第七幕-3
「失礼。総統に面会を求めたい。そこを退いてもらえないか、ヴァレンティーネの嬢ちゃんよ?」
「総統は現在作戦会議中ですわ。お引き取り願いましてよ」
「随分な物言いじゃないか?少なくとも、上官に対する態度じゃないな」
「親衛隊と国防軍は組織体系が異なりましてよ、ベンヤミン中佐。いえ、今は准将でしたかしら?」
南部戦線におけるガルツ王国軍は都市や町、小さい規模では村を要塞化し籠城を主とした戦法を取った。それはこれまでの待ち伏せによる攻撃では、最初の一撃こそ帝国軍に損害を与えられらが1度でも攻撃を行えば確実に部隊が壊滅する捨て身の攻撃であった。
そのため、最低中隊規模での損失が確定する待ち伏せよりは優れているとザクセン=アンラウ各地に散っていた王国軍は各都市に集結した。
「嬢ちゃんよ、これは帝国国防陸軍の将兵としての要請だ」
「では、ベンヤミン准将。私から総統へ用件を伝えますわ。国防陸軍の将校方が軍務を中断してまで伝えたい…」
「空軍の無差別空爆の中止を願いたい。砲撃ならば白旗を振れば収まる。だが、空爆は白旗では収まらない」
即席とは言え要塞による籠城戦法の報告を受けたカイムは、即座に空軍による各都市への無差別爆撃を指示した。その爆撃は昼夜を問わず、基礎訓練課程のパイロットさえ動員した攻撃であった。
爆撃し帰還しては補給し出撃という空軍に苛烈な負担を掛ける戦法ではあった。だが、その止めどない爆撃の結果によって、短期間の内にザクセン=アンラウの上方にある都市の殆どは帝国軍の占領下に置かれた。
帝国軍占領下のザクセン=アンラウ州のナムサウは、州の中央にある事から内戦の軍の新たな侵攻拠点となっていた。
だが、12月22日の午後にベンヤミン達1部の陸軍将校達がカイムの居る親衛隊南部侵攻本部へ空爆中止を求めて押し寄せた。
「賊軍への爆撃は総統閣下の命令でしてよ。その空軍の爆撃で、国防陸軍は快進撃をしているのでしょう?何より、統帥権を持つ総統の命令を聞けないとおっしゃりたいのでして、将校方?」
半ば廃墟となりかけたナムサウの議事堂の入口で、ヴァレンティーネは将校達を前に突き放す様に言った。その表情は冷たく、言葉にも若干だが棘がある言い方であった。
ヴァレンティーネの態度もさることながら、親衛隊隊員達の視線も彼等に冷たく感じられた。その状態には流石のベンヤミンも拳を震わせる程であり、お互いに険悪な空気となっていた。
「ならば、国防陸軍は"市民への損害を出来るだけ少なくせよ"という総統命令を受けている。それを国防空軍に命じていない事について質問する権利は俺達にもあるだろう!」
「逃走も亡命もしないで魔族と、帝国市民と名乗る連中等は寄生虫と同じですわ。獅子身中の虫は、血を吸う前に駆除しなければなりませんのよ」
拳を震わせる怒るベンヤミンの代わりに同行していたオーガの将校が前に出るとヴァレンティーネへと噛み付いた。そんな彼の言葉を片手で払うと彼女はあっさりと言い返した。
だが、その一言はベンヤミンの怒りに油を注ぐと、彼はヴァレンティーネの前へ立つと彼女を見下ろしながら睨み付けた。
「親衛隊は、守るべき市民を害虫扱いするって言うのか!」
「私達の使命は総統を守りその意思を体現する事ですわ。"そして"帝国市民を守る事でしてよ」
「守るべき市民は二の次か?」
「彼等は市民では無く賊軍の加担者達ですのよ、ベンヤミン准将。勘違いしてはなりませんわ。それに、空軍は賛同したのですから」
ベンヤミンの圧のある言葉に臆する事なく、ヴァレンティーネは挑発する様な発言をした。更にその表情は嘲笑う様なうっすらとした笑みであり、比較的若い陸軍将校達は彼女への怒りに満ちていた。
「面倒な空軍の訓練に賊軍を利用しているだけだろう!」
「敗軍を空からつついて、何が天の騎士団か!」
「訓練云々は受け入れますが、空軍の侮辱は聞き捨てなりません!」
青年将校達は各々の主張を叫んだが、途端に彼等の背後から勇ましくも怒りを含んだ女の声が響いた。
「オイゲン卿、何故ここに?」
「ベンヤミン陸軍准将、今の私は国防空軍少将だ」
「何故も何も、爆撃による戦果の報告に来ただけです」
ヴァレンティーネとの言い争いに熱を上げていた彼等の背後には、いつの間にか護衛を連れたロータルとブリュンヒルデが立っていた。
ロータルの表情は冷静であったが、その隣に立つブリュンヒルデの表情は険悪その物だった。
「戦果ね…巻き込まれただけの市民を焼いて、よく言うよ」
「何ですって…」
ブリュンヒルデの言葉にベンヤミンが悪態をつくと、それを聞き逃さなかった彼女は彼へ歩み寄り胸ぐらを掴んだ。
「前進の遅い陸軍に代わり露払いをしている私達に、貴方達がよくもそんな事を言えますね!」
「民を守らずしてて何が国防軍か!」
「内戦なのですよ、ベンヤミン准将!理想だけで戦えるほど戦場は甘くないのですよ!それとも、ブルーノ准将の戦死は国防陸軍が弱かったからと言うおつもりか!」
「そっ、それは…」
ブリュンヒルデの言葉に、ベンヤミンは言い返す事が出来なかった。
ブルーノの戦死はテンペルホーフ残党を取り逃がし潜伏を許した前線将兵の責任を問う意見が陸軍上層部から出ていた。その責任の所在はベンヤミンにあるという意見が多くらが戦闘で攻撃を積極的に行わずに大陸中央の侵攻していた事が責任追及の後押しとなっていた。
それをヨルクやカールハイツによるカイムへの口添えで処罰を逃れた事もあり、ブルーノの話題を出されるとベンヤミンは何も言えなくなった。
「いくら将官と言えど、ハイルガルト攻略の功績あるベンヤミン閣下を愚弄する事は許さんぞ」
「そうだぞ、ブリュンヒルデ大佐。"何事も"加減が大切だ。いやっ!失礼、皮肉を言うつもりは…」
若い陸軍将校達がベンヤミンを庇う主張の声とロータルの皮肉の様に聞こえる言葉への抗議が響いた事で、議事堂周辺の騒ぎを聞き付けた警備の親衛隊が続々と集結し、双方で睨み合いという状態になった。
「内戦であるからこそ、人道精神が必要なのだ。無駄な共食いで国を弱体化させる事は皇帝や総統への反逆…祖国への冒涜だ!」
「あらあら…流石、ベンヤミン准将はお優しい事ですわね?南部戦線の戦争ごっこで気が緩んでしまいましたかしら?」
「小娘が戦争を語るか!」
「東部戦線の泥沼を知らない連中が何を言うか!これは浄化でしてよ?1つの魔族、1つの帝国。私達の翼十字の旗からシミを取り除くのが軍隊…痛た!」
ベンヤミンが持論を述べると、ヴァレンティーネはそれを鼻で笑った。嘲笑う態度を崩さない彼女の発言は、責任感を感じるベンヤミンの言葉を詰まらせ、青年将校達はいよいよ飛び掛かりそうな怒りの空気に包まれていた。
将校の誰かが叫びヴァレンティーネが彼等の怒りの炎に油どころかガソリンを撒こうとした時、ヴァレンティーネの頭頂に鉄拳が降った。
「大尉、これはどの様な事態か!一体何が起きている!」
「ギっ…ギラ、アンタねぇ…」
クラッシュキャップの制帽に拳の形のへこみを造り、頭を抱えしゃがみながら痛みを堪えるヴァレンティーネが見上げると、そこには額に血管を浮かせながら顔を怒りで赤くするギラとその後ろに立つカイムの姿があった。
「そっ、総統閣下!カイム…」
「その挨拶はいい。それより、これはどういう事かヴァレンティーネ?」
慌てて立ち上がり親衛隊敬礼をしようとしたヴァレンティーネは、カイムに挨拶を止められると腕を広げてベンヤミン達を示した。
「いえっ!その…ベンヤミン准将達が面会を求めていたのですが…その…」
言葉に詰まるヴァレンティーネへカイムが追及しようと前に出た。それをギラが止めると、彼女はヴァレンティーネの襟首を掴み締め上げた。
「貴女は…親衛隊が帝国内に敵を作ってどうする!どれだけ総統に迷惑を掛ければ気が済む!今度こそ粛清するぞ…」
「有能な人間を死なせた原因でしてよ!それが爆撃中止の具申なんて、親衛隊なら誰でも止めますわ!」
「爆撃中止?」
カイムの登場で全員が姿勢を正し敬礼する中、ギラとヴァレンティーネは殺意や黒いオーラを撒き散らしながら睨み合った。
ギラの手を払い首を撫でながら言ったヴァレンティーネの言葉に、カイムはその発言を行った張本人であるベンヤミンの元へ向かった。
「准将、どういう事で?」
「総統閣下!それはですね…」
「待たれよ!2人とも待って頂きたい」
駆け寄り事情を尋ねるカイムへ、ベンヤミンは自責の念から発する陰の気を払うように肩に力を込めた。その勢いに任せて力強い口調で口を開いた彼だったが、封筒片手に駆け寄るロータルに止められると力は急激に失速した。
「ロータル少将、そういえばどうしてここに?連絡なり報告は空軍基地の電話でも出来るでしょうに?」
「なに、その空爆関連で1つ報告をせねばならない事態になりましてな」
ずれた眼鏡を直すロータルへカイムは尋ねると、彼はいそいそと封筒を開け中身を探り始めた。
「何です?空爆帰りに爆撃機が移動する敵軍でも発見したんですか?」
「ベンヤミン殿、よく解ったな」
封筒の中身を出そうとするロータルにベンヤミンが言うと、彼は驚いた表情で頷き封筒から1枚の写真を取り出した。
「どうも賊軍は爆撃で限界を迎えた様ですな。ルデルブルクから移動する敵を帰還途中だった第3爆撃機中隊が発見しました。予測ではありますが、最大戦力で戦線を突破し、総統を狙っているかと」
「非常呼集だ!各将兵に連絡しろ!」
ロータルの報告と渡された写真を見たカイムは堪らず叫んだ。




