第七幕-16
「まさか…貴方が、先代皇帝の騎士だった?」
「なら、貴方は自分の主を討ったというのか!この外道め!」
独白を始めたザクセンの言葉に、カイムは驚愕し彼に肩を貸すギラは吐き捨てる様に言った。彼女の表情は少なからず怒りと不審の感情を漏らしており、片手に持つ拳銃をザクセンへと突き付けた。
そのギラの1言にザクセンは倒れたままであったが、見上げる表情は過去を懐かしむ様な表情から一変した。
「ただの小娘如きが知った様な口を聞くな!」
殺意さえ感じるどす黒い怒気に包まれたザクセンは、震える手足を地面に突き立て立ち上がろうとした。その表情は血の涙を流さんばかりに怒りで歪んでいた。
「確かに若様は馬鹿だった。アホだった。人を見る目が無かった。だがな!それでもあの人は優しい方だった。散々振り回されたが…それでも、あの方に私は未来を見た!目的を見たのだ!出来損ないと揶揄され、家を追い出された私は…あの方に未来を見たのだ!」
片膝立ちした右膝に手を突き立て立ち上がろうとしたザクセンは、まるで地獄から響くような声で叫ぶと勢い良く立ち上がった。腫れ上がった顔は雄叫びを上げた彼を不気味に見せ、銃を構えるギラの手が一瞬だけでも震える程だった。
「だが…だが!先代皇帝を討ったのは…いや、ヒト族に売ったのはザクセン=ラウエンブルク家だろう?お前はその当主で…」
「人の話を聞かん小娘だ…言ったろう?私は次男坊だった。親方様…3代目皇帝を戦場に捨てたのも、若様をデルン諸共にヒト族へ差し出したのはあの愚かしい…穢れた売国奴共だ!私の望んだ事ではない!」
「だから…貴方と先代の馴れ初めより、前の戦争で何があったのかを教えて下さいよ!」
怯えで裏返った声を出したギラは、喝を入れるように息を吸い込み肩を張るとザクセンへもう1度も銃を突き付けながら叫んだ。その言葉に悪態をつくザクセンへ、カイムはじれったくなり声を上げた。
その言葉に、ザクセンは一瞬ふらつきながらも足を踏ん張り身を立たせ続けた。
「教えろだど?皆まで言わんでも解るだろう?父上や兄上が、南の売国奴達を先導して出兵を遅らせた。北からの奇襲も、兄上がヒト族に入れ知恵した結果だ。父上や兄上は、皇帝一家とその家臣を纏めて無き者にし、この国を乗っ取ろうとした…」
幽鬼の如く遠くに落ちているバスターソードへ向けて語りながら、ゆっくりと歩き出した。その語り口も歩調と同じくゆっくりとしていたが、言葉の端々には燃えがある憎しみが見え隠れしていた。
ザクセンの過去を思い出し増幅された憎しみは、大男である彼の背中を更に大きく見せていた。その化物の様なオーラは、銃を構えるギラを異質な恐怖で完全に竦み上がらせる程だった。
「許せなかった…事実を知った時、私はあの怪物達を許せなかった。若様や親方様があれ程に努力を重ねていたと言うのに、奴等は暴力に歪み欲望に溺れるヒト族と手を組んでいたのだ…だが!」
剣の元まで辿り着いたザクセンは、足元の地面で刀身を輝かせるバスターソードを忌々しそうに見下ろした。彼は怒りに任せる様に剣を蹴り上げると、青白い光が宙を舞って背後の地面に刀身を突き立てた。
「私は…私が1番許せなかった!私は、あの戦争の時に全てを知らされた。あの売国奴共が今まで行なってきた悪行の…全てをだ!だが、私は奴等の暴挙を止められず、若様を救えなかった…自分の命惜しさに、私は若様を見殺しにした…」
後悔に肩を震わせ立ち尽くしていたザクセンは、カイム達の方へ唐突に勢い良く振り返った。彼の顔面はカイムとの殴り合いでまだ腫れ上がっていたが、それでも判る程に涙を流していた。
ザクセンは思い出したくもない回想で荒れた息を整えると、力無く開いていた拳を握り締めながら突き刺さった剣へと向かった。
「だからこそ、私は覚悟したのだ。拘束されて放り込まれた監禁部屋で。愚かしい一族を私の手で根斬りにした時に!若様を…私の未来を討った奴等を纏めて、地獄に引きずり込むと!」
「ならば…何故、敵としてその…若様の"忘れ形見"であるアポロニアに相対したんです!」
剣へと向かうザクセンへ、カイムは腰の拳銃を引き抜き口でスライドを咥えて引くと憎々しげに叫ぶ彼へと尋ねた。
過去を懐かしみ語ったザクセンから、カイムは彼と先代皇帝との関係が深かった事は嫌でも解った。だが、それ故に彼はわざわざ悪人ヅラをして自分の慕っていた亡き友の娘へ刃を向けるのかが解りたくなかった。
「そうだったな、今の姫様はアポロニアと名乗っていたか…今思えば、皇后様の亡き後は若様も忙しく、お一人で居た事が多かったか?そうだな…私も、もっと姫様を構ってあげていればこの様な形にはならなんだな。本当に、皇后様に似て御美しくなられた。若様の結婚も大変で…」
「なら何故です!下手をすれば、貴方は彼女の事を!」
「それは無いだろう?何しろ、姫様は銀杖を持っていた。後は、若様に上書きされた者次第だが、姫様は運が良き方だった」
再び過去を思い出していたザクセンへ、カイムは叫んだ。その主張は彼にとって1番の疑問であった。
"自分ごとヒト族に肩入れする者をアポロニアに大義を持たせて殲滅させる"という考えはカイムにも察しが付いていた。だが、それは戦力差や彼女の人望から難しいのは嫌でも解る事だった。
それでも、カイムはザクセンは無茶苦茶な復讐劇を実行しようとした理由は理解できず、彼の言う"銀杖"や"若様へ上書きされた"という言葉に戸惑った。
「"上書きされた"?銀杖は勇者だ何だを召喚する為の…」
「若様め…あれ程"古の歴史は、幼くても姫様に教育すべきだ"と言ったのに…まぁ、良い。貴様もいずれ解るだろう、"爆撃機"だの"戦闘機"までも用意させるくらいならな?」
カイムは突き刺さる剣の柄に手を掛けたザクセンの言葉に驚いた。戦車や手榴弾等の名前は、戦場における友軍の号令等で王国軍側にもある程度知られていた。だが、爆撃機や戦闘機は大々的に使っているとはいえ、王国関係者にその名前が知られる理由が無かった。知る筈もないザクセンが知らない兵器の名前を言えるという事態、そして彼の言う"古の歴史"を前にカイムは更に混乱した。
だが、そんな混乱するカイムを待つ事無くザクセンは剣を引き抜くとふらつきながらも腰を落として中段に構えた。
「銃火器を使った時には面白い男だと思ったが、ここまでやれれば問題あるまい。後顧の憂いが無いならば、後は私が君に討たれるのみ」
「まっ、待って下さい!"古の歴史"って何です!
あの銀杖は…貴方は何を知っているんです!」
叫ぶカイムの言葉に軽く首を振ると、ザクセンは彼に向かおうと一歩踏み出した。その表情は自身の死を決意した男のものであり、先程まで浮かべていたどす黒い怒気は消えていた。
「いずれ解る、嫌でもな。条件付きだが、私の息の掛かった連中が戦後協力してくれるだろう。さて、どうも君は英雄と呼ばれるのが嫌らしいな?」
「待って下さいよ!早まらないで!戦後の裁判で…」
「後はただ…駆け抜けるのみ!」
カイムの静止を無視すると、ザクセンは光り輝く刀剣を上段に振り上げると一直線に彼へと突撃した。
「撃ちたく無いんです!ザクセンさん!」
「私を殺して、英雄になれ!カイム!」
「撃ちたくないんだ!」
敵として振る舞っていた味方が、自分に殺される為に剣を振り上げる光景にカイムは叫んだ。だが、その声に負けじと叫ぶザクセンと彼の振り上げる刃を前に、カイムは絶叫と共に引き金を引いた。
排莢孔から猛烈な勢いでから薬莢が放り出され、銃口から弾丸が吐き出された。ザクセンへ向けて一目散に宙を斬り突き進む弾丸は、彼の胸の中央を貫くと、背中へ血液と共に貫通した。
「そっ、総統…」
「何で…何でこんな殺し合いをしなくちゃ…嘘だろ?」
息を荒くしながら未だ煙を吹く銃を震わせるカイムは、ギラの言葉に苦悶の表情を浮かべながら呟いた。だが、カイムの言葉は言い切られる前に止まった。
理由は単純であり、胸に弾丸を受け流血をしながらもゆっくりとした重い足取りで自分の元に迫るザクセンという光景であった。口の端から血を吹き出す彼は、心臓の拍動に合わせて胸の孔から血を吹き出していた。
「まだだ…まだ、死んでないぞ…」
「ザクセン…」
「総統なのだろう!ならば勤めを果たせ!出来ぬのなら、ここで死ぬだけだ!」
本物の幽鬼と成り果てたザクセンは、青白い輝きを放つ剣をもう1度振り上げると、最早止まっているのか動いているのか解らない速度で進み始めた。
ザクセンの燃え上がる最後の命は、カイムへと猛烈な戦意と彼の命を討ち取らんとする敵としてのオーラを放っていた。
「うっ…うぉおぉあぁあぁ!」
「ごふぉ…撃てぇえ!カイム!」
不気味に輝く魔剣と幽鬼の如く迫るザクセンに耐えられなくなったカイムは、震える手で引き金を絞り、その照準を彼の左胸に定めた。
そのカイムの行動を急かそうとしたザクセンは、既に胸へ受けた致命傷によって口から血を吐きながらも、カイムへと向けて最後に叫んだ。
その叫びが響く中、絶叫を上げたカイムはあらん限りの力を込めて引き金を引いた。吐き出される弾丸は全てザクセンの心臓を射抜き、彼の胸中を元に戻せない程に破壊した。
貫通し前も後ろも関係なく血を吐き出すザクセンは、痛みを感じないのか、ただ満足そうな笑顔を浮かべると流れるように地面へ倒れた。
「はぁ〜…終わった、これで全部終わりましたよ。若様…親方様も、ザクセンは、敵を討ち、姫様とその腰抜け騎士に全てを託しました…あの頃の私達の様な…」
「ザクセン…」
ようやくギラの肩から離れ、ザクセンの元へと歩み寄ったカイムは、今にも消えそうな声で1人呟いている声を聞いた。その言葉に急いで近づいたカイムは、瞳の光か消えてゆくザクセンへ声を掛けつつ仰向けに倒れる彼を抱き起こした。
その時に、自身の体や手に付いた生温かく皮膚に張り付く血の感触に怯えたカイムに、ザクセンはゆっくりと彼を見上げながら穏やかな笑顔を見せた。
「帝国の…勝利を祈って…」
幸せの絶頂の様な笑顔から聞こえた最後に1言に、カイムは拳銃を持ち続けていた事に気付くと怯えた表情で彼方にそれを投げ捨てた。
「私は…一体、何をしてるんだ…」
駆け寄るギラさえ、ザクセンの死体を見つめて呟くカイムの言葉には何も返答出来なかった。
爆音の遠ざかる戦場は大将二人の死闘を無視して流れ進み、何時の間にか帝国軍の大攻勢へと移り変わった。
この戦闘の3日後である2414年1月3日、ガルツ王国を騙る賊軍は総大将ザクセン=ラウエンブルク戦死によってルデルブルクの街で無条件降伏を宣言した。




