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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第五幕-7

 9月12日の早朝に帝国軍親衛隊は、フランブルク州のコンダムを目の前にした。


「やっとここまで来たか…何が"絶対防衛線"だ、ただの捨て駒扱いだってのに何であれだけ粘れんのかね…」


 東部侵攻軍本部総統テントで地図を眺めつつ、カイムは共和ガルツを表す戦棋をつついた。既にフランブルク州境に張り付けられていた防衛部隊を突破し残留部隊を包囲殲滅している事で、地図にはコンダム以外にまとまった共和ガルツ軍の駒はなかった。


「"振り上げた拳の落とし所"が解らないのか?」


「それよりは"家族や友を守るため"では?」


 テーブルの前の独り言に意見が混ざると、カイムは溜め息をつきつつ首だけで後ろを見た。

 そこには書類を片手に親衛隊敬礼をするブリギッテが立っていた。だがその表情は暗く、柔和な目元が怒りや敵意で鋭くなっていた。

 元々人に優しく人命を重んじるブリギッテは、東部戦線勃発直後から軍民の区別無い戦闘を嫌悪していた。そんなブリギッテは東部戦線で無制限攻撃が指示されると、あからさまにカイムへの態度を棘のあるものへ変化させた。


「そんな連中が民間人を盾にするのか?」


 その態度に対抗するように、カイムはテーブルの地図を見たまま冷たく荒い口調で返した。そのカイムの口調や態度に更に目付きを悪くしたブリギッテは、彼の横に立ちつつテーブルに勢い良く手を突きながら睨み付けた。


「ドレスツィヒの1件は確かに無制限攻撃を加えるべき事案です。しかしです!それ以降の戦闘はどうですか?民兵に共和ガルツ軍人の多くは私達と変わらない若者達。更には統率なんて殆どの無いに等しい。そんな彼等相手に重火器はおろか、火炎放射器に噴進兵器まで持ち出すなんて!」


 カイムの態度にブリギッテは怒鳴ると彼の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。

 だが、その手は後少しの所でカイムに捕まれ止められた。


「同じだから何だ…若いから何だ…奴はら同じ魔族でも、共和主義や共産主義に染まった敵だ」


「敵でも人間です!同じ人間だからこそ加減が必要なんです!」


 ブリギッテの右手首を掴むカイムは苦い表情を浮かべつつ彼女から顔を背けていった。そのカイムの手を振り払うと、ブリギッテは深く息を吸うと彼の襟首を掴んだ。


「確かにこの東部戦線は絶対戦争かもしれません…それでも!軍人以前に人としての優しさを失って何が英雄ですか!そんなんじゃ、ティアナ中尉…いえ、少佐の戦死が無駄みたいじゃないですか!」


 ブリギッテの視線は明確な避難と軽蔑が含まれており、カイムは一瞬目を合わせると耐えきれなくなくなり再び反らした。


「そうだな…無駄死にだな。彼女が命令に反した考えや行動を起こした結果、彼女は戦死した。それは親衛隊という組織の機能も低下させた。本当に無駄だよ…」


 ブリギッテの襟首を掴む両手首を握ると引き剥がしたカイムは、テーブルへ両手を突きながら彼女の非難に淡々と返した。

 その反応に静かに激怒したブリギッテは、背を向けるカイムの肩を掴むと無理矢理に自分の方を向かせた。

 だが、カイムの表情には悪意より後悔や不安、そこに義務や使命との葛藤の混じる暗いものだった。ブリギッテの手から力が無くなった事や、彼女の見せる怒りの表情が戸惑いに変わった事で、カイムは自分の表情や感情が上手くコントロール出来ていない事に気付いた。

 ブリギッテの手を掴んで肩から離し、カイムは右手を出来る限り冷静な動きで口元に運び表情を隠した。

 向かい合うブリギッテに謝罪の為に頭を下げたカイムは、再び彼女から顔を反らしテーブルへ向き合おうとした。

 だが、そんな彼の腕を掴むとブリギッテはカイムをもう一度自分と向き合わせた。


「総統の言葉は結構です。私が聞きたいのは、貴方の言葉です」


 ブリギッテの言葉に、カイムは言葉を選ぼうとした。だが、その瞬間に彼女はカイムの腕を揺すり考えるのを止めさせた。


「彼女にも言ったよ…"善意は、相手に謙虚さと理性が無ければ意味を成さない"ってな。ティアナは善意を掛けるべき相手を誤った。だからこそ戦死した。優しさや正義感だけが世界を救う訳ではない…」


「それが本心ですか?」


 本心をはぐらかす嘗ての会話を出したカイムに、ブリギッテは間髪入れずに尋ねた。

 結論を濁そうとしたカイムだったが、ブリギッテの自分を見詰める視線に苦しくなるとテーブルの地図へと視線を逃がした。


「私だってな…部下にこんなことをさせたくない。私が親衛隊を設立したのは救国の為で虐殺の為じゃない!だが、私は組織の長だ。部下を守る義務があるし、彼等はこの国に仇成す以上は敵だ」


 ブリギッテは、カイムがさっきと同じ様に話をはぐらかそうとしていると考えた。だが、彼女がそれを止めさせようと1歩近寄った時、彼の手が震えているのに気付いた。


「ティアナや…それこそ誰かの為に戦う者程、戦後に必要な人材だ。だが、そういう者程死んでいく…だからこそ…だからこそだ。これ以上有能な部下を死なせない為に、生き残るべき人間を生かし戦争を早期に終結させるために蚊ほどの情念を捨てるんだ」


 絞り出された言葉は、帝国軍や親衛隊のトップとは思えない程弱々しく、ブリギッテにカイムを英雄でも何でもないただの青年である事を思い出させた。


「今残せる善意は…1度の攻撃前の警告だけだ」


 そんな青年の現実や職務、使命に押し潰された末の結論を受けると、ブリギッテは静かにカイムから一歩下がった。


「少しがっかりですね。やはり貴方は英雄の器ではありませんよ」


 突き放す様なブリギッテの言葉に、カイムは静かに奥歯を噛み締め拳を震わせた。


「私は英雄じゃ…」


「でも、人の痛みを理解した苦渋の決断というならばやむを得ないです」


 英雄と呼ばれる事を否定しようと振り向いたカイムに、ブリギッテは敬礼と共に納得の表情を浮かべて言った。


「私は今も昔も貴方の抑止力です。もし、この虐殺が民や人の苦しみを考えない英雄的な理想の元実行されていたら、私は貴方を討ってましたよ」


 ブリギッテの発言が彼女の表情から冗談でない事を理解したカイムは、ブリギッテの存在に一瞬恐怖しつつ苦笑いを浮かべた。


「私は何時だって英雄じゃないよ」


「"私は総統だ"でしょ?ブリギッテ・ファルターメイヤー少佐、任務に戻ります」


 カイムの口真似をしながら、ブリギッテは本部テントから出て部隊の元へと戻っていった。

 嵐の様に現れて去っていったブリギッテに肩の力を抜いたカイムは、力なく椅子に腰を下ろした。

 猛烈な勢いで進む行軍に疲れた足をブーツごと揉みながら、カイムはこの終わりの無い様な内戦に頭を悩ませた。


「ティアナさんもそうしたが、カイムさん。貴方の周りには本当に素敵な人が沢山居ますね」


 椅子の上で溜め息をつくカイムに、何時の間にかテントの中にいたアーデルハイトが声を掛けた。パニック症の様なものを持っているアーデルハイドは基本的に本部テントとカイムの総統テント以外に移動できず、本部での指揮が基本のカイムはかなりの長時間を彼女と過ごしていた。

 そんなアーデルハイトはティアナ戦死に伴うドレスツィヒでの親衛隊に続発した損害を知ってから、カイムへの態度を柔らかくしていた。


「そんな良い人間達を戦争に追いやっているのが、この私ですよ」


 疲労感が心に影を落とさせると、カイムはアーデルハイトに卑下する発言をこぼした。

 その言葉にアーデルハイトは励ましの言葉を掛けようとしたが、カイムの暗い感情を隠そうとする作り笑いに戸惑いを見せると口を接ぐんだ。


「御辛い気持ちは良く解ります、カイムさん。今は耐える時です」


 数分の沈黙の後に、アーデルハイトはカイムの肩に手を起きながら着飾らない言葉を掛けた。その言葉に、カイムは黙ったまま頭を下げた。


「総統閣下、失礼します!アロイス・ベイアー大尉、入室許可を求めます!」


 カイムとアーデルハイトに微妙な空気が流れていると、テントの外からアロイスの声が響いた。

 その声にカイムは立ち上がると、足早にテントの外にでた。

「アロイス、何があった?」


「はっ、総統。先遣隊のハルトヴィヒから連絡がありました。"コンダム外周の建物に無数の白旗を確認。共和ガルツ軍兵士の姿も確認出来るが、殆どのが武装解除している。また、大通り中央には仁王立ちする小柄な金髪の女性の姿を確認した"との事です」


 その報告を聞くと、カイムはアロイスに付いて来るよう片手で促しつつ本部テントへ向かった。

 カイムとアロイス、アーデルハイトが本部テントに着くと、本部は通信兵達が各部隊との連絡を密にしており、先程まで総統テントに居たブリギッテが情報を整理していた。

 そんなブリギッテがカイムの存在に気付き敬礼すると、テントの全員が職務を行いつつ敬礼をした。それにカイムとアロイスが返礼しアーデルハイトが礼をすると、カイムの元へブリギッテが駆け寄ってきた。


「ファイト大尉の報告と革命派に渡した依頼状通りです」


 ブリギッテの報告にただうなずくと、カイムは彼女から書類を受けとるとテーブルの上に置き忘れていた帽子を被ると、深く息を吸った。


「アロイス、車両は?」


「ギラが用意して待機してます。護衛の指揮も彼女が行います」


「わかった。ブリギッテ少佐に本部の指揮権を委譲する。アロイス大尉は彼女の参謀だ。ようやっと難題1つ目が解決か…」


 そう言ったカイムは、本部テントを出ると待機するギラの元へと向かった。

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