第8幕-7
ユッシがヤロスオ騎士団のエーメリ達に追い立てられているとき、ガルツ帝国軍親衛隊のヴェアヴォルフ隊は雪原と薄暗い森林の上空を飛び回っていた。
ホミニオのキルシュナーからユッシの行方不明を聞いたティルトローター輸送機の編隊は、人員救出を優先してユッシをたった1機で上空から探そうとしていた。その判断は極めて効率が悪く、鬱蒼とした森林と雪はヴェアヴォルフ隊の隊員は疎か、航空身体検査を突破したパイロット達の目さえ遮る程の障害となっていた。
「クソっ、ユッシってガキンチョは一体どこに行きやがったんだ…」
機体の側面扉を開いて木々のすれすれを飛ぶティルトローターの中で、雪原迷彩の白い装甲を纏った親衛隊員達15人は目を皿のようにして森の中を見つめた。中にはフルフェイスヘルメットの正面を開いて寒さに耐えながら目を見開く隊員もいた。
その捜索の難航具合に、ヴェアヴォルフ隊隊長は小刻みに側面扉の戸袋付近を何度も叩くと、変わり映えしない雪景色に機体の天井を仰いで悪態をついた。その苛立ちは他の隊員達にも伝わっていたのか、貧乏揺すりやそれぞれの身振りの癖が伝染していた。
その隊員達の落ち着きのない姿に、隊長は自分の戸袋を叩く自分の手を見ると、肩を落として力を抜くように手振りつつコックピットへ続く小さな通路へと向けて歩き出した。
「方角は間違いないんですよね!」
「合ってます!地図と方位が間違ってなければ、そのユッシってのが向かったのはここらへんです!」
「ウチの副操縦士は有能なんだ。信じてくれよ!」
機内の無線で繋がっている状態ながらも、轟音を上げるエンジンやプロペラの風切り音に隊長は大声を上げて横に2つ並んだ操縦席へ腰を下ろす2人に声をかけた。その言い方は苛立ちを抑えようという意思はあっても、言葉や壁へついた両手の音からは全く隠せていなかった。
操縦席の2人は、ヘルメットのサンバイザーに酸素マスクでお互いの顔が見えない為に肩をすくめた。
そんな2人のうち、右側の操縦席に腰を下ろすコパイロットが頭を縦に振ってヴェアヴォルフの隊長へ敢えて明るく答えた。その言い方は敢えて隊長を真似るように大声であり、彼は風防の向こうに広がる雪景色の向こうへ指さした。その返答に続いて機長が隊長の肩を軽く叩いてコパイロットの発言に同意した。
コックピットの2人からの意見を前にした隊長は、その内容に返事をしようとするもコパイロットから敢えて真似されたのを思い出した。機長の方は中佐であり、コパイロットと階級が同じといえど吹雪く空を操縦するという自分達以上に神経を擦り減らす2人への荒ぶった態度を反省すると、彼は静かに頷いて了解のハンドサインともと来た道を戻っていった。
「ヴェアヴォルフの隊長さんよ!」
「なんですか?!」
「あの煙見えるか?あそこは陸軍の砲撃範囲外だ!無線には戦闘範囲拡大の連絡はないし、ホミニオの部隊があんなところでドンパチできる訳がない!魔法とか何かしらから出たものだ!」
だが、隊長の後ろ姿にやり過ぎた気まずさからヘルメットを軽く撫でていたコパイロットの肩を叩いた機長は、戻り途中の彼へ向けて呼びかけた。その声はようやく訪れた状況の変化に舞い上がるようであった。
その機長の老成した渋い声質の舞い上がった声に、隊長は慌てて戻り途中で踵を返した。彼がコックピットへ戻ると同時に機長は風防の先に指差すと、彼の説明通り森林の一部から煙が湧き上がっていた。その煙は砲撃によるものにしては周辺への被害や弾着跡がなく、手榴弾や迫撃砲弾の爆発程度のものとわかった。
さらに、その爆発は連続して移動しているのがわかると、輸送機の中の全員は変化のない雪降る森の捜索から開放されることへ喜びに震えた。
「ようやく見つけた訳か…帝国騎士連中を拾って行くには時間がかかるし…」
「俺の意見だが、ここは突っ込むべきだ。コイツは垂直離着陸機だし、機銃もある!その要人の手前にケツ向けて降りて、隊員バラ撒けば応戦できる。それで、さっさと要人拾ってとっとと帰れば問題ないさ!後は上から生き残りを蜂の巣にすればいい!」
遂に状況が進展したことに喜ぶ隊員達だったが、隊長だけはフルフェイスヘルメットの顎付近を撫でながら移動する爆発と上空へ伸びる煙を見つめた。彼としては、不確定要素の多すぎる対魔術士戦に帝国騎士の援護なしの部隊の初実戦にまだ多少の不安を覚えていた。訓練こそ山のようにしてきた彼らだったが、味方の撤退を支援するという時間制限付きといえど雪の積もる森林の監視で苛立ち始めた自分たちの練度の思った以上の低さは、隊長という部下の命を預かる身分としても見逃せなかった。
その隊長の不安を他所に、機長は未だに上機嫌であり、むしろ隊員以上に好戦的であった。その度合いはわざわざ右手のスロットルから手を離し身振りで説明をするほどであり、コパイロットが首を傾げて肩を竦めて見せるほどであった。
とはいえど、機長の言うことも正しくあり、隊長はほんの少しだけ黙ると直ぐに何度か縦に首を振った。
「それで行きましょう。お願いします!」
「任せろ、親衛隊操縦士の底力、見せてやる!」
部隊の責任者として任務遂行と部下安全の両立を諦めたヴェアヴォルフ隊の隊長は、被害を承知で機長の意見を受け入れると、直ぐにキャビンへと戻っていった。その後ろ姿に機長が自信が溢れ出してきそうな言い方で応じると、輸送機は一気に爆発の元へと加速していった。
「撃て撃て!とにかく撃ちまくれ!」
「喰らえ、喰らえ!いいぞ、クソども!」
そして、輸送機はユッシにとどめを刺そうとするエーメリ達の上空を旋回しつつ機銃掃射を始めたのだった。
救助対象が近くに倒れていることにヴェアヴォルフ隊は気づいていたが、あまりにも敵との距離が近いため隊長はやむを得ず鎧を装備する者達への射撃を命じた。
隊長のものも含めた銃火器全てがエーメリ達へと向けて乱射させた。その射撃は文字通りユッシの周辺に屯するエルフの騎士達を薙ぎ払うような射撃であった。それでも、あえてユッシから離れた敵や周辺の地面に向けて放たれるそれは、あくまでエルフの騎士達を彼から離そうとする意図があった。
「何だあれ!なんなんだよ!《Mikä tuo on! Mikä se on!》」
「隊長!空から翼竜が!《Kapteeni! Pterosaurukset taivaalta!》」
「あれが翼竜に見えるのか、バカもん!あんな翼竜居て堪るか!《Mietin, näyttääkö se pterosaurukselta! Voitko sietää sellaista pterosaurusta?》」
一方的に降り注ぐ機銃掃射を前にしたエーメリ達は、とにかく身を低くして防御の為に盾を構えた。
ユッシに当てないために敢えて反らされた照準であっても、機銃掃射の弾丸は運のない騎士数人へ降り注いた。
唐突の帝国軍機襲来に魔術を使わなかった彼らだったが、盾の下の表情は多少の安心感があった。というのも、彼らエルフの使う盾は、強靭な金属に製造段階で防護の魔術刻印が表面に付与されていた。それ故に、防御のたびに魔術を起動させなくていい最新の魔導具だった。
だが、その金属の硬度や防護魔術の付与さえものともしない弾丸は、易易と盾の金属を喰い破り引き裂くと、その下にいる騎士達へと襲いかかった。弾丸は多少勢いを減衰させたとはいえ猛烈な速度であり、盾同様に魔魔導具も兼ねた鎧は簡単に穴が空き、容赦なく彼らの皮や血肉を引き裂いた。
さらに鎧の内側へと飛び散った金属片が手足や体を無慈悲に引き裂くと、エルフの騎士達は派手に血飛沫を辺りの雪原へ撒き散らし、淀みない純白を鈍い赤色へ染めた。
酷いものでは手足をあらぬ方向に曲げさせられて倒れる仲間の姿と素早く離れてゆく機体の姿に、エーメリの部下達は一瞬で半狂乱となっていた。
そんな部下のエルフの騎士達の悲鳴に近い声を聞いたエーメリも、一瞬で数人の部下を刈り取られたことに冷静さを失った。それ故に部下への指示ではなく発言への悪態を先についた彼は、かき始めた冷や汗を拭うと惨殺された部下の死体を一瞥した。
「しかし隊長!あれだけ大きな空を飛ぶものは…《Mutta kapteeni! Se joka lentää niin suurella taivaalla…》」
「あれが竜ならこんな羽音は出さん!とにかく応戦…つぉ!密集し過ぎた…散開!離れろぉ!《Jos se on lohikäärme, tällainen höyhenääni tulee ulos! Joka tapauksessa, taistele takaisin… Tsuo! Se on liian tungosta…hajallaan! Pysy poissa!》」
「後退!後退!《Lama! Lama!》」
「退けぇ!《Hylätä!》」
「バカ、散開だ!逃げるなぁ!《Tyhmä, levitä! Älä juokse karkuun!》」
部下の死体から飛礫のようなもので殺されたことを悟ったエーメリは、直ぐに自身へ防殻魔術を掛けながら手に大きな戦斧を持った。
そのエーメリの姿に多少の冷静さを取り戻したエルフ達であったが、未だ混乱が続くため応戦のための体勢や戦列が整えられなかった。
動きが緩慢になっている部下の状況に苦虫を噛み潰したような表面を浮かべるエーメリは、理解できない輸送機の存在に未だ悲鳴を上げる部下に怒りの声を上げようとした。
その怒りの怒声に続くエーメリの指示は、戻ってきた機体から再び放たれる機銃掃射を前に掻き消された。その攻撃は今度は激しく、密集した自分達の中心に向けてとにかく放たれるのだった。
機銃掃射が本気で自分達を消し飛ばそうとする意図を感じ取ったエーメリが部下達に指示を出すと、彼の意図しない形で部下は行動を起こし、逃げ出そうとする彼等の後ろ姿に怒鳴りつけるエーメリも倒れるユッシを置いて弾丸の雨から逃れようと駆け出した。
「コイツを護ってたのか?クソっ…お前ら武器を構えろ!《Suojestitko tätä miestä? Paska…pidä aseitasi!》」
機銃掃射の豪雨から逃れるエーメリは一瞬だけ置いてきたユッシの姿を見ようと振り返った。そこには確かにユッシがまだ倒れていたが、降り注ぐ弾丸はまるでカーテンのように2人の間を遮り、濁流のようにエーメリ達の元へと迫っていた。
その銃撃に明らかなユッシへの援護の意思を理解したエーメリは悪態をつくと、銃撃に慌てふためいていたことでティルトローター機が着陸しようとしてることにようやく気づいた。その着陸で銃撃が弱まったことや、竜かなにかと思っていた相手が爆音を上げプロペラを激しく回転させているものの一旦地面へ降りようとしたことで、彼らはようやく反撃に出ようとしたのだった。
「よし、後部扉開くぞ!」
「アンスガー、そのままぶっ放しとけ!」
「了解、隊長!」
「お前ら!降りる準備だ!」
一方で機体の中のヴェアヴォルフ隊員達へ機長が指示を出すと、彼等は迫る実戦のときに静かに身構えた。肌に張り付くような冷たい感覚や滾る血潮に身を揺らす彼等の中で、ヴェアヴォルフ隊の隊長は機体側面の機銃を撃っていた隊員に大声で指示を出すと落ち着きのない隊員達へ檄の声を上げた。
その隊長の檄で隊員達は静かに武者震いをしながら頷き、各々銃や装備の最終点検をし始めた。
「帝国騎士無しでいけますか?」
「アホなこと言うな。なんの為にこれまで訓練してきたんだ?この日のためだろ」
初陣まであと十数秒というタイミングでヴェアヴォルフ隊の中から隊長へ1人の隊員が話しかけてきた。語気こそ自信があるように響いたが、まだ若さを感じるその言葉の端々は少しだけ震えていた。
その部下の言葉に彼の胸元に軽く拳をぶつける隊長は、喝を入れるように一言呟くと隊列を組んで降りる準備をする隊員達の中央に立った。
「少なくとも、たった1人をあんな人数で嬲る連中に負けやせん!」
部下達の中で力強く宣言する隊長の言葉に、部下達はお互いを見合った。全く同じような白い装甲服に身を包み、顔さえ見えない状況であっても、彼等は互いが自身に溢れる表情をしているのだろうと察すると、隊長の身振りを真似るように黙ってお互いの拳をぶつけ合い鼓舞し合った。
「行くぞ、小僧共!」
「行け、行けぇ!」
「うぉおおおぉぉ!」
「総統の為にぃ!」
「総統ばんざあぁあい!」
完全に機体が地面へと接地し、その振動と共に後部ハッチの向こうにエルフの騎士達が見えると、隊長が雄叫びと共に駆け出した。それに続くように隊員達も手に持つライフルを撃ちながら、雪を掻き乱し雪原を駆け抜けた。




