第四幕-5
共和ガルツの攻撃により、アンブッシュに警戒していた親衛隊はようやく戦端を開く事が出来た。それだけではなく、その戦闘がティアナ救出という事で、彼等の警戒は薄くなっていた。
そんな隙を付く様に、近くの建物の3階窓から突然現れた弓兵の矢がティアナの左胸を貫いた。
「隊長!」
少女を庇うようにうつ伏せで倒れるティアナを前に、多くの隊員達が呆然となった。
「ティアナぁあぁ!第1小隊弾幕絶やすな!砲塔1時で白リン弾装填!さっさとぶっぱなせ!」
呆然とする隊員達にティアナが叫ぶと、サブマシンを砲塔から建物の窓へ乱射し始めた。
彼女の指示に再び隊員達が弾幕を張りながら前進を再開すると、ティアナの装甲車もその砲塔の5cm砲を建物3階に向け砲弾を放った。通りの建物の3階は砲弾により上下階を含めて崩壊した。その青白い煙を上げる3階から、全身を化学火傷だらけにし種族の判別出来ない男達が絶叫と共に数人が通りへ落ちてきた。
そんな男達を含めた共和ガルツをなぎ払うと、親衛隊の前線はティアナと彼女に這い寄る少女までたどり着いた。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
「お嬢ちゃんそこどいて!くっそ、背中の装備に毛布付けてりゃ何とかなったのに…衛生兵!」
「運の無い…衛生兵!エーミール!」
泣き叫ぶ少女を退かし傷を確認したハイノが怒り混じりに呟きつつ叫ぶと、後ろにいた隊員達も衛生兵を叫んで呼んだ。
装甲車を歩兵達の盾にしつつ砲塔から飛び降りたリヒャルダは、衛生兵であるオークのエーミールと共に倒れるとティアナへ駆け寄った。
ティアナの状態は酷く、背中の装備の隙間を狙った矢は深く刺さっていた。背中は既に血で染まり、左半身が血で染まりきっていた。
「ごっ…ごめんね…油断しちゃった…」
失血により顔を真っ青にしたティアナは、泣き叫ぶ少女や周りの兵達へ向けて無理矢理に笑うと呟いた。その弱々しい言葉に口を開けたリヒャルダだったが、頭に無数の単語と感情が行き交い肝心の言葉は出て来なかった。
「エーミール…早く止血を!」
「リヒャルダ中尉…その…これは…」
「"これは"何だ!何だよ!」
手当てをしようとするエーミールに指示を出したリヒャルダたが、彼の言葉に詰まった様子からティアナの状態を理解した。その事実に感情が抑えられなくなった彼女はエーミールの襟首を掴んで叫んだ。
そんなリヒャルダは足首に捕まれた感覚を覚えると、エーミールを振り回す事を止めた。
「リヒャルダ…止めて上げてよ…自分の事くらい私が良く解ってる…エーミール曹長、どうなってる?」
ティアナは無理矢理作った笑みを崩さず、エーミールへ尋ねた。
そんな彼女の笑顔にどうすれば良いのか解らなくなった彼は、涙をこぼしながら笑った。
「大丈夫ですよ!止血をすれば直ぐに治ります…魔族は…丈夫で死ににくくて…」
何も出来ない悔しさから、エーミールは拳を握りしめた。
そんな彼の姿や言葉にも、居合わせた全員が無理矢理に明るい笑みを作った。
「ティアナ中尉!こんなの唾つけとけば治りますよ…」
「そうですよ!軍病院で寝てれば…直ぐに…」
「ティアナ…大丈夫だ…大丈夫…」
全員の絞り出した明るい言葉に、ティアナは無理矢理ではなく、傷の痛みに耐えながら肩を震わせて笑った。
「みっ、みんな…嘘が下手だよ…リヒャルダなんて"大丈夫"ばっかり…いっ…」
最早苦痛を感じなくなったのか、ティアナは痛みに震得るのを止めると穏やかな表情になった。
「これは駄目だよ…左心房かな?何か血と魂が抜けてく感じがするよ…」
力の無くなってゆくティアナの言葉に、リヒャルダは口を開けても何時までも言葉が出なかった。そして、歯を食い縛ると石畳を無言で何度も殴った。
そんな彼女達を見詰めながら、ティアナは腰で血を浴び真っ赤に染まった無線機を取り出すと、通話ボタンを押した。
「総統…ティアナです…送れ…」
[ティアナ中尉か!各部隊から、敵が民間人を盾にしているとの情報が入って来ている!そちらも警戒を…ティアナ…冗談だろ?送れ!]
弱々しいティアナの言葉に、最初こそ早口で捲し立てたカイムは急減速すると驚きと不安に震えた声を出した。
そんな彼の声に、ティアナは無線機をただ黙ってエーミールに渡した。
「総統…こちらエーミール衛生曹長。ティアナ中尉は単独での民間人救出の途中、伏兵の矢を受け重症。心臓への直撃であり…現場では処置不可能。持ってあと10分程度かと。送れ」
エーミールの言葉を送った筈の無線機は、しばらくの間沈黙を送り続けた。
[カイムだ。ティアナ中尉、聞こえるか?送れ]
「総統…今、物に当たろうとしたでしょ?駄目ですよ。私は兵隊で、これは戦争です。今まで親衛隊に戦死者が出なかったのが奇跡なんですから…これくらいで荒れないで。それじゃ…ギラと上手くやってけないですよ…」
咳き込みながら笑った彼女の言葉に、再び無線機が沈黙を流した。だが、彼女の周りは堪えられなくなったリヒャルダの嗚咽が響き、彼女は肩を震わせた。
「そんな事…言うなよ…これで終わりみたいな事…言うなよ!言うなよ、バカ!」
ようやく言葉を出したリヒャルダだったが、涙で顔をくしゃくしゃにした言葉は虚しく銃声に掻き消された。
自分の声の小ささに気付いたリヒャルダは、震える両手でティアナを抱き締めた。自分の制服を彼女の流血で真っ赤に染めながら、リヒャルダはただ黙って泣いた。
「戦場のど真ん中なのに…そんな…事…されたら!死ぬの、怖くなるじゃん…」
呻く様に呟いたティアナをリヒャルダが更に強く抱き締めると、彼女の作り笑顔が消えティアナは声を殺して泣き出した。
「こんな所で…こんな所で死にたくない!まだ…まだ私は戦えるのに…まだやりたい事も!やるべき事もあるのに!嫌だ嫌だ嫌だ!死にたく…無いよ…」
リヒャルダの胸の中で叫んだティアナの言葉は、終わりに連れて小さくなり自分の最後が近い事を表している様であった。
[ティアナ中尉…カイムだ…何か言い残した事があれば、カイムの名に誓って出来ないことでもやって見せる]
やっと無線機から響いたカイムの声は、はっきり解る程の泣き声であり、その言葉がティアナに早すぎる最後が来たを覚悟をさせた。
「総統…助けた少女の…面倒をお願いします…」
[学校も仕事も良い所に入れてやる!総統権力濫用してやる!安心しろ!]
「民間人の…被害を抑えて下さい…」
[当たり前だ!この戦いも、これからも民間人は全力で救出する!]
「この国を…誰もが…うっ、羨む国にして…下さい…」
全ての頼みに即答していたカイムだったが、ティアナの最後の頼みには答えるまで間が空いた。
「出来る限り努力する!安心しろ!」
「即答だったら…惚れてたかもですよ…終わり」
カイムの返答を受けると、ティアナは満足したように笑いながら頷いた。
「ねぇ、リヒャルダ。最後の頼み。チョコレートある?」
明るい笑みを浮かたティアナが呟くと、全てを悟ったリヒャルダが涙を堪えて自分のポケットを漁った。
「こんな時に…菓子かよ…とっ…特別だからな…」
必死に堪える涙を瞳の端から溢しつつ、光の消えつつあるティアナの口に三角のチョコレートを押し込んだ。
血が漏れ出す口を最後の力で咀嚼させ飲み込むと、光のない瞳でティアナは笑った。
「甘い…やっぱり生きてるって…」
言葉の最後を言い切る事なく、ティアナの体は生きる事を止めた。その場の部隊はティアナ戦死に弾幕を絶やすと、崩れるリヒャルダと胸で手を組み瞳を閉じるティアナの姿を見詰めていた。
「弾幕を絶やすなと言ったろ!」
顔を鼻水と涙で滅茶苦茶にしたリヒャルダは立ち上がると、エーミールの手から毛布を奪い取りティアナに掛けた。
彼女のその行為で今まで黙ったままだった少女は立ち上がると、リヒャルダの元へと駆け寄った。
「私も連れてけとか言うつもりだろガキ…お前はここでこの女と残れ」
「でっ、でも!」
リヒャルダの言葉を拒否しようとする少女に、彼女は少女の襟首を掴んで持ち上げるとお互いの額を付けて睨み付けた。
「もし、あんたに何かあったら…あの世のティアナにどう顔向けすればいいんだ!解ったら黙ってろ!」
怒鳴り付けたリヒャルダの口調に恐怖した少女だったが、その涙に濡れる瞳に悪意が無いと解ると黙って頷いた。
「第2分隊はここで後続の部隊が来るまで待機!他の奴等は前進するぞ!」
少女を地面に下ろしながら指示を出したリヒャルダは、軽やかな身のこなしで装甲車の砲塔へ飛び乗ると、ハッチの中へ滑り込んだ。
「安心しろ、ティアナ…総統と私達で、こんな腐った国ぶっ壊して…理想の国を創ってやるさ…」
翌日、ドレスツィヒの戦闘は親衛隊初の戦死者を1人出して終了した。