第4幕-4
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
「カっ、カイム…面白い冗談を言うのね。ひょっとして、いきなり呼び付けたのを怒ってるの?」
「それで怒る程の狭い了見は無い。まして、これは冗談では無い」
「エルフが…帝国の…魔族の土地に居るというの!」
「えぇ、客人待遇とはいえ帝国ホテルの最上階で軟禁…と言った所です」
表紙を確認し中身を見ようとしたアポロニアはカイムの言葉に固まった。魔族にとってヒト族やエルフというものは、最悪の印象しかない憎しみの象徴に近い存在であった。それは、アポロニアの父親である4代目皇帝や多くの家臣、国民に国土を蹂躙し略奪と虐殺の限りを尽くした為であった。
アポロニアにいたっては自分を逃がす為に父親が殺され危うく国を崩壊させられかけたので、エルフやヒト族という存在に誰よりも嫌悪感を抱く人物は帝国広しといえど彼女以上はいない程だった。
「貴方…一体どういうつもりよ!何なの!いきなりそんな馬鹿みたいな事を言って!嘘をつくなら
、もっとまともな嘘をついてよ!」
「嘘じゃないし落ち着け、アポロニア。今は皇帝として…」
「"落ち着け"?あのエルフが…人を嬲り殺して、骨身を剥ぎ取る獣がこの地に居るのに"落ち着け"ですって!」
「話を聞け、アポロニア!しっかりしろ、お前は帝国皇帝だろ!」
カイムの真剣な表情や口調からエルフの存在を認知した事で、アポロニアは嘗ての記憶を呼び起こされた。それは暗く血に濡れた記憶であり、帝国の荒廃と孤独や虚しさに染まった忌まわしいものであった。
そのトラウマを前にアポロニアは取り乱してカイムから渡された書類を彼に投げつけた。それを慌てて立ち上がり空中で取ったカイムだが、いつの間にか目の前にアポロニアが立っている事に気づくとその場で固まった。彼を見つめる彼女の視線は恐怖や不安等の負の感情に満たされており、カイムはその瞳に覚えがあった。
「まさか、貴方も裏切るの?"アモン"のように…内戦の貴族の様に!貴方も私を裏切って、私を討とうって言うのね!」
「だから落ち着け、アポロニア!誰が裏切るって言うんだ」
「貴方も私を否定するんでしょ!役立たずのダメ皇帝って、政務もまともにこなせない…教皇以下の…総統のお飾りって!」
「アポロニア!」
嘗て反帝国派の貴族から命を狙われ、婚約者から殺されかけたアポロニアにとって"裏切り"は何よりも辛い事であった。その裏切りの可能性を様々な事に頼っていたカイムへ感じた彼女は、不安と恐怖から自身を討とうとするカイムの妄想に完全に囚われたのだった。
瞳が不安に揺れ震える声で言葉を紡ぐアポロニアは微かに震え、怯える少女そのものであった。そんな彼女にひたすら落ち着くよう声を掛けるカイムであったが、負の妄想に取り憑かれ始めたアポロニアは彼の声を聞かず卑下の言葉を叫んだ。
目の前で怯えるアポロニアの姿やその叫びに耐えられなくなったカイムは、彼女の肩を掴むと叫び、俯く彼女の顔を上げさせた。
カイムと向き合うアポロニアの表情は、完全に怯えきったものであった。だが、目の鼻の先にあるカイムの真剣な表情を前に、彼女は少しだけ妄想の世界から戻り始めた。
「いいかよく聞け、私は君を裏切る気も殺して皇帝になろうなんて気も無い。まして総統を一度でも逃げた私が権力を欲すると思うか?」
「それは…でも…」
「第一、私は帝国国民…今は何人だっけ?」
「480,254,053人」
「そんなに…まぁ、それだけの人間の上に立つ程の器はないし、君しか出来ない。戦後の各地を回って調停し国家を完全に統一した。君に代われる自身はないし…」
アポロニアへ真剣な表情て語り続けるカイムは、弁を振るう内に彼女へ詰め寄りアポロニアは顔を赤くした。そして、口籠りながらも否定の言葉を投げようとした彼女へカイム更に続けると、彼は言葉に迷った。
複雑な表情を浮かべて口を真一文字に結んだまま固まるカイムに、アポロニアは頬を赤くしたまま首を傾げた。
「ないし?」
「ブルーノさんや散って行った兵達に頼まれたんだ、"皇帝陛下を頼む"と。それに、血塗れの総統が国を乗っ取って誰が喜ぶ?」
「血塗れ…なら、私も血塗れよ。貴方に戦争を命じたのは私。だから…」
「"戦場は、百人殺せば英雄"なんていうが、私には英雄が精一杯だし、これ以上偉くなりたい気も無いよ。とにかく、この一件には考えがあるから君に説明をするんだ。事情はすべて話すから、聞いてくれ」
「んん…解った…」
「はぁ…よろしい」
カイムは戦死したブルーノや部下達の事を思い出し暗い表情を浮かべたが、嫌な思い出を呼び起こした甲斐があったのかアポロニアは正気に戻ったのだった。
そんなアポロニアに事情を説明しようとしたカイムだったが、彼女がすぐ隣まで椅子を引っ張ってくるとそれを止めようとした。だが、薄っすらと涙目になっていた彼女の前にして、彼は溜息と共に受け入れるのだった。
「それで…ぶふぅぅ…エルフが一体どうして帝国に?また戦争をするって言うの?ならばカイム、返り討ちにしてあげなさい!それと、ハンカチありがと…」
「鼻までかむのかよ…まぁ、受け取るけどさ。それでアポロニア、そうじゃないんだ。そうじゃないんだが…まぁ、書類を見れば大まかな事は解るさ。付随する事も」
胸ポケットからハンカチを取り出したカイムは、アポロニアの涙を拭うとそれをそのまま渡した。受け取った彼女も、ハンカチで鼻もかむと取り戻した勇ましさで強気な発言と共にそれを返した。受け取ったカイムは、若干鼻水で糸を引くハンカチに意識を向けながらも皇帝としての気迫を取り戻したアポロニアに安心しつつ再び書類を見るよう促した。
「"ダークエルフの外交特使が、帝国に同胞30年万人ほ亡命を依頼"?」
「亡命という言い方だが、彼女の言い方を考えると移民が近い。何せ紛争への加勢より、市民や同胞の生存を優先するんだからな」
「本当だ…"内戦への加勢が不可能であれば難民としてダークエルフの受け入れを求める。これは、戸籍取得と国民保険の取得、主権の皇帝への譲渡を含む事から移民と受け取る事が出来る"…この後に書かれている事って?」
「仮に"移民を受け入れて、彼等を救出する"としたらの兵力概算だ」
暫し黙読していたアポロニアだったが、渡された資料のページを捲る彼女へは驚きながらも読み進めた。彼女の驚く呟きに合わせ、その都度カイムが説明をする事でアポロニアは帝国に起きている事態を理解した。
だが、ページを進めるアポロニアがカイムの説明を受けつつ捲ると、彼女の表情は一変した。
「"海軍の揚陸艦と陸軍の大型補給艦を150隻、海軍の8個艦隊、陸軍の2個軍団を要して1ヶ月半の作戦期間を要する"!ばっ、馬鹿じゃないの!こんなの、軍事に疎い私だって無理ってわかるわよ!」
「オマケに概算だからな。一回の輸送で往復1月掛かる。その上50隻近い揚陸艦と補給艦を護衛してリリアン大陸への移動だ。敵艦隊からすれば、停泊中の輸送艦なんて格好の獲物だ。更に輸送が圧迫される以上、陸軍を大陸に孤立させる危険もある。確かに、君の言うとおり無謀な大規模作戦だな?」
「"空軍による敵都市への陽動爆撃"まで行うなんて…貴方、これを本当に実行させる気?」
「それはまだだ。こいつは国防軍最高司令部の兵務局…いや、参謀本部の出した仮の作戦だ。正式な物は27日の会議で提出される。その会議で、三軍の動員可能な兵力と今後の対応が決定される」
「はぁ〜…一気に嫌な汗をかいた…」
資料に記載されたリリアン大陸へのダークエルフ救出に必要な兵力資料を読んだアポロニアは、その余りにも膨大な兵力に驚愕しつつ隣に座るカイムヘ詰め寄った。驚くアポロニアを前にしてカイムは、救出に際する大きな危険性を更に述べた。
カイムの補足で眉間をしかめつつカイムを不審の目で見るアポロニアの視線に、彼は後頭部を掻きつつ仮の作戦である事や今後の予定を纏めて伝えた。カイムの発言に安心した彼女は再びカイムからハンカチを取って汗を拭おうとした。だが、若干湿ったハンカチを彼に返すと、彼女は訝しむ目でカイムを見詰めた。
「貴方は会議で出兵に否定的な考えをしたそうじゃない?そんな貴方が肩入れしてるってことは…会ったのね?全く、この資料には"ダークエルフは魔法が使えない"って明言されてるけど、確証は無いでしょうに。私が取り乱すのを知っての事かもしれないけど、独断で事を進めるには大き過ぎる要件よ。そんなにその"特使殿"が好みだったのかしら?」
「そういう方向に持っていかないでくれます?私は女性関係には誠実でありたいの!」
「よく言うよ。ギラやアーデルハイトとイチャイチャして、オマケに部下の女性からチヤホヤされて鼻の下伸ばして…"英雄は色を好む"ってヤツかしらね!」
「手を出せば政治問題だよ。確かに美人だったが…」
「最低!人の気も知らないで!」
「こんな奴を好きになるのが、私としては心配する要因だよ。駄目な男に引っ掛かったら人生を棒に振るぞ」
「もうとっくに振り回されてる!全く、あの羊女も狼も追い出してやろうかしらね…」
棘のある言葉でカイムに疑念を投げるアポロニアに、カイムは冷め始めた料理へ手を付ける形で視線をそらし苦々しい口調で言い訳をするのだった。彼が絞り出した逃げ口上も彼女にあっさりと言い返された上、過激な発言をするアポロニアにカイムは深く頭を落としながらフォークで切った料理を頬張った。
「本当に…困ったものね。国の中どころか皇帝の身辺だってまだ問題だらけなのに…それを"30万人近くを纏めて救ってくれ"なんて…疫病神も良い所よ…」
「まぁ、持ち込んでくれた一軒は最悪だが…付いてたオマケだけは悪い話ばかりでも無いんだな…」
「オマケ?この"スオミの古の知識"ってヤツ?それともこの"アネルマ"って女?やっぱり!」
「違う違う、そうじゃない。まぁ、細かい所が解らないが、その"スオミの古の知識"って奴が思いの外凄かったって話さ。ヒト族との戦闘を劇的に変えるくらいは…」
「打って出られる様になるって事?その復讐だ大陸侵攻を叫ぶ気はないけど…」
「手土産として持ってこられた分だけでも絶大だ。ウチの爺様連中が腰を抜かしてたよ」
「あの歴史バカの組織?そう言えばカイム、あの組織の予算請求額は多すぎよ!毎年思うんだものいい加減にしてよ」
「国に大きく貢献してるだろ?急速な機械化発展だ医療技術の再生医療だって…なら、他の所で埋め合わせをするよ」
説明と資料を読み終わったアポロニアのボヤキにカイムが更に補足の説明を加えると、彼女はハッとしたように立ち上がり彼へと文句を付けた。その言葉や頬を膨らませる彼女に、カイムは半笑いで一言告げた。
「ほぅ、言質は取ったよ。他の所で埋め合わせるのね」
「あぁ、勿論。各親衛隊支部への予算を一部…何だよその笑み…」
「そう言えば…24日の誕生日祝賀会、2人くらい呼び忘れてたの。素敵な日なんだから祝って貰わないと」
「はっ…はっ!まさか、それは駄目だ。私としてはならともかく、君は皇帝でこの国の…」
「黙りなさい、勅命よ!第一、貴方が言えた義理じゃないの!魔法についても解らないままなのに無茶して。埋め合わせ!」
カイムの言葉に悪戯っぽく笑うアポロニアは、全てを察したされの静止の言葉を振り払う様に言い切るのだった。
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