第五幕-3
共和ガルツは、その政治体制から民衆に様々な自由を保証していた。それは言論や表現の自由も同様であった。
その自由を行使するため、民衆は大通りにて国会議事堂へ向けて大規模な民衆の意思を表現していた。
「共和ガルツは!焦土作戦の責任を取れ!」
「人の盾だとふざけるな!国民をなんだと思ってるんだ!」
「国債が紙切れじゃないか!金返せ!」
「魔族が皇帝と争ってどうする!誇りを取り戻せ!」
そのデモ行進は生命尊重や現金の返済、国家主義等主張は様々だった。
だが、政府を批判するという考えは同じであるため、無数の魔族で通りはごった返していた。
「いやはや…私達はこんな所で看板掲げてていいんですか?大…キルシュナーさん?」
「世の中にゃ流れってのが大切なんだよ。この群衆に居れば、その流れの波に乗りやすい」
そんなデモの群衆の中に、クラリッサとキルシュナーが並んで列に加わっていた。彼等の格好は背中のリュックが目立つだけで、上手く市民に紛れ込んでいた。そんなに彼等は手には白地に赤い文字で"人命を尊重せよ!"と書かれていた。
その看板は紛れ込んでいる部隊の組がそれぞれ何処に居るのか見分ける目印となっていた。
「流れって言えば、お前も元は貴族の令嬢様なのに、こんな空挺部隊なんて所に追いやられて…」
「落下傘は素晴らしいでしょ!遥か空から舞い降りるあの感覚はここでしか獲られませんよ!」
看板を掲げながらデモの参加者を装うキルシュナーは周りにいる仲間の位置を確認すると、小声でクラリッサに言った。その言葉へ小声ではあるが激しく反論したクラリッサに、彼は何も言わず溜め息を吐きながら頭を振った。
クラリッサは空挺部隊へ編入された当初は落ち込んでいたが、降下訓練以降彼女は落下傘降下の度に喜んでいた。
「俺は空軍に配属になった時、飛行機に乗りたいって思ったよ」
「乗ってるじゃないですか」
「乗って飛び降りるのと操縦するのは違うの!本当に…ゲッツの奴等が羨ましいよ…」
キルシュナーの嘆く言葉を聞いたクラリッサは、彼の二の腕をつねると呆れるように溜め息をついた。
「大尉…私達は滑空機に乗れます。その気になれば飛行機も。でも、勝ち戦や侵攻で落下傘を使えるのは私達だけ。飛行機乗りは、落とされた時しか落下傘を使えないんですよ。お得です!うわっ!何をする止めっ!」
目を輝かせながら主張するクラリッサに、キルシュナーは慌てた視線を周りに向けると彼女の頭を掴み横に何度も振った。
発言の内容から帝国軍関係者と察知される危険性と、デモ行進で騒ぎになればこの後の作戦予定に支障をきたす恐れがあったからであった。
だが、キルシュナーの心配を他所に、周りのデモ参加者は叫ぶ事や他の参加者と討論する事に必死で2人を全く気にしていなかった。
「木を隠すなら森の中…でも、ここまで無視されるとそれもそれで…」
「人は見たい物を見て、聞きたい事を聞く。信じたい事を信じてやりたい様に行動する。そういう生き物ですよ」
「貴方…諜報部のほうが向いていますよ…」
仲良く喧嘩するキルシュナーとクラリッサの間に割って入る様に、黙っていたカテリーナが口を開いた。その発言に口をへの時に曲げたキルシュナーはクラリッサの反応を見た。
「落下傘があって皆が一緒なら考えます」
若干不貞腐れたクラリッサは、振り回された首を回しつつ少し唸ってから言った。
「全く…呑気なお嬢様だこと…」
「私は彼女、嫌いじゃないわ」
真後ろまで回る彼女の首に驚きつつ、2人は転属条件を1人考え続けるクラリッサへ向けて呟いた。
カテリーナの言葉に気の抜ける溜め息をついたキルシュナーは、前方の看板が左右に揺れている事に気付いた。
「何はともあれ、転属は結果次第だろ。取り敢えず…彼奴らの演技によるな…」
そう呟くキルシュナーの視線の遥か先には、既に議事堂前の門に辿り着いたデモ参加者の最前列と、彼等と揉める衛兵との姿があった。
その最前列には彼等と同じ看板が掲げられており、激しく揺れていた。
「いい加減にしろ!この非国民が!」
最前列での争いが口論から胸ぐらを掴む様に激しくなった時、1人の魚人の衛兵が腰のサーベルを引き抜き小柄な悪魔の男へ叫びながら振り下ろした。
門の前には真っ赤な鮮血が舞い散り、人々の叫びが響いた。
「やりやがったな!この野郎!」
その叫びを打ち破る様に、オークの男が看板を地面に叩き付けると衛兵達に飛び掛かった。
それを合図に最前列の空挺部隊の看板が幾つも地面に叩きつけられ、隊員達が衛兵達に突撃していった。
その突撃は周りのデモ参加者を巻き込むかのような動きであり、彼等の勢いに巻き込まれた数人のが衛兵へ掴み掛かると乱闘状態になった。
「皆!衛兵の奴等が実力行使したぞ!」
「俺らもやっちまえ!」
「売国奴を追い出せ!」
それを見ていた最前列後ろの看板が下げられると、隊員達が周りのデモ参加者を煽り出した。
参加者達は最初こそ周りを見て尻込みしたが、最前列で繰り広げられる乱闘と市民に偽装した空挺部隊員達の突撃に感化されると、雄叫びを上げて後に続いた。
そのまま突撃は後続に伝染し、気付けばデモ行進は大規模な暴徒へと早変わりしていた。
「何と…これはシュテファンとウッカーマンさんの名演ですね…」
「それよりは集団心理ですよ。人とは長いものに巻かれたがる生き物」
「そういう話は終わってからだ…流れが速くなったなら、俺達も行動に移るぞ」
スカートの中からサブマシンガンと弾倉を出したクラリッサを横目に、荷物から隠していた突撃銃を取り出したキルシュナーは横に立つカテリーナへ顔を向けた。
「カテリーナ。拳銃の…」
事前に渡していた拳銃について説明しようとしたキルシュナーの瞳には、器用にスライドを引きながら安全装置を外し消音器を付けるカテリーナが写った。
「"無駄弾使うな"ですね?」
自慢げに言うカテリーナへクラリッサの様な感覚を懐いたキルシュナーは、ただ深く息を吸った
「狙撃班は議事堂周辺を警戒!第2小隊は突撃!それじゃお前ら、台本だらけの大革命を始めるぞ!」
銃に弾倉を嵌め込み服の襟で隠していたタコホーンを押しながらキルシュナーが呟くと、荒れ狂う人混みに紛れ空挺部隊は国会議事堂に突入した。