第四幕-4
「どこ行ったのかな…小さい女の子がそんな遠くに行けるとは思えないけど…」
右手で小銃の銃身を持ち走るティアナは、軽い身のこなしで瓦礫を避けつつドアの開いた廃墟の中を確認していた。
だが、見たはずの子供の姿はどこにもなく、気づけば彼女は州庁の近くにいた。
「気のせい…かな?ここんところの戦闘で、私も気が滅入ったのかな?」
周りの建物を警戒して見上げた彼女は呟くと、もと来た道を戻りつつリヒャルダへの言い訳を考えた。そんな彼女の耳に小さな嗚咽が聞こえるとその場で止まり耳を澄ました。
「こっち…かな?」
ゆっくりと歩き始めた彼女は、探り探りで道を歩くと、近くの袋小路の前で止まった。
「きっ、君!大丈夫?すぐ手当てを…」
ティアナの視界に入ったのは彼女と同じゴブリンであり、まだ年端も行かない娘だった。そんな彼女は衣服を乱し負傷して倒れていた。
自分より圧倒的に年下であり、同じ女の同族の事にティアナは慌てて少女へ駆け寄ろうとした。
「来ちゃ駄目!逃げて!」
駆け寄ってくるティアナの姿を腫れ上がる瞼を開けて見た少女は、有らん限りの声でティアナに叫んだ。負傷している少女の言葉に驚きと違和感を感じたティアナは、走る速度を落としつつ彼女を見た。
ティアナはその負傷が殴られた様な打撲と叩かれた様なミミズ腫である事に気付いた。
準備砲撃に依るものでない怪我に驚いたティアナは落とした速度を無理やり上げて状況に近づこうとした。
「君!その怪我は…」
「避けて!」
声を上げて尋ねようとしたティアナは、幼女が袋小路の横道を見て叫んだ事で後ろへ跳ぶように下がった。
「死ね!糞貴族!」
ティアナの鼻先を男の野太い大声と共に剣の刃が空を斬った。
「うわっと…なっ何だ!」
背中から倒れそうになったティアナは、両足で必死にこらえつつ袋小路の入り口近くから改めて目の前の状況を見た。袋小路の奥にいる少女は良く見ると後ろ手に縛られており、逃げられないようになっていた。
そんな少女の周りの物陰や道に面した建物から続々と剣やナイフ、中には農具で武装した男達が現れるとティアナに武器を構えた。
「この糞娘が!せっかくの金蔓を逃がしやがって!」
その集団の1人であるティアナへ斬りかかったゴブリンの男が、縛られた少女へ暴行を始めた。
「おい!そんな事してないで、さっさとこの女殺っちまおうぜ!あの武器さえ持ってけば、俺達大金持ちだ!」
「そうだぞ!せっかく1人なんだ!何ならあの女も引ん剥いたら楽しめそうだしな」
「うるさい!この録に稼げない馬鹿娘のせいで奇襲に失敗したんだ。親として躾ないとな!」
ゴブリン男の仲間達が急かすように言うと、彼は怒鳴りながら勢いよく少女の腹部へ自身の足先を捩じ込んだ。
「帝国親衛隊だ!今すぐ民間人への暴行を止め、降伏しろ!さもないと撃つぞ!」
ティアナは男達が自分舐めるように向ける生暖かい視線に不快な表情を浮かべると、小銃を給弾させながら構えた。銃を向け警告する彼女に、銃口を向けられた男達は一瞬恐怖でたじろいだ。だが、ゴブリンの男が地面に倒れる少女の髪を掴んで持ち上げると、男達を庇うように前に出た。
「良いのかよ、えぇ!その訳の解らん武器は敵を纏めてなぎ払うんだろ?そしたら、親子揃ってあの世だな」
「俺たちも馬鹿じゃない!知ってんだぜ、民間人には手を出さないんだってな。ガキはなおさら」
「その武器使えばこいつも死ぬぞ!ほらっ、使え!俺達ごとそのガキ殺せ!」
ゴブリン男の言葉に活気付いた男達は、思い思いにティアナへ怒鳴り付けた。
民間人の子供を囮と盾に使う男達へ怒りと憎しみを感じたティアナは、少女を掴み持上げる男の発言を思い出すと彼へ照準を定めた。
「自分の…自分の子供を盾にするのか!それでもお前は人間か!」
自分の娘を平気で痛め付け囮や盾に使う男や、その仲間達の正気を疑いつつティアナは叫んだ。その言葉は悲痛に満ちていたが、それを受けた少女の父親はむしろその言葉に怒りを露にした。
「ふざけるな!こいつはなぁ…あの馬鹿女と同じくらい役立たずだ!酒の金も稼げねぇし、録な飯も持ってこないあの女のガキだ!男もまともに抱え込めねぇ癖に俺に文句ばかり言いやがる!」
叫んだゴブリン男は掴んでいた娘を乱雑に足元へ投げた。
「でもよぉ…軍の奴等が言ってたんだ。"帝国軍の武器を持ってくれば一生遊んで暮らせる"ってな!"民間人は攻撃出来ないから盾にすれば良い。この街守れば政府で雇ってやる"んだとよ!子供ならもっと上手くいく"とも言ってたんだ!価値のないこいつも俺達が好き放題出来る対価になるんだ、安いってもんだ!」
震えながらも立ち上がる少女を容赦なく蹴り倒すと、男は手に持つ剣をティアナへ構えた。
「お前ら…魔族の…いやっ、人間として…恥ずかしくないのか!」
怒りに任せたティアナの絶叫に悪びれる様子の無い男達は、むしろ彼女の怒りの言葉に肩を震わせた。
「金のある…貴族の小娘に…虐げられた俺達の何が解る!」
気迫を出したゴブリン男はティアナに向けて叫んだ。怒りに満ちたその表情は他の俺達を鼓舞し、全員がティアナへ向けて1歩前に進んだ。
「お前らに解るか…空腹を満たす為に食べる泥水の味…」
ヘルメットの鍔がティアナの表情を隠していたが、その言葉は冷たい怒りが滲み出ていた。何より、それを隠そうとしてる事が不気味さを表してした。
「お前らに解るか…たった1人で屋根の無い寒空で寝る気持ちが…日銭の為に知らない男に抱かれる気持ちが…残飯漁る悔しさが!」
怒りに満ちたティアナは、溢れていた殺意を言葉と表情で放出した。その冷たく不気味な雰囲気は、強気だった男達を冷や汗と共に黙らせると数歩後ろに下がらせた。
ゴブリン男も娘の事を忘れ、恐怖で身を竦み上がらせた。
「君!生きたいか!」
張り詰めた空気を破るようにティアナは少女へ大声で尋ねた。その声量に男達が尻餅を付くと、その隙をついて少女がティアナへと這い寄った。
「死にたくない!」
少女が残った力を振り絞り叫んだ瞬間、乾いた破裂音が袋小路に響き渡った。引き金を引いたティアナは、絶叫を上げながら男達の元へと駆けていった。
踏み出した左足を高く上げブーツに仕込んだ銃剣を取り出すと、彼女は流れるように小銃に取り付けた。
狙い済ました弾丸がゴブリン男の眉間を貫くと、ティアナはその死体を男達の向けて蹴り出した。その反動で銃床を掴むと、彼女は高く振り上げた小銃の銃剣で距離の離れた別な男を袈裟斬りにした。
男が真っ赤な血と絶叫を撒き散らし、銃剣と金具を巻き込んで倒れると、ティアナは銃身を左手で滑らせながら引き込み右手で素早くリロードした。
その照準はゴブリン男の死体でまごつく男達であり、ティアナは容赦なく彼等に弾丸を浴びせかけた。4発の弾丸が矢継ぎ早に放たれ男達の眉間を貫くと、彼女は反動を利用して振り返ると足元で倒れると少女を担ぎ上げ袋小路の出口へ走り出した。
「私のせいで…」
「気にしない!お姉さんは強くて偉いの!お姉さんをブッ飛ばせるのは世界に5人しか居ないの!」
左肩で荷物の様に揺れる少女が泣きながら口を開くと、ティアナは普段の調子で少女を励ました。
だが、袋小路を出たティアナの視界には、迫り来る共和ガルツの軍や民兵の群衆が写った。その光景を少女も見てしまった事を肩の震えで理解すると、彼女は顔を青くする少女へ笑いかけた。
「お姉さん…強いんだよね?」
「人には限界があるんだよ…」
少女のひきつった笑顔に無理やり作った笑みで返すと、ティアナは全速力で来た道を戻り始めた。
「お前ら!あの金蔓を逃がすな!」
迫る群衆の声に、ティアナは振り返らず足元だけを見て走り続けた。肩の少女だけでも救おうと重い装備での全速力疾走に悲鳴を上げる足を無視した彼女に止まるという言葉は無かった。
その努力も虚しく、足音はティアナに近づいていった。足音は前からも聞こえ、ティアナはいよいよ少女を逃がすための囮をする覚悟を決めた。
「援護射撃!ティアナに当てるなよ!あの化け物共を地獄に送れ!」
そんな彼女の耳に、突然聞きなれたリヒャルダの声が響くと、前方から聞きなれた機関銃や小銃、サブマシンガンの発砲音が響いた。
やっと視線を上げた彼女は、援護射撃をする部下達と装甲車を見た。
「リヒャルダ!何で!」
「馬鹿か!ハルトヴィヒがさっきから"攻撃された"だ人の盾"だうるさいんだ!そんな中で士官の独断単独行動だ追わない訳にはいかんだろ!そんな所立ってないで、さっさとこいつに乗れ!」
救援に来た仲間達を見た安心感は、彼女はは荒くなった息が止まった程であった。
肩の少女も身の安全を理解するとティアナに笑いかけ、2人はお互いの生還に笑いあった。
そして、ティアナの左肩が不自然な衝撃に揺れると、彼女は笑ったまま地面に倒れた。