第七幕-12
「リヒャルダ大尉、総統から命令です!"攻撃を開始せよ。1兵残さず殲滅せよ"です」
「了解した。が、どういう事なんだ?総統がこんな時代遅れの戦列歩兵をやれなんて。鼓笛隊から軍楽隊まで引っ張って来るんだから」
「あの教皇って女に、何か言われたんじゃないんですか?空軍の支援さえ無しなんて怪しいですよ」
「総統閣下が、"あんな女"にあれこれ言われて靡く普通な男と思うか?」
12月31日の早朝に発令された攻撃命令に、現場指揮を任されたリヒャルダはキューポラの上で呟いた。その視線は戦列歩兵で前進する敵軍と、近代装備で同じように戦列を並べる自軍を見ていた。
奇怪に見える自軍の状態を疑問視したリヒャルダの足元で、戦車の乗員達は各々思うように意見を言い合っていた。
「でもよ、ギラの奴には良い雰囲気だろ?案外あの教皇にも…」
「ギラの奴は特例だ。ヴァレンティーネも大概だが、彼奴の中身はもっとヤバい。相当闇を抱えてる。そういう奴でないと総統は靡かないのさ」
「でも、リヒャルダ大尉。教会の態度もあれですし、この作戦も教会と帝室の陰謀とかじゃないんですか?そうでなきゃ、あれ程バカにしてた戦列歩兵なんて総統が命令する訳ないですよ」
「それ以上言うなよ。私達は親衛隊で、総統の命令は絶対だ。要は勝って皆殺しにすれば良いんだよ」
車内の会話が帝室や教会の陰謀に移り変わり始めた時、キューポラの縁に肘を立てて敵陣を見つめるリヒャルダに歩兵部隊が旗を振り前進の指示を送っていた。
「親衛隊司令部から各部隊へ。前進、攻撃を開始せよ。繰り返す攻撃を開始せよ」
「親衛第1装甲師団了解。師団各車へ、こちら師団指揮車、戦車前進!」
無線から流れる親衛隊本部からの命令に、リヒャルダは返答しつつ自身の大隊へ指示を出した。その命令と同じタイミングで、鼓笛隊から曲が流れ歩兵師団が前進を始めた。
「歩兵連中に追従しろ。追い越すなよ、発砲も命令があるまで厳禁だ!」
キューポラから師団所属の各戦車へ指示を出すリヒャルダは、歩兵の進軍を確認しながら部隊を進めた。
戦車隊は1歩兵小隊につき1両という間隔で並んていた。歩兵小隊は2列横隊に並び、その背後には戦車の姿もあった。2列横隊に並ぶ歩兵と戦車の戦列は、遥か先に見える王国軍へと進撃を開始した。
「うゎ〜、どこまでも敵兵ばかり…」
「ルーデンドルフ橋を思い出すよな?」
「あん時も酷かったな〜、死ぬ程」
「あんた等、無駄口はそこまでだ。砲兵隊からの砲撃始まるぞ!各車、こちら師団指揮車。榴弾装填!」
進む戦列で操縦手が呟くと、それに呼応するように車内で会話が始まった。その会話の軽い口調に、リヒャルダは兵の精神的安定に安心しながらも活を入れ部隊に指示を出した。
無線に返答の通信が入る中、リヒャルダは後方から聞こえる無数の砲声と首筋を押す様な衝撃に思わず制帽をヘッドフォンごと押さえた。
「800m程度でこの衝撃か!流石に親衛隊の全砲を掻き集めただけはあるな…」
「重砲から野砲まで纏めて70以上ですから、ちょっとした小都市なんて焼け野原ですよ。敵さんも逃げないで、まぁ…頑張ります事」
キューポラでリヒャルダや戦車長達は頭上に無数の硝煙の雲を引く砲弾達を視線で追った。そのリヒャルダの呟きに、照準器を眺める砲手は未だ前進を止めず歩き続ける王国軍を見て呟いた。
戦車乗り達が各々の車両で感想を言い合い、歩兵の戦列が砲声に身を強張らせる中、砲撃は王国軍戦列の後方に着弾し無数の兵を宙高く舞い上げた。
戦列の編成上、王国軍の戦列後方には騎馬隊や弓兵が並んでいた。そこに炸薬の詰まった効力射が雨の様に降り注いだ事によって、盾兵や槍兵を掩護する者達が纏めて吹き飛ばされていた。
多くの砲撃は王国軍の後方に着弾した事で、前衛を務める兵士達の多くは、以前として絶望的な状態にも関わらず安堵の表情を浮かべた。だが、後方に並んでいた兵達の千切れ飛んだ腕や足、内臓や酷い物では頭部が彼等に降り注ぐと、戦列は緩やかに恐怖と混乱に包まれていった。
それは着弾と同時に100人単位で兵士たちが吹き飛ばれた事態に、貴族達が足を止めた事で兵士達が一瞬ではあるが恐怖に身を竦ませた為であった。
「弓隊!矢を掛けよ!」
貴族の一人から号令が出されると、まだ帝国軍との距離が1kmはあろうという状態で、兵達は矢をつがえ始めた。その表情には既に冷静さが無く、少し前まで近くに立っていた仲間が吹き飛ばされ、逃げようにも後方に着弾する為後ろに逃げられない彼等は恐慌状態であった。
だからこそ、負傷兵であろうと無差別に吹き飛ばす砲撃の中で指示を出す貴族の度胸を前に弓兵達は従うしか無かった。
「放て!」
明らかに届かない距離にも関わらず、貴族達が矢を放つ号令を上げた。間髪入れずに弓兵達が角度を付けて矢を放つと、無数の矢は弧を描きながら親衛隊に飛んで行った。だが、降り注ぐ矢の雨の元には平原しかなく、草に混ざって無数の矢が生えている光景は異様なものであった。
その矢の生える平原の先には帝国旗と親衛隊旗をはためかせる無傷の親衛隊が隊列を乱さず進んでおり、王国軍兵士達は迫りくる死にいよいよ恐慌状態となった。
「流石に届くわけが無いだろ…あらら"全軍!突撃!"って言ってるよ…」
「リヒャルダ大尉、敵さん突っ込んで来ますよ!」
「そりゃ、このままじゃやられるだけだもの。ならば、"剣の届く範囲にまで滑り込む"ってのが妥当な考えだよね」
「大尉、随分と余裕ですね?」
虚しく並び立つ矢とその先にで砲撃に追い立てられながら前進をする王国軍の姿を見たリヒャルダは、双眼鏡に見える貴族の言葉を読唇術で口真似しながら呟いた。
双眼鏡の向こうでは、その突撃という指示には流石の貴族達も臆する姿を見せていた。だが、ザクセンが手近な逃げ腰の貴族を切り倒し砲撃の爆発が近くに着弾すると、王国軍は恐慌状態のまま統率無しに突撃を開始した。
「こっちは戦車だし、いざとなれば敵に突っ込んで轢き殺しまくれば嫌でも勝てる。中に籠もってれば殺られもしない」
「獣相手には丁度良いですかね?」
「各車、停車!」
リヒャルダが部下の発言に答え車内に笑いが起きる中、親衛隊歩兵部隊は戦列を止めた。その様子に慌ててリヒャルダは戦車隊へ停車の指示をだすと、戦列の戦車達は少し遅れて停車した。
「第1歩兵師団から第1装甲師団へ、作戦行動中だ。私語を慎め。今のお前は大尉でも師団の指揮官なんだぞ!送れ」
「はいはい…解りましたよ、ハルトヴィヒ"野戦任官少佐"殿?送れ」
「解ればいい。それと…その皮肉は止めてくれ。通信終わり」
リヒャルダへ歩兵師団を指揮するハルトヴィヒから無線で文句が飛ぶと、彼女は空かさず皮肉混じりの返答を返した。ハルトヴィヒは本来リヒャルダと同じ大尉であったが、人員不足と兵員編成の混乱から師団指揮の為に止む終えず野戦任官で佐官となっていた。同様の達でありながら階級を余り気にしないリヒャルダの皮肉は、ハルトヴィヒの心に突き刺さると文句の通信は終わった
「総員、射撃体勢!」
号笛が響き突撃してくる王国軍の前でハルトヴィヒがあえて無線を使わず大声で号令を出すと、各部隊指揮官が兵達へ射撃体勢へと移行させた。膝立ちと直立し銃を構える2列の戦列が左側に持っていた突撃銃や小銃を右側に持ち替え、そのグリップを握った。
「装填!」
隊列全てが射撃体勢へと移行した事を確認したハルトヴィヒは、そのまま大声で号令を出した。その号令に呼応するように部隊指揮官達が隊列に指示を出した。
その指示に、親衛隊隊員達は突撃銃の弾倉がきちんとはまっているか確認し、左手でボルトキャリアーを引いた。小銃を持つ隊員はボルトを開放し、流れる様に内部の確認すると弾薬クリップをマガジンベースに押し込んだ。全ての兵が薬室を覗きながらボルトを戻し弾薬を装填すると、元の姿勢に戻し次の指示を待った。
その指示や作業の間にも王国軍は突撃を続け、両軍の距離は確実に短くなっていった。
「まるで"ままごと"だ。本当なら今頃機銃掃射で半分は溶けてる」
「機関銃部隊は暇そうだよな。当分は横たわって観戦だもの」
停車した車内で操縦手と無線手が、上方に付けられたハッチから顔を出し外を覗くと中に戻って呟いた。彼等の言葉通りに、機関銃部隊は指示通り装填から確認作業を行ってた。だが、彼等は確認の作業を終えると浮かない表情で待機していた。
「やむを得ないだろ。"突撃開始まで発砲するな"の命令なんだからな。それより、ハッチ閉めろよ、戦闘始まるんだから」
キューポラの上で2人の会話を聞いていたリヒャルダは、車内有線に呼びかけるとキューポラのハッチを閉じた。彼女からの指示に従う二人もハッチを閉じると内側のロックを掛けた。
「構え!」
「耳いった〜…無線でまで大声か…いよいよ始まるぞ!全車、こちら指揮車。歩兵部隊の発砲と同時に砲撃を始める!」
無戦を併用しながらハルトヴィヒが大声で号令を出すと、耳の痛みに眉間へシワを寄せ流れる様な切れ目を瞑った。思わず外そうとしたヘッドフォンを少しずらすだけに留めた彼女は、無線で指揮下の戦車達に指示を出すとキューポラのスリットから外を覗いた。
ハルトヴィヒの指示に銃を構える兵達は、最早狙わなくても誰かに当たりそうな王国軍の戦列に銃口を向けた。
照門から見える王国軍兵士達の姿は死に怯える姿が見えていた。だが、親衛隊達は王国軍兵士達へ向ける視線は冷たく、人を見るような視線では無かった。
「それじゃ、害獣の群れを駆除しますか?」
「撃て!」
「各車、こちら指揮車。砲撃始め」
ハルトヴィヒの号令が天高く響きリヒャルダが無線へ指示を出すと、平原に無数の轟音が満ちた。