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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第五幕-8

「カテリーナ様…来ました。帝国軍です」


「噂に聞く鋼鉄のゾウ…"戦車"が7両。あれなら、コンダムなんて1日で壊滅でしょうね」


 20人程の護衛を連れて、コンダムの中央街道に仁王立ちするカテリーナは自分達に向かって進む戦車隊をみて息を飲んだ。

 9月2日のコンダム大統領府前で行われた空挺部隊と参謀ウッカーマンの演技は、デモ行進を突発的な暴動へ変化させた。

 そして、その暴動は潜入していた空挺第2小隊によって誘導された波に変化し、大統領府や国会議事堂を飲み込んだ。その暴動の途中で、共和ガルツの参謀本部が政府へのクーデターを実行した。その結果、各省庁は機能を喪失しコンダムは参謀本部の息の掛かった部隊で制圧された。

 とはいえ、共和ガルツ残党との散発的な交戦が続き、革命政府が共和ガルツを制圧するには8日間程かかった。

 革命後、大統領他内閣官僚全員の死亡は革命政府大統領代理であるカテリーナから説明された。それと同時に政府の方針として、ガルツ帝国への降伏を宣言し各地域にて武装解除と白旗を上げる命令が出された。


「しかし、カテリーナ大統領代理…皇帝に反旗を翻した東側を帝国は本当に受け入れてくれるのでしょうか?」


 帝国から渡された委託書通りに中央街道に立つカテリーナへ、参謀の1人が不安な表情で語り掛けた。事情を理解をしているウッカーマン以外の参謀や兵達は街の外周に白旗を上げ武装解除していても、全員が迫る帝国軍へ不安の表情を浮かべていた。

 そんな兵達の心情を理解したカテリーナは、軽く回りを見渡しながら肩を竦めた。


「帝国の敵は共和主義や共産主義。帝国派として革命を起こした私達を討つ理由は無い…そう思いたいわ」


 言葉の最後に不安要素を残しながらも、目前に迫る戦車隊の先頭車両にカテリーナは恭しく頭を下げた。

 その先頭車両のキューポラが開くと、中から顔に傷を持つガーゴイルが顔を出した。


「初めまして、カイム総統閣下。私は東部革命政府大統領代理をやらせて頂いています、カテリーナ・フォン・シュペーと申します」


 上目遣いにガーゴイルの男を見るカテリーナは、その頬にある大きな傷を前にその男を総統と理解した。


「ばっ!馬鹿言うな!俺が総統な訳あるか!俺はフリッツ・バーダー陸軍少佐、ただの士官だ!」


 そんなカテリーナの発言に顔を青くしたフリッツは、慌てて言い放つと戦車から飛び下り彼女の元へと歩み寄った。

 そんな彼にカテリーナの護衛全員が慌てて彼女に駆け寄ろうとした。だが、カテリーナが片手で制止すると彼女はフリッツと向き合った。


「大統領代理さんよ…俺みたいな国防陸軍ならまだ良いが、親衛隊連中の耳に入ったらえらい目に合うぞ!只でさえ連中はドレスツィヒで損害を出してから容赦が無くなったんだ。くれぐれも失礼の無いようにな!」


 カテリーナの眉間に指差しながら強い口調でフリッツが念押しすると、神妙な表情で彼女は頷いた。


「成る…程…解りました。それで、総統はどの様な御方で?」


「そうですね!顔に傷痕1つない若僧ですよ!見た目だけ歳喰って見えますけどね!」


 フリッツへ不安混じりに問い掛けたカテリーナの返答は彼からは帰って来なかった。戦車達のエンジン音に負けない様に張り上げら声がカテリーナへ答えると、彼女は先頭の車両の後ろに停まる戦車5や兵員輸送車を見た。

 だが、キューポラから周辺を警戒する車長達や兵員輸送車から続々と降りてくる親衛隊隊員達から発せられた声ではないと解ると、カテリーナはフリッツを驚きの表情で見た。

 その視線を受けつつ、フリッツは溜め息をつきながら姿勢を正すと自分の乗っていた戦車へ向き直った。


「総員!ガルツ帝国国防軍及び親衛隊総指揮官、カイム・リイトホーフェン総統閣下に敬礼!」


 唐突に大声を上げて陸軍敬礼をするフリッツに驚きたカテリーナは、彼に驚きつつ声を掛けようとした。だが、彼の声に従いその場に居る国防軍全員が一斉に戦車を向きつつ陸軍敬礼や親衛隊敬礼をしつつ姿勢を正した。

 その行動に驚きながら、カテリーナは戦車へ視線を向けた。彼女は戦車を下からなぞるように見ると、キューポラの上に1人の男が立っていた。

 白髪に制帽、両側頭部からウシの様な角を生やした男。服装は総指揮官という割りには余りにも質素であり、雰囲気や態度からは魔人族と言えどただの老け顔の男にしか見えなかった。

 戦車の上に居たカイムはキューポラの上から飛び降りると、アニメの様な三点着々をしながらカテリーナとフリッツの元に歩み寄った。


「紹介の通り、カイムです。このガルツ帝国の総統をやっています。まぁ、総統と言うには戦果も威厳も無いですけどね」


 自虐をしつつカイムは、肩を竦めると立ち尽くす2人を見た。


「総統閣下…部下の目も有ります」


「フリッツさん。自分は国民同士を戦わせて、有能な部下を無駄死にさせる無能ですよ。それに、フリッツさん…」


 フリッツの指摘に自虐を言ったカイムの言葉は、フリッツからの脇腹へ向けて放たれた肘打ちで止められた。


「お前の気持ちは十分解る。同じ負け犬根性持ちだからな。だが、お互い立場があるんだ。割り切れよ」


 苦い表情で諭すように言ったフリッツに、カイムは頭を軽く振りながら深呼吸すると、

カテリーナへ手を差し伸べた。


「見苦しい姿を見せた。申し訳ない。総統のカイムだ。シュペー殿、宜しく」


 カイムの言葉に、カテリーナは数秒呆気に取られたが、直ぐにカイムへ海軍敬礼をするとその手を取って握手をした。


「いえっ、それよりむしろ…安心したと言いますか…」


「安心?」


 握手をしつつ言ったカテリーナの"安心"と言葉に、カイムは首を傾げながら尋ねた。

 その疑問にカテリーナは直ぐに言葉が出ず、握手をしたままの2人の間に沈黙が流れた。


「何と言えば良いのかは判りませんが、総統が思った以上に人間的で良かったとでも言いましょうか…」


 眉間にシワを寄せ悩みながら言ったカテリーナへの反応にカイムは困った。英雄の再来という評判で崇められるのを拒んでいたカイムとしては、悩みながら言われたとは言えその一言に喜びに近い感覚を懐いた。


「確かに、私を英雄と呼ぶのはテオバルト教の司祭くらいですよ。まぁ、美人に嫌われないだけ良しとしますよ」


「そんな!嫌うなんてっ!」


 カイムの軽口に慌てたカテリーナは、未だに自分がカイムの手を握ったままという事に気付くと、頬を赤く染めて手を離した。

 その反応に、カイムは一瞬違和感を覚えた。だが、自分の目の前で頬を染める美人という状況に彼のその感覚は直ぐに消えた。向き合うカイムとカテリーナの間に温かい雰囲気が流れ始めると、カイムの腕か突然後ろから引っ張られ彼は後ろへ1歩下がった。


「失礼します!総統、どうやら話がずれている様ですが?今は革命政府の今後の話の筈です!」


 カイムの腕を引いたのはギラであり、突撃銃を左肩に背負いその手に書類を持つ彼女はカイムへ普段の3割増しの笑顔を向けると敬礼をした。

 ギラの態度にも違和感を覚えたカイムだが、彼女の笑顔や書類に意識を向けた事でそれらも意識の彼方に消えた。

 書類の束を確認するカイムの横で、ギラはカテリーナへ視線を向けると有らん限りの敵意を向けた。

 だが、カテリーナはつり上がったギラの目付きや怒りのオーラに気付くと、馬鹿にするようにほくそ笑んだ。そんなカテリーナへどす黒いオーラを浮かべたギラと、彼女を挑発するカテリーナに居合わせたフリッツは溜め息をついた。

 フリッツの態度に気付いたカイムはギラの方向を見た。だが、彼女はすでに輝く様な笑顔を浮かべて敬礼をしていた。


「ギラ大尉」


「何でしょう、総統?」


「公私混同は止めなさい…」


「そのっ…はい…」


 カイムの冷静な口調から放たれる指導に、ギラは言い訳せずに静かに頷いた。反省するギラはうっすらとした怒りをカテリーナに向けたが、彼女はギラを見て再びほくそ笑んだ。

 それに気付けないカイムは、束の中から1枚の書類を取り出すと、ファイルの1番上に重ねた。


「それで、共和ガルツの現状は?」


「帝国派革命軍及びその協力者で、革命を実行。その結果として共和ガルツ首都コンダムの制圧と反乱分子の確保、粛清を行いました。コンダム周辺地域では、海岸の白浜からこの地まで全てが帝国派の制圧地域です」


 カイムの質問にカテリーナは、姿勢を正し海軍敬礼をしながら即答した。その内容や反応の速さに面食らったカイムは、数回頷くと別の書類にメモ書きをした。


「では、革命政府の今後の方針は…」


「ガルツ帝国への併合を前提とした無条件降伏です」


 カイムの質問を若干食い気味でカテリーナが答えると、帝国陸軍は騒然となった。

 だが、それに反して親衛隊やカイムは至って冷静であり、カイムはメモ書きをギラに渡すと笑みを浮かべた。


「しかし、併合だけでなく無条件降伏ともなれは反対する者も…」


 革命政府の驚きの方針に、フリッツはカテリーナへ疑問を投げ掛けた。そんなフリッツの言葉とカイムの頷きに、カテリーナは帝国軍の親衛隊と呼ばれる者達以外に東部地域を制圧する委託書の事実を知らない事を理解した。


「先程も言いましたよ"反乱分子の確保、粛清を行った"と。帝国との併合に反対する者なんて、共和主義者か共産主義者ですよ。そんな危険分子は排除こそすれ、生かす理由は無いですよ」


 フリッツはカテリーナの発言を余りにも横暴過ぎると感じた。だが、現状の帝国と共和ガルツの内戦こそ、主義や思想による曖昧な線引きで行われる絶対戦争である事を思い出すと、彼は何も言わずただ黙って頷いた。

 そんなフリッツの心情を理解したカイムは、広がりつつある暗い空気を払うように軽く手を叩いた。


「革命政府に無条件降伏の意志が有るなら、こちらの終戦協定の条件や調印式の用意が必要ですな」


「比較的に街は無事な様ですし、議事堂で会議及び調印式を執り行うのが宜しいかと」


 カイムの発言にギラが意見具申すると、彼は彼女の意見に納得したように頷いた。2人はそのままカテリーナへ同意を求める視線を向けたが、彼女は一瞬目が合うと視線を反らした。

 その反応に疑念を感じたカイムは、近くに控えるウッカーマンへと顔を向けた。


「ウッカーマン殿、説明をお願いしたい」


 カイムは感情を排した口調に、ウッカーマンは慌てながら姿勢を正し海軍敬礼をした。


「げっ、現在、議事堂や大統領府を含めた各省庁は、暴動による破損激しく…総統を迎えられる状態ではありません」


 ウッカーマンの報告に、革命政府の全員が恥ずかしそうに顔を俯けた。多くの者がカテリーナへ視線を向け発言を促すと、彼女は口元を引き締めてカイムの前に立つと頭を深く下げた。


「私の不手際です!どうかお許し下さい!」


カテリーナの口調は今にも殺されるとばかりに悲壮感漂うものであり、カイムは数回小さく頷くとギラに顔を向けた。


「海軍のA級駆逐艦が1隻処女航海を控えていたな?」


暴風(シュトゥルムヴィント)ですね。実戦訓練はまだですが、コンダムまでの航海は良い訓練になるかと」


 ギラの発言に納得したように頷いたカイムは、2人の話を理解できず疑問の表情を浮かべたカテリーナを見た。


「総統…駆逐艦、とは何でしょう?」


「潜水艦は見たでしょう?それと対を為す新型水上艦艇の1つですよ」


「新型…水上艦艇…」


 カイムの言葉にカテリーナ驚きの呟きを漏らした。

 そんな彼女を置いて、カイムや帝国軍は車両に再び乗り込むと本隊に合流するため後退し始めた。


「それではシュペー殿!また後で!」


「えぇ、総統閣下!御待ちしております!」


 キューポラからシュペーへ海軍敬礼をしながらカイムがエンジン音に負けない声で呼び掛けると、彼女も同様に敬礼をしながら声を掛けた。

 その日の夕方に、帝国軍はコンダムに進軍すると無血入城した。

 そしてその5日後の9月17日の正午に、A1級駆逐艦1番艦"シュトゥルムヴィント"甲板上で終戦協定が結ばれ、東部地域を戦線が終結した。

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