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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第七幕-13

 無数の怒声や雄叫びが響く平原は無数の刀剣を持ち駆け抜ける男達で埋め尽くされていた。


「行け!行け!何としても敵戦線に辿り着け!」


 戦線正面に残存戦力で攻撃を仕掛けカイムの首を取ろうというザクセンの賭けは、ようやっと太陽が空を青くした朝に実行された。

 だが、砲兵隊の止めどない砲撃によって4割が負傷兵によって構成され既に崩壊しかかっていた王国軍は、弓兵隊の一斉射撃が無効と解ると強硬突撃を開始した。


「うぉおぉお!くぁ!」


「走れ!止まるな!止ま…」


「隊長!隊…」


「だから止まるなと…突っ込め!盾などアテにするな!」


 だが、突撃を開始した途端に彼等は砲兵隊と戦車隊からの砲撃に、歩兵隊からの一斉射撃という猛烈な反撃に襲われた。

 軍勢のあちこちに着弾する榴弾は貴族も騎士も老いも若きも、負傷兵や少年兵さえ関係なく平等に引裂き肉塊へと変えていた。


「痛え!痛えよ、糞が!」


「腕に!腕に喰らった!血が止まんねぇ!止まんねぇよ!」


「死にたくない、死にたくない!」


 軍勢前方では砲兵隊の一斉射撃が規則的なリズムで襲い、死者と負傷兵の多発を前に体勢を立て直し途端に再び一斉射撃を受ける前衛は恐慌状態であった。


「くたばった死体を盾にしろ!2人分の肉なら攻撃を防げるぞ!」


「死体を盾にするなんて正気か?そんなの人間のやる事か!」


「このままでも、一方的に…げぁ!」


 何とか歩兵部隊の射撃を掻い潜ろうとする兵士達も、遮蔽物の殆ど無い平原では一人で立っているだけでも良い的であり、倒れている死体を利用して身を庇う程に策が無かった。その原因は王国軍において銃弾や砲弾の被弾に対する医療処置が未発展である事だった。

 手足に当たったとしても2分以内に処置を取れないと失血死し砲弾の炸裂にはもはや軍医程度では対応出来ないため、後方に着弾する榴弾や前方から豪雨の様に降り注ぐ銃弾を前に更に混乱を極めた。


「根本的に4割が戦力外。初手で兵達が大混乱。勝ったかな?」


「ハルトヴィヒ。油断は禁物だ。戦場は水物だからな…」


「それは、ティアナの事か?いや!済まない…」


「全くさ。あんたのそういう所…」


 前方では繰り広げられる一方的な惨殺の数々に、ハルトヴィヒは無線のスイッチを押したままである事を忘れて呟いた。その発言に対してリヒャルダは冷静に指摘すると、ハルトヴィヒは東部戦線を思い出すと思わず呟いた。

 その呟きにハルトヴィヒが謝罪する中、リヒャルダは怒る事なく呆れる暗い口調で軽く非難をしようとした。


「ハルトヴィヒ…不味いよ。勝ち戦なんて言うなよ、下手すりゃ負ける!送れ」


「何を言っている?送れ」


「後方から増援だが、総統が真ん前に居る!送れ」


「何を寝惚けた事を…」


 非難を止め焦った声を無線に響かせたリヒャルダに、ハルトヴィヒは気の抜けた声で尋ねた。だがその後に続く無線の内容は冗談じみた物であった。

 リヒャルダの突然の報告に、ハルトヴィヒは自分の失言に対する彼女なりの嫌がらせだと思い、適当な言葉を述べながら後ろを振り向いた。


「第4小隊、横にずれろ!車両隊が来る!」


 ハルトヴィヒが振り返った先には確かに増援の姿があり、多の装甲兵員輸送車とサイドカー付きのバイクであった。だが、その増援の先頭を走るバイクにはギラが跨っており、機関銃の付いたサイドカーには戦闘装備を身に着けたカイムが複雑な表情を浮かべそのグリップを掴みながら座っていた。

 平原を爆走する増援を前に驚いたハルトヴィヒだったが、その先頭を走るカイムの姿を前に進行方向の部隊を退避させるとカイムの元へと駆け寄ろうとした。


「おい!ハルトヴィヒ、指揮はどうする?」


「全軍へ、こちらハルトヴィヒ少佐。指揮権を一時リヒャルダ少佐へ移譲する。しばらくは彼女の指示に従え。終わり」


「何を勝手に…」


「済まん!ヨハン、付いて来い!アレクシス、隊の指揮は任せた!」


 突然のハルトヴィヒの行動に焦ったリヒャルダは、キューポラから身を乗り出すと彼を止めようと叫んだ。だがハルトヴィヒは即座に無線で指示を出すと、反論しようとするリヒャルダへ軽く頭を下げつつ部下を1人同行させて車両隊へ向かった

 そのハルトヴィヒの姿を見たカイムはタコホーンを操作しつつ無線で増援部隊に指示を出すと、バイクを運転するギラに左手で車両隊と共に直進する指示を出した。


「総統閣下!一体何事です?どうして総司令官が自ら戦線に?」


「ハルトヴィヒ少佐、作戦の過程は説明した筈だ。戦列歩兵訓練は終了。全軍に通常通り戦闘を再開する様に指示しろ」


「しかし!総統が直接戦線に出るなど聞いていませんよ!貴方は親衛隊の総司令官なんですよ!」


「機密がある。作戦終了後に報告は上がる」


「ですが…」


 車両隊と共に戦線へ向かおうとするカイムとギラのバイクの前にハルトヴィヒは立ちはだかると、彼女はやむを得ずブレーキを掛けた。目の前で停車したバイクのサイドカーへハルトヴィヒは近寄ると、彼はそこに座るカイムへ親衛隊敬礼をしながら顔を青くして尋ねた。

 ハルトヴィヒの焦る表情に、カイムはバイクのゴーグルをヘルメットへずらしながら淡々と説明した。その内容に納得出来ないハルトヴィヒは、サイドカーの脇に詰め寄り戻るように説得しようとした。


「ハルトヴィヒ少佐、総統命令だ!聞き分けろ!」


「ギラ、貴様も親衛隊ならば事の危険性が解るだろ!戦場に出れば兵も士官も皆同じ、死ぬ時は一瞬だ。そんな危険に総統を晒して、何かあったらどうする!」


「ハルトヴィヒ!私の戦死はさしたる問題では…」


「総統、まさか…"親衛隊を国防軍に明け渡し、戦争責任を取って国から去る"という噂は本当なのですか!これはその為の戦闘なんですか!」


 ハルトヴィヒの行動にバイクに跨がるギラもゴーグルを外し指摘すると、彼は更に事の危険性を主張し始めた。カイムを止めようとするハルトヴィヒと意義を唱える彼へ反論するギラの鬼気迫る表情を前に、カイムはつい余計な事を言ってしまった。

 その余計な1言に反応したハルトヴィヒが大声で尋ねると、彼の後ろで随伴していたグレムリンの男はその内容に愕然とした。


「私はそこまで気楽に生きてない!私とて軍人だ。ならば戦果の1つでも立てんと、旧時代的な貴族が黙っていないと言う事だ」


「総統!カイムさん!何かあったので?」


「私の都合で教皇から聖堂騎士団までこのザマだ。とにかく、親衛隊は"私に続け"だ!親衛隊よ黒軍は従えんと言うのか?」


「教皇…猊下までもですか?」


 親衛隊員二人の情け無い表情を前にカイムがその場しのぎの言い訳を述べると、車両隊の1団から離れた装甲兵員輸送車がサイドカーの隣に止まった。すると、車両後方のハッチから野戦服に似たデザインの動きやすい服装のアーデルハイトが現れた。大声で話し合う3人のやり取りに不思議そうな顔を浮かべ両手で軽く耳を押さえながら小走りに駆け寄って来た。

 そんなアーデルハイトと目線で指し示すと、額に手で支えながらカイムは疲れた声で少し愚痴ると話題を無理矢理変えた。


「"パニック(パーニック)障害がこの頃沈静化したから"と言って聞かんのだ…アーデルハイト猊下!車両にお戻り下さい!」


「カイムさんが止まっているか何事かと思って」


「ここは既に戦場です!本気で付いて来るなら…マリウスさん、お孫さんを車内に!」


「解っとる!教皇猊下、車内へ」


「今は私も…」


「アーデルハイト、聞き分けなさい!」


「これでも聖堂騎士の娘で孫です!」


「症状がぶり返したらどうする!」


 テオバルト教の教皇さえ戦場に立っているという奇怪な状況に黙るハルトヴィヒの横で、カイムは軽く彼に耳打ちするとサイドカーの中で後ろを向くと駆け寄って来たアーデルハイトへ声を掛けた。彼女の回答は前線に立つ重要人物にして余裕があり、パニック障害を持っていても変に度胸が付いたアーデルハイトへカイムは溜息混じりに彼女を追うマリウスへ呼び掛けた。

 親衛隊野戦服に胸甲を付け長い槍と小銃を持つマリウスは、久し振りの運動なのか顔を赤くしながらアーデルハイトへ駆け寄ると彼女を装甲兵員輸送車へ戻るよう促した。


「ハルトヴィヒ、黒軍の使命を果たせ!復唱は?」


「総統閣下と教皇猊下には指一本触れさせません。ですので、どうかご無事で」


「おうさ!敵将の首と勝利を持って帰るつもりだ。ギラ!」


「了解、掴まってて下さい!」


 後ろで家族喧嘩を始めた二人を見たカイムは、ハルトヴィヒへ真顔で彼のできる最大限の圧力を掛けながら指示を出した。その言葉に負けたハルトヴィヒは復唱したが、不安げにカイムへ1言尋ねた。

 その言葉に穏やかな笑みを浮かべながら答えたカイムは、ギラにバイクを発進させた。


「宜しかったので?教皇連中がいると、ザクセン=ラウエンブルクに接触し難いのでは?」


「接触した所で戦場だ。私も彼も戦って見せる他ない。あの人への事情聴取は戦闘中で、時代遅れだが一騎討ちに介入する程に価値観は変わってないだろう?」


「そうかもしれませんが…総統、怖がっているではありませんか」


 戦場の轟音と衝撃にズレたゴーグルの位置を片手で軽く直すとギラはカイムに尋ねた。その表情と口調は露骨に不安を表していたが、それは彼も同様だった。大規模な戦闘に参加するのはカイムも初めての経験であり、その上で自分の妄想かもしれない敵将の真実を確かめに行くというのは恐ろしい事であった。更には、確証の無い事に多くの同胞を巻き込んでいる事を彼女の1言で再確認したカイムは、湧き上がる嫌な感情を抑え出来る限り冷静にギラへ答えた。

 だがあっさりと胸中を理解されたカイムは、暫くの間なにも言わずに黙って前だけを向いいた。


「怖くても…荒事を起こした元凶二人だ。お互いに腹を割って話すぐらいしなければ、この不自然な内戦の真相は解らん。それは例え止められても私じゃなきゃ駄目なんだ」


「止めはしません。ですが、お供はしますよ」


「それこそ、止めても無駄なんだろ?」


「えぇ、もちろん」


「全く…なら、くれぐれも男同士の間に入るなよ」


「私、そんなに無粋じゃ無いですよ」


 黙るカイムを一瞥するギラに、彼もようやく口を開いた。目の前に敵軍が近付き先に敵陣前に突入して兵を展開する部隊を見た二人は、静かに言葉を掛け合った。


「総統、こちらブリギッテ。ザクセン=ラウエンブルク王を発見。信号弾の方向です。送れ!」


「ブリギッテ、こちらカイム。確認した。後は任せて…」


「ギリギリまで援護します。この様な内戦で正直抑止力としての務めを果たそうかとも思いますが…今貴方に死なれると、姫様が困りますので」


「解った。ならば援護を頼む!終わり。ギラ、飛ばせ!」


「はい!」


 爆音か響く中、無線にブリギッテの報告が響き平原の青空に赤い信号弾が伸びた。その信号弾を追うようにギラはバイクのスロットルを全開にし、機関銃の装填を行ったカイムは敵陣への突入に邪魔な王国軍兵士達を薙ぎ払うように掃射した。


「ザクセン=ラウエンブルク!総統カイムはここだ!一騎討ちを申し込む!」


 援護射撃や砲弾の着弾による轟音の中、王国軍の軍勢の中にエンジンの嘶きとカイム雄叫びが響いた。

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