幕間
男は窓際から街を眺めていた。
街灯が薄暗い路地など許さないとばかりに明るく照らし、飲み屋や商店の活気の良い声が聞こえて来そうな様に男は思った。視線を少し上げれば遥か彼方に港も見える。高台の一等地の窓からは何でも見通せるとさえ思える景色だった。
「ハレブルクは…帝国の街は美しいな」
男は恍惚と呟いた。だが、その表情は直ぐに影のある後悔の様な薄っすらとした笑みだった。
男の言う事と異なり、この街は彼の街だった。それどころか、この周辺の土地は全て彼の領地だった。
男は書斎の窓際隅に置いてある棚から少し悩みながらワインを1本取り出し、ボトルのコルクを開けた。
「ザクセン=アンラウは何処であろうと美しいですよ、閣下」
男はグラスに深紅のワインをただ見つめながら注ぎ、意識だけを書斎の扉前に向けた。
「シンデルマイサー、君は私の晩酌を邪魔しに来たのかね」
「閣下が御一人の晩酌を好むことは承知しております。しかし、閣下に至急報告すべき事がありまして…その…」
柔らかく落ち着いた、しかし力強さを感じる声には純粋な怒りが混ざっていた。部屋の明かりでグラスに写る男の怒りの表情とオーラに危機感を感じたのか、扉の前の小男から笑顔が消えた。
小男が慌てて扉を閉じ机の前に跪くと、男は再びワインを注ぎ終えた。シンデルマイサーと呼ばれた小男が視線を上げて男を見ると、身長だけでなく多くの点でこの大男に大きな力が有る事を感じさせられた。
変に高い独特の声で弁解をし始めた小男を片眼に、大男は筋肉で張り裂けそうな白いシャツの胸を張り、グラスを一気に傾けた。
シンデルマイサーは、これは大男が早く用件を言えと言っている合図だとわかった。
「デルンの間者から召喚された英雄についてです」
「英雄…あぁ、確か私より少し弱い者が召喚されたらしいな。その英雄とやらが、どうしたのだ」
小男の言葉を聞いた大男は片眉を上げた。彼の口調はあくまで穏やかだが、どことなく小男の話に猛烈な興味を惹かれている様にも聞こえた。その感情を察したのか、彼は大男の気分を害さない様に話を続けた。
「えぇ、その英雄とやらがどうにも私兵を組織し始めたらしいのです。皇女の為に自由に動ける兵が必要とかで…スラムの連中を…」
「それは私に伝えるに当たる事かね?」
たどたどしい小男の説明に男は苛立ちを感じた。つい強くなった口調を直し、彼は更に質問にした。
「その私兵は脅威なのかね?スラムの連中がかね?」
「その中の1人が皇女に食って掛かったそうです。その英雄とか言うのも…」
「敵の敵は味方か…成る程な。ならばその英雄君は私の味方だろう」
萎縮した小男は潰れそうな声で返事をした。だが、彼の言葉に男はグラスにもう一度ワインを注ぎながら考えた。
「次に帝都に行くのは帝国会議でだったかな」
大男は呟くと、再び視線を窓の外に広がるきらびやかな街に向けた。
「英雄が味方となれば、閣下も」
「何はともあれ…野心が燃え上がるな」
大男は不敵に笑うと、グラスの中のワインを飲み干した。




