第三幕-10
闇夜の中を舞い降りた謎の影が総司令部のホテルを爆発させるという光景は外を歩く多くの兵や市民に目撃された。
炎を上げて崩れ落ちるホテルからは這い出てくる者も無く、瓦礫を目の前に伏せていたウッカーマンは兵を残して総司令部壊滅と司令の死亡を確信した。
「ウッ…ウッカ…おい!ウッカーマン!あの馬鹿でかい鳥…翼に何か模様なかったか?」
目の前で発生した大爆発に耳をおかしくしたウッカーマンは、肩をヒッパーに滅茶苦茶に揺すられながら耳元で怒鳴られた。
ヒッパーの言葉に、慌てて上空を高速で飛び去ろうとする巨大な爆撃機を見たウッカーマンは、くの字に曲がった翼に絵が描かれているのに気付いた。
「黒い十字に…翼」
「おい、それって山道から逃げてきた奴等の言ってた帝国の翼鉄十字だろ!」
ウッカーマンの呟きを聞き逃さなかったヒッパーは、彼の両肩を掴んで立たせた。
焦るヒッパーは額を爆発の破片で切ったのか真っ白い羽毛から血を吹き出させていたが、火だるまになって走り回る兵達を見るとウッカーマンには彼の負傷がまだマシに見えた。
「とにかく逃げるぞ!ここにいたら元総司令部の下敷きになる!無事な奴は付いてこい!」
「肩外れてるお前が1番無事じゃないだろ」
爆風で伸びていた兵も続々と起き上がる中、ウッカーマンは叫ぶと兵を先導しながら走り出した。その時ヒッパーに指摘され、ようやく外れてる自分の左腕に気付き途端に彼を激痛が襲ってきた。
「馬鹿野郎!こんな時にそんな事言うな!」
涙目になりながら痛みを抑えようと大声を出すウッカーマンは、無事な右肩で額の出血を押さえるヒッパーに軽くタックルすると、火の手の薄い南側からホテルの敷地を脱出した。
「ウッカーマン!どこに向かってる?」
「解らないのか!南の軍団駐屯地だ!そこで生き残りの兵と市民を集める…籠城だ!」
そのまま州都の南の駐屯地で態勢を立て直そうとしたウッカーマン達は、街の中で混乱する兵を集めながら走った。
だが、南西から東に向かって真っ赤な火柱が連続して上がり、暗い夜空を真っ赤に染めた。その光景はまるで街を南北に分断する炎の壁であり、さっきまで全力疾走していた彼等は一気に減速すると街の惨状を前に足を止めた。
爆撃の炎は老若男女の区別無く、軍民関係無く人を都市ごと焼き払って行き、多くの軍人が火だるまの体を何とかしようと地面を転がっていた。
「熱い!熱い!」
「母さん!母さん、助けて!」
その爆発は空から降ってくる焼夷榴弾に寄って巻き起こされているのだが、街の火災に圧倒されたウッカーマン達はそれを理解できず遥か上空の爆撃機にも気付けなかった。
「こっちは駄目だ!こっちも訳の解らん爆発が来るぞ!」
「糞が!卑怯者め!降りて戦え!」
真っ黒に焦げてゆく兵士やバケツの雨水をかぶり倒れる市民に言葉を失ったウッカーマンだが、燃え上がる駐屯地周辺から服を焦がしながら軍人達が逃げて行く姿に我へ帰った。
「ウッカーマン!俺達もとんずらするぞ!ここに居たら燻製になる!」
街の西に逃げる軍人達に合流しようとヒッパーは兵達を率いて走ろうとした。
だが、我に帰った瞬間に爆発を起こした怪鳥より速い何かを見たウッカーマンはヒッパーの襟を掴んで引っ張った。
「待てヒッパー!」
「ぐぇっ!」
腹の中の空気を出しながら体を止めた。そのまま彼は突然のウッカーマンの行動に怒りの形相で振り返ろうとした。
「何だ!何か来るぞ!」
「不味い!逃げ…」
小道から大通りへ抜け出した多くの兵士達は、突然空から舞い降りてきた戦闘機の機銃掃射を受けると無惨な肉塊になっていった。
突然の攻撃に驚いた兵達は、小道へ逃げ込むのではなくとにかく機銃掃射から逃げようと大通りを北に走った。それを追いかける戦闘機の方が圧倒的に速く、瞬く間に通りは機銃弾やモーターカノンで引き裂かれた死体で埋め尽くされた。
それでもかなりの人数が生き残り、その上空を戦闘機は飛び去っていった。それをチャンスと見た兵士達は、爆撃から逃れようと必死に北へと走り出した。
だが、戦闘機は空冷エンジンを嘶かせると空中で1回転し、今度は北から街道の兵士目掛けて突っ込んで来た。
「こっちだ!路地に逃げ込め!」
「止まるな逃げろ!」
路地から必死に叫ぶとウッカーマンやヒッパー、兵士達の声も虚しく駆け込もうとした兵士達の多くは間に合わず無慈悲に撃たれていった。
ウッカーマンが手を伸ばした兵士もすんでの所で間に合わず、右手を残して右半身が無惨に千切られた。
「路地伝いに逃げるぞ!」
「死にたくない奴はウッカーマンに続け!」
何度も手を振って千切れた兵士の手を払うと、声を裏返しながらもウッカーマンが叫びヒッパーが行動を促すと兵士は彼等に続いた。
ウッカーマン達と同様の考えをしていた兵士達と合流しながらも必死に彼等は北へと向かった。
「やっぱり北から東に逃げるのか?」
「それしか無いだろ!風のせいで南と東は大火災。突っ切って行きたいか?」
ヒッパーの問いかけに怒鳴るように言い返したウッカーマンは、後悔するように口をつぐむと頭を下げた。
そんな中、北から走ってくる数人の兵士をヒッパーは隣の小道に見たような気がした。
「何処に行こうとしてんの!北と西からも敵が来てるんだぞ!」
「嘘を…!」
「鷲の森団とか言う山賊が帝国軍を引き連れて来やがった!奇襲だ!逃げ道なんてあの火中しか無い!」
気のせいと思ったヒッパーに、隣の小道から顔を覗かせた兵士が声をかけて大声で北と西の現状を伝えてきた。それに反論しようもしたヒッパーだが、その兵士達が矢による負傷をいくつもしていた事で何も言えなかった。
「待てよウッカーマン!」
「げふっ!」
さっきの仕返しとばかりに彼はウッカーマンの襟を掴んで引きその足を止めさせた。襟と首を撫でるウッカーマンに話を伝えようとしたヒッパーは、彼に嘴を掴まれると乱雑に上下に振られた。
「どうすんだ!これじゃ逃げ道ないぞ!」
「南と東には火災。北と西からは敵の奇襲。上からは怪物からの攻撃…俺達は何の物語に出てんだ?」
嘴を押さえ涙目のヒッパーが尋ねると、考える事が辛くなったウッカーマンが冗談を言った。その諦めに近い言葉は狭い路地に押し込まれている兵達に戦死を意識させた。
「参謀殿!まだ諦めるには速いですよ!」
「敵の侵攻を潜り抜けて逃げれば…火中だって水を被れば何とかなります!」
近くに居た兵士からの言葉に苦笑いしか浮かべられないヒッパーはため息と共にウッカーマンを肘で小突いた。
だが、ウッカーマンからの反応が無い事でヒッパーは彼の方へ振り返った。ウッカーマンは必死に顎に手を当てて考えを巡らせていた。
「ウッカーマン…諦めろ。俺もお前も、街ごと焼かれて焼き鳥と魚の燻製になるんだ」
冗談を言って策を考えるのを急かすと、ヒッパーは通りを走る兵達を路地に入るように指示した。
「なぁ、ヒッパー…こうなったら共和だ何だって阿保みたいな事言い出した奴等に仕返ししてみたくないか?」
「確かに…軍は共和制に乗り気じゃなかったのにな…全部大統領の我が儘と貴族の好き勝手だもんな…俺が時間を稼ぐか?」
「俺は直接殴りたい」
周りに理解できない断片的な会話で話を纏めると、ヒッパーは兵士達へ向き合った。
「良いかお前ら!俺達は死にたくない。そして共和制にもどちらかと言うと反対だ!敵さんも流石に投降する奴に攻撃はしないはずだ!そして、ここにいるウッカーマンはムカつくから大統領に1発焼きを入れに行くんだと!」
ため息を吐きながら言うと、嘴を軽く掻きながら親指で自分を差した。
「投降する奴は焼き鳥男に、火の中に飛び込んであの女をぶん殴りたい奴はこの燻製魚に付いてけ!共和主義者は知らん、好きにしろ!」
言いたい事を言い切ったヒッパーは、ポケットから白いハンカチを取り出すと、ウッカーマンと腕を打ち付けあった。
「大公殿に付いていけば良かったな…ヒッパー…」
「あいつら置いて逃げるのは…らしくないだろ?おら、行くぞ!」
困惑する兵士達を無視してヒッパーは路地伝いに東へ向けてハンカチ片手に駆け出した。それと反対側へ向けてウッカーマンも走り出すと、兵士達はそれぞれの方向へ走っていった。