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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第六幕-3

「戻った偵察からの報告では、"既に帝国軍はエアテリンゲンはアイマフルトを突破しザクセン=アンラウへ迫りつつあり。されど、西方の湿地帯に戦線の裂目あり"との事てす」


 南下しエアテリンゲン州の多少開けた林にテントを張ったテンペルホーフ軍は、帝国軍戦線の手薄な場所を見付けるためにひたすら偵察を行っていた。

 その結果、密林の1部戦線に穴がある事を発見した彼等は報告を聞くと同時に作戦会議を行っていた。


「敵も南部侵攻によって戦力不足に陥っている。この穴はその表れ!今こそここを通り脱出をしよう!」


「しかし!その後ろには鉄の怪物…戦車とか言うのやその仲間みたいなのがいるのだろう?やはり海岸線から脱出が賢明だ!」


「何を言っている!船でもあるのか?泳いで帰れる距離ではなかろう!」


 テント内の参謀達が作戦についてそれぞれの意見を主張し、作戦の内容は何時まで経っても決定しなかった。

 その状況に、左目を憎しみや怒りに歪めたテンペルホーフは怒りに任せてテーブルを蹴り上げた。テーブルはその上に置かれた筆記用具や地図、戦棋を地面に撒き散らすとテントの外に放り出され、木片を散らしながらぬかるんだ地面を転がって行った。


「貴様ら…この腰抜けが!恥を知れ!何故1人として帝国軍の背後から一太刀入れようという気概を見せないのか!それでも魔族の武人か!」


 テンペルホーフの怒りの主張は、全員から批判の視線こそ受けたが誰一人反論を口にする者はいなかった。

 彼の血走った左目や怒りと痛みによって眠れぬ夜を過ごした事によるクマが、彼を本当の化け物の様に見せたからだった。


「しかし、テンペルホーフ卿…いくら背後からとはいえ、敵は帝国軍。そう易々と斬らせてはくれますまい。それこそ、橋の時のように…」


「黙れ、敗北主義者が!」


 参謀の1人であるゴブリンが沈黙を破り口を開いた。その口からは弱気だが、軍を存続させる事を目的とした否定であった。

 だが、その意見は怒鳴り付けるテンペルホーフとその鉄拳によって止められた。

顔面を右ストレートで殴られた参謀は、テントの脚に背を強く打ち付けると、力なく脚に沿って地べたに座り込んだ。


「戦わぬ誇り無き者には、惨めな死があるのみ…誇り高い者にこそ!栄光と伝説が語り継がれる!」


 勇ましさこそあれど、部下を殴り付け痛みと憎しみに冷静さを失ったテンペルホーフの言葉に、参謀達は誰もが従いたくなかった。

 だが、戦場の前線に立ち戦う彼に殆ど兵達はしたがっていた。何より、右目を失い貴族としての誇りだけだったテンペルホーフに怨みによる圧が加わった事で、迫力が出た彼の言葉に若い兵士達は熱狂した。


「確かに敵は強大だ!だが、貴様ら参謀達の呆れる様な弱腰と違う!我等誇り有る魔族の兵士こそ!かのおぞましき帝国軍を打破できるのだ!」


 具体的な策も無く根性論でものを語り始めたテンペルホーフと参謀達との間には、思考や価値観の差という大きな溝が出来ていた。

 普段のテンペルホーフが言う"兵士の精神が戦いの勝敗を分ける"と考える事は参謀達も解っていた。

 だが、現状のテンペルホーフ軍はその精神論が第一となっており、軍の中でもまだ比較的に冷静さを保つ参謀達は敗軍と全滅を予感していた。


「テンペルホーフ卿、貴方の考えは解る。だが…」


「会議中失礼します!」


 参謀の中で最高齢のパーンの男が激情したテンペルホーフを宥めようとした時、テントの中に獅子の獣人が飛び込んで来た。

 彼は膝を付きながらテンペルホーフを見上げると真剣な面持ちで深く頭を下げた。


「偵察が侵攻途中の帝国軍を発見。敵はこちらにまだ気付いていません」


 突然やって来た朗報にテンペルホーフは歓喜し、参謀達は絶望した。


「敵は?敵はどの様な連中だ!ファルターメイヤーの妹は居たか!」


 敵の報告にテンペルホーフは我を忘れて獅子の男の肩を掴むと乱暴に揺すりながら叫んだ。

 テンペルホーフの行動と剣幕に、屈強な獅子の男は圧倒されると怯えつつ何度も頷いた。


「敵は無数の馬のいない荷馬車で、同胞を焼き払った火の筒を引いていました。ファルターメイヤーの姿はありませんでしたが…その…」


 言い淀む男の肩から手を離し、テンペルホーフは頭を鷲掴みにすると男の額に自分の額を打ち付けた


「その何だ!」


 テンペルホーフの殺意と怒りに満ちた表情と狂気に侵された瞳に、男は額から血と汗を垂らしながら震えた。


「ペルファルの姿を見たと…」


「ならば、なお善し!あんな貴族でもないこむすめよりは遥かに首に価値がある!ペルファルを討ち取って、我がテンペルホーフの名を挙げる!」


 口が裂けるかと思える程の笑みを浮かべたテンペルホーフに、その場の誰もがなかなか異議を唱えられなかった。


「テンペルホーフ卿!敵はあの爆発を無数に巻き起こす…」


「貴様らは…まだまだ敗北主義を…」


 参謀達の制止を前に、テンペルホーフは再び怒鳴ろう身構えた。

 だが、それより早く獅子の男が地面に落ちた地図を拾うと、テント内の椅子を並べてその上に広げた。


「敵は散開しているようで一直線に戦線の穴の後方にいる部隊へ向かっています。あの部隊はひょっとすると接近される事を嫌っているかとも思えます」


「成る程…卑怯者だからこそ、正面からお互いが見える程接近すれば勝機があるか!」


 獅子の男がテンペルホーフをけしかける姿に、多くの参謀が危機感を抱いた。

 それは軍における現場の暴走に近く、軍としての命令系統と組織な上下が崩壊している事の現れであった。

 テント内の参謀達は、既にテントから数人の参謀が逃げ去った事に気付いた。テンペルホーフもそれは同様にだったが、彼の優先すべき事は打倒ペルファルだけだった。


「一直線という事は、貴族としての誇り無きペルファルは指揮官という位を利用して最後尾にいるのだろう?嘆かわしいが、今は有り難いな!あのワシ頭を切り落とせるのだからな!」


 地図を満面の笑みで見ながら、獅子の男が置いた戦棋を確認したテンペルホーフは剣を取るとテントの外に出た。

 獅子の男が既に指示を出していたのか、兵士達はテント前に整列しており、それを見たテンペルホーフは誇らしげに胸を張った。


「諸君!手短に言うぞ。我々はこれより醜く愚かな帝国に下った貴族の恥達…その1人たるペルファルを討つ!」


 テンペルホーフの雄叫びに兵達は叫び、その声は降り始めた雨音に掻き消された。

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