第三幕-11
「30万近くが駐屯していた州都がこの様か…これが帝国軍の力ね」
「そうですよ、ビョルン・ベルマン殿。これがアポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェン殿下の帝国軍の力です」
「総統!統帥権が貴方に有る以上、帝国軍は総統閣下の軍ですわ。ベルマンとやら?勘違いしてはなりませんわよ!」
丸1日燃え続けたカースナウの火がようやく収まり、掃討戦で全体の8割が焼失した街の広場で親衛隊は司令部テントを張っていた。
だが、テント設置の作業は親衛隊だけではなく、あまり身なりの良くない者達も協力していた。
「ヴァレンティーネ少尉…貴重な協力者達に失礼な態度は良くないぞ!」
「あら失礼。協力者とはいえ山賊でしたから。それと、私は昇進して中尉でしてよ!」
チロル山脈で山脈である鷲の森団と接敵した親衛隊は、彼等から予期せぬ会談を求められた。
山脈に隠されるように存在していた集落には多くの住人がおり、下手な村より多くの人口がそこで生活していた。そんな集落を纏める長が鷲の森団の団長であるゴブリンの大男だった。
彼の話では、長の彼が住む集落の以外にも多くの集落があり、噂通りの山賊紛いの行動で市民を養っていた。だが、基本的には農業と狩猟による生活であり、山賊は想定より食料に困った時だけとの事だった。そんな彼等の交渉内容は至って単純であり、山脈に存在する抜け道と敵の主力の位置を教える代わりに、帝国国民として受け入れて欲しいというものだった。
当初は親衛隊隊員達の鷲の森団に対する疑念は深く、集落に案内された事さえ殆どの者が罠と考えていた。
彼等の疑念と鷲の森団の間を取り持つ事になったのがギラの存在だった。
「クモの嬢ちゃんも手厳しいが、まさかあの泣きべそチビすけがここまで立派になるとはな…まぁ、立派じゃあ無い所もあるが…」
いがみ合うギラとヴァレンティーネを見るビョルンと呼ばれたゴブリンの大男は懐かしさや自責の念を混じらせた視線をしていた。
その事に、ギラの経歴を思い出したカイムは彼とギラの関係を思い出した。
「やぱり…うちのギラは昔貴殿方の団に所属していたんですよね?事故の殺人を理由に追い出された様ですが…」
「前も話した通りだ…通りです。団なんて言える人数じゃない頃ですよ。それこそ、義賊みたいな事をやってたんだ。そんな時に、あいつを拾った。あいつ…ギラ殿は飲み込みが良かったからな、兵隊上がりの俺達が彼是と教えすぎた…その結果、自衛の為とはいえ彼女は人を殺めた」
「組織としての規則を護るための罰ということは、私なりに理解してますよ」
「俺としても…あんなチビッ子を追い出したことは後味悪かったって、理解して欲しい所ですな」
カイムの質問にビョルンが言い訳の様な返答をした。それに渋い顔をしながら頷いて返すと、カイムは武装解除され頭の後ろで手を組ながら歩く兵と市民の集団を見た。
顔を煤だらけにした捕虜達は疲れ果てた表情を浮かべていた。その足取りは重く、いつ倒れてもおかしくなかった。
「総統。捕虜の指揮官が面会を求めています。今回の戦闘による被害も書類だけではなく直接口頭でも確認としたいと言っています」
暗い雰囲気になり始めたテントに報告を言いながら入ってきたティアナは、眉間にシワを寄せて露骨に嫌がって止まった。
だが、意を決して敬礼をしながら、彼女はテントに入るとカイムに近寄った。
「流石にここまで無差別な攻撃は…やり過ぎでは?」
「帝政と共和制は相反する。言った筈だ…戦争も内戦も明確な終わりの規則はない。ならば戦うしかない。ましてや主義や思想的の戦いだ。お互いが敵である限り…どちらかが滅びるまでな…」
珍しくブリギッテの様な発言をするティアナに諭す様に呟いたカイムは、自分でも冷酷な思考をしていると気付き自己嫌悪した。
「そう…でしたね。申し訳ありませんでした」
「何だか…世知辛い世の中になっちまったな…」
「あの~すみません。そろそろ暗い雰囲気は止めて貰えますかね?入り辛いんですが…」
それぞれの発言でみるみる暗くなるテントの中に聞き慣れない声が響くと、カイムはゆっくりとその方向を見た。
そこには兵士に銃を突き付けら、包帯を巻き血を滲ませた頭に両手を載せたウミネコ鳥人だった。焦げた軍服から硝煙の臭いがする彼が指揮官とはわかったが、カイムは敢えて質問する事にした。
「君が虜囚の指揮官か?」
「参謀のヒッパーです…大将殿とお呼びすればよろしいでしょうか?」
彼はまるで異世界に飛ばされた様に周りを見ながらカイムの発言に答えた。若干上の空で話すヒッパーに周りの親衛隊は軽蔑の視線を向けたが、そんな彼等にカイムは視線を送って止めさせた。
ヴァレンティーネは止まる気配がなかった為に、ギラが無理矢理羽交い締めにするとリヒャルダと協力して荷物の様にテント近くから運び出した。
そんなギラは、ビョルンと目を合わせない様にやたらと顔を伏せていた。
「一応、大将ではなく総統という職で…ヒッパーさんは参謀との事だが、階級は?」
「はっ…階級…ですか?」
質問に戸惑うヒッパーに疑念を感じたカイムは、テーブル近くの椅子に腰掛けると彼に座るよう促した。
カイムの行動に会釈をすると、ヒッパーは覚束無い足取りでゆっくり座った。椅子の上で力無く座るヒッパーに、空爆の戦術的威力を改めて理解した。
「階級ですよ。下は二等兵から、上は大将までの階級ですよ」
「いや…共和国軍と言っても、元は貴族の兵隊を束ねただけです。どうもそちらは制度改革をしたようですが、こちらは結局制度的に変化ありません。小隊長、中隊長、大隊長みたいな区切りしか有りません」
ヒッパーの証言に、カイムを含めてそれを聞いていた鷲の森団以外の人間は驚愕した表情を浮かべた。
「共和制だ何だと言って…結局は南の連中と変わり無いのか…」
呆れた様に頭を抱えて呟いたカイムは、苦笑いを浮かべて頭を掻くヒッパーにため息をついた。
だが、それと同時に共和制の住人にしては敵意が少ない事が気になると、カイムは少し前のめりになりながら両手を組んだ。
「それで…報告書というか、事情聴取はもう終わった筈だ。それなのに…私に何を言おうと?」
「総統殿、確かに事情聴取を受けてこちらの被害も纏めました。しかし…総統殿も不自然に感じませんか?わざわざ半分が投降して半分が逃げるのは怪しいでしょう?」
カイムの疑問へ変に勿体つけるヒッパーの言葉は、確かにカイムの思う所でもあった。
爆撃での生存者は軍民合わせても20万人はいた。それがわざわざ半数に別れるというのも不自然であり、時間稼ぎにしても面倒かつ危険な方法だった。それはわざわざ今後の戦力の半分を捨てるにも等しかった。
「確実に半数の戦力を帰すための…」
「共和国は一枚看板じゃない。軍を飲み込む時に連中はかなりの無茶をした。俺達みたいな兵を思う参謀が頭を下げたお陰で共和国軍は成立したようなものです。それを連中は我が物顔。共和制に反対の軍で、ウッカーマンと俺は"あの時大公殿に付いていけば"と思うばかりですよ。まぁ、部下を見捨てる事は出来ませんが」
カイムの考えを訂正するように語るヒッパーは、まるで悪戯をする子供の様な口調だった。
「何だか…まるで裏切るために帰ったとでも言いたげな口調だな…国家に忠を尽くすのが軍人。誇りは無いのか?何より、直ぐに掌を反す奴は信用出来ない」
敢えてヒッパーを突き放す様に言ったカイムの反応を前に、彼はカイムの腹を内を理解したように頷いた。
「軍人以前に俺達は現実主義です。確かに世の中、理想や主義に興じて死んだ方がマシなんて台詞を結構よく聞きますが…本当にそうなんですかねぇ?俺は死ぬくらいなら情けなくても裏切りますよ。命あっての物種ですから」
力強く言い切ったヒッパーの表情は至って真剣だった事もあり、カイムはただ静かに頷くと立ち上がった。
「ヒッパー殿、君とは仲良くなれそうだ。参謀…なら中佐くらいか?…では中佐、早速国を裏切ってくれないか?」
ヒッパーの真剣な顔に反して、カイムは引きった笑みを浮かべながら言った。