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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第七幕-9

 帝国歴2413年12月28日。国防軍総統であるカイムから反抗作戦を行う賊軍殲滅の命令が発せられると、後退していた前線は王国軍を包囲しようと前進を再開した。

 その前進は砲兵隊による長距離砲撃と空軍の大規模空爆の支援によって障害なく進み、散り散りになっていた軍規模の王国軍を包囲ないし追い越し殲滅していった。


「ヴィート卿…我等が軍勢8万は、帝国軍2万に包囲されています。その内、重症者は3万を占めます。魔導より質の悪い…科学というものですか?あれを駆使する帝国軍の包囲縮小に耐えられるのも後1回かと…」


「他の方々の状況は?」


「閣下、伝令は皆撃たれ、包囲を突破した者はいません…」


 国王ザクセンの命令により前進を強行した貴族の1人である猿人のヴィート子爵は、自軍より圧倒的に数の劣る帝国軍機甲師団により包囲され身動き1つ取れない危機に瀕していた。

 参謀の報告にヤツレた顔で近くの樹木に寄りかかるヴィートは、生い茂った森林の中で休息を取る兵達を見た。彼の率いる軍は王国軍第1軍団250万の内の小さな集団でしかなかった。それでも、彼等は魔族の新しい時代の為にと旗を上げた。

 だが、結果から言えば250万の軍団は12月29日から始まった砲撃と空爆により、接敵はおろか敵の姿さえ見る前に半数が無慈悲に殲滅され、軍団は連携する事なく無策の前進を続けヴィートの軍勢は密林に孤立する事となった。

 何とか周辺で同じ状態の軍勢と交信しようとした彼等だったが、何時の間にか多数の戦車を引き連れた帝国軍に包囲され、一方的に攻撃される始末となった。


「時折、遠方から爆発が聞こえる事から相互間の距離は近いのでしょうが…」


「フランケンシュタインが半数をズュートダールへ逃し、第1軍団は半数を失った。我々も半数近くを負傷兵が占める…」


 爆撃で失った手足を撫でながら副官のゴブリンの言葉にうなだれるヴィートは、光の入らない真っ暗な森の奥から聞こえる甲高い音に一瞬身構えた。だが、その音に続いて聞こえる女の咳払いの声に、彼は体の力を抜いた。


「賊軍へ通達する。こちらはガルツ帝国国防陸軍、第4装甲師団である。これより、第2軍司令であるローレ·フォン·シャハト中将閣下の御言葉を伝える。

"ヴィート子爵、卿の軍は完全に包囲した。2時間前の突撃から解るように、刀剣や弓矢程度で突破出来る程私達は易くありません。これ以上、一騎当千の古強者や同胞を討つのは私達の望む所ではありません。王国軍の多くは既に国防陸軍の部隊に包囲され殲滅されています。総統も抵抗しない者には慈悲を与えるとの事です。降伏しなさい。5分以内に返答がない場合、無制限攻撃を開始する。"

以上である!」


 一方的な通達を前に、最早抵抗する気のないヴィート子爵軍には降伏のと言う2文字以外に無いという状態であった。

 各地で降伏をする王国軍に、帝国軍は急速な機械化とその技術で圧倒していた。だが、数で圧倒的に劣る兵員で包囲を敷く彼等は常に包囲網突破による近距離白兵戦とその数の暴力による敗北と隣り合わせであった。

 何より、現状の帝国軍は将兵全員が顔を青くする事態に直面していた。


「総統が賊軍と接敵?その情報は本当なんですか!」


「はっ、ローレ閣下。南方侵攻総司令部からの報告では、総統は本部の護衛を引き連れ前線の親衛隊第1装甲師団に合流。その装甲師団は親衛隊第1歩兵師団と共にザクセン=ラウエンブルク率いる王国軍主力と接敵したとの情報です」


「彼の行動力は称賛しますけど、何でこうも最前線に出たがるのかしら…」


 第2軍本部で頭を抱え白い肌の頬を血の気で赤くするローレは、溜息と共に書類を読み上げる副官の悪魔の女からそれを受け取った。

 そこには、総統カイムが総司令部の監視下から抜け出し戦線に加わった事実と、3万程度の兵員でザクセン率いる10万近くの兵員と対峙しているという事が端的に書かれていた。


「しかしです…総統閣下には皇帝陛下が付けた首輪があった筈ですよ。鈴が鳴るでしょうに?」


「教皇猊下の事ですか?それなら書類にもある通り…」


「鳴らない鈴程意味は無いです。帝国の最重要人物2人が敵の前に立つとは…これで皇帝陛下まで出ていったら、下手をするとこの国は終わりますよ…」


「そっ、そうですね…」


 ローレが書類を捲りながら呟く文句に副官が答えると、彼女は書類をテーブルの上に投げるように置いた。それと共に放たれる悪態は、悪態と言うには不安による暗さが目立つものであり、副官は言葉に詰まらせた。

 そんな副官の暗くなった表情や本部テント内の通信兵達の不安げな表情に気付くと、ローレはバツの悪そうな表情と共に被っていた帽子を取ると頭を軽く掻いた。入浴が出来ていない事で汗にくたびれた金髪が乱れローレの頭上にアホ毛を立ち上げると、彼女は書類の上に帽子を投げやり地図を広げたテーブルへ手をついた。


「王国軍の現状は?」


「空軍と砲兵隊の攻撃で、概算ですが総兵力150万以下。その内の半数は負傷兵であり、実質的には70万を下回るかと。その上で…」


「何とか殆どの兵力を包囲網無いし攻撃で追い返している。包囲は6箇所で行われ、1つあたり2個師団規模の敵を包囲か」


「その戦線の突出した部分にザクセン=ラウエンブルクらしき姿を確認。その兵力は航空写真から10万と予測されています」


 戦線の状況説明を求めたローレの言葉に、副官や参謀達は戦棋を並べ直し出来る限り正確な現状を地図上に再現した。

 その戦線の状態は一見すると帝国軍の優勢ではあったが、戦勝を確信できる殆ど楽観視出来る状態では無かった。最前線とされるズュートダールから5km離れた地点には、一直線に等間隔で横並ぶ王国軍とそれを包囲する帝国軍の戦棋があった。

 それを見るローレは、眉をしかめるとその一直線に並ぶ王国軍の中で突出している軍の戦棋を指でつついた。その戦棋は王を表す旗が刺さっており、それに対面する戦棋は親衛隊旗と司令部を表すマークが描かれていた。


「1番近いのは第2軍第5装甲師団と第1軍第2装甲師団か。第1軍と第3軍、第4軍は?」


「第1軍は各師団が包囲した部隊の殲滅に手間取り、第3軍はフリッチュ殿の第4軍との戦線維持を行っております。むしろフリッチュ殿は戦線を放棄して救援に行こうとしているくらいでして…」


「親衛隊の接敵予想時刻は?」


「えっと…12月31日の午前には接敵ですかね…」


 参謀達がローレの質問に書類片手に答える中、親衛隊の接敵予想時刻だけ口調が弱気だった。その返答に疑問の表情を浮かべたローレは、テーブルの上の制帽を手櫛で髪を整えながら被ると参謀のミノタウロスに歩み寄った。


「"ですかね"とはどういう事か?何故正確な時間が予想出来ない?」


「それが…ですね」


「空軍連中が爆撃後に見失ったと言う報告が先程入りました」


 ローレの言葉に気まずそうに答えた参謀達は、手に持っていた書類の1枚を彼女に渡した。それを受け取ったローレは、内容をただ無表情に流し読むと副官へと渡した。


「ロータル殿は焦りすぎたな。1度にあれだけ空爆すれば、荒れる状況の中で逃げ果せる事は予想出来るでしょうに…」


 溜息と共に小声で呟くと、ローレは自軍を表す戦棋を包囲する敵に対して近付けると包囲網を縮めた。


「ヨルク閣下も急ぐでしょうが、私達も事を急ぎましょう。上手くすれば敵の背後を討てるかもしれません」


 ローレの言葉に頷くと、参謀達は通信兵に包囲網縮小を指示し第2軍本部は慌ただしくなり始めた。


「"年の瀬"か…パーティーでもなく戦争で…」


 書類と軍の各部隊配置を確認していたローレは、ふと呟きながらテントの隅に立つと自分の制服の匂いを嗅いだ。


「パーティーより、サウナ(ザウナ)が先かな…カイム君じゃないが、こうなってみると嫌になるものだ」


 自分から漂う汗の臭いに苦笑いを浮かべると、本部テントを出て包囲網のある方向を見た。その視界には月の光に照らされる薄暗い森と、その中に無数に輝く爆発が見えた。

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