第6幕-3
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
戦争とは常に国民が求め、政府が決断し、軍が実行するものである。だからこそ、本来は戦争が国家の外交手段の1つとして認識されるのである。
その工程上、戦争を欲する根源である敵国民に損害を与え自己保存の本能を刺激し戦争を終結ないし停止させる事において、都市に対する絨毯爆撃は絶大な効果があった。
「かっ、母さん!地震だよ!」
「サムリ、こっちへ!家具から離れて!」
「2人とも、早く外へ!うわっ!」
「嫌ぁ!」
レンガ造りの建物ばかりのエスペレンキ降り注ぐ無数の航空爆弾は屋根や壁を易々と突き破り、その内側に無機質で荒れ狂う様な鉄の嵐を巻き起こした。一切の警告もなく、民家や政府建築物、民間人や軍人の区別なく、文字通り無差別な爆撃を前にはエルフの誰一人として察知も対応も出来なかった。彼等が出来る事は、ただ降り注ぐ爆弾に建物ごとその身を引き裂かれ、瓦礫に押し潰されるだけだった。
「ゆれっ!外が…うわっ!」
「何だ!地面が揺れる!あっちが燃え…えぁ!」
「ばっ、爆発だ!噴火だ!逃げろ!」
「建物が…建物が崩れるぞ!逃げろぉ!」
「たっ、立てない!うあぁあぁぁぁ!」
空軍が爆撃に使用した爆弾は鉄筋コンクリート40cmを貫通出来る程の威力であり、中には対艦用に用いられる徹甲爆弾さえ混ざっていた。これは魔法による防御への対策を講じたためであったが、奇襲に近い爆撃の中ではそれらが一切行われなかった。
その結果、鉄筋コンクリートはおろかレンガや木材の建物はミニチュア模型の如く一瞬で崩壊た。その余波や地面に着弾した弾頭が過剰な威力を発揮し、地面を抉る程の衝撃を撒き散らした事で地震のような猛烈な揺れを起こすのだった。過剰な爆風と揺れは無事な建物も吹き飛ばし、爆撃の被害を何倍にも膨れ上がらせるのだった。
「こんな…大編隊の爆撃もまともに迎撃出来ない様な低能連中に…私達は負けていたのか?嘘だろう…こんな一方的な爆撃なんて…」
「第1航空艦隊、攻撃開始を確認。編隊指揮機から通信!少将、爆撃は有効であり現在も敢行中との事です!」
「光学映像、赤外線映像、暗視映像で地表を確認。爆撃は効果あり!」
「いや〜…流石にヨルムンガンドの大編隊による絨毯爆撃か…あんなのをまとも食らったら、都市の1つ簡単に瓦礫…いや、この調子ならこの世から消えるか?」
「他艦隊からも通信!"鉄槌は地に落ちた"。爆撃開始で効果ありとの事です!」
エスペレンキを爆撃する国防空軍第1航空艦隊の爆撃編隊の上空である1万2千メートルに、巨大なレドームを搭載したW字型の主翼に双翼の垂直尾翼を持つ4発爆撃機を改装した空中警戒管制機が飛行していた。
その機体内は作戦開始前から修羅場の様な忙しさであり、指揮を取るブリュンヒルデ・ツー・オイゲンも高高度ながら額に汗を浮かべる程だった。そんな彼女達も眼下に広がる爆撃開始には大いに盛り上がり、リリアン大陸各国首都へ爆撃を開始した他艦隊からの通信には戦勝の如く湧き上がった。下手をすると誰かが歓声を上げかねない機内で、ブリュンヒルデは機体下方を確認出来るカメラで爆撃の状態を確認するとその戦果に呟くのだった。
そこには周りを森林と雪原に囲まれた都市が映り、その都市はまるで白夜と思える程に明るく燃え上がっていた。歪ながらもひし形とも言えるエスペレンキの街は、さながら絨毯を敷くが如く一箇所とて無事な場所を許さないと言わんばかりに数百kgの爆弾が雨の様に降り注ぐのだった。
「同情する気は無い。土足で人の国を荒らしたバツだ…せいぜい、泣いて喚く暇なくこの世から消え失せろ野蛮人共が…」
「少将、そりゃそうですよ。相手は魔法なんて非科学的なものに頼る野蛮人。総統の心配は解りますが、これなら宣戦布告前にエルフが絶滅ですよ!赤外線映像がもうそりゃ…あれ?」
「どうした曹長?何があった?」
16人の機器操作員が無数の装置で周辺の情報を集める中、タブレット型の機器で燃え上がるエスペレンキを眺めつつ毒々しい口調で吐き捨てるように呟いた。その表情は眉間にシワがより、憎々しげに睨むとも馬鹿にするように蔑むとも言えるものだった。
画面へ向けて冷たい視線を送るブリュンヒルデに飛行服を纏う機器操作員のオーガの男が酸素マスクでくぐもった声ながら彼女の呟きに反応した。その陽気な口調にマスクの下で笑みを浮かべたブリュンヒルデだったが、彼がパネルを前に言葉を止めるとその元へと尋ねながら向かった。
「ブリュンヒルデ少将、こちら第115戦闘航空団第2航空隊!緊急通報です!エスペレンキ中央の城を覆うように緑に発光する何かが出現!確認と解析をされたし!」
「少将!エスペレンキ中央に高熱源を探知!赤外線探知にのみ反応あり!非常に高温!」
「電探手!」
「周辺空域に味方識別に反応のない不審機無し!対空ミサイルも反応無し!」
「ならばこれは…魔法か!」
だが、オーガの曹長の元へとたどり着く前にブリュンヒルデはヘルメットのスピーカーからノイズ混じりに響く緊急通報で彼の疑念の呟きの意味を理解した。途端にオーガも急いで得たばかりの情報を彼女へ報告すると、ブリュンヒルデは機器操作員の全体に響くように指示を出したのだった。
そして、返ってくる報告を前にブリュンヒルデはエルフ達が遂に魔法を使い反撃を使用としている可能性に思わず呟いたのだった。
「ちっ、父上!」
「近衛騎士団は何をやっているか…街が訳のわからん爆発に襲われているのに…その前兆に気付けんとは!」
「これが…エルフ王サウリの風の魔法!魔力量が規格外だ!」
「馬鹿に…しているのか…考えうるに空からの何かが爆発の原因だろうが…余りにも高すぎて手も足も…出ん!」
だが、ブリュンヒルデの予想と異なり城の中では迎撃と言う言葉はおろか、状況の把握さえ出来ていない状態であった。
空襲という初めての概念に理解の追いつかない者達は、地震のような揺れの前にただ立ち上がる事に必死であった。だが、その中でサウリだけは遥か上空の気流の乱れを魔力による感覚の増加で理解したのだった。
それでも、理解しただけで対抗策が取れるほど遠距離攻撃魔法の射程は長くなく、サウリは魔法の防御壁をドーム状に展開したのだった。逆巻く竜巻の様な薄緑に発光する風が城を包み込むと、一部の空きも無く城の周りを吹き荒れる風の壁となった。
城のような広い敷地全体を守る魔法防御壁はエルフでさえも珍しく、ミリアは父親が膨大な魔力を一度に消費する事へ心配しヴァルッテリはその魔術に感嘆の声を上げた。しかし、サウリの表情は鬼気迫るものであり、絞り出す声には焦りと苦悶が感じ取れるのだった。
「敵は…空から来ている…」
「空?それで爆発ともなれは、相手は翼竜か!」
「バカを言うな、翼竜ならば火を吹く筈だ!爆発などしないし、直に街の兵らや門番達が警報を出すぞ!」
「なら何だと言うんだ!こんな…うおっ!我らが膝を突いて立てなくなる爆発がそうそう出せるか!」
「なにより、迎え撃たねば!空中騎士団を…」
「遅い!まして導入したばかりの飛行魔導装置は20。20人のひよっこで何が出来る!何より…届かん…来るぞ!皆、伏せよ!」
サウリの言葉に混乱する将軍や参謀達は焦りと苛立ち、突然の理解出来ない事象に対する恐怖から口論を始めた。ミリアやヴァルッテリはもはや沈黙するしか出来なかったが、サウリの慌てる指示が部屋に響くと誰よりも早くその場に伏せ、全員を先導するように行動を起こしたのだった。
[第101爆撃航空団第1飛行隊長、こちら航空団本部小隊!聞こえますか!元帥!]
「聞こえる!そして確認した。確かにあれは魔法だ!」
[高熱源ですが、電探や逆探にも反応なしてす。直ちに回避を…]
「間に合わん!何より、いま編隊を無理矢理旋回させれば機体同士の接触の可能性がある。このまま爆撃を強行する!」
[しかし、元帥!]
「総統への言い訳は"愚かなロータルの愚行"としろ!だが、ただでは撃墜されん。あの魔法の観測を続けろよ。復唱!」
[観測の続行…了解しました…元帥、ご無事で!]
「おうさっ!」
地表で初めての空爆に混乱するエルフ同様に、国防空軍は眼下に初めて見る魔導防御壁を前に混乱を起こしていた。爆撃はそれを行う航空機の性質上直線でなければ正確性が低くなり、編隊を組んで行うために突然直進を崩す事も用意ではなかった。
それが爆撃中ともなれば更に中断は難しく、ブリュンヒルデの無線の叫びを聞くロータルは、ヘルメットのバイザーを上げでメガネの位置を直すと、彼女の応答に答えた。
明確な焦りと怯えの理解出来るブリュンヒルデの声だったが、それを聞くロータルは冷静どころかむしろ興奮気味だった。
爆撃を始めて数分経つというのに未だに迎撃も対応も無い事は、ロータルにとって不満や不服でしかなかった。彼は、散々自分達を苦しめたエルフやヒト族に何をされても対応出来るよう訓練を配下の第1航空艦隊に命じていた。だからこそ、ようやく敵方の行動にはそれを叩き潰したいという感情に溢れたロータルは、ブリュンヒルデの提案を却下したのだった。
親子である故に、自分の父親が闘将としての感覚に流されつつある事やもう母親しか止められない事を理解したブリュンヒルデは、ロータルの言葉に復唱すると激励を飛ばし答える声を聞いたのだった。
「編隊各機、編隊を密にせよ!地表で野蛮人が抵抗をしようとしている様だが、我ら空軍には効かぬ事を教えてやれ!爆撃続行!」
[[[[[[了解!!]]]]]]
ロータルの遂に迎えた"戦闘"による興奮で上ずり気味の声に、作戦参加中の全ての将兵は呆れながらも不安を打ち消し無線に闘志の溢れる声で答えたのだった。
翼竜よりも天高く、天災よりも遥かに残酷な鉄の嵐は、サウリ達の頭上を飛び越えその憎しみと容赦ない殺意へ巻き込もうとしていた。
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