第1幕-2
趣味で書いてるので温かい目で見てね。
「親父、なんでなんだよ!」
「仕方のないことだ。トラントゥール家は元を辿れば王族派として内戦を戦った。今日まで生き残れたのは、王国派惨敗の後も意地を通して軍工廠の管理を行ってきたからだ。その家から…」
「英雄が1人選ばれたからってなんだって言うんだよ!親父がしょっぴかれる必要はないだろ!」
「だからだ、馬鹿者…家の弱体化を狙ったことだ。多くの新型魔導武器を作り共和国軍に貢献したこの家の功績は大きい。それを弱体化させるには、若い当主か手っ取り早いと思ったんだ…」
白を基調とした小さな西洋建築の屋敷の玄関ホールにて、2人の男が言い争いをしていた。
片方の男は、高い身長に広い肩幅をした50代後半に見える白人の男であり、ドロップショルダーのスーツの下からでも判るほどに筋骨隆々とした男であった。小綺麗かつ小さな屋敷と似つかわしくない大男ながらも、黒に近い焦げ茶色の髪は短く借り揃えられ、歩くというだけで生まれの良さが判るほどに洗礼されていた。
一方でその大男を親父と呼んだ若い青年は、大男と比べると背は低く見えたが、それでも170cm後半程の高さであり、黒いシャツの下には細身ながらも鍛えられた体が収まっていた。
その2人は確かに言い争いをしていたのだが、白熱しているのは息子である青年の方であり、大男である父親の方は必死に諭しているように見えるのだった。
「今更…俺が悪いのか?俺が軍に入隊したのが悪いのか?俺が…聖盾の英雄なんかに選ばれたから…」
「違う!それは違うぞ、息子よ」
「何が…何が違うって!…」
その息子が遂に感情を爆発させ問い詰めるように父親へと迫った。その息子の言葉に父親は首を振りながら否定するも、自己嫌悪や怒りに震える息子には彼の言葉が届かなかった。
そんな息子が遂に怒鳴ろうとした瞬間、彼の父親はその両肩を掴みその怒鳴りを黙らせた。お互いの鼻が付くほどの顔の距離で見つめ合う親子2人は、暫くの間どちらとも口を開かず小鳥の囀りが聞こえるほど玄関ホールに沈黙が広がった。
「いいか、"真の高貴とは昨日の自分を超えること"だ。そして、"高貴な者は常に責任を負う"。これを忘れたがために王家は討たれ、共和国は腐敗したのだ」
「わかってる。骨身に叩き込まれたからな」
「それでこそ、俺の息子だ。強くなれ、誰よりも。そして…母さんを…守ってやってくれ」
沈黙を破って息子に己の信条を力強く諭した父親に息子は力強く頷き、悔しさや悲しみを隠す作った笑みを浮かべて答えた。
その息子の言葉の端々に彼の感情が見え隠れすると、父親は彼の頭を撫でならが穏やか口調で別れの言葉を告げた。
その手がゆっくりと息子の黒髪から離れ、父親はそのまま玄関へと向かって行った。その扉の側には甲冑を纏った10人程の騎士と1人のスーツ姿の男が居た。だが、その男の顔は不自然に影が差して詳細が解らないのだった。
[嫌な夢を見せてくれる。おまけに明晰夢ってのが1番に腹が立つ]
「…さま。ヴィヴィアン様、起きて下さい!」
父親の後ろ姿を目で追いながらも、そのスーツ姿の男によって自分が夢を見ていると気づいたヴィヴィアンは、自分の過去の記憶が見せる虚像に腹を立てた。
だが、腹を立てるのもつかの間にヴィヴィアンは自分に呼びかける声に気付くと、虚しさと悲しさを湧き上がらせる過去から目を覚まし現実へと帰ってきたのだった。
「シャンタル、今は何時だ?」
「もう夕方の5時ですよ、ヴィヴィアン様。お仕事も終わりですよ。そろそろ帰りましょう」
「仕事…か…何かしたとも思えないし、この書類の山に名前を書くのが仕事とも思えないな」
「お昼寝もできないくらい忙しいよりは、これくらいで丁度いいですよ?」
両手を伸ばして余りある執務机や部屋中に置かれた書類棚を前にして、背もたれの高い椅子に深く腰掛けていたヴィヴィアンは大きく背伸びをしながら自分を起こした1人の少女にアクビ混じりに時刻を尋ねた。
大口を開けその口を軽く隠してアクビをするヴィヴィアンに呆れ半分で優しく説明をしたシャンタルと呼ばれる少女は、抱えた書類を戸棚に押し込むと、寝起きで足元の覚束ないヴィヴィアンを椅子から立ち上がらせるのだった。
椅子から立ち上がったヴィヴィアンは、彼の夢で見ていた嘗ての姿と異なり180cm程度と背が伸び、短い黒髪とその顔つきには成人前特有の幼さが消え、灰色の瞳は若さ故の力強さがあった。更には、背が伸びたぶん筋肉量も増えてスーツ越しに見てもその体つきはしっかりとしていたのだった。
そして、そんなヴィヴィアンを支えるシャンタルは、彼より低い160cm程の身長に、腰まで伸びた銀髪のロングヘヤーに細い手足や腰つきをした少女だった。焦げ茶の瞳には瑞々しい若さが宿り、気怠げに立ち上がり頭を掻くヴィヴィアンとは対照的な印象を与えるのだった。
「さっ、こんなところで眠るくらいなら、こんな陰気な所から早く出ましょう!ヴィヴィアン様はシャンヴェロン通りでアクビしながらカフェ・クレーム飲んでる方が似合います!ほらっ、今日のお仕事はお終いです!」
「おい、シャンタル。そんなに引っ張ると足元滑らすぞって…おっと!」
気怠げなヴィヴィアンに普段と違う暗さを感じたシャンタルは、ヴィヴィアンの暗さを払おうとして彼の腕を引き部屋の外へ連れて行こうとした。だが、ヴィヴィアンとの体格差から彼女は強めに力を入れてしまったことや、床の絨毯によって彼の言ったとおりに足を滑らせたのだった。
そんなにシャンタルを抱き止めるヴィヴィアンだったが、足に急に柔らかな毛並みが巻き付いてくる感覚に彼は思わず声を上げるのだった。
「あっ、ヴィヴィアン様…」
「気を付けろ。何時も言ってるが…お前は少し忙しないぞ?子犬みたいに動き回って」
「私は狼です!それに子供じゃなくてちゃんとした1人の女性です!」
「"女性"…か…]
抱き止められたシャンタルはヴィヴィアンの腕の中で顔を赤くし、彼の名前を甘い声で呟いた。だが、ヴィヴィアンは鈍感故に気づかなかった。
そんな腕の中で顔を赤くするシャンタルにヴィヴィアンが子供に叱るように注意をしようとするも、彼の足や脛を撫でる柔らかな毛並みの感覚に、彼も叱る言葉を失い半分呆れるような口調となった。
ヴィヴィアンの言葉に反論したとおり、シャンタルは純粋な人間ではなかった。大まかな点で彼女は人間と変わりなかったが、頭に生え動く狼の耳や臀部から伸びる尻尾など、おおよそ人間にない部位が彼女が獣人であることを主張していた。
そのシャンタルの尻尾がまるで彼女の感情を表す別な生き物のようにうごめくのを見ると、ヴィヴィアンはただ力なく呟くのだった。
「それに、何時だってヴィヴィアン様は私達を助けてくれますから。数年前のあの時も、そして今も…」
「その尻尾で俺を壁代わりに支えられるのなら、抱き止める必要もなかったかな?」
「もうっ、ヴィヴィアン様!」
自分に寄りかかるシャンタルを立たせ、自分のいた書類だなだらけの部屋から出ようとヴィヴィアンは歩きだした。その背を追うようにシャンタルが彼の横に立つと、彼女はヴィヴィアンに照れながらも甘く優しい口調で語りかけた。その言葉に苦笑いを浮かべてはぐらかすと、毛並みを逆立てシャンタルは軽く怒るのだった。
「とはいえ、本当にここに居ると気が滅入るよ。俺は一度だって国防省での勤務は希望してないんだねどな」
「仕方ありません。ヴィヴィアン様は本人の意思に関係なく"聖盾の英雄"なんですから」
「首輪をかけておきたいわけか?」
「マリセイの中心で生活出来るだけまだいいじゃありませんか?」
「物は言いようだな」
ヴィヴィアン達の居た部屋である彼の執務室から外へ出ると、2人は白を基調として赤色や金で装飾された廊下へ出るのだった。
その廊下を気怠そうに歩くヴィヴィアンの言うとおり、彼等がいるのはガリア共和国の首都、マリセイの中央付近にある国防省であった。5階まである大きなその建物には、豪華な装飾に細部まで細かく彫刻が掘られた壁や天井があり、おおよそ軍の施設とは思えないな造りであった。その豪華絢爛さはまるで王宮や貴族の館のように思える程であった。
「ホント、この国の中途半端さの結晶だと思うよ。専制君主制や貴族政治を打倒したクセに、嘗ての豪華さを腹の底で何時までも未練たらしく求めるんだから…んっ?」
「あれ、オレリア!あの子ったら、またあの変態に絡まれて!」
「全く、"英雄"ってのも口だけだな。結局、個人主義に浸ったこの国で、"世のため人のため"って思考をできる奴が…」
「ヴィヴィアン様!そんなことより助けに行きますよ!オレリア!」
国防省の廊下を歩くヴィヴィアンとシャンタルの2人は、国防省の1階中央から5階までの全ての階を一気に繋げる大階段の踊り場まで話しながら歩くと、ヴィヴィアンは柵の隙間から多くの人が行き交う程広い1階で1人の男とそれを取り巻く女達が1人の少女と言い争う姿を見た。
男は長髪の赤髪を一本に束ね、整った顔をしたヴィヴィアンより高い身長の美青年であった。更に、男の周りには美人系からかわいい系まで多種多様な女性が取り巻いていたが、赤髪の男はその美青年さや取り巻きの女性達よりもその左手に手甲のように折りたたみ装着された弓によって目立つのだった。
そんな赤髪の男が話しかけているオレリアと呼ばれた少女は青いミニスカートにフリルの着いたドレスを纏う濃い金髪の長いくせっ毛をした少女だった。その少女は180cm後半の赤髪の男より50cm以上低い背丈の美少女であったが、それ以上にその背中から生える大きな鷲の翼が赤髪の男達以上に目立った。
その光景にヴィヴィアンが話す言葉を止めると、シャンタルが踊り場の端の柵から下を覗き込みながら焦る口調で呟いた。そのシャンタルの言葉にヴィヴィアンは左腕のバッグラーのような盾を上手く交わしながら腕を組むと、彼女の横から下を覗き込みつつ呆れる言葉を呟くのだった。
そのヴィヴィアンの憂う一言はシャンタルが彼の腕を慌てて引いた事で止められ、2人は急いで大階段を駆け下りてその騒ぎの元へと向かったのだった。
「なぁ、オレリアちゃん?あんな男ところより…」
「ぃヤ!私、弓の人、嫌い!」
「そんなこと言わないでさ?あいつは貴族出身で…」
「そういうこと、知らない!ご主人、いい人!大好き!弓の人、女たらし、変態、嫌い!」
「だから、本当のヴィヴィアンって男はさ、昔の専制政治に味方して、今も軍の工廠を…」
「偏見持ち、嫌い!私もされた、昔。"人間もどき"、言われた!」
「それは…」
「それと同じ!まだ話しかける、私、怒る!」
赤髪の男が満面の笑みを浮かべながらオレリアに話しかけたが、その言葉が終わる前に彼女は大声で怒鳴るのだった。金の瞳を見開き、真っ白い肌を血の気で赤くするオレリアは、怒鳴り声に驚きながらもまだ言葉を紡ごうとする赤髪の男に鋭く睨みつけるのだった。
オレリアの睨みに対して言葉を迷わせながらも呟く赤髪の男に対して、オレリアは更には瞳に怒りを滲ませながら怒鳴りつけた。それにもめげずに引きつった笑みを浮かべながら話しかける赤髪の男に、オレリアは舌足らずの言葉の端々に怒りを滲ませ、最後には背中の翼と人間離れした鋭く丈夫な爪を生やす両手を開くのだった。
「オレリア、止めろ。そんな男引っ掻いたって、なんもならないだろ?そいつが変に喜ぶだけだ」
「ご主人!」
今にも赤髪の男にオレリアが飛びかかろうとした時、階段から駆け下りてきたヴィヴィアンが早足で歩み寄り、予備動作で腰を下げた彼女の頭を後ろから目一杯に撫で一声かけるのだった。癖っ毛を頭ごと揺らさせるオレリアだったが、ヴィヴィアンの声を聞いた途端にその怒りの表情を変えて輝くような笑みを彼に向けるのだった。
一瞬で怒気や表情を変えたオレリアに苦笑いを浮かべるヴィヴィアンは、自分に刺すように向けられる冷たい視線を前に彼女の笑顔から顔を上げるのだった。
「でっ…出たな、王権復古派の頭領めっ…」
「何言ってるんですか、クレール"さん"?大富豪デュプレソワール家の長男で"弓の英雄"が、人目はばかる国防省の1階でバカ騒ぎしてて"いいのですか"?」
「馬鹿にしてぇ…哀れな獣人を悪逆な男から救おうとしたまでだ!」
「お前、お得意のクドキ文句をオレリアに言っても、腹の底では"女の娘"とか"少女"って言う前に"獣人"か…正義の味方が人種差別とは、聞いて呆れるな!」
「くっ…」
赤髪の男である弓の英雄のクレール・デュプレソワールは、ヴィヴィアンの姿を前に苦々しい表情を浮かべながら毒々しい口調で吐き捨てるように呟いた。
そのクレールの呟きにすかさず満面の笑みを浮かべ清々しく嫌味を吐いたヴィヴィアンは小馬鹿にするように彼の眉間へ指差しなが批難するのだった。
そのヴィヴィアンの批難に怒りを込めて唸りつつ、顔面を真っ赤にしたクレールが反論の言葉を空かさず放った。その反論に揚げ足を取るヴィヴィアンから笑みが消えると、その冷たい肌に張り付くような殺気を前にクレールは冷や汗をかきながら竦んで唸るのだった。
「潰れて皆殺しにされた王家も、ガリア王国も共和国も関係ない!俺の…俺の知り合いに指一本でも触れてみろ!その首、広場の凱旋門に吊ってやる!」
「行ったなぁ…今に見てろ!お前なんかそのうち俺達7人がかりで"白百合の7英雄"にしてやる!ギロチンにかけてやる!」
「あぁ、そうかい!それじゃ、俺達はこれで失礼するよ、お坊ちゃん」
「お前、大して働いてもいないのに帰るのか!この税金泥棒!」
「"正当な理由の無い出勤"なんてゴメンだね。俺は"シャンヴェロン通りでアクビしながらカフェ・クレーム飲んでる方が似合います"ってらしいからな…」
静かながら怒りに満ちた口調にオレリアに負けぬ怒気を放ちながらクレールへと言い放つヴィヴィアンに、クレールは背後に一歩後退りながら負け犬の遠吠えをするのだった。
そのクレールの遠吠えに対して、ヴィヴィアンは冷たい怒気を消しながら気を抜いた笑みを浮かべながら、クレールを睨むシャンタルとオレリアの肩を掴んで国防省の大きな扉の出入り口へ歩きだした。その背中へクレールが最後に野次を飛ばしたが、その野次はヴィヴィアンの軽口によっていなされたのだった。
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