第2幕-5
趣味で書いてるので、温かい目で見てね。
エスパルニア王国のカストロ・エステビアは、湾岸警備隊の隊列が放つ冷たい空気に包まれていた。既に桟橋はおろか港を制圧していた警備隊によって港の従業員や商人達は既に避難誘導されており、桟橋を取り囲む彼等以外には人影は全く無かった。
「隊長、密輸入船には警告を出しました。連中は袋のネズミです」
「隊長じゃない警部だ、巡査部長。それに油断するなよ。相手は一応ダークエルフを捕まえて運ぶだけの能力があるんだ。オマケに積荷も害獣で、あんなのが街に放たれたりでもしたらゾっとする。ネズミなモノか、ありゃトラがオオカミだよ」
「ならば、あんな子供4人も連れてくるなんて無謀なんじゃないんですか?幾ら国王陛下の誕生日が近くて、首都に警官の殆どが吸われたからって援軍がガキでオマケに王子様って…」
「はぁ〜…魔導師の殆どは首都だ。3級魔術を使えるのは俺を含めて4人。ならば、17そこらのガキでも使わなけりゃな?魔導学院の生徒は、一応全員扱いは軍なら二等兵、警察は巡査だからな。たとえ第一王子であっても、国中で噂の学院最強の主席でもな?」
隊列を組む警備隊の隊列の後方に軽装の鎧を身に着けた大男が腕を組み仁王立ちしていた。男は長い髪を後頭部で1つにまとめ、彫りが深く整った顔に不快感を浮かべながら桟橋へ接岸しようとする船を睨んだ。
そんな彼に同じ軽装の鎧で防備を固め警棒と盾を持つ巡査が敬礼部長をしながら報告を行った。鉄兜で表情は見えないが、彼の口調は実戦前に興奮気味であり、その報告を前に警部は組んだ腕を解くと、呆れ顔で巡査部長の鉄兜を指で小突き指摘した。
その指摘を前に、巡査部長は兜の小突かれた部分を撫でながら警部の更に後方に立つローブ姿の4人を顎で差しながら軽口程度の反論を言った。その反論に警官も頷きかけたが、深く溜め息をつくと後ろを少し見遣りながら呟き巡査部長の背中を軽く叩いた。
「ほら、ヘラルド・メヒアス・エローラ巡査部長。実戦前で興奮するならガキの目の届かない所でしてくれよ。突入隊の指揮は任せるんだから、早く行け!」
「了解です、ハシント・ダボ・ドゥラン湾岸警備隊長代理…いえ、総指揮官殿!」
「はいはい…たくっ、20代後半であれだから出世出来んのだな。まぁ、俺も大概だけどな…」
警部に急かされた巡査部長は、敬礼をしつつ彼に返事をした。彼は再び興奮気味の早口で言うと、敬称を言った直後に慌てて訂正すると深く礼をして警備隊の隊列先頭へ戻って行った。
そんなに巡査部長に呆れた警部も、腕を組む自分の足元を見ると卑下する様に呟き朝焼けの空を仰いた。
「ハシント・ダボ・ドゥラン殿。済まぬな、援軍が学院の生徒で。だが、生徒で王子とは言えど、今の私は兵であり私達は貴方の部下だ。気にせずこき使って欲しい」
「フェルナンド・ガビノ・アビガイル・バジャルド…」
「フェルナンドで構わん。自分でも名前の長さには困ってるんだ」
「しかしですね…"はい、そうですか"と言って一端の警察官がエスパルニア王国第一王子をフェルナンドと呼び捨てなんて出来ません」
「成る程な、ヒル警視の言っていた通りの卑屈さだな。だったら…」
足元から接岸を始めた船に視線を戻す警部の背後から、白地に赤い直線的な模様の描かれたローブを纏う1人の人物がゆっくりとした力強い歩みで近寄ってきた。
ローブのフードを脱ぐと、その下からは癖のある金髪は肩程に切り揃えられ、比較的彫りの浅い顔が露になった。その顔は一瞬少女と見紛う程の美しさだったが、警部に語りかける声は明らかに低い男声であった。
そんなフェルナンドに跪く警部に、彼は演技がかった身振りで"飽き飽きした"と肩を竦めて見せた。だが、フェルナンドの言葉にも、警部は真面目な表情で答えた。
その言葉に肩を落したフェルナンドは、軽く頭を掻きながら後ろで立っている3人の学院生徒へ手招きをした。
「何だフェーニャ?」
「見ろ警部。うちの学院主席殿は王子を前にフェーニャ呼ばわりだぞ?これを引っ捕らえて打首にしないなら、せめて私の名前だけで呼んでくれ」
「おい、それなら、俺は何回打首にされるんだ、フェーニャ?回復魔法でも流石に取れた首は戻らないよ。そうだろ、ミランダ?」
「マルシアル、私に聞かれても困る。第一、私より魔法に優れてるアンタが言うなら無理なんでしょ?"賢者"殿?」
「本当にお前ら…王子を無視して普通に振る舞えるのには驚くよ…」
「エリカ、これがマドリアナ王立魔導学院の主席と次席だ。こうなれば常識外れにもなる。いい加減、慣れろよ。そろそろ1年半も経つんだから、ハッハッハ!」
「王子は…これなら騎士学校にも連絡を付けるべきでしたよ…」
フェルナンドの手招きに応えた3人は、彼と同じ白地に赤い線で模様の描かれたローブを身に纏っていた。
王子を愛称で呼んだ男は、フェルナンドより遥かに彫りが深い顔をしていたが、彼同様に整った顔立ちに黒い短髪の美男子であった。
残りの二人は女性であり、一人は低めの身長に長い金髪を海風にはためかせる眼鏡を掛けた青い瞳の美少女で、もう一人は男のフェルナンドよりも背の高い栗色のショートヘアーの美女だった。
マルシアルはフェルナンドの冗談に苦笑いを浮かべ、後ろからやってきたミランダへと尋ねた。彼女は眼鏡の位置を直しながら彼へ茶化して答えた。そんな二人の態度にエリカは呆れて頭を抱えると、横に立ったフェルナンドが彼女を見上げながら笑った。
「失礼、フェルナンド殿下。名前の件については解りました。ですが、ここは既に戦場です。気を引き締めていただきたい。たとえ、学院…いえ、王国最高の"若き賢者"がいたとしてもです」
「いや、済まない警部。マルシアル、だそうだ!くれぐれも、調子に乗って船を爆破しないでくれ。無詠唱魔法も所構わず放たないでくれ」
「フェーニャ、何で俺だけに言うんだ?俺はそこまで考え無しに行動するかよ?」
「魔獣狩りの時に、騎士学院生達を雷撃魔法に巻き込みかけた奴が言う言葉か?」
「あっ、あれは苦戦してたのを助けたの!巻き込むつもりは無かったの!」
「まぁ、とにかく私は言ったからな」
学生4人のやり取りに、跪いていた警部も流石に立ち上がると少し眉をひそめながらフェルナンドに声をかけた。
その声には少し苛立ちが混ざっており、フェルナンドも彼に謝罪するとマルシアルの眉間に指を差しながら忠告した。そんなフェルナンドの態度に不満げな身振りをしながら反論したマルシアルだったが、フェルナンドの畳み掛ける様に言った過去の出来事で彼はうなだれると言い訳を二言三言述べて黙った。
「警部、長々と失礼した」
「いいですよ、フェルナンド殿下。それに、所詮は密業者数十人と害獣数匹。"魔導学院の最強問題児"の手を借りる必要もないと思いますがね?」
「ほぅ、王子相手に度胸のある口振りだな?実戦前で、いい加減作った態度は限界か?まぁ、それぐらいの方が気楽で良い」
「まぁ、流石にそろそろ限界ですよね…子供の職場体験とはいえ、私達は警察でここは現場ですから」
「勿論、覚悟しているよ。それに警部殿、俺達は実戦経験もあるんですよ?」
「バカ言え小僧、"賢者"だか何だ知らんが相手は魔獣じゃない。知恵もあるんだ、油断すると足元すくわれるぞ?」
フェルナンドの謝罪に、痺れを切らした警部は態度を変えた。そんな彼の嫌味に、フェルナンドもいたずらっぽく笑って言い返すと、警部も嫌味を続けた。
その嫌味をきちんと聞いていたマルシアルは自信に満ちた口ぶりでフェルナンドの隣に立ち警部へ言ったが、彼は二人にいつの間にか接岸した船を指差して、さながら教師の様に諭した。
「接岸した!接岸したぞ!」
「警部、接岸しました。舷梯下ります!」
「巡査部長、こちらも確認した。警備隊、突入用意!」
最前列で警戒する警備隊員が船の接岸を確認すると、大声で隊列全体に報告を行った。その言葉を受け確認を取った巡査部長が船からタラップが下りるのを確認し部長へ大声で報告した。
巡査部長の報告を受けた警部は、湾岸警備隊へ指示を飛ばした。その内容を前に最前列の隊員達は盾を前に構え、その後の隊員達は盾で上方の防備を固めた。
隊列が投擲や魔法による遠距離攻撃に警戒する中、マルシアルが手に持っていた十字架状の杖を隊列へ向けて大きく振った。すると、隊列の周辺に薄黄緑色の光が煌き幕のように現れた。
「防御魔法です。盾で身を守るより遥かにマシでしょ?」
「45人分の防御魔法を無詠唱で1度に行う…」
「まぁ、これぐらいは余裕だよね」
「せめて一言あってから出来れば上等何だがな。全体、落ち着け!奇襲じゃないぞ、防御魔法だ!陣形を乱さず桟橋へ向かえ!」
マルシアルが警部へ自慢するように言うと、彼も驚嘆の呟きを漏らした。その言葉に気を良くしたマルシアルだったが、警部は突然の中規模魔法に混乱し身構える警備隊へ落ち着く様に声をかけた。
「え〜!何で皆慌てるんだよ?」
「バカマルシアル!1度に45人分の高等防御魔法が突然起これば、誰だって動揺するでしょ!」
「ミランダの言う通りだな。あれだけの人数へ瞬間的に唱えられたら、私だって催眠の魔法と勘違いしそうだ。まぁ全然別物だがな」
「マルシアル…貴方、殿下の忠告を早速無視して…」
「お前ら、お喋りはそこまでだ」
警備隊の反応に驚くマルシアルは思わず言葉を漏らしたが、後で杖を肩に担ぐミランダは呆れを通り越し彼の耳を引っ張りながら叱りつけた。その言葉はフェルナンドやエリカも納得し呆れた口調で彼女を養護した。
だが、学生4人のやり取りは警部の猛烈な緊張感を感じさせる一言によって止められた。その緊張状態は4人にもきちんと伝播すると、フェルナンドは気持ちを切り替える様に深呼吸しつつ警部の見詰める密業船を見た。
「"燃える情熱号"とは、随分な名前だな…警部、あの船に一体何がった?」
「何だか船の様子がおかしい。接岸して舷梯が下りた。なのに船から弓も魔導攻撃の1つも来ない」
「警部、桟橋を確保!突入しますか?」
「いや待て!まだだ、何かあるぞ!全員警戒!」
フェルナンドがローブの袖から左手を出し顔の前の宙を撫でると、彼の右目の前に青い光の円が浮かび上がった。彼の視界には望遠された"燃える情熱号"の船体とマスト、桟橋を進む警備隊の隊列が映った。
フェルナンドと同様に望遠魔法を使う警部は、彫りの深い眉間にシワを寄せつつその光景を眺めたが、投降も反撃もしない船を疑問しすると巡査部長の具申も直に却下した。
「接岸しても一切反応がないのは不自然ですね?救命艇で逃げたとか?」
「エリカ、船の救命艇は全部吊られてる。逃げるにしても…」
「俺が気づいて、逃げた犯罪者達は冬の港で海水浴だな。なぁ、ミランダ?」
「どうせ、アンタお得意の"爆裂魔法"だ"暴風の魔法"で港が火の海…何、あれ?」
「現場が動いた!総員、戦闘態勢!魔導師は攻撃魔法を用意!」
望遠魔法で船を確認するエリカの意見にミランダが一言付け加えると、自慢げに胸を張るマルシアルが得意気に言った。彼の発言にフェルナンドは肩を竦めミランダが慣れた口調でマルシアルをどやそうとした。
だが、その言葉は盾を構え直し警戒する警備隊により止められ、警部が急いで号令をかけた。
杖を構える学院生徒4人と腰の杖代わりの警棒を取り出す警部は望遠魔法を解くと隊列に近づこうと歩み寄った。
その視線の先には、舷梯を顔を青くし慌てて駆け下りる船員達の姿があり、引き裂かれた服を纏い浅い切り傷を作っていた。その姿は獣に襲われた商人の様であった。その為、桟橋に大挙を成して逃げ隊列へ一目散に駆けてくる男達を前に警備隊は巡査部長を含めて混乱した。
「なっ!お前達、違法動物の密輸入で…」
「けっ、警備隊!助けてくれ!」
「商品が…ダークエルフが逃げ出した!」
「武器を奪われた!死にたくない!」
先頭に立つ巡査部長が20人程の船員達に声を掛けたが、恐慌状態の彼等は話を聞かずに各々が恐怖の叫びを上げて警備隊にしがみついていた。
傷の浅さの割に派手に血を流す屈強な男達は、警備隊にとっても予想外の事態であり、不気味に青い光を纏う彼等に盾を持ってるにも関わらず多くの隊員が一瞬だけ面食らい動きを止めた。
「"賢者"の坊主、あの犯罪者連中を平静にしろ!」
「警部さん、とっくにやってる!でも効かないんだ。"平静"の魔術が効かない!」
「バカ!あの青い霧はアンタのか!警備隊の皆さんが驚いてますよ!何で一言…」
「平静化されないなら、あれは演技…不味いぞ、エリカ!」
「マルシアルの様に加減は出来ませんよ!"我が魔力。逆巻く炎となりて我が敵を焼け"…」
部長はマルシアルに怒鳴るように指示をだすと、彼は動揺を隠すことなく言い返した。
その言葉にミランダが叱りつける様に言う中、マルシアルの言葉から状況を察したフェルナンドがエリカへ叫び、彼女は早口に詠唱を始めた。
その最中、突然商船の救命艇の内の一艘が勢いよく海面に落下すると、飛沫を上げなが湾内を進み始めた。
「船員はグルかよ!何でダークエルフなんて獣の味方をするんだよ!」
「坊主、犯罪者連中は雌なら何でも良いんだよ」
「男の性だな、獣とはいえエルフに似ているからか?マルシアル、ミランダ以外には目をくれるな!」
「殿下、バカな事を言わないで下さい。マルシアル、とっとと杖を構えな!」
「この3人は緊張感の無い…"炎獄の火球"!」
爆走する救命艇を前に、警備隊へ殺到する船員達がダークエルフを逃がす為の時間稼ぎで有る事に気付いたマルシアルは、驚きのあまり悪態をついた。
その悪態に部長やフェルナンドが冗談を交えて意見を言うと、特にフェルナンドの言葉に顔を赤くしたミランダと呆れるエリカの大声が湾内に響いた。
その声の後を追うように、海面を爆走する救命艇の屋根の上に小さな火の玉が浮かび上がり、一瞬で膨れ上がり救命艇を包んだ。
「全員、伏せろぉー!」
「やっ、やりすぎた!」
「俺のが上手く加減するぞぉ〜!ミランダ、飛ばされるな!」
「絶対離すな、話せばフェーニャも吹っ飛ぶぞ!」
「マルシアル、ミランダ、頼む離すなよ!"筋力強化魔法"は苦手なんだ!」
海面に浮かぶ火球が白く光りだすと警部は叫びながら伏せ、その号令を聞いた湾岸警備隊全員が伏せた。次の瞬間、火球は猛烈な熱と光を放つ爆発に変わり、突風と巨大な波を周辺にばら撒いた。
魔法を使ったエリカ本人や桟橋の隊員達も爆発の衝撃を前に耐え、伏せ遅れたマルシアルは身構えながら爆風に耐えていた。エリカへ文句を付ける彼のローブの裾に捕まるミランダは、片手にフェルナンドのローブのフードを握り締めながら叫び、彼女のローブを握る手首にしがみつくフェルナンドは二人に何故か余裕のある呆れた口調で注文を付けた。
「Nyt! Hyppää varaston katolle!《今だ!倉庫の屋根に飛び移れ!》」
爆風と閃光で大混乱する商船周辺に、突然女の声が響くと、商船から6つの影が勢い良く倉庫に向けて飛び出した。
その声を爆風に振り回されながらも聞き逃さなかったフェルナンドは、手に持った杖を影の中でも大きく屈強な1つに向けた。するとその杖の先端から白く光る閃光が影に向けて走り、その右足首を穿いた。
「うっぐぁ!」
その影は光の矢を足に受けた事でバランスを崩し、船から倉庫に飛び移る勢いを失うと倉庫の壁にその身を打ち付け地面に落下した。
「流石に…私だ…マルシアルより加減が出来るし、咄嗟でも威力を間違えない…」
「フェルナンド殿下、ご無事で?」
「君が庇ってくれれば、なお無事だったよ…ミランダのお陰で怪我はないが、彼女共々爆風に振り回されて…あぁ、制服が破れた」
「先程の魔法の矢は?」
「魔導推進の爆発を囮に逃げようとした連中の一匹を撃ち落とした。そう、火に油を注げはこうなるな。察しの悪い私の指示が悪かった。警部、済まない」
「なら、庇い忘れた件は不問でお願いします」
ようやく収まり始めた爆風により地面に落ちたフェルナンドは、腰を擦りながら地面に蹲り足首を押さえる人影を見て呟いた。その姿に伏せていた警部は慌てた表情で起き上がり声を掛けたが、その言葉に彼は破れたローブのフードを見つつ軽口をこぼした。
その反応に安心した警部は、フェルナンドに肩を貸して立たせると魔法の矢について尋ねた。彼はふらつきながらも大斧を地面に突き立て立ち上がろうとする人影を指差し答えた。
そんなフェルナンドの説明と皮肉を前に、警部は卑下する様な苦笑いを浮かべると、警棒を構え直し彼の前に目の前の人影から庇う様に立った。
「フェーニャ、無事か?」
「マルシアル…お前、あの爆風でよく立ってられたな…」
「野生の本能よ。こいつ自分へ即座に防御魔法を掛けてたの…オマケに最大魔力で」
「しっ、死ぬかと思った…あっ、殿下!ご無事ですか?」
「私の学友にはロクな奴がいないな…まぁ良いが」
警部の行動にようやく態勢を立て直したマルシアルはフェルナンドに対して心配そうな声を掛けた。そのまだ余裕の感じる声に驚くフェルナンドは、続々と立ち上がり心情を吐露するミランダやエリカに頭を抱えつつ、相対する人影に改めて向き合った。
「Vilhelm!」
「Ammusin nilkkani… Prinsessa, mene ensin! Ansaitsen aikaa!《足首を撃たれた…姫様、先に行って下さい!俺が時間を稼ぎます!》」
「Älä anna sen mennä! Jokaisen on kiire ja autettava häntä!《放っておけないでしょ!みんな、急いで彼を助けないと!》」
「Mene, Anelma! Olemme saattajat, velvollisia suojelemaan sinua ja kuolemaan! Prinsessa, suorita tehtäväsi! Hylkää minua ja suojaa tulevaisuutta!《行け、アネルマ!俺達は護衛で、貴女を守り死ぬ事が義務だ!姫様、使命を果たせ!俺を見捨てて、未来を守れ!》」
船から屋根へ無事に飛び移った5人は、倉庫の上から落ちたヴィルヘルムに向けて声を掛けた。特にアネルマは、彼の負傷に気付くとマンゴーシュを片手に急いで地上に降りようとしていた。
当然カーリ達がそれを抑えようとしていたが、アネルマは止まろうとしなかった。その彼女へ、大斧を地面から引き抜いたヴィルヘルムが激しい口調で檄を飛ばした。無理矢理立ち上がり大声を上げた事で足首からは血が吹き出し、ヴィルヘルムは苦痛に表情を歪めながらも大斧を構えた。
ヴィルヘルムの意志を前に、彼を救出しようとしていたアネルマの動きは完全に止まり、倉庫の屋根の端から見えていた彼女の影は、後方に引っ張られる様に港にいた全員の視界から消えた。
「Wilhelm, olen valmis. Taistele sitten hyvin ja palkitse vihollisiasi!《ウィルヘルム、その覚悟は受け取りました。ならば、良く戦い敵に一矢報いなさい!》」
「Willi nähdään Valhalla.《ウィリ、ヴァルハラで会おう》」
「En vihaa sinua!《お前の事、嫌いじゃなかったよ!》」
「No niin, ystävä!《じゃあな、戦友!》」
「Willi tarttuu heti. Odota ensin Valhalla.《ウィリ、すぐに追いつく。先にヴァルハラで待ってろ。》」
姿は見せないが、アネルマ達は倉庫の屋根から思い思いにヴィルヘルムに別れを告げた。その言葉は彼の戦死を前提とした別れの言葉ばかりあったが、彼は気楽に軽く左手を上げて応えるのみであった。
「Kerro minulle, mistä pidät, vaikka se sattuu. Teen sen Valhallassa.《痛いってのに、好き勝手言ってくれやがって。ヴァルハラでぶん殴ってやる》」
ヴィルヘルムは痛みで涙目になりながらも、深く息を吸い込み奥歯を噛みしめると、隊列を組んで迫る湾岸警備隊と対峙した。
「怪我したヤツはそのまま捨置くのか…獣らしいが、哀れだな」
「"自己犠牲"を知っている獣がこの世にいるとはな。短命浅学のヒト族らしい妄想だ!」
「なっ、ダークエルフって言葉を喋るのかよ!」
「はっ!魔法が使えても、所詮は世界を知らない間抜け…ぐほぁ!」
マルシアルはただ一人湾に残り大斧を構えるヴィルヘルムを見て同情の言葉を漏らした。その言葉はヴィルヘルムの感に触り、彼は思わず流暢なエスパルニア語で皮肉を言うとマルシアルを睨みつけた。
そのヴィルヘルムの言葉にマルシアルが驚くと、ヴィルヘルムは続けざまに彼を愚弄する言葉を言おうとした。だが、その言葉はマルシアルの後ろに立つミランダの放った魔法の矢に阻まれ、ヴィルヘルムは左肩から血を吹き出すと声を漏らし仰向けに倒れた。
「ミっ、ミランダ!」
「マルシアル、相手は獣だよ。人やエルフの真似が上手い獣。喋れるんじゃなく、喋ってる風に見えるだけ!」
「うぅ…はっ…はっはっ…こうも喋って"真似が上手い"?ヒト族の偉い連中は洗脳が上手いみたいだな?"ヒト族以外に喋る生き物は全て真似が上手い"ってか?そんな俺達"獣"が恐れるなら、王家は化物か?」
「貴様…王家を愚弄するか!」
ミランダの行動に驚くマルシアルだったが、彼女の言葉を受けると彼は何も言えなくなった。ミランダに誘発されるように魔導師4人はヴィルヘルムへ杖を構え、湾岸警備隊の隊列は彼等とヴィルヘルムの間に割って入る様に移動した。
先制攻撃を前に大斧を落したヴィルヘルムは、右手で傷口を押さえ押し寄せる痛みに耐えながら笑ってミランダ達を愚弄する様に言った。
その愚弄はフェルナンドの逆鱗に触れると、彼はヴィルヘルムへ向けて光る杖の先端を向けた。
するとフェルナンドの杖から光の矢が2本ヴィルヘルムの元へ飛び、彼の脇腹と眉間を裂いた。
「フェルナンド殿下、許可のない貴方が駆除すれば法律違反です。ここは私達がやりますから」
「うっ…わかった」
「巡査部長、任せるぞ」
「わかりまし警部!よし、隊列前へ!」
怒るフェルナンドの痛めつける行為を部長が諌めると、冷静になった彼は静かに杖を担ぎ警部へ謝罪をした。
その謝罪に軽く手を上げて応えた警部は、自分達の前に立つ警備隊の隊列へ指示を出し、その指示を受けた巡査部長は隊列を前進させてヴィルヘルムとの距離を詰めた。
「よし、捕獲だ。捕獲するぞ」
「捕…獲だと…スオミの民は…捕虜の辱め等…受けん!」
「巡査部長!あのダークエルフ胸元から何か取り出しました!」
「はぁ?あんな筒1つで何が出来る。連中は獣で、魔法など使えんのだぞ?怯えるな、さっさと終わらせるぞ!」
流血に倒れるヴィルヘルムを前に、巡査部長は興奮気味で隊列に指示を出した。だが、その言葉を聞いたヴィルヘルムは、呻きながら胸元から掌より少しはみ出す程度の筒を取り出した。
握られた筒は木製であり、下の方には横を向く黒い矢印が描かれ赤く塗られた突起が付いていた。
その矢印の方向を確認し筒を捻るヴィルヘルムを見た隊員の一人が盾を構えて彼に報告すると、巡査部長は血溜まりでうごめく彼を哀れむやうに見ながら部下をどやした。
「Kunnia suomalaisille!《スオミの民に栄光あれ!》」
巡査部長の言葉を受け自分に向けて馬鹿にするような視線を向け愚弄する様に笑う警備隊の隊列に、ヴィルヘルムは不敵に笑いながら叫び握り締めたその筒の赤い突起を地面に叩きつけた。その瞬間、筒は業火上げて炸裂し周りの全てを轟音と共に焼き払った。
読んていただきありがとうございます。
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