第三幕-5
リザードマンの大男は、笑みと共に部屋に入ってきた。カイムは、このリザードマンがアルブレヒトの言っていた鍛治の友人だろうと考えた。
「すまんな!こいつは昔から気難しい猫でね」
「君ねぇ、人を猫か何かみたいに扱わないでくれるかな!後、少しは爪を切れ!引っ掛かるだろ」
リザードマンは尻尾から全身の毛を逆立たせているアルブレヒトの隣まで歩くと、その頭を粗っぽく撫でまわしながら言った。そんな優しく撫でる彼の手をアルブレヒトは鬱陶しそうに払った。
「まぁ、君の言い分はわかったよ。それなら私達の革命の責任、とってもらおうじゃないか」
アルブレヒトはそう言うと、テーブルの上の概略図を手に取ると隣に立つリザードマンにそれを渡した。
「造れるかは聞かなくてもいいだろ。"どれ"が"何日"で1丁目が造れるかい?」
「拳銃ってのが楽そうだが、これはあんまり意味ないよな。必要なのは強い奴だろ?この…きへいじゅう?なら1丁目は長くて20日かな…調整や実験を含めてな」
リザードマンはアルブレヒトから概略図を受け取ると、一通り見ながら顎に右手を当てて唸った。
リザードマンの少しだけ自信の混ざる言葉にカイムは息を飲んだ。
「こいつを基準に他のを造る。全ての種類の試作品を完成させるには1月と半分かな。まぁ、やってみない事にはここまでしか言えん」
リザードマンは両手を腰に当てながらアルブレヒトへ言った。腰の両手を組みながら首を傾げる彼に、アルブレヒトも目を細めたながら他の概略図をあれこれと捲っていた。
「炸裂薬を火薬に調整。雷管の調整。弾丸自体は、まぁ、多く見積もって10日かな」
「一種類につきか?」
「バカ言え!全部だ!」
概略図を見つめるアルブレヒトは弾薬について呟くとすかさずリザードマンが尋ねた。茶化す様な彼の言い方に、彼女も直ぐに毛並みを逆立たせて言い返した。
「だが、量産を考えると苦しいな。いかんせん二人しか作業する者がいない。長期化は避けられないな…」
「鍛治ギルドに依頼するのは…」
「ダメダメ、それは無理だ。俺がこいつの依頼に応えてたから破門になった。俺が関わってるって知ったら協力どころか邪魔するかも知れない」
アルブレヒトは頭を掻きながら量産に関しての問題を呟いた。その呟きを聞いていたブリギッテが意見を言いかけたが、リザードマンは首を横に振った。
その言葉を聞いたカイム達3人は顔を見合わせ、それを見たアルブレヒトは肩をすくめて"やれやれ"と言わんばかりに首を振った。
「私の才能にギルドの代表が嫉妬したのだよ。やれやれ困ったものだな私の才能にも…彼も彼だ。私の無茶を実現させられたら研究意欲も沸いてしょうがない」
「何だかなぁ。とにかくギルドはまずい」
アルブレヒトの言い訳とリザードマンの呆れる反応を聞いていたカイムは、ふと何かを思いついたのか口を開いた。
「スラムの人々を動員できたらかなりの労働力に成るよな」
「確かに、かなりの労働力には成るよね。でもさ、その人達への報酬ってどうするの?」
カイムの思い付きに、アマデウスは納得したように頷いた。
現状の帝国はスーパーインフレを引き起こしていた。通貨の価値はほぼ無い状態であり、物々交換が基本とさえ成りかけていた。この一言はそんな理由から出てきた。
「スラムの貧民層を動員する。報酬は衣食住。仕事も家も食事も無い彼らなら飛びつくだろうな」
「でも、食事はともかく住む所はどうするんです?お城には姫様がいます。いきなりスラムの人達が入ってきたら…」
カイムの言葉にアマデウスは納得したが、ブリギッテが彼のアイデアに疑問を放った。彼女の意見は的を射抜いており、彼は困った様に唸った。
「確かに、十数人ならまだしもな。城には入れられないとなるとなると…」
「ここか?!確かに部屋は無駄に多く設計したが、貧民層が大勢押し寄せたらさすがに溢れるぞ!」
「確かに人手は増えるけどよ、全員が素人だろ。粗悪品に成るのは困るだろ。俺は1人しか居ないから指導するにも手が足りない」
考える身振りをしながらカイムは視線をアルブレヒトに向けた。すると自然にカイム達3人の視線が彼女に集まった。
だが、アルブレヒトはその視線を受けて反論すると、それに続くようにリザードマンも苦言を呈した。
「とはいえ…これが無きゃそもそも何も始まらんしな。不味いぞ…」
「なら段階的に人を増やせば良いんじゃないですか?この銃器の作り方の手順が分かれば言い訳だし。最初の人が次の人に、その次の人がってやれば良いと思うよ。造るための機材とかも少しづつ増やせばいいし、いざとなれば最初の段階で他にも拠点を作れば良いしね」
若干カイムが考えていると、手をうちながらアマデウスが名案だとばかりに発言した。
「成る程な、俺は納得した!住む所もこの近くに少しずつ増やせばいいしな。工場町でも出来そうだ!よし、久しぶりに賑やかに成るな!」
リザードマンは納得したように大きく頷くと大声で笑いだした。そんな彼を尻目に、アルブレヒトはただ無言で渋々という具合に頷いて受け入れた。
「でも、この銃器って私達が使うんですよね。量産するにしてもそんなに量は要らないんじゃ…?」
「いやいや、違うよブリギッテ。これは…私達以外の人達にも大いに使ってもらう」
量産の体制について相談を繰り広げるカイム達3人ブリギッテはふと疑問を言った。そんな彼女にカイムは訂正を入れると、ブリギッテは驚いた表情を彼へ向けた。
「私は、この帝国に新たな、私の軍隊を設立しようと思ってるんだ」
「それも貧民層の人達を動員するんだよね…」
「勿論だ。言い方が良くないがな。彼らに職を与えて働いてもらい、彼らは報酬を得る。荒事に巻き込むかもしれないが、どのみちこのままでは共倒れだ。仕方ないし、彼らも納得するはずだ」
カイムはブリギッテの疑問に対して自分の先立った目標を言った。その言葉にアマデウスは深く息をついて付け足すと、カイムは肯定しつつ続けた。
そんなカイムとアマデウスの返答に、ブリギッテ口こそ開いたが何も言わずに顔を背けて黙った。
「とにかく、事は始まった。後は成るように成る」
アルブレヒトの一言でブリギッテは完全に発言する機会を無くした。




