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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第1章:たった1つの冷たいやり方
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第四幕-4

 瓦礫と本で滅茶苦茶な様を見せている書庫へと移動したカイムは、惨状を見つめる少年少女達を前に倒れた巨大な本棚等を整頓し机を置いた。

 英雄としての身体能力を戦闘ではなく掃除に使っている事に、全員が唖然としてカイムの掃除する姿を眺めた。数日前に拠点として軽い清掃作業を一緒にしていたアマデウスは、彼の必死に大きな本棚を動かすその姿に苦笑いを浮かべながら手助けに駆け寄った。


「ほら、行ったでしょ?ホコリ払ったりだけじゃなくて、きちんと掃除しようって」


「散らかし性なの、私はさ!そして後悔してるから、それ以上は言わないでくれ…」


「はいはい」


 掃除を手伝うアマデウスはカイムへ指摘し、作業を続けるカイムも同意と反省の表情を見せた。そんな二人を見ていたギラや一部の者達が手伝い始めると、スラムから付いて来たほぼ全員が掃除を手伝うという状態となった。


「掃除をして、子供達を手伝わせる英雄って…」


「んな事言ってないで、ブリギッテも手伝ってくれよ」


「私は…」


「いいからいいから!ほら、早く!」


 呆れかえるブリギッテや難色を示すチンピラ達も加えた掃除が一通り終わると、カイムは何処からか引っ張り出してきた机を置いて紙の束を纏めながら羽ペンを取り出すと数回手で回した。


「君達の管理に名前無しでは難しくなる。さらには、私の部下なのに名前も無いというのは示しが付かない!よって、君達全員に名前を付ける!」


「名前ってそんなにいっぱい付けられる物なの?」


「そっ、そんなに沢山付けたら名前無くなっちゃうんじゃ…?」


「大丈夫だから。ビシッとしてくれ格好が付かないよ…」


 手でペンを回すのを止めたカイムは、書類にしばらくの間必要事項を書き入れると付いて来た少年少女達志願者に向けて宣言をした。

 そのカイムの発言に、アマデウスとブリギッテがざわめく志願者達を無視して彼に勢い良く質問していた。一瞬だけ志願者達を見たカイムだったが、慌てる後ろの2人に集中力を奪われた。頭を抱えたカイムは、彼等だけに聞こえるように小声でボヤいた。

 そんな3人を前にして、志願者達はカイムの"全員に名前を付ける"という事で驚いたり盛り上がったりしていた。

 その事に安心しながら、カイムは慌てる2人を聞き流しながら書面に訓練生番号等を書いた。


「ついでに訓練生番号も決める。速い者順だ!さっさと…、さっさと1列に並べ!」


 普段通りに声を掛けようとしたカイムだったが、自分が教官も務めると思った瞬間、言い方をきつめに変えた。

 その声色の変化に、志願者達もざわめくのをやめた。その一瞬の沈黙をすり抜けるようにギラが足早にカイムの机の前に立つと、書類の準備をしていた彼もまるで風のように目の前に表れた彼女へ驚き一瞬肩を震わせた。


「閣下、私もう名前有るんですけど…あの時言ってた名字って何ですか?」


「名字ってのは、自分の家族とかそういうのを表すんだよ」


 カイムの驚きを受け流すギラを見て、彼は彼女に名字を付けていない事、そして全く考えていなかった事を思い出した。彼が軽く説明した時、カイムは志願者達が全員スラムの戦災孤児で有ることを思い出した。彼等は家族や親について話す事を自分が嫌な筈なのに、軽率な説明をした事をカイムは後悔し少し自己嫌悪した。


「つまりは…将来奥さんや旦那さん、子供なんかを持ったときに、自分の家族だって判りやすく成るだろ?」


「それなら…私には必要ない気がしますよ…」


「何でだ?」


「聞こえてるんですか…まぁ、いずれ判りますよ」


 カイムは将来性の有る話に切り換えたが、かなり取り繕った様な明るい言い方に成ってしまった。再び自己嫌悪するカイムを不思議そうに眺めるギラは、顔を赤くしながら小声で恥ずかしそうに一言呟いた。その一言をしっかり聞いていたカイムは、名前が貴重な筈なのに要らないと言った彼女の発言の意味がわからなかった。

 そんなギラへのカイムの質問はあっさり受け流されてしまった。

 そんなやり取りをしている間に、彼女の後ろには続々と志願者達が全員並んでいた。


「そろそろ先に進もうよ」


「わかった済まない。アマデウスは採寸の準備しといてくれ」


 アマデウスが腰に手を当て軽く足踏みすると、カイムを促すように言った。その言葉に片手を上げて軽く答えると、カイムは用紙にギラの名前を書いた。


「ギラ…そうだな…響きを良くしたいしな。フィンケなんてどうだ?ギラ・フィンケだ」


「閣下に付けて戴けるならそれで構いません!」


 こめかみを掻きながら考えるカイムは、思い付いた名前を呟きギラに尋ねた。彼の問いかけにギラは何度も頷くと、瞳を輝かせながらカイムが筆を走らせる書類を覗き込んだ。

 カイムは見られながらの作業に恥ずかしさを感じながら、自分でも何故書けるのか解らないガルツ語でギラの名前や性別を書き込んでいった。

 やはり便利だとカイムは感じながら、この言語に対する利便性によって前日に振り回された事で気分が良くはなかった。


「性別は女性…で良いよな?失礼を承知で聞くが、歳はいくつだ?」


「もちろん女で、今年90です!」


「90って…ちょっと、ブリギッテ。魔族って寿命とか年齢事情ってどうなってるの?」


「魔族も種類によってそれぞれですけど…そうてすね悪魔属なら最長でも500歳くらいですかね。それぞれの種族で結構変わりますよ」


 目の前の20くらいと思っていた少女がまさか自分より圧倒的に年上とわかると、カイムは何とも言えない複雑な気分になった。慌てて自分の後ろに立つブリギッテへ尋ねると、彼女は至って冷静に魔族の年齢事情を説明した。

 とはいっても、年齢こそ高いが精神の成長も肉体と同じ速度と考えれば気が楽かと彼は気を取り直した。その後は流れ作業であり、出身地と志願動機を聞いた。


「東部のフランブルク出身。志願動機は閣下の為…でいいのか?」


「大丈夫です!」


「何だかしっくりこない理由だが…まぁ良い、ようこそ訓練生。君は今日から訓練番号1番とする」


 履歴を確認したカイムに元気良く返事したギラへ、カイムは頭を抱えた。志望動機にそのまま書くのもどうかと思いながら、結局閣下の為と書いた自分にカイムは更に頭を抱えた。

 笑みを浮かべるギラを前に、カイムは彼女と一緒になって書類を覗き込んでいるブリギッテを見た。突然の彼の視線に、ブリギッテはどういう理由で見詰められているのか解らなかった。だが取り敢えず、彼女は眉間にシワを寄せ反抗的な態度を取った。


「何ですか?」


「いやさ、君も採寸の準備しといてくれるかい?アマデウスは男だから女子の採寸は君の担当だろう」


「貴方の指示に従う訳ではありませんからね」


 ブリギッテの疑問にカイムは静かに返した。その気軽さを前に、彼女も一瞬毒気を抜かれた。だが、気を取り直した彼女はカイムに反抗的な返事をすると仕方ないといった具合で仕事に取り掛かり始めた。

「体重も計っといてくれよ」


「はい…いえ!仕方ないからですよ!」


「ハハハ…はぁ、わかったよカイム」


 カイムの付け足しに、ブリギッテが普通な口調で答え慌てて口調を変えると、アマデウスは気まずそうに笑い答えた。

 特に態度の変わらないアマデウスと、普通に答えてしまった事に文句を垂れるブリギッテに、カイムは先行きに不安を感じてしょうがなかった。


「採寸って、何で必要なんですか?」


「訓練してればいずれ解るから、とにかく彼女に付いていってくれ」


「私のでしたら、閣下が直接調べされるのが…」


 ギラの質問に少し御座なりに答え、彼女が頬を更に赤くして身をよじらせながら言う言葉を聞き流すと、カイムは席から立ち声を上げた。


「諸君!書類手続きが完了したら男はあのカエル執事のアマデウス教官の元に、女は先程の女性のブリギッテ教官の元に行くように」


 こうしてカイムは地道に1人ずつ書類を作っていき、ブリギッテとアマデウスが採寸するという作業が続いた。

 手間の掛かる作業がようやく20人目という所で、書庫にカイムは久しぶりに聞く声が響いた。


「英雄殿、これは一体どういう事か説明願いましょうか?」

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