第六幕-4
帝国西方は、内戦初期において帝国派貴族による内部工作と親衛隊の工作作戦から帝国へ帰属した。それにより、西方貴族の半数は自身の兵と共に軍へ志願していた。
最も早く空軍での訓練を始めたオイゲン達に遅れ、アンハルト=デッサウを主軸とした残りの貴族も陸軍や海軍に志願し訓練を始めていた。
そういった西方貴族や西方出身者を多く抱える第3軍は、歩兵と野砲を主力とした歩兵師団で構成されていた。
「やはり、若様。諸々の事情を考慮しても、せめて自走砲や突撃砲は編成に加えてもらうよう要請すべきだったのでは?」
エアテリンゲン州の南西よりの戦線に仮設された第3軍本部で、カーヤは自身の上官であるフィデリオに問いかけた。
彼女の言う通り、第3軍には輸送車両以外にエンジンの搭載された兵器が極端に少ない編成となっていた。
それにより、戦時下特例による短期訓練完了と同時に南方戦線へ出動した第3軍は、ハイルガルトより先の進軍速度が他の戦線に追従出来なかった。
「解らないか、カーヤ?第3軍は西方出身者が多い。帝国は元々南に味方する東とぼっ…私達に喧嘩を吹っ掛けるつもりだった。その仮想敵がだ。内紛騒ぎを起こして味方になっても信用出来ない奴が軍にいる。私達がもし負け戦をして兵器や装備が鹵獲されたら?」
「私達西方出身者への弾圧を産むと?」
軍の各部隊との無線連絡で騒がしい本部テントでフィデリオが説明すると、それを聞いたカーヤが疑問混じりに彼の問いに答えた。
フィデリオとカーヤの近くにいた参謀士官数人が複雑な表情を浮かべると、それを見たフィデリオは改造したクラッシュキャップ風の制帽を脱ぎ髪を撫でながら参謀達が囲むテーブルの地図を覗き込んだ。
「銃砲の生産も安定かつ拡大したらしいが、まだ貴重だ。発動機を積んだ自走兵器なんてものは更に貴重だ。王国を裏切ったフリッチュ…エッカルト殿達の軍団はライヒガルム攻略に参加した時は刀剣で先陣を斬ったらしい。それに"最近まで敵だった連中に帝国の秘密兵器の数々を渡したくない "。そういう考えの連中と総統が必死に折り合いを付けてくれた結果が、銃砲と輸送手段のみ支給という訳だ」
参謀から書類を受け取ったフィデリオは、その内容に合わせて自軍の戦棋を進めると溜め息を付いた。
その憂いの混じった表情に、カーヤは音も無くフィデリオの背後に立った。
「若様…貴方はこの装備に納得出来るんですか?」
唐突に耳元で囁くカーヤに驚きで肩を震わせたフィデリオは、吐息が掛かるほど近くにいる彼女に顔を赤くしながらその顔から離れる様にテーブルへ突っ伏した。
「総統君だって良くやってるさ。僕が彼だったとしても同じ対応をする筈だ。信頼だ何だはこの内戦が終われば直ぐに得られる」
恥ずかしがるフィデリオと満足そうなオーラを出す無表情のカーヤのやり取りを参謀達や通信兵達ただ黙って見ていた。
実戦それ自体は、第3軍の彼等にとっても初ではなかった。だが、内戦という事や今までとは全く異なる戦闘に、多くの者が緊張していた。
だが、良い意味で緊張感の低い指揮官と副官によって、本部の兵達の緊張は尊敬と最前線でイチャつける事への嫉妬や呆れで崩れていった。
「失礼します!フィデリオ准将…御取り込み中でしたか、これは失礼…」
「取り込んで無い!んんっ、何だい軍曹?」
戦場に不釣り合いの空気が本部テントに流れる中、落ち行く日の光を背にウサギ獣人の男が陸軍敬礼と共に入ろうとした。だが、フィデリオとカーヤの距離感やそれを見守る士官達を見ると謝罪をしつつ踵を変えそうとした。
それに声を上げたフィデリオは、喉を鳴らしつつ軍曹を呼び止め用件を尋ねた。
フィデリオの言葉に、踵を返した軍曹も再びテントの前で敬礼をした。
「フィデリオ准将、第6砲兵連隊が到着。参謀長のホルガー大佐が面会のため到着しています」
「解った…直ぐに通してくれ」
軍曹の報告に机に突っ伏したまま戦棋を動かしていたフィデリオは、ゆっくりと姿勢を正すと片手に持っていた制帽を被り直した。
突っ伏した事で乱れたフィデリオの制服をカーヤが直している数分の間に、将校制服が板に付いたホルガーが敬礼をしながら本部テントに入って来た。彼はフィデリオの前で止まり姿勢を正すと再度敬礼した。
「第6砲兵連隊、第3軍との合流予定10月4日16:30時。定刻通り到着いたしました」
部隊編成の書類を渡しつつ報告するホルガーに、それを受け取ったフィデリオやカーヤ、その場の参謀達も敬礼で返した。
「確かに定刻通り…ですが、第1軍…ヨルク軍団の砲兵が再編成で第3軍はというのは何とも…」
フィデリオから渡された書類を確認しつつ言いかけたカーヤの言葉は、再編成指示を受けた第3軍参謀達の意識だった。
帝国攻勢後に投入された第3軍は、戦車や自走砲は無いが人員的にはヨルクの第1軍やローレの第2軍より多かった。
新装備での実戦不足という不安要素は有るが、ある程度戦力的に安定している第3軍に最前線で必要とされる部隊が転属するのである。参謀達にはそれが不思議であった。
「戦車や自走砲を送れなかった総統君の、せめてもの罪滅ぼしって所じゃないかな?」
「そうですね…一応"フィデリオ殿、済まなかった。彼等は優秀だから、戦車の換わりにこき使ってやってくれ"との言伝てを総統から貰ってますし、否定は出来ませんね」
カーヤの疑問に答えるフィデリオは、制帽を脱ぐとホルガーに握手を求めた。それに応じた彼は、フィデリオの手を取るとお互いに肩を軽く叩いた。
「帝国以来で久し振りと言った所か、ホルガー?変に畏まるな気持ち悪い」
「軍は組織。例え世代が同じ知り合いでも、上下はしっかりしなければな」
比較的年齢が近く昔から少なからずホルガーと交流が合ったフィデリオは、彼に多少砕けた態度を見せた。だが、それに対してホルガーは、身ぶりこそ硬いままだったが口調だけ軽くした。
「何より、准将に態度を正さない大佐なんて部下に示しが付かんだろ?」
「全く…父親がああも堅物なら、息子も堅物か?」
「私はまだ良い方だ」
ホルガーは軽口と共に参謀達が整列する地図の元まで歩くと、砲兵連隊の戦棋の1部を本部テントのある位置までずらした。
その不自然に残った1部にフィデリオは眉をしかめると、演技がかった動きでその戦棋を指差した。
「おい、参謀長…さっき連隊が到着したと言ったな?なら何故部隊の1部がまだ遅れてる?」
背後から響く冷静だが圧の有るフィデリオの言葉に、ホルガーは言葉に困った。
帽子を取りつつその鍔で頭を軽く掻くと、ホルガーは肩をすくめた。
「そういえば大佐殿…肝心の連隊長は?ブルーノ殿は?参謀長1人で報告と言うのも不自然です」
カーヤの一言でブルーノに何かが有った事を確信したフィデリオは、ホルガーの横に立つとテーブルに手を突きながら彼に詰め寄った。
「何があった?」
「連隊指揮車と重砲を牽引してた車両が泥濘に嵌まった。指揮を私に移譲して、父上は兵達に混ざって作業中だ…だから密林に重砲は無理だと言ったんだがな…」