上空に着きますよ!]
「来たなぁ。早いもんだ」
「あれが…敵…」
ヘルムートが窓に駆け寄るのに遅れてコックピットの機長が機体内の全員に向けて無線を流すと、ヘルムートの姿に釣られた多くの隊員が左側に駆け寄って眼下の木造船舶を見下ろすのだった。
船の形状は報告通りの小型船舶であり、ヒト族が乗っていると言うにしては古臭く脅威に感じられないものであった。それでも一瞬不安を見せたヘルムートの小さな呟きに、コンスタンツェは苦々しく小型船舶へ悪態を吐き捨てるのだった。
「それじゃ、手筈通りに行きますよ。楽してサッサと終わらせよう」
「総員、懸垂下降用意。後部昇降扉、開け!」
「おいおい、コンスタンツェ。早速、固くなってちゃ…」
「なってない!」
みるみると近づく不審船を前にしたヘルムートは、臨検隊全員に対して気楽ながらも頼りげある口調で指示を飛ばした。それに続くコンスタンツェの言葉は、未だ緊張が見え隠れしていた。それを茶化すようにしてヘルムートが指摘すると、コンスタンツェは思わず過剰反応した。その反応の幼さと可愛らしさに臨検隊全員からの押し殺した笑いを聞き、コンスタンツェは顔を真っ赤にしながら懸垂下降のワイヤーを手に取るのだった。
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