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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第1章:たった1つの冷たいやり方
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第五幕-1

 志願者の登録に関する書類を全て完成させたカイム達は、遂に親衛隊の育成訓練を開始させるはずだった。しかしながら、彼等の迎えた皇女からの妨害という思わぬ事態がそれを許さなかった。


「姫様からである。兵を捨てるならこのままこの城で滞在する事を許可する。拒否するなら、朝まで待ってやる。仲間と出ていく準備をせよとの事だ」


 カイムの私兵に関する一連の騒動の後、ファルターメイヤーがホーエンシュタウフェンの書状を持って来るとカイム達に内容を報告した。

 その内容を前に、アマデウスの顔が真っ青になった。彼の状況からも解るように、カイムの周辺状況は悪化の一途をたどっていた。拠点の喪失は訓練に悪影響を与えかねなかったからだった。


「貴様を信頼した私を恨む…まさか妹を毒牙にかけるとは…」


「何で?私は何も…」


「とぼけるな!妹を名前で誘惑したんだろ!名前は群で生きる魔族にとって個を示す重要な物だ。我が妹と言えど、この誘惑には逆らえなかったか…」


「誘惑なんてしてない!ただファルターメイヤー妹とか呼びづらかっただけだ」


「そんな気軽に…!お前本当に何者だ?」


 カイムはこの世界、少なくとも帝国に()いて名前の重要性は理解していたが、やはり効率や誰かを呼ぶときに困るのも事実だった。

 だが、それは結果的に裏目に出た事はファルターメイヤーの反応を見ても明らかだった。彼女はブリギッテとの口論を引きずっており、恨みの念をその元凶と考えられるカイムに対して抱いていた。

 それに対しては流石のカイムも、いきなり女の子を誘惑したと言われたら納得いかないため言い返した。だが、最早反感で言葉を紡ぐファルターメイヤーにとっては彼の発言全てが疑念であり、カイムも迂闊に発言できない危機感を感じた。


「そうなるとカイム、やっぱり…」


「そうだよな…」


 完全に敵対したファルターメイヤーに困り果てるカイムが言い訳を考えていると、助け舟を出す様にアマデウスが駆け寄ってきた。だが、その表情はむしろアマデウスの方が困り果てており、カイムは逆に冷静になると顎を撫でながら考え事をしようとしていた。

 そんなカイムとアマデウスが2人の空間で黙り込んでいるとファルターメイヤーが割って入った。


「あくまで兵は捨てないんだな!」


「何ですか姉さん。また邪魔しに…」


「妹よいい加減目を覚ませ!この男は危険だ。一緒に行動すると身を滅ぼすぞ!」


 ファルターメイヤーの張り上げる声に気づいたのか、採寸作業を終えたブリギッテが女子志願者改め訓練生達を連れて戻って来た。彼女の姿を目にするなり、ブリギッテはファルターメイヤー不快感と呆れの言葉を漏らそうとした。だが、彼女より先にファルターメイヤーはブリギッテの両肩を掴んだ。

 肩を強く振られ姉から声を掛けられるブリギッテは、その両手を振り払らい姉を無視してカイムとアマデウスへ歩いた。


「ここへ居られないとなるとやっぱりアル…」


「ブリギッテ!それ以上は駄目だよ!」


「全訓練生集合!整列!」


 今後の対応を模索するカイム達の元へ逃げてきたブリギッテはマヌエラの名前を出して彼へ尋ねようとした。だが、情報漏洩を恐れたカイムとアマデウスは、彼女の発言をを防ぐために話を遮り、カイムは大声で号令を出し、右手を上げて逆時計回りに回した。

 まだ統率の取れていない訓練生達は、ギラと数人以外はカイムの集合のジェスチャーにまばらに反応すると集合し始めた。


「駆け足!」


 動きの遅い訓練生達へカイムは更に号令をかけた。すると訓練生達も流石に全員駆け足でカイムの近くに集まった。だが、その中でも悪魔のチンピラ達はその中でも特に遅かった。


「トロトロするな!訓練はもう始まってるんだぞ!追い出されたいのか屑共!」


 露骨なまでに見下した様なカイムの怒声に、訓練生の殆ど全員が萎縮しチンピラ達は苛立ちに眉をひそめた。


「アロイス・ベイアー訓練生、集合で貴様が1番最後であった。何故駆け足で来ない?」


「何でてめぇらのごたごたに俺達が…」


「ならばさっさとされ負け犬!自分でも決めた事も満足に出来ない役立たずなど、この親衛隊に要らぬわ!」


「なっ!何だと…」


「噛み付きたければ、せめて人間になってから出直して来い!」


 カイムはアロイスと名付けた赤髪の悪魔に詰め寄った。彼はチンピラのリーダー格であるらしく、彼を制圧するのがチンピラ達をコントロールするのに必要と考えたからであった。

 アロイスの反論はカイムによって途切れ、かろうじて出た言葉もカイムに封殺されると彼は拳を震わせた。

 だが、そんなアロイスの態度にカイムは眼もくれなかった。


「諸君!親衛隊が軍隊である以上、私の命令は絶対である。このゴミのように成りたくなければ迅速に行動せよ!さしあたり、この書庫から第二拠点に移動する」


 訓練生達に大々的に言い放つと、カイムは頭を抱えるアマデウスと困惑するブリギッテに視線を向けた。


「アマデウスは運び出すべき物の準備を指揮、ブリギッテは荷車の準備を指揮してくれ」


「解りました!」


「違う、ギラ!"了解しました総統閣下"だ。第一、何で貴様が答える?諸君、良いか必要のない時には発言をするな!」


「了解しました総統閣下!」


 アマデウスらが反応するより先にギラが返事をすると、カイムは呆れる様に頭を抱えると大声で訂正した。その言葉に、ギラを含めた訓練生全員が言い返事をした。

 カイム達の一連の流れに取り残されたファルターメイヤーは呆気に取られていた。目の前でカイムが作ろうとする異質な空間に戸惑っていたが、彼女は意を決してカイムに声をかけようとしてブリギッテに阻まれた。


「用件は終わったんでしょう?姉さんは帰るべきよ」


「妹よ、どうしてだ?今まではもっと湖のごとく静かで優しい者だったはずだ?」


「言えるわけ無いですよ。静かにおろおろするしかないでしょう?貴方は家長。私は名もない貴族の次女。貴方に逆らえば私は自由を無くすでしょうね…騎士じゃなかったら今頃知らない貴族に嫁いでる」


「逆らうって、何を言っている?私達は姉妹だ!今までも本音で…」


 1歩前に踏み出したファルターメイヤーだったが、ブリギッテは後ろに1歩退いた。話すたびに距離を縮めようとするファルターメイヤーに反してブリギッテは後ろに下がり続け、最後に彼女は拒絶するように姉へ背を向けた。


「私の生きてる世界はあなたと違う」


 先程まで騒いでいた訓練生達とカイムらがいつの間にか居なくなっていた。ブリギッテはそれに気付くと彼らの後を急いで追った。

 そんな妹の変わってしまった後ろ姿をファルターメイヤーは見つめ、声を掛けようとしても声が出ず、彼女はその背中に手を伸ばすしかできなかった。

 ファルターメイヤーの行動により書庫やカイム達には嫌な感傷が残ったが、日没後も移動の為の作業が淡々と行われた。

 作業終了後、訓練生達は早速与えられた仕事の疲れを取るために睡眠は得る事が出来た。だが翌日の早朝、彼等はカイムの怒声と共に目覚めた。


「起床!起床!さっさと起きて整列!」


 硬い書庫の床で毛布に雑魚寝は訓練生達には苦しい物だった。だが、多くの訓練生は命令違反による追い出しの方が恐ろしさが有り、足腰が痛む中でも彼等は急いで起床した。

 そんな訓練生達を前に苦い表情を浮かべるブリギッテも、カイムに促されけたたましくお玉杓子でフライパンを叩いた。その音で更に促されるように彼等は立ち上がった。


「昨晩の荷物を持って全員城門前に集合!」


「了解…しました…総統閣下」


「声が小さい!」


「了解しました総統閣下!」


 この号令にギラを含めた10人がカイムにどやされながらも大声で返事をして一斉に行動を始めた。その姿を前に、昨日のカイムが言った"追い出す"という発言を思い出して恐れた訓練生達が動きだした。


「強迫に精神的暴力」


「軍隊で大事なのは、命令第1、個人の感情を第2にする事なの。苦しいけど理解して」


 カイムが品川敬一だった頃、彼も睡眠時間は長くないとやってられない人間だった。それ故に、訓練生達の苦しい気持ちは解ったが、彼は罪悪感をブリギッテへの言い訳で飲み込んだ。

 指示を出して城門前で待っていると、荷車を押したり荷物を背負った訓練生達が揃った。


「訓練生総員45名全員揃いました」


「そっ、そうか…ありがとう」


 ギラが教えていない訓練生総数を聞いてもいないのにカイムへ報告すると、カイムは彼女の積極的な行動に感心しつつ妙な不安を感じた。


「総統閣下、その旗は?」


「マックス・ブシュシュルテ訓練生。これは国旗だ」


 ギラに不安を感じつつ城門の前で立っていたカイムに、悪魔達に使いっ走りにされていた獣人の少年が問いかけた。

 その言葉に、カイムは肩に担いでいた旗を持ち替え、高らかに掲げると旗を風にはためかせた。

 その旗は昨晩の内に徹夜して作ったものだった。彼自身裁縫は得意な方であり、睡眠を余り必要としない魔人の体だからこそ何とか完成されられた縦60cm、横90cmの品だった。赤地に白抜きの円。その中には直線的に描かれた翼が左右1対黒色で描かれており、円の上下左右からは黒のバルケンクロイツが延びている。


「この国、ガルツ帝国には名前が有っても旗がなかった。故に作った」


 ただ淡々と説明し終わると、カイムはもう一度手に持つ旗を高らかと上げた。


「聞け、訓練生諸君!これが私の他に諸君らが忠誠を誓う対象であるガルツ帝国国旗だ」


 そしてカイムは歩き出した。少年少女を引き連れて歩く姿をさながらハーメルンの笛吹き男と思いながら。少し落ちた気分を高ぶらせる為にカイムは叫んだ


「諸君!栄光へ向けて、我に続け!」

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