第五幕-1
フランブルク州の州都コンダムは、5回のヒト族侵攻における海岸堡となっていた。そのため、この地は戦争の度に優先的に復興が行われていた。それにより、この土地は侵攻を経験していない西や南に劣らない街並みを得ていた。
瓦礫1つない大通りは多くの人が行き交い、活気のある港町としての大いに栄えていた。その姿は、ヒト族との決死の防衛戦が行われた過去を全く臭わせなかった。
「今や!最新の技術と制度を持つ帝国はフランブルクの土地に足を踏み入れた!
そもそも、魔族たる我々は皇帝ホーエンシュタウフェンの臣民であり、我々の先祖を救った皇帝や英雄リヒトホーフェンと共に在らずして何が魔族か!
今の共和ガルツは狂っている!魔族として団結せずに、己が欲望に従う生き物となった彼等は、我々を脅かすヒト族と変わり無いではないか!
政府は自身の国に焦土作戦を行い、軍はその政府の指示で国民を盾にした防衛戦を展開した!
皆さん!今こそ目を覚ます時だ!是非とも帝国帰属の為の政府批判行進に参加をお願いしたい!」
そんなコンダムの街の東側、突然の爆発に嘗ての街並みを崩した大通りに、十数人の住人が街道演説を行っていた。
空襲が有ったとはいえ、瓦礫の多い通りのは未だに人通りが多かった。その通行人達は、大声で主張を流す彼等のビラを貰うと懐にしまっていた。
「貴様ら!許可の無い街道演説は法律違反だ!更には政府批判として逮捕する!」
だが、街道で盛大な政府批判を繰り広げる帝国帰属派の元には当然警察が殺到し、彼等は拘束された。
「帝国は皇帝や英雄の再来…総統自ら批判を許してるだぞ!これは政府の言論弾圧だ!」
「政府の横暴を許すな!」
縛り上げられながら叫ぶ彼等は、警官隊に囲まれると容赦ない暴行を受けた。その暴行は彼等が気を失い黙るまで行われた。
「たくっ…こっちが守ってやってるってのに、何だよこいつら」
「調子に乗りやがって…」
悪態を付きながら、警官達は活動家達を馬にくくりつけ引きずりながら連行した。
そんな警官の野蛮な行為を眺めながら、買い物袋を抱える男女2人組が道を西に向けて歩いていた。
「いくら体制に反するとはいえ…馬で引きずって連行はやり過ぎですよね大尉?」
「そんな事言うならタコ殴りにして締め上げるのが不味いだろ…本当にここは法治国家なのか?それと、大尉は止めろクラリッサ。御嬢さんって呼ぶぞ…」
黒い毛並みであるヤギ頭の悪魔族の男が隣を歩くクラリッサに甘い口調で言うと、彼女は羽角を立てながら身を竦めた。
「ひぃ!止めてください、気持ち悪い!強面なのに御嬢さんとか止めてください…気を付けますよ"キルシュナー"」
2人は連行された活動家達を憐れむ民衆を横目に、薄暗い裏路地に入った。表通りと異なり、裏路地は空襲後の処理がされずに瓦礫が何個も落ちている有り様であり、御世辞にも首都の一画と言えない状況だった。
そんな状況を気にしない2人は路地の奥へと進み続け、光のほとんど差さない通りに着いた。
「アルデンヌはハトのようなワシ男」
クラリッサが通りの途中にある建物の扉を合言葉と共に叩くと、直ぐに扉が開き2人は素早く中に入った。
「お疲れ様…なぁ、クラリッサ。この合言葉ってどうなのよ?不敬罪じゃないの?」
サブマシンガンを片手に扉を閉める童顔の悪魔の男が言うと、クラリッサは荷物を抱え直しながらキルシュナーを小突いた。彼女の行動に頭を振ると、彼は部下の悪魔へ咳払いした。
「シュテファン。愚痴ってのは…下から上に流れるもんだ。空挺部隊なのに、戦闘より工作活動…まして、あの妙ちきりんな女の指示で動いてんだなんだ。愚痴りたくもなるだろ」
「そうですけど…」
言葉を濁すシュテファンの肩を叩くと、キルシュナーは先へ進みクラリッサか後に続いた。
「しかし…いいんですか、大尉?首都の隠れ家用意してくれたり、今の所は味方に見えますけど…そもそも、政府の指示という事にして軍に民衆を盾にさせたり、焦土作戦をやったり…明らかに悪者って感じですよ。あの女の指示のせいで、ドレスツィヒの親衛隊に初の死者が出たとか?しかも士官で重要人物とか聞きましたけど?」
「あのな…総統から直接協力してやれって指示が出てんだ。それに、内戦とはいえ戦争だ。敵でも味方でも人が死ぬのは当たり前だ。今までの快進撃こそが異常なんだ」
細い廊下を並んで歩くクラリッサの愚痴にキルシュナーが答えると、しばらくの間2人は黙ったまま歩き続けた。途中の部屋で荷物の袋を預けると、2人は2階に上がるため階段を上り始めた。
「それじゃ、総統は共に戦ってきた部下の命を敢えて切ったと…そんな人が統帥権を持つなんて…」
上る途中でクラリッサが呟くと、キルシュナーは階段の途中で止まった。その表情は暗く、クラリッサは余計な事を言ったと自覚した。
「それは無い。クラリッサ、これは断言出来る。一度だけ総統と会ったことがあるが…何か重要な事の為に仲間を切り捨てる様な…それこそ、英雄みたいなことの出来るような人間じゃなかったよ。あの人は…」
「それじゃ…あのティアナ中尉の戦死は事故か何か不測の事態に寄るものですか?」
「だろうな…何れにせよ、総統はちとあの女を甘く見てた訳だ。復讐に燃える生きた生物兵器だよ、あの女は。気を付けなくちゃならんな、総統も俺達も…」
暗い空気で愚痴るキルシュナーの口調が中途半端に暗いお陰で、2人は溜め息をつけるくらいの暗さで扉の前に立った。
「キルシュナー大尉にオイゲン少尉ですね?廊下の話は聞こえてましたよ。入ってくれて構いません」
ノックをしようとしたキルシュナーは、部屋の中から響く女の声に肩を落とすとクラリッサを睨んだ。その視線を受けた彼女は、作り笑いを浮かべると溜め息をついて肩を落とした。
「シュペー卿。ファイト・キルシュナー大尉、クラリッサ・フォン・オイゲン少尉、只今帰還しました」
部屋の中に入ると、キルシュナー達は姿勢を正すと空軍敬礼を椅子に座るシュペーに向けた。シュペーは読んでいた新聞を机に投げると立ち上がり、海軍敬礼をしながら2人の前に立った。
「キルシュナー大尉。私は"まだ"軍属でもなければただの小娘…それに、"まだ"シュペーではありません。"今"は可憐なカテリーナ女史ですよ」
部分的に強調された言葉とへりくだった態度に、2人は背中に嫌な汗をかいた。明らかに廊下の口を根に持った口調に気まずい笑みを浮かべた。
その笑みに、影のある笑みを浮かべるとシュペーはゆっくりと新聞を投げたテーブルへ向かった。そのテーブルにはコンダムの地図や様々な書類が山積みとなっており、書類は多種多様で中には共和ガルツの印が押されている物もあった。
「そうね、言い訳するつもりは無いですけど…せっかくの内戦ですから、取り除ける膿は除かないと。その…ティアナ・クレーマー中尉でしたか?彼女の事は申し訳なく思いますし、戦後に軍法会議でも処刑でも何でも受けますよ」
そう言った彼女は、書類の束を取り出すととシワが出来る程に握りしめた。
「そう…貴方の言う通り、復讐に燃える生きた生物兵器なんでしょうね、それでも、私はあの女もあの女に尻尾を振った奴等を皆殺しにしたい…それだけです」
自分を卑下したカテリーナは、シワだらけになった手書きの書類を捲りながら、改めて2人の前に立った。
「それで?外はどうでした?」
「大騒ぎですよ…あちこちで"帝国へ帰属"だ"政府は悪"だって。本当にうるさいですよ」
カテリーナの質問にティアナが陰鬱さを混ぜて答えた。実際、3人の話す部屋には、外から流れ込む民衆の声が聞こえており、コンダムで潜伏する空軍面子は昼夜を問わない騒ぎに悪態をつく日々だった。
そんな2人の反応に満足したのか、カテリーナはキルシュナーに書類を渡すと影のない笑みを浮かべた。
「それは行幸。なら…きっと反体制派は予定通り行動を起こしますね。後は火種の演技力…」
「はっ…演技力?」
シュペーが不気味に瞳を輝かせると、キルシュナーとクラリッサはお互いの点になった目を見て肩を落とした。