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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第七幕-10

「国王陛下…侯爵方の主力は粗方包囲されておりまして…」


「伝令の報告では生き残りの多くは後方1.5kmで戦線を張っている様ですが、形だけとの事です」


「陛下…かくなる上は、我々が突撃して敵の注意を引きます。その隙に脱出なさって下さい!」


 朝日が薄っすらと空を紫に染める中、ザクセンは参謀や下級貴族達の意見具申をただ静かに聞いていた。

 12月28日から開始された王国軍の一斉攻勢の博打は、砲兵隊からの長距離砲撃と空軍の爆撃によって霧散した。その被害は甚大であり、攻勢に参加した貴族含め500万に近い兵の内半数が退却した。前進を強行した250万の軍勢も、偵察機によって修正される正確な砲撃と昼夜を問わない爆撃を前になす術が無かった。

 29日の爆撃で残存兵力が散り散りになり、その多くの兵が退却や降伏を始めた事で、多くの知識人達は王国軍の逆転の可能性が完璧に無くなった事を悟ったのだった。


「ここに居る我が軍の現状は?」


「総勢9万。そのうち騎兵は1万に、重装歩兵が1万5千です」


「ならば攻勢に出れるだろう?」


 最前線に設置された王国軍本部でザクセンは、窶れ果てたオーガの男の答えに頷きテーブルに広げられた地図を眺めて呟いた。

 その地図にはザクセン率いる軍勢の戦棋以外は何もなく、周りを囲う様に帝国軍の戦棋が置かれていた。


「恐れながら、現状の兵力は言葉通りの総数です。この人数の4割は負傷兵です。それで進軍したところで」


「敵に数は勝るだろう?」


「しかし…」


 ザクセンは攻勢に難色を示す貴族達をどこ吹く風とばかりに事実を言った。だが、彼の言葉と共に流れた風が王国軍戦棋を数個吹き飛ばすと、対峙する帝国軍の戦棋と同数で拮抗していた


「戦線は目の前だというのに後退するのか?貴族でありながら、敵に一太刀も浴びせようとする気概が無いのか?」


「それは…」


「貴様達も所詮、他の誇りなき貴族と同じか…負けが見えれば命惜しさに靴を舐め、戦うことを恐れるか…」


 弱腰の貴族達を愚弄するかの様に笑うと、ザクセンは落ちた駒を拾い森の中に投げた。鬱蒼と生える木々の枝葉で薄暗い森の中に駒が紛れると、死んだように踞る兵士達はその駒が響かせる草の掠れる音に驚き顔をあげた。

 敵襲でない事を理解した無数の兵士達が見せる安堵の表情は、流石の貴族達でも怒鳴りづらかったのか静かだった。


「いくら陛下の言葉でも、それは侮辱です!」


「早々に逃げ出した者達ならいざ知らず、私達を陛下は腰抜けと言われるのですか!」


「腰抜けを腰抜けと言って何が悪い?」


 テーブルと椅子、その上の地図程度しかない軍司令部で貴族達は声を上げた。それは主の心無い言葉への反発と同時に図星を突かれた事に対する焦りでもあった。

 それを察したかの様に椅子で手を組み瞳を閉じたザクセンは、その場にいる全員の反論が終わるまで黙っていた。


「陛下は…そう御考えと言うのならば、我々貴族も意地を見せましょう…直ちに全軍を再進撃させます!」


「待たれよパーペン卿!我々は元来主力ではないのだぞ!」


「そうだ!まして今でこそ敵に見つかっておらなんだが、明らかに戦線から前に出ている。包囲網を敷かれれば後が無いぞ!」


「いや、彼の言うとおりだ!決死の覚悟を持って突撃し、帝国軍へ貴族の意地を見せるべきだ!」


「何を!若造が早まるな!」


 パーペンと呼ばれたサイクロプスの男が深く息を吐き、覚悟を決めた瞳でザクセンへ攻撃の意思を示した。だが、その発言は他の貴族を2分する事となった。

 朝靄の立ち込める森林に貴族が揉め合いが響き兵達が気力なく座り込む中、1人のオオカミ獣人の男が突然立ち上がった。多くの兵は男に目もくれなかったが、神妙な顔で耳を澄ませる彼に自然と注目は集まっていった。

 言い争う貴族達の中にもゴブリンの貴族がオオカミの男に気付くと、男に誘発され全員が彼に注目した。


「おい、そこの!一体どうした!」


「いえっ、その…鼓笛の音が聞こえます…」


「鼓笛?」


 最初に気付いたゴブリンの貴族がオオカミの獣人に声を掛けると、彼は指で森の外を指差した。森の外までには距離があるが、その森の先には隣の森との間に広大な平原が広がっていた。


「来たか!」


「あっ、陛下!」


「陛下!お待ち下さい!」


 オオカミの獣人が指差す先を見つめ続けていたザクセンは、何かに気付くと森の茂みの中を姿勢を低くして走り出した。それを多くの貴族が慌てて追い始め、それに気付いた兵たちがその後を追うと森と平原の間に王国軍が集結した。


「あれは…帝国軍…か?」


「連中…我々なぞもう恐れる気も無いと言うことか!」


「舐めやがって…」


 森の中から平原を見詰める貴族達は、朝靄の晴れ始めた平原を進む帝国軍の姿を見ると悪態をつき始めた。

 平原には確かに帝国軍が集結しており、森へ向けて前進していた。その編成は歩兵とその後方に野砲、戦車の随伴という王国軍を一方的に殲滅してきた編成であった。だが、その行軍において今までの帝国軍と全く異なるのは、歩兵達が部隊ごとに戦列を組んで行進してくるという点であった。

 ファイフとドラムを持つ鼓笛隊が導入行進曲を流す中、機械の様に乱れない2列横隊の歩兵師団は王国軍将兵達に威圧感を与えていた。その脇を固める様に随伴する戦車はさながら騎兵の様であり、圧力を掛けながら前進する帝国軍に彼等は既視感を覚えた。


バリスタ(バリステ)を大砲。騎兵を戦車に変えた…近代化戦列行進とでも言うのかな?」


 機関銃を担ぐ支援部隊や遥か後方に重砲部隊も混ざっていたが、視界一杯に広がる帝国軍にザクセンは思わず呟いた。

 ザクセンの呟きを聞きながら握り拳を震わせる貴族達の目は、恐怖以上に怒りで燃えていた。王国軍は内戦初期や敗戦続く中盤まで戦列行進を行い惨敗してきた。そんな彼等にとって、戦列歩兵を行う帝国軍というのは惨敗してきた自分達を馬鹿にする事と同じであり、圧倒的に良い装備で行う事は最早侮辱に等しく捉える事が出来た。

 帝国軍の戦列歩兵によって貴族達は戦意を取り戻したが、それに反比例して兵士達は遥か彼方から迫る帝国軍の姿に恐怖していた。


「あっ…あいつ等無傷だぞ…」


「服も装備も…俺達とは比較になんねぇよ…」


「俺達は…子供相手に弄ばれているのか…」


 自分達を圧倒し全く異なる戦闘概念を持ち、自分達を撃滅せんと進軍する同族の若者達を前に多くの兵士達は言葉が出なかった。

 数人がようやく口を開いて感想を述べた時、帝国軍戦列の前列に立ち旗を持つ兵達が、鼓笛に合わせて親衛隊旗を掲げた。すると、鼓笛の流す曲が軍楽隊へ、戦列はガチョウ足行進に切り替わった。


「まるで…1匹の生き物みたいだ」


「化け物だろ…俺達を叩き潰す化け物だろ…」


 一糸乱れぬ隊列はさながらムカデの様であり、親衛隊の隊列はさらに威圧感を上げた。勇ましい曲と、良く訓練され実戦慣れした親衛隊員達は王国軍兵士達より若いながらに異様な雰囲気を放っていた。

 同じ若者でも、王国軍の新兵達はその圧力と一方的な爆撃や砲撃のトラウマに耐えられなくなっていた。トラウマの影響は激しく、親衛隊の隊列がまだ小指の爪より小さく、行進曲と軍靴の音が風に乗って流れてくるだけでも彼等は半狂乱であった。


「我等の方が遥かに人数が多いというのにこれか…」


「あれは…確か親衛隊とか言う奴らの旗です。そうなると、あの軍の後方には指揮する者がいます」


「あの総統とか言う小僧が居るのか!」


 自分達の元へ死の元凶が迫るという事実を前に怯える兵達とは対象的に、貴族達は親衛隊の壁の先にある敵の本丸にカイムの存在を理解すると逆転の可能性に湧き上がった。


「けっ、卿等!一旦落ち着いて!あれを見なさいな!」


 微かな勝利の可能性に湧き上がる兵士達の中で、シロクマの様な巨体の獣人が声を上げると単眼鏡片手に親衛隊達を指差した。

 その先には、行進曲と共に行進を止め整列する親衛隊や、牽引車から切り離させ設置される無数の野砲と戦車の姿があった。


「進軍が止まった?なぜ?」


「ここに本部を設営する気か?」


「誘っているのだ、我等を。"大将首はここだ"とな。もう我が軍の居場所は知られている。そしてあの小僧は正面から戦おうと言っているのだ」


 疑問を浮かべる貴族達の後ろで仁王立ちするザクセンは、親衛隊の方向を睨みつけると背負っていた大剣を引き抜いた。その剣は刀身には引き金が付いており、彼は引き抜き様にそれを引くと森全体に耳を引き裂くような高音が響いた。

 怯える兵達は、突如響いた音に驚くと共にその音源であるザクセンへと注目した。


「諸君、怯えるな!確かに我々の前に立つ敵は強大である。私達は連日連夜の無差別な爆発に友を失い、傷付いた。多くの者は臆病風に吹かれているのだろう。


 諸君!何を哀れで醜い行為に身を染めている!諸君等は誉れ高い南の民であろう?我等の平和を打ち砕かんと敵が迫っているのだ!諸君等は後何人の友や同胞、家族や故郷を蹂躙させるのか!


 敵は強大だ。だが!諸君等は嘗てヒト族の侵攻にも立ち向かった古強者であろう?それが、あのヒト族紛いの戦法に染まり、勇ましさや誇りを失った帝国軍に怯えてどうするのか!


 今、敵の大将首は目の前にあるのだ!あの英雄の名を騙る恥知らずと、その愚行に惑わされ狂った者達の首を取れば、この戦局は大いに変わる!」


 引き抜いた大剣を地面に突き刺し柄頭に両手を載せたザクセンは兵士達へ語り始めた。その声に恐怖はなく、兵士達を激励しようという熱い気迫に包まれていた。

 その激励を聞いた貴族達やその家臣の騎士達は、己の獲物を片手で高らかに上げた。


「真の帝国を取り戻せ!」


「貴族と魔族の誇りを取り戻せ!」


「恥知らずを討取れ!」


 合いの手の様に掛けられる貴族達の言葉に、恐怖で歪んた兵士達の雰囲気は若干崩れた。そのお陰か、兵士達の中には覚悟を決めて武器を手に取り立ち上がる者も出て来ていた。

 1人また1人と立ち上がり、いつしか立てる王国軍兵士5万6千が森の中に雄叫びを上げた。


「数は我等が圧倒しているのだ!敵大将の首さえ取れば、魔導紛いの化学等恐るるに足らん!討ち取った者には褒美も出そう!」


 地に刺した剣を引き抜き切っ先を帝国に向けると、ザクセンは森を出て行った。

 それの後を追うように貴族と騎士達が走りだし、ザクセン率いる王国軍の戦闘可能な兵員は全員森の外へ出た。


「決戦の時は今ぞ!全軍戦列を組め!ひよっこの馬鹿共に魔族の戦列を教えてやるのだ!」


「「おう!!」」


 先頭に立つザクセンが、追いついた貴族の1人から自身の家紋でもある王国旗をはためかせながら指示を出した。その声に呼応する男達の低く唸る様な声が響き、王国軍兵士達は前列に大盾を持つ兵が並びその後ろに長槍を持つ兵、盾と片手剣を持つ兵に弓兵と規則的に並んだ。

 号令から20分後、騎兵の準備も整った事で護衛に囲まれたザクセンの元へパーペンが駆け寄り跪いた。


「全軍準備良し!」


「うむっ…ならば!」


 パーペンの言葉に頷いたザクセンは、旗を彼に渡しつつ大剣を振り上げた。


「前進!」


 振り下げられた大剣の切っ先が親衛隊の本丸を指し示すと、ザクセンは叫んだ。

 その言葉に従い貴族達が指示を出すと、鼓笛隊が一斉に演奏を始め王国軍は親衛隊へと突き進んで行った。

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