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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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第2幕-2

長らくお待たせしました。

久しぶりですし、趣味で書いているので温かい目で見てね。

 ハイルヴィヒ・ヴァルトトイフェルは、決断力と度胸に溢れる提督であった。

 ハイルヴィヒは父親の海運業跡取り娘に生まれ、気品あふれる富裕層の令嬢として社交界で華やかな生活を送ることを期待されていた。だが、その令嬢生活でも父親の気風の良さが見え隠れしており、年頃になると同年代の男子をその異性の良さと腕っぷしで圧倒する女傑ぶりを見せていた。

 その女傑ぶりは、ガルツ帝国の海軍消滅に伴うが廃れたハイルヴィヒが海賊なってからは更に磨きがかかるのだった。

 そんなハイルヴィヒは、かつて航路開拓に当たったガルツ帝国海軍駆逐艦隊との艦隊戦を行った。その圧倒的な戦力を前にした彼女は部下を含めた海賊団全員の海軍への合流と引き換えに降伏し、その後は見惚れた艦隊戦を学ぶために海軍士官学校へと入隊した。そして、好成績に見事な指揮統制から今ではガルツ帝国海軍第2艦隊提督となったのであった。


「はぁ〜…あたしゃねぇ、こんなことをするために海軍に入ったんじゃないってのにさ…」


「…ですから、提督!これを見過ごすのは帝国海軍軍人として如何なもかと言いたいのです!できるだけ早く砲撃し、敵の主力を見つけ出すべきです!」


「提督、ここは一旦国防省に報告をして待つべきです!迂闊に撃ては国際問題となります。奴らはこちらに先制攻撃をさせて侵攻の正当な理由を作ろうとしている可能性も…」


「数十年前の侵攻はその悠長さが帝国の誉れ高き領海を侵犯させる愚を犯したでは…」


 その第2艦隊旗艦であるエアテリンゲンの会議室に座るハイルヴィヒの表情は暗く、机に肘をつく姿勢や表情から何からと気が抜けたように力なかった。そんな彼女の悪態は部屋の空気の中に消え、会議室の空気を熱くするように力強く語っていたエアテリンゲン艦長からハイルヴィヒへ一言かけられた。

 すると、ハイルヴィヒは更に悪態をつきながらも姿勢を正し、会議室の全員が見つめるスクリーンに映される映像を見るのだった。


「排他的経済水域へ侵入してきた船は、30mほどの小型木造帆船です。発動機などは確認出来なかったので、難破船という可能性もゼロではあいませんが…」


 その会議室には、ハイルヴィヒやエアテリンゲン艦長だけでなく、第2艦隊参謀長の姿や艦隊の重役達が勢揃いしてモニターに映される映像を凝視していた。その映像は参謀長の言葉通り航空機から海上の小型船舶の空撮映像であった。

 その空撮映像について参謀長が説明をする頃には映像内容が船の甲板を写すものへと変わっていた。その甲板には帯剣した薄着の女が1人立っており、その表情には早期警戒機への驚きと困惑が露骨に表されたものであった。


「こんなに元気そうなヒト族が船内にいて、難破船なんてありえんだろ。帯剣だってしてる」


「しかし、水上電探にも早期警戒機にも他の艦隊は反応しませんでした。あんな小型艦一隻にヒト族の…まして女1人で帝国に侵攻など、今までの戦略理論に恐ろしいくらい反しています!」


「だから困っているんだろう?」

 

 画面に映される若い女の姿に、ハイルヴィヒは眉間にシワを寄せつつ呆れた表情を浮かべながら映像を見るのだった。そんなハイルヴィヒの驚きや恐怖のない呆れた表情とその言葉に、エアテリンゲン艦長は苦い表情を浮かべ、参謀長はその危機感の薄い雰囲気へ苦言の声を上げるのだった。

 だが、その参謀長の言葉に目頭を摘みながらハイルヴィヒは口をへの字に曲げてわざとらしく困ったように振る舞うと、困ったように言葉を漏らすのだった。


「やれやれ、困ったよ。本当に困った。こういうことはあの小娘(カテリーナ)の仕事だと思っていたのにな。外洋警備任務で明らかに近海航行用小型船舶に乗るヒト族となぁ…」


「これは数十年前のヒト族による大規模奇襲上陸の第2波です。ないし、第2波の先遣隊からはぐれた船という可能性も捨てきれません!」


「だからといって、いきなり攻撃とい訳にもいかんでしょうが!」


「私は艦長殿に賛同するな。先の戦闘からヒト族も小型艦による先行偵察というものを学んだんだろう。ここは先手必勝だ!」


「参謀長、その考えは危険すぎます!」


「何をぉ!若造が腰を抜かしたか!」


「艦長に副長、参謀長に大尉殿も、皆さん落ち着いてください。そもそも、国防省はおろか総統閣下の命令もまだ来てないのですよ!提督、この場を諌めないと…」


「ちっ…参ったねぇ…」


 思考を巡らせながら軽口をたたくハイルヴィヒを置いて、同席する将校達は一斉に持論を述べ始め、参謀達の諌める声を無視して状況は更に熱くなっていくのだった。

 その言い争う船乗り達の声を聞き流しつつ、ハイルヴィヒはモニターに映る映像を苦々しく睨みながら呟いた。その空撮映像は小型船舶を追い越し船体が小さくなっていたが、彼女にはその小さな船舶に一体どれほどの魔法兵器が搭載され、どれ程の軍人が乗船しているのかが気がかりであった。

 たとえ小型船舶といえど魔法という要因を前に侮ってかかることを知らないハイルヴィヒからすれば、豪快に決断できない程にその船舶は怪しさに満ちていたのだった。


「警戒の為に迂闊に艦隊を近づけるのも、艦攻隊を差し向けるのもこれ以上は危険だ。連中がこちらに察知されたと知られた以上、次は魔法を使ってくる。あの魔法ってのは人外未知の野蛮な技術だ。さて…」


「なら、提督。とりあえず、私達を差し向けるのは如何なものでしょうか?」


 討論に熱を上げる将校達をとりあえず黙らせるために一人呟いたハイルヴィヒは、机に両肘を突きながら手を組み口元を隠した。その表情は苦笑いをしているように見えるが、目つきだけは全く笑っていなかった。

 そのハイルヴィヒの表情に将校達全員が口を噤む中、一人の男の声が彼女へかけられた。その声は喉が擦り切れたような嗄れ声であり、会議室によく響くのだった。


「全く…警戒機でも…」


「おっと、提督殿。無視というのはいただけませんな。いくら帝国騎士…いえ、親衛隊に良い印象を抱いてないとはいえ、我等は…」


「はっ、人の思考を勝手に先読みして発言するアンタが嫌いなだけさヘルムート・シュレーゲル"親衛隊中佐"。あんた等"総統の考えをこじらせて暴走する連中"を艦に乗させてやるだけありがたいと思いな」


 ハイルヴィヒが会議室の端に視線を向けると、そこには2mほどの高身長に屈強な体躯の大男が立っていた。ヘルムートと呼ばれた男は薄緑色の鱗をもつ親衛隊将校の制服を身にまとったリザードマンであった。彼の傍らには同じ親衛隊制服を身にまとう金髪に山羊の角を生やす悪魔の女が立っており、海軍の制服や戦闘服を纏う者ばかりの会議室内においては異色な空気を醸し出していたのだった。

 ヘルムートの言葉に視線だけ向けたハイルヴィヒは、敢えて無視しつつ話題を変えるように周辺海域の海図を眺めながら呟いた。そのハイルヴィヒの言葉に、ヘルムートは帽子の隙間からはみ出て伸びたトゲを撫でた。そのハイルヴィヒの子供じみた反抗に苦笑いと皮肉を見せたヘルムートの紳士ぶった態度に、彼女は苦い表情を浮かべながら静かに嫌味を言うのだった。


「おい、貴様!親衛隊が総統閣下の代理として各軍の視察をしているんだぞ!提督である貴方のその発言は"海軍としての発言"として取られるんだぞ!親衛隊への侮辱と総統閣下への叛逆として…」


「ベック大尉、止しなさい」


「しかし…」


「コンスタンツェ、止せって。こんなのはじゃれ合いだ。ねぇ、提督」


 ハイルヴィヒのその嫌味を前にしたヘルムートは薄ら笑いを浮かべながら肩をすくめた。その反応に口を開き何かを言おうとしたハイルヴィヒを遮るように、傍らに立っていたコンスタンツェと呼ばれた女は色白の頬を怒りで赤く染めながらハイルヴィヒへと怒鳴りつけようとした。それをヘルムートが彼女の肩を掴んで抑えたが、あくまで引かないコンスタンツェにヘルムートは今までの堅い雰囲気を解いてハイルヴィヒへと笑いかけたのだった。

 その親衛隊と思えない砕けた空気のヘルムートの姿にハイルヴィヒが露骨に気を抜くように肩を落とすと、不穏な空気を漂わせはじめた海軍将校達を片手で諌めるのだった


「いいよ、コイツは海軍士官学校の同期なの。まぁ、途中で親衛隊に鞍替えした裏切り者だけどな」


「そんな言い方はないでしょうに。だからコンスタンツェ、落ち着いて。"どうどう"」


「中佐、私は馬じゃないですよ!」


「馬みたいなもんでしょ?すぐ興奮して口を開くなら動物と変わらない」


「アンタ…」


「落ち着け、上官だそ。不敬は止しなさい…」


 一瞬の沈黙の後に、ハイルヴィヒは気の抜けたの表情を浮かべながらも軽口をヘルムートへと吐きつけた。その言い方に彼も気の抜けた苦いで返すと、海軍将校達は複雑な表情を浮かべながらも納得したように状況を受け入れるのだった。

 だが、コンスタンツェのみは状況を飲み込めておらず、ハイルヴィヒの軽口へと過剰反応しヘルムートに再び諌められた。だが、その諌め方は尻切れであり、彼は会議室の扉へと視線を向けた。それはコンスタンツェも同様であり、彼女達は一瞬表情を固くした。

 そんな会議室の扉を開けて入ってきたのは一人の魚人の水兵であった。


「失礼します。国防省の総統閣下から命令が届きました。こちらの…」


「構わん、そのまま読みあげろ」


「はっ、では…」


 その水兵は通信員であり、片手には一枚の書類を挟んだバインダーを持っていた。彼は会議室の扉を閉じると、ハイルヴィヒへ敬礼しつつ報告をした。彼が書類を渡そうとするのをハイルヴィヒの命令が遮ると、通信員の水兵は彼女の命令に従い書類を読もうと喉を鳴らしたのだった。


「"第2艦隊本隊は、ヒト族の所属不明船舶が特殊な広範囲攻撃の可能性を考慮し、安全圏にて待機。1個水雷戦隊を接近させ、編成した警務隊を送り船舶を調査せよ。なお、帝国騎士の2名はハイルヴィヒ提督の指揮下に置くので好きに使ってくれ。そして、可能であれば、ヒト族は殺さずに確保せよ"以上です」


「こりゃまた、厄介なことを言ってくれる…が…」


「やらない訳にはいかんだろう?」


「あぁ、その通りだ。全く、今日はツイてないな」


 水兵の報告が会議室に響く中、既にハイルヴィヒは指先だけでそれぞれ海軍将校達に指示を出し即応させた。だが、最後の部分を聞いた彼女は頭を抱えた。

 そんなハイルヴィヒの苦い表情と言葉にヘルムートは頷きながら制服の襟を正しながら会議室の扉へと向かった。彼の一言は気楽ながらも少しだけ楽しげに聞こえるものであり、コンスタンツェの睨むような視線を受けながら、ハイルヴィヒは二人を追い出すように手を振って向かうべき場所へ進ませるのだった


「ヘルムート中佐、これは…」


「仕事だ、大尉。いわゆる"初陣"ってやつ?」


「命令は追って一斉する。さて…なれない強行臨検か…嫌だねぇ…」


 細かい指示もなく動き出した海軍将校達へ困惑するコンスタンツェは、同様に部屋を出ようとするヘルムートへと尋ねた。その彼女の不安げな表情に楽しげな笑みを浮かべたヘルムートは、満足そうに一言呟いた。

 そんな二人の背を見ながら水兵から渡される書類を眺めるハイルヴィヒは、ただ面倒そうに呟いて書類にサインをするのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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