第8幕-3
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
ガルツ帝国国防軍において、陸軍と海軍、空軍の関係はあまり良いものではなかった。陸軍と海軍はその管轄の違いや海軍突撃隊の主任務の関係からいがみ合いが多かった。
だが、その2つの軍が共通して嫌うのが空軍であり、その関係悪化を象徴するのが、降下猟兵の辿ってきた歴史であり、三軍の関係を非常に悪くする話題の一つであった。
もともとガルツ帝国国防軍における空挺降下部隊は、陸軍の固定翼機による空挺降下部隊と海軍突撃隊の回転翼航空機からの強襲降下部隊と2つに所属があった。その主任務は陸軍においては敵地への強襲であり、海軍突撃隊は海岸の制圧や湾口施設、周辺の安全確保と味方の先導であった。だが、内戦期では両軍とも航空機を確保することができず訓練のみであったが、両軍とも最重要な部隊として育成していた。
その一方で、空軍は内戦期では操縦訓練生集めと新人パイロットへの熟練教育、日に日に増えてゆくパイロットの割り当てられない航空機の管理と複雑な装置の整備士確保の為に鍛冶職人達への声掛けで多忙を極めていた。その上で、制空権確保や偵察、反乱軍への爆撃への作戦出動と休みなしに活動を続けていた。
その結果、内戦期において常に人手不足だった国防軍の中で空軍は実働歩兵戦力が一際不足していたのだった。その極小さは、歩兵戦力を2個しかない空挺降下小隊を持つだけという貧弱さであり、自隊警備も陸軍に頼る状態であった。
その結果、内戦集結後の国防軍正式設立の要項に書かれた最低限保有すべき陸上戦力の項目をガルツ空軍は満たすことができなかった。その不足は80%にも及び、パイロットや整備士も10%足りない空軍は困難を極めていた。そのため、アルデンヌ空軍大臣は陸海軍への航空機運用に関する要項や通達、トドメには彼が直々にカイムへ平謝りと救済措置の要請をしたことで創設時の空軍は陸海軍の一部を吸収することで体裁を整えたのだった。
「それが今になって尾を引いて〜…私達、下手すると見捨てられたんじゃないですか?元陸軍とか海軍じゃないし〜」
「バカ言え、アルマ。なんであろうと国防軍や親衛隊が同胞を見捨てるわけないでしょ。それに、作戦は進んでるって話だし」
「ジーグルーン軍曹、そう言ってもタコツボの中で何日居ますよ?ホミニオの周りならともかく、500mも離れてたら救護所に着く前に魔法で殺られる」
「クレメンティーネ、装甲服を信用してないの?小銃弾が防げるなら魔法もなんとかなるよ」
「あぁあ、温かい暖炉とカフェが欲しいなぁ〜。これじゃ凍傷になっちゃう」
その空軍降下猟兵であるオーガ族のアルマと悪魔族のジーグルーン、吸血族のクレメンティーネの3人は薄暗いタコツボの中で話し込んでいた。被っていたフルフェイスヘルメットの前面を外したただのジュダーヘルムへと変え、装甲服の余分な装甲を外し軽装化させた女3人でも、タコツボは若干窮屈であった。更には、吹き荒ぶ寒風に積もる雪が穴の中の生活環境みるみるの悪くさせてゆくのだった。
そんな森の中のタコツボからトンモトへと続く雪原を見つめる3人の表情は暗く、話す声も棒読みの如く感情が薄くなっていたのだった。その理由は深々と雪と凍えるような気温だけでなく、空挺降下からただ警戒するだけという任務を2ヶ月以上続けていることにあった。
「撃って出ることもしないで包囲なんて…これじゃ、弾ごと私達も凍っちゃいますよ〜」
「寒い…2型C装甲服は断熱材と保温素材で出来てるはずなのに…爪先が寒い気がする…まるで踊ってるみたいに震える…」
「アルマ、クレメンティーネ…しっかりろ、それでも降下猟兵か?ほらっ、もっと私に毛布を…」
「ヒドイですぅ〜、私も寒い〜」
「あっ!上官の横暴だ!毛布は皆で平等ですよ!」
冷え込み沈黙の漂うタコツボの中でアルマが霜を付けないように自動小銃を磨き左脇のマガジンを抜き差しする音が僅かに響いた。その途中彼女が一言呟くと、自分の体を小銃ごと抱くようにクレメンティーネが桃色の瞳を細め体を震わせた。
そんなアルマとクレメンティーネの弱音を聞いたジーグルーンは、ヘルメットの隙間から垂れ下がった青みががった黒髪をヘルメットの中に押し込みながら2人をどやした。そんな彼女の強い態度も口だけであり、すぐさま震える体を毛布に押し込み、部下2人と仲良く喧嘩を始めるのだった。
「誰だ…って、タピタ中尉ですか…」
「アンタら、タコツボの中でよくそれだけ仲良く出来るね…」
「タピタ副隊長…仲良く見えますか〜?」
「暗視装置付きガスマスク外してるから、はっきり見えるよ」
「イルメンガルトを…衛生兵を呼んできましょうか?」
タコツボの中で静かにどつき合う3人の後ろから雪を踏む足音が聞こえると、彼女達は一斉に銃を持って振り返りつつ構えようとした。
だが、ジーグルーンの警告も、その足音の主が雪原によって日焼けした小麦の肌に青い瞳、金髪の見知ったセイレーン族の顔であると気を抜きながまた元の位置に座り込むのだった。その息のあった動作にタピタは呆れながら呟くと、アルマが苦笑いを浮かべておっとりと文句を言うのだった。その文句にタピタは腰の雑嚢を軽く叩きながら軽口をこぼし、クレメンティーネが皮肉を言うのだった。
「そんなに苛立って…救出作戦の砲撃開始も近いのにそんな哀れな姿を晒してるから差し入れで温かい食事を運んできたの。飯盒一杯分だけど」
「たっ、煙草はありますか〜!」
「ほら、一箱あげるよ。3人で分けてよ」
「中尉、それ…誰が作ったので?」
「我らが中隊長パトリツィア大尉。まぁ、食える物しか使ってないから」
「お腹壊しそうだな…はぁ、帰還命令こないかなぁ」
クレメンティーネの皮肉に口をへの字に曲げて不満を示すタピタは、持っていた湯気を上げる飯盒を見せつけながら嫌味を返した。その飯盒や差し入れという言葉に反応したアルマが煙草をねだると、タピタは胸甲の隙間に手を入れると、服の内側から煙草を取り出しアルマへと投げるのだった。
そんなタピタの飯盒の中身である茶色い何かを覗き込んだジーグルーンが頬を引つらせて尋ねると、タピタは苦笑いと共に答えた。その回答を前にしたクレメンティーネは、敵が迫っているであろう雪原を憎たらしげに睨みつけつつ呟いた。
「全く…どうしたものかな。敵さんには包囲されるし、"機密保持のため派手な戦闘は出来るだけ避けろ"って命令のために撃って出れない」
「パトリツィア大尉、言ったところでどうにもなりませんよ。それに"現地の軍にはできるだけ協力しろ"という命令もあったのですから」
「ちっ…いやぁ流石ですなぁ、クラリッサ中尉。オイゲンのお嬢様ともなると、あの"ユッシ"とかいう坊っちゃんに付き合って、戦闘部隊を75人残して退却の機会を逃し、エルフだの人族に包囲網を敷かれ、オマケに味方からの救援がまだ来ないのに落ち着いていらっしゃる。トドメにゃ、降下猟兵は形ばかりの2個小隊の36人だってのに!」
前線で嘆くジーグルーン達の悪感情は、後方のトンモトにて状況を掌握する士官達にもゆっくりと伝播していった。特に部下の士官達と親しい立ち位置を重視するパトリツィアは、トンモトの中央付近の建物に設置した指揮所にて地図を前にぼやくのだった。
片手に持つ私物の万年筆を回すパトリツィアの表情は苛立ちを隠しきれておらず、毛並みや表情は窶れ口調も棘のある言い方であった。そのパトリツィアの発言に、その場に居合わせたクラリッサは彼女と自身の苛立ちを抑えるつもりで静かに呟くのだった。
だが、そのクラリッサの発言は余計にパトリツィアを苛立たせ、彼女からの嫌味を返された。それにより、指揮所の空気はいっきに悪くなり、クラリッサは苦い顔を浮かべ居合わせてしまった下士官達は波風を立てないように黙るのだった。
「お前ら、何を言い合ってるんだみっともない。それでも、帝国空軍軍人か?」
「総員、気を付け!」
「キルシュナー少佐、ユッシ殿の所に行っていたのでは?」
「アイツは見つからん。どこをほっつき歩いてるんだか、参ったものだよ。最後に見かけたときは"部下の様子を見てくる"って言ってたのに」
「全く…"何も考えず降下させる司令部に、戦場も戦術も知らないガキンチョエルフの指揮官"…ホントに貧乏くじだ…」
パトリツィアによってお通夜のような空気が指揮所に流れる中、疲れた顔のキルシュナーはヘルメットを脱ぎながら現れるとその空気に嫌な表情を浮かべるのだった。
上官の登場にはパトリツィアも苛立ちをきちんと隠しながら指揮所の面子へと号令をかけるのだった。
そのメンツの中のクラリッサは、乱れに乱れた羽角を手櫛で直しながら他の面子同様に疲れ無精髭を伸ばすキルシュナーへと一言尋ねた。だが、そのクラリッサの一言に答えるキルシュナーもユッシの名前に苛立ちを覚えたようで、小馬鹿にしたような口真似をすると乱雑にヘルメットを机に投げるように置くのだった。その最上官であるキルシュナーさえ苛立つ反応には誰も口をつぐみ、パトリツィアはタバコに日をつけながらぼやくのだった。
「マルコ軍曹、師団本部との定時連絡は?救援の親衛隊連中はまだなのか?」
「はっ…"残留のA、C混成小隊は救援が到着するまで防衛線を維持せよ。親衛隊の救援部隊は出動しているので、その部隊からの連絡を待て"とのことです」
「"出動した"?2時間前は"前線に到着した"だったのに、また出動か?一体その部隊はいつ着くんだ?包囲網は狭まってるのに、俺達はこの包囲から出られるんだ?」
「それが…」
机の上のスチールマグカップを取り、コーヒーを啜りながら地図と睨み合うキルシュナーは無線の近くで書類を纏めるゴブリンのマルコ軍曹へと、尋ねた。その言葉にマルコ軍曹は右眉に付いている切り傷を撫でながら書き途中の報告書を読むのだった。
その報告にキルシュナーは頭を抱え、地図に書かれた敵兵約2万の包囲網を突きながらボヤくのだった。そのボヤきはクラリッサにのみ聞こえていたらしく、彼女はキルシュナーの元に歩み寄ると言葉を濁しながら地図の近くに置かれた鉛筆を取るのだった。
「どうも救援の親衛隊が陸軍に増援を求めたことで少し遅れたようです。前線の第3軍ですので、カッペ鉱山南東からですので…」
「陸軍に増援?まぁ、出してくれりゃ御の字だが、堅実と迅速の陸軍が防衛線を崩すわけはないよな。なら、早くてあと15分か?何も起きない長い15分なら良いがな」
「ケプローター機が6機に、歩兵か1個小隊。南西から北北東方向、トンモトの防衛線から150m後方に降下して私達を回収し即座に撤収とのことです」
「結局、空軍に歩兵戦力は扱いきれないんだよ。全く、エーリカ大将の言うとおり今回の空軍は都市爆撃だけ担当してれば良かったのに…」
キルシュナーへと報告するクラリッサは、トンモトと周辺の地図に部隊の詳細を書き込みながら説明した。その内容にキルシュナーは驚きつつ顎に手を当てながら溜息のように呟いた。
そのキルシュナーの呟きにクラリッサが更には明るく気を張った口調で味方の報告を更にすると、彼は森に響く爆音に遮られながらもボヤくのだった。
「キルシュナー少佐、陸軍からの砲撃です」
「予定より少し早いな…いや、誘導弾だけじゃなく榴弾砲撃までオマケしてくれるのか。まぁ、陸軍は優しいこと」
「大隊長、警戒班から報告が入ってます。"砲撃及び誘導弾は目標への命中多数。敵は、混乱しつつトンモトを迂回しつつ南へ退却"」
「さてと、ならばそろそろ撤退準備を…」
その爆音に指揮所の全員が窓の外を見る中、無線機を取ったマルコ軍曹はキルシュナーに報告をしつつその内容をメモするのだった。
その報告にキルシュナーが一言皮肉を言う中、マルコ軍曹は地図に砲撃の着弾する箇所を書き入れた。その砲撃はトンモトの街を包囲する各敵集団の中央に集中しており、敵軍の指揮を混乱させる意図があった。
その砲撃の着弾による爆音と爆煙を見ながら、キルシュナーは周りの将兵に目配せしつつ撤退を指揮しようとした。
「南東の弾着観測班から、報告!"敵の1個連隊が前進を開始、規模は2500"とのこと。はっ?エルフが来ただと!」
「クソっ、野蛮な野獣共め…砲撃の中を突っ込んで来るなんていい神経してる…」
その撤退の指揮に水を差すように、マルコ軍曹は無線機からの報告をキルシュナーに伝えた。彼の大声は他の将兵全てに聞こえるほどであり、キルシュナーはその報告の"エルフ"という部分に全てを察して頭を抱えた。
「キルシュナー少佐!親衛隊のヴェアヴォルフ隊から連絡!"淑女はいつでも早く会場入りしますの。状況は見えましてよ。獣は私達で止めますから、10分で撤退しきってくださいまし"…なんだ、この変な言葉遣い」
「さて…せっかくリリアン大陸に降りたのに、避難民誘導と逃げ遅れの捜索ばかりだったし、そろそろ俺達も実戦をやるか。パトリツィア大尉は前線の指揮を。クラリッサ、トンズラの準備だ!」
その悲報と共に無線が別の通信も流すと、マルコ軍曹はその内容に困惑した。だが、その無線の内容や、トンモト上空に響くローターブレードの音から全てを理解したキルシュナーは、疲れた顔ながら雰囲気にやる気を醸しつつ命令を出すのだった。
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