第9幕-4
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
「Entschuldigung《失礼します》」
第4艦隊旗艦"リンドヴルム"の士官室に通されたラハテーンマキ一家で最初に入ってきたのは、国防陸軍の外套に身を包んだアネルマであった。彼女はすっかり帝国に染まった結果、スオミ族の冬の格好である厚着を止めて機能性に優れた防寒服装を身に纏うようになったのだった。
そんなアネルマは面覆をつけたその格好から海軍将校からの睨むような視線を受けるのだった。その視線に一瞬肩を震わせた彼女は、慌てて面覆を取ると引きつった笑みとぎこちないガルツ語でカイムに話しかけた。
アネルマのその表情や怯えた口調を前に、カイムはその原因が海軍将校、中でも第1艦隊司令長官であるカテリーナの殺気を帯びた視線にあると気付いたのだった。
すると、カイムは控えていた帝国海軍将校に睨みつける様な目配せをした。その視線に反応した全員は、申し訳無さそうに頭を軽く下げるとアネルマに向ける視線を変えるのだった
「Admiral Blossfeldt…《ブロスフェルト提督…》」
「Oh? Entschuldigen Mein Führer. Immerhin werden solche ungekünstelten Menschen von Seiner Majestät dem Kaiserin und Mein Führer dem Präsidenten hoch geehrt ...《おっと?失礼、総統閣下。やはりこの様な無粋な方は皇帝陛下や総統閣下の誉れ高い…》」
「Vizeadmiral Burghard·Blossfeldt, sei ruhig. Sie ist ein kaiserlicher Gast ...《ブルクハルト・ブロスフェルト海軍中将、口を慎みたまえ。彼女は帝国の賓客だぞ…》」
「Entschuldigung…《失礼しました…》」
多くの将校がアネルマへの視線を変える中、ブルクハルトは全く視線を変えることは無かった。特に彼は将校の中でもアネルマを強く睨みつけていた。
そんなブルクハルトがカイムの視線や指摘を受けると、彼は怒りの言葉を漏らしながらアネルマを睨みつけ続けた。それでもカイムが圧を掛けたことで、ようやく彼は謝罪の言葉と共に頭を下げ、カイムの振る手に従い部屋を離れたのだった。
「Äh...Mein Führer…《あの…総統閣下…》」
「あぁ、スオミ語で構いませんよアネルマさん。ここの者達は全員がスオミ語を履修していますので」
「あっ、でも…」
「いいんですよ。その方が話が楽に進みますから。それに、さっき去っていったブルクハルト・ブロスフェルト海軍中将は陸軍嫌いなだけだ。軍の軋轢は消そうとしているだが、残る者はまだ居てな」
「そう…ですか。精進します、総統閣下」
自分が原因で雰囲気が悪くなった事を察したアネルマは気まずそうに声を掛けようとしたが、その言葉にカイムは比較的流暢なスオミ語で話しかけながら苦笑いを浮かべるのだった。
そのカイムの言葉に反応したアネルマは、彼の優しげな表情や言葉の中に見え隠れする総統としての威圧感に萎縮すると、気まずそうな表情と共に言葉を漏らすのだった。
「なっ!かっ、壁の中に人がいる!」
「兄上、壁ではなく布では?そして、これも"科学技術"というものでしょうに…」
「ユッシ…この状況でよく騒げるな…少しは自重しろ」
「ですが…いえ、すみません…」
「全く…」
士官室が重苦しい空気に包まれる中、支給された帝国海軍の防寒具に見を包むユッシを先頭にしてマリッタとピエリタの3人が部屋へと入ってきた。その入室と同時にユッシがスクリーンに映るアポロニアの姿に驚愕の声を漏らすのだった。その声は、重苦しく気まずい雰囲気の士官室にはあまりにも似つかわしくない間抜けな声であり、それを指摘するマリッタとピエリタによって部屋の空気は良くも悪くも変わった。
その空気の変わり目を機会と見たカイムは、座っていた座席から立ち上がりピエリタの元へと握手を求めながら向かうのだった
「貴方がピエリタ・ラハテーンマキ族長殿ですか」
「えぇ、そうです。私が…」
「あぁ、堅苦しい挨拶はこの際止めておきましょう。この様な場所で壁を作っても無意味ですから。カイム・リヒトホーフェンといいます。以後、お見知りおきを」
「これは、申し訳ありません。皇帝陛下、バカ息子間抜けな発言や娘が…お見苦しい姿を見せたようで…」
「アネルマさんの姿については構いませんよ。この各軍の軋轢は我が軍の問題視ですし、息子さんの…」
「ユッシです。ユッシ・ラハテーンマキ」
「これは、失礼。ユッシ殿は科学技術を知らないだけ。一番問題があるとすれば…ピエリタ殿の今の発言でしょうかな?」
握手をし合うカイムとピエリタはお互いの腹の底を探り合う様に話し始めた。カイムは総統としての笑みを浮かべ、ピエリタも族長としての笑みを浮かべながら話すその姿はあまり明るいものでは無かった。
握手する手を少し上下させながら話を続ける2人だったが、ピエリタがカイムを皇帝と読んでからはカイムの笑みが皇帝のものから彼自身の笑みに変わった。その笑みをきっかけに、アネルマは声こそ出さないながらに身振りで焦りを表し、居合わせ不動の姿勢を取る将校達も冷や汗をうっすらと浮かべ始めるのだった。
士官室の雰囲気が再び急変した事にピエリタも敏感に気付くと、スクリーンに映るアポロニアの不満げな表情とその玉座から全ての事情を察して顔を青くするのだった。
「なる程…どう取り繕っても、もう無意味ですかな?」
「だからこそ、堅苦しい挨拶や雰囲気は"無し"と言うことで…宜しいか、ピエリタ"さん"?」
「はぁ…だな、そうしよう。だが、その前に1つ聞いてもいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
「"総統"なのだろう?何故、総統と皇帝が両立している?」
「私は"軍の"総統で、"帝国"の総統ではないのですよ。帝国の主権者であり、皇帝はあの映写幕の向こう…つまり首都デルンに居られる方です」
「んっ…ゔん!よろしく、ピエリタとやら?」
顔を青くしたピエリタに、カイムはあえて戯けたように冷え切った空気を変えようと話しかけるのだった。
そのカイムの言葉で士官室の面々はゆっくりと緊張感を解き、ピエリタも腹を探るような口調を止めてカイムに一人のピエリタとして話し掛けた。
そんなピエリタとカイムに肩書について話す中、ようやく話を振られたアポロニアはその扱いに対して不機嫌さを表すように受け答えするのだった。
そんなスクリーンの彼方から話すアポロニアにピエリタは頭を下げると、カイムが士官室のテーブルに座るよう促した。その身振りにピエリタがアネルマ達を更に促すと形だけではあれど会談の場が整ったのだった。
「それで、総統。この…"空母"とやらに私達を読んだ理由は、まさか皇帝陛下を交えてお茶会をしたかったから等という訳ではなかろうな?」
「それは、もちろん。内容は2つ」
「2つ…ですか…」
「そうですよ、ユッシ殿」
「兄上!余計な口は…」
「構いませんよ、マリッタさん。ユッシ殿は軍に長けているとも聞きますので…」
「つまり、軍や戦についてですかな?」
「それもありますが、差し当たって…」
ピエリタの冗談を混じらせた一言に対して、カイムは苦笑いと否定するジェスチャーをしながら呟くのだった。
だが、カイムの言葉には額に汗を浮かべるユッシが反応した。その思わず出た一言に対してマリッタが空かさずに指摘するも、カイムはそれを止めるように手のひらを向けると明るく呟くのだった。
その言葉に話す内容を察したピエリタは、神妙な面持ちでカイムに尋ねるのだった。だが、カイムは眉間や目元にシワを寄せるピエリタの言葉に頷くと、側に控えていたギラに目配せするのだった。
すると、ギラはバインダーに挟んでいた書類を数枚取り出すとピエリタ達の前に置くのだった。
「これは…」
「先に渡していた今後の予定表の一部です。確認と署名が必要でしたので」
「"スオミ族の移民者は3年間特別居住区画への居住を義務付ける"…"生活や就職の保証をしつつ、帝国への合流を段階的に行う"…」
「聞いていた話通りですね、父上。私はてっきり…」
「兄上!」
「うっ、失礼しました!」
ピエリタが書類の内容を確認しようと呟く中、カイムは仕事の際の真剣な表情を浮かべて説明した。その説明を聞きながらページを捲るピエリタの横で、ユッシが読まれる内容を見ながら口を滑らせ余計な事を言った。
その言葉にマリッタが空かさず指摘の言葉を放つと、ユッシも口を片手で塞ぎつつ謝罪の言葉を述べるのだった。
そんなラハテーンマキ一家のやり取りに家族の温かみを感じたカイムは、忘れさりかけた家族というものを思い出すと一瞬だけ寂しさを覚えた。そんな彼は、少しだけまだ総統でもカイムでも無かった頃の記憶を脳裏に浮かべると、心に流れる小さな寂しさを前に少しだけ表情を暗くしたのだった。
「Caym…Gut?《カイム…大丈夫》」
「Es ist okay, Gila. Nichts.《大丈夫だ、ギラ。何でも無い》」
「Wenn ... gut.《なら…良いけど》」
「Es ist in Ordnung.《大丈夫だよ》失礼、確認と署名は…」
「出来ていますよ、総統。それで、2つ目の内容とは?」
カイムが表情を暗くした事に直ぐに気付いたギラは、あえてガルツ語で彼に話し掛けた。その表情は出来る限り平静を装っていたが、言葉の端には彼女の不安が見え隠れしていた。
そんなギラの言葉を背中に受けたカイムは、浮かべていた表情を無理矢理明るいものに変えると、はっきりとした口調で言葉を返すのだった。そんなに彼に対して、ギラは言葉を濁しながらも首を縦に振った。
そんなギラの反応を見たカイムは、彼女に更に一言付け加えつつピエリタの状況に確認を取った。そんなピエリタも、カイムの状況を確認しながら署名の終わった書類をペンの反対側で突き、彼に話しの続きを求めた。
ピエリタの視線や行動に促されたカイムは、未だ視線に心配の色を見せるギラに次の書類を出すように促すのだった。
「これは…」
「父上、写真ですよ」
「写真…あぁ、アネルマ。あれか?景色をそのまま絵に出来るというやつか?」
「兄上、よく覚えていましたね」
「バカにするなよ?それで…これは、海上か?」
「これ帆船…この国旗は!」
ギラがピエリタ達の前に出した書類は一枚の写真であった。その内容は昼間の大海原を無数の帆船が艦隊を組んで航海するものであり、望遠で取られた事もあり少しだけ画質が悪かった。
それでも比較的綺麗に写っていた写真を前にピエリタが疑問の言葉をもらすと、直ぐにアネルマが名前を説明した。その説明に写真がどういう物か思い出したユッシが呟くと、アネルマは少しだけ驚いた表情で言葉を漏らした。そんなアネルマに怒りの見え隠れすると小さな言葉を投げるユッシは、ユッシの持つ写真に写った場所について呟くのだった。
そんなユッシの言葉を無視して艦隊の中央を航海する大型の帆船と、その船のマストに掲げられる国旗を凝視したピエリタは驚きの声を出すのだった。
「この船…まさか"ルール・ブリタニア号"ですか、父上!」
「バカ、マストが一本多い。それに、後部の構造が広くて高い。"クイーン・リリーナ号"だ。この青と緑の下地に白十字と赤い斜十字。ブリタニア国旗を上げる艦隊の中央にクイーン・リリーナ号となれば、これはブリタニアの第2艦隊だ」
「あの…"無敵の第2艦隊"、"姫騎士艦隊"ですか、父上?」
「父上、そんな事は有り得ないでしょう!アネルマにマリッタも、バカ言うな!あの艦隊は南方の艦隊だろう!」
「だが、総統閣下はこれを見せた。この近くの海域に居ると言うことでしょうな?」
ピエリタの驚く言葉に写真を凝視したアネルマは、艦隊中央に見える大型の帆船を見ると驚きの言葉と共に焦る表情でピエリタに尋ねた。だが、彼女の言葉にピエリタは大型の帆船のマストや後部構造を指差しながら指摘するのだった。
ピエリタの言葉は子供達3人に驚愕を与え、マリッタはブリタニア海軍第2艦隊の渾名を呟いた。
だが、ユッシは艦隊の所属から妹二人の発言に否定の言葉を述べた。それでも、ユッシの言葉にピエリタは否定の言葉を述べると、続けざまにカイムへと窺うような視線と共に呟くのだった。
「えぇ、ピエリタ殿の言うとおりです。つい2日前、帝国とこのカッペ鉱山港を繋ぐ海路の機雷敷設を警戒していた掃海艇が偶然発見したものです。速度こそかなり低速なので、航路に接近するにはまだ2日ほど掛かりますがね」
「白エルフ共め…攻められぬとわかった途端にヒト族に泣きついたか」
「そっ、総統殿!この国はヒト族においてはかなりの海洋国家で海軍国です!それの第2艦隊が来たとなれば!」
「ユッシ殿、落ち着いて。既に手は打ってありますから」
「そんな悠長な!…えっ、既に手を打った?」
「敵艦隊を発見したのは2日前なのでしょう?たとえ…」
「帆船ならともかく、我が海軍の推進機関はガスタービン。余裕で会敵予想海域で待ち構える等、造作もありませんよ」
ピエリタの視線に答えるように、カイムは写真の内容を説明した。その内容にはピエリタを含めた全員が驚きの慌てるのだった。
悪態をつくピエリタの横に座るユッシの慌て方は特に酷く、軍事の知識があった事で1番激しかった。だが、そんなユッシを落ち着けるようにカイムが言うと、その内容を聞いたユッシ達は更に驚くのだった。
ユッシの驚く表情や言葉に、カイムは説明をしながらもゆっくりと席から立ち上がると、壁に掛けられていた航路海図を眺めるのだった。
「相手の国が知れただけで十分。ブリタニアか…何とも因縁有りげな名前だ。ならば、我々の技術が通じるか調べる…いや、叩けるだけ叩き、暴れるだけ暴れて捻り潰すのみ…」
海図を眺めてカイムが呟くと、部屋にいた将校達は慌ただしく部屋を後にするのだった。
その姿をピエリタ達は不思議そうに、そして不安そうに眺めた。だが、アネルマのみは不敵にして楽しそうに笑うカイムを一瞬恐ろしく思いながら見つめるのだった。
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