第七幕-15
「何が魔人族だ!所詮、名前も継げない貴族の次男坊だろが!」
「ザクセン=ラウエンブルク家だからって良い気になりやがって!」
「名無しの癖に生意気なんだよね!」
愚かしい連中だ。本当に愚かしい。父上や兄上に言われたから来てみれば、何だ低能の集まりではないか。
名門貴族の次男に産まれれば、この帝国では騎士にでもなる以外道はなかった。無駄に頭が回る事から、私は一族の総意を受けて首都デルンへ奉公に出た。
「おいおい!さっきっから蹴られてばかりじゃないか?やり返して来いよ!」
「こいつ怯えてるんだぜ!侯爵家の一人なのに!」
「惨め〜!」
だが、皇帝の依拠であるシュトラッサー城は度重なるヒト族の侵略で人手不足。トドメにはこんな精神の育っていないバカ達を騎士だ護衛だと駆立てて配置している。こんな奴等と一緒くたにされるなんて…
「喧嘩は同じ程度の者同士の間しか起きない…」
「何だ何だ!腰抜け名無しが何か言ってるぞ!」
「"侯爵だからって調子に乗ってました!許してください!"だってよ!ハッハッハ!」
わざとらしい笑い方だ。こんな餓鬼に構ってやる程、私は…
「目的が無いという点ではこいつ等と同じか…」
貴族の次男坊というものは、大抵の場合は自ら騎士になろうと志願する。だが、私はそうじゃ無かった。それは今、ゴブリンだのよく分からん昆虫人の餓鬼にやられたい放題になっている状況からも解るだろう。
私は、魔人族にしては体が小さく力も弱かった。弱いという事は、魔族において未来が無いという事に直結した。商人という手段もあるが、貴族がその道へ走るのは珍しく、ましてこの戦災復興の目処の立たない帝国では商人にも腕っ節を求められる。
「何言ってんだ、お前?」
「目的だ何だって言ってるぞ?」
「騎士になる事以外に俺等に目的なんてあるかよ、なぁ?」
貴族の次男坊達は馬鹿にするような目線を私に向ける。
私はそう言う事を行ったんじゃ無い。手段が目的になって何が人間だと言いたいんだ。騎士になるのは何かを成す為の手段だろうに。こんな馬鹿ばかりだから…
「帝国貴族も、魔族全員が愚かなんだ…」
「お前、帝国を侮辱するのか!」
「侯爵の血族もこんなんかよ!」
「帝国騎士を侮辱するなら、お前なんて魔族の敵だ!やっちまえ!」
お前達は騎士見習いで、帝国騎士なんて遥か先だろう?なんで、こう何も考えず暴れたがる連中ばかりなんだ。
こんな奴等ばかりだから、帝国は敗戦のみで学習もしないんだ。私の胸ぐら掴む暇あったら勉強しろよ、これなら道端の子供の方がまだマトモだよ。
あぁ、また殴られるのか。拳を振りかぶるオーガは確か伯爵家の次男坊だったか?姉に全てを取られたら、こうなるか…
徒党を組まなければやってられない哀れな連中。そして、それにコテンパンにされる私は…本当に…
「おい、そこの魔人!お前は本当に強いな!」
顔面に青アザを付ける覚悟を決めた私に、突然聞き慣れない声が響いた。
騎士見習いなんて言えば、結局は使いっ走りで扱いは適当だ。だからこそ、滅多に聞けないこの声を前に私をどつき回していた騎士見習いのガキ達は跪いて頭を垂れた。
その過程でまるでゴミの様に投げられた私は、城の中庭の芝生を数回転がり気付くと四肢を投げ出し青空を見ていた。
「こんな所に居るよりは、青空を泳ぐ雲になりたい…」
「何だ?お前は雲になりたいのか?」
「えぇ、そうですね。しかし、良いのですか"皇太子殿下"?」
「何がだ?」
私の視界いっぱいに広がる青空を、目の覚めるような美男子が覗き込んだ。
真っ白い髪に真紅の瞳、その目を覆う長い睫毛に整った目鼻立ち。その上身長も同年代の子供より遥かに高いその姿は、まるでお伽噺の中から飛び出してきた様に見える。
だが、肝心なのはこの美男子が紛れも無いホーエンシュタウフェン皇帝の息子なのだ。騎士見習い何かと話して良い様な手軽な身分じゃない。
「騎士見習いは市民と同じ身分。尊き方々が易易と話しかけて…」
「何を言うかと思ったら…貴族や皇帝が最も話を聞くべきは市民のものだろう?」
「それは建前で…」
「建前も本音もあるものか。より良い国を築くには、市民の幸福が有ってこそだろう?それは卿等も含まれる」
呆れた物言いだ。私はそんなにこの完璧美男子と会う事も無ければ、何となしに騎士見習いをやってきた。言ってしまえば子供でありながら世捨て人になったも同じ。
そんな私に?皇太子が話し掛ける?不味いに決まってるし、周りや家に知られても面倒だ。
「おっ…恐れ多くも、陛下。その様な非国民に近付く、ましてや会話など陛下の御身に宜しく無いかと…」
バカ垂れオーガ、良くやった!アホな割に臆病だから役立つ!これ以上余計な事に関わると、私の人生が滅茶苦茶になりかねん!
徒党を組んでいた全員が頷いて皇太子殿下に私から離れる様に促した。
だが、この完璧美男子はどうも耳が遠いみたいだ。
「立てるか?ほら、手を取って…」
「陛下!その様な下賤な貴族の恥晒しに手を貸すなどお止め下さい!」
「陛下!その者は帝国貴族や魔族を"愚か"と言った馬鹿者です!それ以上近づけは穢れて…」
私に手を貸す皇太子殿下は、騎士見習い達の言葉を耳にすると眉間に深いシワを寄せた。嫌な予感がする、本当に面倒な分類の嫌な予感だ。
その予感は私の右手を殿下が掴み、終いには肩まで貸すと言う形で実現した。本当に…この人は…
「何を考えているんです、皇太子殿下。私は…」
「お前はこの馬鹿者達の暴行を前に1度も反撃しなかった」
「根性が無かっただけですよ」
「殴られた上でそう言う事をよく言える。騎士見習いだろうに、どうしてそこまで卑屈になる?」
もう話しかけないでくれ、餓鬼達が私を睨んでるじゃないか…
それでも皇太子殿下は私に話しかけてくるし、城の方に私を引きずって歩き出したぞ。
「殿下!お止め下さい!その様な愚か者を連れて城に入るなど!」
「皇帝陛下に叱られますよ」
「お戻り下さい、殿下!」
お前等、役立つんだか使えないんだかはっきりしろよ!そしてもっと止めろよ、このままじゃこの嫌な予感の元凶は止まらんぞ!
「黙れ、痴れ者が!こいつのどこが愚か者か!お前達の様な徒党を組んで一人をいたぶる…いや"強い者イジメ"をするような恥知らずよりよっぽど賢い!」
何だこの皇太子殿下は?思ってたのと全然違うぞ。
徒党を組んでいた集団から私に肩を貸した皇太子殿下は、止めようとする連中に怒鳴りつけるとそそくさと城へ向かった。もちろん私を引きずって…
「皇太子殿下」
「そんな仰々しい呼び方は止めてくれ。私はそんなに偉くないよ」
「皇太子殿下に"偉くないから敬称を止めろ"と言われて"はい、そうですか"と言う奴がこの国にいますか?」
「ハッハッハ!はっきりモノを言うな。実際、私は偉くないし酷い男だ。君が殴られるのを暫くの間見ていたのだから」
何だと…こいつ私が殴られてる現場を見た上で格好良く登場したって訳か?随分と面白い事を言うじゃないかこのボンボンは!
「"ふざけた事を言うじゃないか、ボンボン"と思ったな?」
「いえっ…そんな事…」
「いやっ、構わないよ。確かに馬鹿なボンボンだからな。だから皇太子殿下だ陛下とか言われたくないんだよ」
随分と気の抜けた皇太子だ。考えていたよりよっぽどあれだ。変だ。だが、何でだろうそんなに悪くない。
そんな馬鹿な事を考えている私に、皇太子殿下は顔を寄せた。突然広がる整った顔には男の私でも思わず顔を赤くし仰け反った。
「ばっ、馬鹿な事は止めなさい!」
「ほぅ、皇太子を馬鹿呼ばわりか?」
「あっ!いえっ…その…」
「若様だ…これからは私の事を若様と呼べよ。それで許す」
この男は何をまた何の冗談を言うんだ。私はそう思いたかったが、私を連れて城へ進む皇太子の瞳は笑顔に反して真面目であった。
「そっ…そういえば、何で私を引きずって城へ向かってるんです?騎士見習いの医務室は反対の書庫近くの宿舎に…」
「今日からはこっちだ。何、悪い様にはしないさ」
「はぁ…はあ!こっちって、城の内部ですか?皇太…若様、あんた何を言ってんだ…です!」
私と皇太子の間に奇妙な沈黙が流れると、私は不敵に笑う彼に思わず尋ねた。沈黙で変に舌が回らなかった私も、思わず無礼な口を利きかけたが慌てて訂正した。だが、何とか訂正すると彼も気さくに笑いかけてきた。何だこの男は…
とにかく私は疑問の表情を浮かべ続けた。それでも、皇太子殿下…いや、若様は未だに止まらず私を引っ張り続けた。
「いや何、父上から…お前からすれば皇帝陛下か?まぁいい、父上から"騎士見習いから、お前の従者を1人引っ張って来い"と言われたのだ」
「ならば、他の奴が山程…」
「そこで騎士見習いを探しにいきなり訪ねに来たら、1人を集団が叩きのめしているではないか?オマケに、そのコテンパンにされている本人は反撃せずに耐えながらその場の全員へ皮肉を言うじゃないか。そんな男を見つけたら、引っ張って来ない訳にはいかんだろ?」
「そんな無茶苦茶な…」
満面の笑みで自慢げに話す若様に、私は理解が追いつかなかった。この男は根本的な何かがおかしいよ。
私も"貴族として向上心が無い"だのやる気が無いだの、根本的に曲がりきっているらしいが、それにしてもだ。自分の従者を選ぶために一方的な暴力を見続けるなんて…
「私はな…従者に力の強さなんて求めないんだ」
「ならば皇…若様。何が重要だと?」
満面の笑みに影を落としながら声を暗くして語り始めた若様は、卑下するような笑みを浮かべて私を見た。
その表情を前に、私も変に真面目な表情をしてしまった。適当に相槌を打てば、考えを改めように…
「私はな、こう見えて役立たずらしくてな?剣も力も弱いらしい。父上は"そんな事は無い"なんて言うが、部下の騎士達は影で"わざと負けるのがやりやすくなった"と言っていた…」
「どう見た所で貴方は皇太子でしょう?」
自分語りを始める若様に、私は耐えきれなくなり思わず呟いた。不味いぞ、流石に言い過ぎた!
これは皇太子殿下への不敬で騎士追放か?まぁ、貴族から商人へ逃げ出せるから良しとも出来る。だが、こんな無礼な奴を前にしても若様は顔色1つ変えず、むしろ満足そうに笑い出した。
「ぶふぅっ、ハッハッハ!そうだよな、どう見たって私は皇太子だし、そんな事は外見からは解らんな!」
何だ…思っていた反応と違うぞ?むしろ底なし沼へ引き込まれるような感覚がある。下手に藻掻いたせいで更に深く沈んだ様な気さえ起きてきた。
「不敬な発言ですよ?笑ってないで怒りながら…何で城への歩みが速くなる!」
「私に必要なのは、物怖じせずにあれこれ喋る従者だ!私を皇太子だからと言って口を噤む様な奴には要は無い!」
「あのですね!私は弱いし体も小さいんですよ!」
「そんなもの、鍛えれば良いだけだ!何より私達は成長期だ、これから伸ばせばいいだろう?」
「いい加減にしろ!」
しまった…思わず叫んでしまった…
だけど、この若様も若様だ。さっきっから訳の解らない事を私にあれこれ言って。第1だ!私の何がそんなに良くて…
「私も…お前と同じだ。劣等感から自分が嫌いだしこんな立ち位置も嫌だ。たが、私には目的がある。この"父上の様に、国を良くしたい"と言う目的が…だが、私には力が無い。今はあれこれ喋れるが、大勢の前だと口も回らない。剣も稽古を付ける父上の部下達は上手くないと言う…私には手段が無い」
突然私の両肩を掴んで向き合う若様は、屈みながら私の顔を真っ直ぐ見つめた。何だこの美少年、男の私でもやっぱり顔が赤くなるよ…
まぁ、冗談はさておき若様の瞳は至って真剣で、私は軽口の1つも出なくなってしまった。
「なら…何故私に?」
「お前は目的が無いんだろう?やりたくは無いが、逆らえないから渋々騎士になった。確かに今のお前は弱いが、何より根性と良く回る頭がある。だがら後々強くなれば良い、身体なんて直ぐに大きくなるさ」
向き合っていた若様は直ぐに私の肩を組むと、再び私を引きずって城の扉を開いた。
あぁ、成り行きとはいえ入っちゃったよ…入っちゃったけど…
「私には目的がありませんよ」
「今、私が貸しただろ?"この国を良くする"という実家や周りに盛大に自慢出来る目的が。その変に持ち合わせた手段は、目的しか持ち合わせない私に貸してくれ。これで二人は最強という訳だ!」
解った、そうか解ったぞ。こいつはアホだ。だから私には制御しきれないんだ、振り回されるだけなんだ。
振り回されるだけ、そのはずだ。だが、なんだろう…理解が追いつかない程、突然だ。今までなんとなく生きて、いきなり"この国を良くするという目的が出来た"だ?無茶苦茶なのに…
「普通に生きるより、よっぽど良いだろう?私の目的にまだ追い付けないなら、とりあえず"さっき虐めてきた連中へ仕返しする"じゃ駄目か?私もあいつ等に陰口叩かれて少しやり返したいんだ」
「そんな、皇太子の言葉じゃないですよ」
「違うぞ、皇太子だからこそ民に近くあるべきだ。貴族達の民への理解があれば、この国はもっと良くなる」
「何ともまぁ、とんでもなくおかしな男だ」
「だからお前の様な同類を直ぐに見つけられる訳だ…ザクセン」
妙な男…んっ、待てよ?
「今のは?」
「名前だよ。お前だ何だと呼びにくいだろう?」
「ですが、私は…」
「ザクセン家もラウエンブルク家は統合されたろ?なら、今は無き貴族の名前を名乗っても問題は無い訳だ!」
「略しているだけでは?」
「気にするな、気にするなよ!何より、皇太子が言うんだから良いんだとも、ザクセン。ハッハッハ!」
何なんだ…この男?本当に嫌な予感がするが、久しぶりな気がする。人に真っ向から褒められたり評価されるのは。
何だか、これはこれで悪くないかもしれない。仕方ないな。目的探しの寄り道で、この男に付き合ってやるか。




