第七幕-6
各地で敗走を続ける王国軍は、遂に帝国軍に首都のあるザクセン=アンラウ州への侵攻を許した。
その事についての情報は、王国上層も大規模規制を掛け何とか流出を防ごうとした。だが、その規制を潜り抜け、いつの間にか連敗の事実は白日の下に晒された。
「ザクセン=ラウエンブルク王…我等のガルツ王国軍が全戦力、ズュートダールに集結致しました」
「国王陛下。今こそ、油断した帝国軍前線を突破し、あの若造や小娘に一太刀浴びせてやりましょう!」
「陛下、この地に集まりし王国兵はニ百万を越えております。これなら突破も可能です!」
ズュートダールを居城とするハゲワシ鳥人のリヒベルクが力強く叫ぶと、彼の周りにいた貴族達もその言葉に鼓舞されると続けて叫んだ。狭い部屋は窮屈そうに立つ男の声に満ち、その言葉を聞くザクセンはただ静かに目の前のテーブルに広げられた地図を見詰めた。
その地図は大陸全土ではなく、ザクセン=アンラウ周辺の地図であった。その地図の中央の城には確かに多くの王国軍戦棋が無数に置かれ、対面している帝国軍の戦棋を圧倒していた。
その地図をザクセン同様に眺める数人の貴族は、眉間にシワを寄せてただ黙っていた。
「待たれよ!皆、待つんだ!確かに数は上回るが、帝国軍はそれを…」
「黙れ、フランケンシュタイン卿!遅滞作戦等と惨めな敗北を繰り返す貴様が何を言うか!」
「これだけの数だぞ!何より、今までの連中が情けないだけだ!」
狭い部屋で攻撃を訴える貴族の言葉に、フランケンシュタインは黙っていた貴族を掻き分けて前に出てきて異議を唱えた。その一言で攻勢を主張する者達から一斉に批判された。
だが、その批判の言葉が狭い部屋に響くと同時に、黙っていた貴族達は耐えられないとばかりに身構えた。
「貴様等!突撃が愚策だとまだ学んでいないのか!その考えで無駄に被害を出したのだろ!」
「ましてやだ!ここに集結するまでにも多くの兵を失った!兵に突撃し戦線を突破する能力は無い!ここは持久戦で敵を鈍らせ、講和交渉を…」
「腰抜けめ!自分の故郷を軍民の区別無しに、あの空を飛ぶ化物に焼き払われたのだぞ!」
「そうだ!そんな連中と講和条約だと、ふざけるな!」
攻勢に反対する貴族達が反論を述べると、狭い空間は2つの勢力で口論となっていた。
「第一だ、主力であったフリッチュ卿やその一党がまるごと帝国軍に寝返ったと言うのだぞ!」
「そうだ!それに、戦線を越えてどうする?デルンまで進軍するとでも言うのか!卿らはテンペルホーフやフンボルト達の様な二の舞になりたいのか」
「デルンまで進もうとした所でだ!滅んだ共和ガルツからは援軍も来ないんだ。どうやって勝ち続けると言うのだ!」
その口論の中でも、持久戦を提案したフランケンシュタインのフリッチュが裏切ったという事実で、攻勢派の発言は急激に低下した。それによって勢いを付けた彼等は、攻勢派へ畳み掛ける様に主張を始めた。
フリッチュの謀叛はフランケンシュタインの報告や戦線で遭遇した各貴族からの報告で周知の事実であり、王国軍に取って重大な問題だった。戦力低下や、魔族における重鎮がザクセンではなく帝国のカイムへ味方した事により、王国制に反発する民衆からは苛烈な抗議活動が多発した。それは、内戦における防衛と戦前再構築を大幅に遅れさる程であり、その事実を再び突き付けられ非難される攻勢派はぐうの音も出なかった。
「しかし、こんな都市に籠って持久戦か?今だって地下室で会議をする始末だぞ。地上は殆ど瓦礫に、外壁は意味を為していない」
「そっ、それは…まだ周辺に塹壕が…」
だが、持久戦派の発言が続くなかで攻勢派から発言が響くと、持久戦派は言葉を濁した。
その反応を好機と感じた攻勢派は、ここぞとばかりに主張を再開した。
「ここに籠城したところで、敵の空からの攻撃で滅却されるだけだ!ならばこそ、敵に射って出るべきなのだ!」
「そうだ!それに、乱戦になれば連中とて数の前には敵う…」
攻勢を主張する貴族達が持久戦派に捲し立てる中、彼等の会議する地下室の廊下から足音が響いた。
「皆さま、会議の最中に申し訳ありません!」
「一体何事だ?」
その音に気付いた貴族達は黙りつつ部屋の扉に意識を向けると、扉は直ぐに開き外からゴブリンの少年が叫びつつ転がり込んできた。
その少年は裾が破れ埃で汚れ、顔は煤で真っ黒になっていた。
震えるながら姿勢をただす少年の恐怖に歪んだ表情と、その少年に深刻な表情で問いたザクセンにより、部屋は重苦しい沈黙に包まれた。
「報告します!マクダールからの補給は、港沖の敵船からの攻撃で輸送不可能との事です。また…」
「んっ、うんっ!また、何だ?」
報告される内容に貴族達が驚愕し、少年が周りの雰囲気に圧倒されて黙ってしまった。その空気を打ち砕くように、ザクセンは大きく咳払いをすると少年に報告を続けさせた。
「はっ…はい。そのっ…南方上空にまたあの空飛ぶ化物の群れです!市民と兵は地下へ避難中」
「また…奴等か…」
「わざわざ外壁でなく街を狙うか…もう壊すべき城も、建物さえ瓦礫となっているのに」
少年の報告で貴族達が悪態をつき、彼等は席に座ったまま黙るザクセンへ視線を向けた。
多くの貴族の視線を受けるザクセンは、少年兵へ退室するように片手で指示すると立ち上がりテーブルの戦棋を纏めて全てを前線に動かした。
「ここに居てもあの攻撃で焼き払われる。後方からの補給は、望めない…ならばこそ、一か八かの攻撃に掛けるしかない」
そう呟いたザクセンは俯いたままゆっくりと深呼吸すると、部屋に居る貴族全員が彼の行動を前に姿勢を正した。
「陛下、御指示を…」
「全軍に通達。起死回生の1手を打つ。出陣の用意をさせよ」
ザクセンの指示を前にリヒベルク達攻勢派や持久戦派も頭を下げ了承すると部屋を後にした。
多くの貴族が狭い地下の一室から去る中、フランケンシュタインは全員と逆に進みザクセンの前に立つと跪いた。
「陛下、恐れながら申し上げます。王国軍は数こそ圧倒的です。ですが!敵は元より数の差を埋めるためにあの魔導より恐ろしい得体の知れない物に手を出したのです!どうか御再考を!」
全員が出ていった事を確認したフランケンシュタインは、気迫を込めてザクセンに進言した。彼はザクセンが気性の荒い人物であると知っていた為に、打ち首を覚悟して瞳を力強く閉じた。
だが、瞳を閉じたフランケンシュタインは何もされない自分の身に疑問を持った。
「ならば…貴様に従う腰抜け達で二軍を編成せよ。私は勇敢な王国貴族と共に最前に立つ」
「陛下!陛下が前に出ては…」
「口説い!私が前に出ずして誰が前に出る!」
ザクセンはフランケンシュタインの言葉に一言怒鳴ると、彼の脇を通って部屋を出ようとした。
「私が前へ出なければ…今までの努力が無駄になる…」
フランケンシュタインは、部屋を去るザクセンの後ろ姿に疑問を覚えるしか出来なかった。