第3幕-6
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
カイムは嘗て、ただの青年であった。
確かに、一般的な学生よりは政治に関心があり、世界情勢や無駄な知識を多く抱え込んていた。それは彼の友人関係に悪い意味で深く影響を与えたが、カイムには後悔の念は無かった。
それ故に、カイムは総統という政府高官の職をそれなりに熟してきた。彼自身、それを良く思う事は多かったが、悪く思える事も少なくなった。
[Näen, tämä on sinun ... tumman tontun pyyntösi ...《なる程、これがあなた方の…ダークエルフの要求ですか…》]
[Demonit ... Ei, tämä on ainoa asia, jota haluamme imperiumilta. "Suomalaisten turvallisuus ja vapaus". Tästä syystä kaikkien ihmisten on hyvä omistautua keisarillesi valtakunnalle. Heitä heimojen lippu ja pidä keisarillista lippua.《魔族…いえ、帝国に求めるのはこれだけです。"スオミの民の安全と自由"。その為ならば、帝国に全国民があなた方の皇帝陛下に身を捧げるのも構いません。族国の旗を捨て、帝国の旗もかかげましょう》]
その悪い事の1つとして、カイムはつきたくない嘘を上手くつく術を覚えたのであった。その結果が、記録に残らず全て非公式の会合が映像として記録され、国防省地下会議室にスクリーンで流されている現状であった。
「奪われた領土復帰はおろか、国の領土防衛も捨てて全国民30万で亡命か…」
「怪しすぎるのではないですかな、総統閣下。ヨルク元帥の言う通り、幾ら何でもこの要求にはダークエルフの国家方針が全く見えませんな。まるで…」
「エッカルト大将、それは"急場しのぎで考えた"と言う意味で?」
「ブリギッテ親衛隊総監殿の言う通りです。族長の娘を特使として送るというのも、国家としておかしい。部族が寄り集まったとしても、国家としての体面は形造るべき。外務省も無い組織など怪しい。空軍は、"この一件に対して干渉せず"を具申いたします」
騎士達によって隠し撮りされた映像が終わり、スクリーンが天井に格納され会議室が明るくなると出席する高官達がざわつき始めた。
ヨルクやエッカルト、ブリギッテが席で腕を組むカイムに意見を言う中、ロータルに脇腹を小突かれたアルデンヌか高らかに意見を言った。その発言には空軍の全将兵達が頷いていた。
「先が見えぬな。その、"フィントル何とか国"との紛争に勝ちを求めぬ訳が解らぬ」
「元から国家への帰属意識が低いとはいえ、講和条約より我らが帝国に助けを求めるのは理解できませんね」
「瀕しているならばこそ、民の為の最善の講和条約であろうに…それを知らぬ程にはダークエルフとか言うのも愚かで無かろうに」
ロータルがズレた眼鏡を中指で押し上げて直しつつ発言した。そんな彼言葉に、娘であるブリュンヒルデ・ツー・オイゲン空軍中将が配られた書類でオレンジの瞳を明かりから隠すの様に持つと、不思議そうに呟いた。さらに書類を持つ反対の手で乱れた羽角を撫でる彼女の横で、黒い肌に鋭い目をした恰幅の良いブタ獣人のガーランド大将は書類の写真を呆れるように指差して呟いた。
「えっ…エルっ…エルフ…エルフだ…えぇエェぇえエェ工エエェェェエエ工っ…」
「ロジーネ・ツー・ライヒェンバッハ=レッソニッツ空軍中将、どうした?」
「まるで壊れたカセットテープだな」
至って冷静に意見を述べていた空軍将校達だったが、その中でただ一人ハーピィの女であるロジーネは目に見えて判る程冷静では無かった。虚ろな目は未だにスクリーンのあった所を見つめ、顔の左側を隠す長い青髪を撫でる左手は震えていた。書類を持つ義手の右腕は震えにより機械音を立て、童顔ながらも整った顔は明確に青くなっていた。
そんなロジーネが震える声で言葉にならない何かを呟き将兵達が不思議がる中、フィデリオは慌てて立ち上がった。
「まっ、マズイ!全員彼女を抑え込め!」
「しまった、発作か!」
「総統閣下!今すぐに奴等を始末するべきです!エルフは…エルフなんて…ヒト族も…あの悍しい獣は絶滅させるべきです!殺さなくちゃ…殺さなきゃいけないんだ!出ないと、空が赤く染まってしまう!」
フィデリオが叫びロータルが慌てて止めようとする中、ロジーネは声を裏返しながら恐怖や怒り等の負の感情を爆発させつつ立ち上がりカイムヘ歩み寄った。癖のある長髪が顔面の半分を隠し、虚ろな瞳で悶え苦しむ様に歩むその姿は少し前までの麗人といった姿を忘れさせる程に狂気に満ちていた。
ロジーネを止める空軍将校や近くにいた陸軍将校も彼女の暴走を止めようとしたが、モーター音を上げる右手足の前に跳ね除けられた。
「ロジーネ・ツー・ライヒェンバッハ=レッソニッツ空軍中将、貴女は嘗てヒト族やエルフの虜囚となった経験がありましたね」
「総統閣下、どういうおつもりです!あの獣は…獣は空を焼き払い子を食らう怪物です!私の右腕や足…翼は…この顔も!奴等は笑って切り裂いたんです!痛みに泣き叫ぶ私を見て、笑って!"手羽だ"と言って食べたんですよ…"化け物が人間みたいな顔をするな"と、火で炙った剣を押し付けて斬りつけるんです…奴等は弱者を嬲り笑う悍しい化け物です!自身と異なる生き物を快楽で殺す怪物ですよ!」
総統として冷静な顔をするカイムは端的にロジーネへ問おうとした。だが、恐怖に歪む彼女の右顔を前にすると、彼も言葉に同情心が漏れた。
そのカイムの同情心を理解したロジーネは、左腕より丈の長い右腕の袖や右足の裾を捲くった。露わになった右腕や右足は白く塗装された樹脂と軽い金属のフレームが剥き出しになった義肢が接続されていた。軽量化によって細身ながらしっかりとした造りの右手で、ロジーネは更に左腕の袖を捲くった。本来ハーピィの腕には手首から肘までにかけて翼が折りたたまれているが、彼女の腕には引きちぎられ止血の為に焼かれた様な無残な跡が残っていた。
その左腕で顔の左側を覆う髪をロジーネが掻き分けると、そこには大きな火傷と斬られた様な傷跡があり、右目が緑の瞳なのに対して左目は傷の影響か灰と血の赤色に濁っていた。
無残な過去を語るロジーネとその証拠たる肉体にはカイムも言葉を失い、会議室内の誰もが彼女を止めようとする事が出来なかった。
「ロジーネ、落ち着け!」
「フィデリオ!貴方だって…いえ、この場に居る全ての人間があの化け物の恐ろしさを知っているはず!あれは絶滅させねばならない生き物よ!」
「それとこれとは話が別だ!軍人だろ、場を弁えろ!」
「そっ…それは…」
「人間なら、そんなヒト族みたいに喚き散らして見せるなよ…」
止める言葉を探す高官達の中で、フィデリオは強い口調でロジーネに諭すと何とか発作を止めた。だが、彼女の発言の数々により、その場の全員は過去の侵略や戦災を思い出したのか苦い顔浮かべるばかりであった。
「吾輩も、この一件は突き返し彼女達特使らを国に返すべきだと考える」
「陸軍大臣として、ヨルク元帥の意見を賛同します。そもそも、救援に行くとして"敵の規模"も"装備"、"侵攻経路"や"補給線の状況"等は一切解らない。その上で30万近くのダークエルフを救助して戦闘を行うなど夢物語です。こちらの補給線はダークエルフのリリアン大陸脱出で圧迫される」
「そもそも、ダークエルフを救って帝国に何の利益がありますか?今のこの帝国に30万人増えたからと言って、労働力が劇的に変化する訳でもない。むしろ戦争を呼び込む様なものです」
その暗い空気のなか、ヨルクは眺めていた書類をテーブルに置きながら無干渉の意見を淡々と言い放ち腕を組んだ。その発言は陸軍大臣のヴォイルシュの同意やローレの追加される意見によって、会議室には頷く者が後を絶たなかった。
「まぁ、確かに無意味ですね。リリアン大陸の一部を占領した所で、彼等の話では枯れた鉱山と極寒の大地しかないとの事。仮に鉱山から何か貴重な金属の1つでも出れば話は別ですが」
「親衛隊は総統が攻めろと言えば、何処へでも災厄を撒きに行きましょう。その上で、閣下はどうお考えですかな?」
「エッカルト親衛隊大将、皆も聞きてほしい。私個人の意見では、この紛争には関与すべきでないと考えている。戦争や紛争はあくまでも国家の政策の1つであり、外交上の手段でしかない。国家の利益として得られるものが少ない以上は、政治家としては放置すべきと考えるし、軍人としても貴重な戦力や人員を危険に晒す事は出来ない」
ダークエルフへの協力拒否を具申する高官達が続く中、ブリギッテやエッカルト達親衛隊幹部も"カイムの意見を優先する"としながらも協力拒否しつつカイムの意思を尋ねた。
会議室に居る全員からの視線に一瞬慄きつつ、カイムは改めてダークエルフに対する意見を吐露した。その発言は多くの高官に安心を与え、緊急会議の結論が早々に出たと考えさせた。
「総統、海軍としては陸軍と空軍、親衛隊の提案に対して反対します」
「おっ!シュペーの嬢ちゃん、よく言った。第1艦隊が反対をはっきり言うなら、第2も黙ってられないな!」
「元海賊のハイルヴィヒ・ヴァルトトイフェル提督。野蛮な大砲屋さんと一緒にされるとは…何か勘違いしているのではなくて?」
「カッカッカ!鼻につく小娘だねぇ。まぁ、空母が無くちゃ何も出来ない小娘はほっといて…総統、ここは我等国防軍の腕試しの時ですよ!」
だが、カイムが結論を出すために口を開きかけた直後に、何も発言してこなかった海軍高官達の中でカテリーナ・フォン・シュペーが手を上げて発言をした。
嘗て肩までしかなかった薄い金髪を腰まで伸ばし、短かった角もガゼルの角の様な形で幾分か長くなっていた。そんなシュペーであったが、相変わらず華奢な体で髪や角が付いた事で更に人形か妖精の様に見える程だった。
会議の流れ変えるシュペーの発言賛同したのはハイルヴィヒ・ヴァルトトイフェルと呼ばれたリザードマンの女だった。
本来魔族の獣人やリザードマン等の女性は、人間の様な姿や顔つきを基本に動物等の特徴が無数に現れるというのが遺伝的特徴であった。だが、彼女はその中でもトカゲやイグアナの性質が色濃く出ており、見える皮膚では顔以外の全てを灰色の鱗に包まれおり、白目の無い漆黒の目や鋭い爪、白く癖の強い長髪が魔族の女性にしては異形の存在感を強く表していた。
だが、恐ろしい見た目に反して明るい表情や姐御肌の喋り方、シュペーの毒を笑って受け流す態度にカイムは会うたびに猛烈なギャップを感じて苦笑いを浮かべるのだった。
「なるほど…ヴァルトトイフェル提督は、ヒト族と一戦交えて魔族の実力を測りたいと?」
「そうです総統!現状、帝国は鎖国してて外敵との交戦経験がない。それじゃ、魔族が今後とも安全に過ごせるかってのは怪しい話でしょう?それを"ここで国防軍の戦闘能力を測っておきましょう"って事ですよ。なっ、小娘?」
「"オバサマ"はよく吠えますね。乱暴な説明でしたが、敵情を知るには一戦交えるのが一番です。総統が考える事は解りますが、たかだか30万をリリアン大陸から拾って帰る事も出来なくては、国防軍の名折れです。陸軍や空軍は随分と自信が無いようですが…」
「ついでに諜報員とかを上手いこと流し込めれば、暇をしている情報部海外電信調査課だの外国課に仕事ができるでしょう?」
「ゔぅぅん…」
カイムの質問にテーブルに両手をついて前のめりになるほどヴァルトトイフェルは熱く説明し、白けた目で彼女を見るシュペーが冷静に付け足して説明をした。ダメ押しと言わんばかりにヴァルトトイフェルが付け足すと、カイムは手を組んで口元を隠しつつうなった。
だが、直ぐにカイムは会議室のテーブルの端に座る1人の男に視線を向けた。
カイムの視線の先に居たのは、短く刈りワックスで硬められた燃える様な赤い髪に右目へ黒い眼帯をかけ左目にモノクルをはめた吸血族の男だった。眼帯やモノクルが仮に無ければ若いビジネスマンといった風貌に見えなくもない中肉中背の男は、カイムの視線を受けると頭を抱えつつ姿勢を正し発言を求める様に手を上げた。
「ゲープハルト・プフェニヒ部長、発言を許可します」
「総統閣下、ヴァルトトイフェル提督に言われて発言するのは悔しい所ではありますが…」
「アタシが尻をひっぱたかなきゃ、何も言えなかっただろ!」
「えぇそうですよ!感謝しますよ!クソ…それでです、総統閣下!確かに帝国内でヒト族の知識は古い文献の記録と語学程度であり、今現在の国家状況は明確ではありません。海軍の言うとおり、海外電信調査課や外国課の諜報員を潜入させるには、大規模な紛争はもってこいの状況です。既にヒト族に外見の近しい諜報員の準備は出来ています。今後の国防を考えるなら、今そこ行動の時です!」
ゲープハルトやヴァルトトイフェルの意見は確かに間違ってはいないと会議室の全員が思った。だが、海軍や情報部の考えは帝国を危険に晒し、最悪の場合は再び帝国崩壊の危機を招く大きな賭けでもあった。
「無茶苦茶だ!敵が我等より勝っていたらどうするのか!」
「国防陸空軍の勇ましさは30年の平穏で消え去ったか!牙の無い獅子や爪の無い鷲は図体だけがデカイのな!」
「猪突の第2艦隊が!その発言は国防軍全体への侮辱だ!」
「国防の最前線に立つのは我々海軍です、勘違いされないで頂きたい。此度の一件も我が第1艦隊あってこそ感知できた事!」
「そうだ!第13艦隊も救援に賛成する!」
「総統のご意見も無しにベラベラ喋るな!こら、お前達!」
陸軍の中から批判の声が上がると、最早誰が発言し誰が言い返したか解らない程に会議室に言葉が飛び交った。その言い合いの殆どが、海軍と情報部対陸軍と空軍の喧嘩であったため、親衛隊高官達が必死に仲裁しても止まらない程だった。
「黙れぇぇ!」
荒れ狂う会議室にて、カイムは怒鳴った。その声は部屋の空気を振動させる程であり、席から立ち上がって怒声を浴びせあっていた各軍の高官達は反省の色を表情に浮かべながら席についた。
「今回の会議室はこんな年末に訪れた予期せぬ危機についての情報共有のみとします。最終的な決定権は皇帝陛下にある以上…私が詳細を伝えるので、ここにいる者には今回の件について箝口令を敷きます。27日に再度会議を開きますので、三軍と親衛隊はリリアン大陸への義勇軍派遣の有無を詳細な理由をつけてまとめておいて下さい…閉会!」
「「「「カイム万歳!帝国万歳!」」」」
久方ぶりに本気で怒鳴った事に対する自己嫌悪を表情を浮かべたカイムは、自分の顔を撫でて落ち着いた普段の表情に無理矢理直した。
そのまま立ち上がったカイムは、ギラに数枚の書類を渡しつつ感情なく指示を出すと会議室を後にした。背に受ける高官達の言葉に、カイムは軍靴の音を聞いた。
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