第三幕-9
「2人の影が1つになり
闇夜の中に溶けていく
2人の愛は本物
ひと目で分かるほどに…」
「誰だ…さっきっからリリー・マルレーン歌ってるのは?何か虚しくなるだろ…なぁディルク?」
「カミラのお嬢…少尉だろ?ガーランド大佐に怒られる前に止めろよ」
月が輝き雲の流れる星の海を進む空軍の航空機編隊の無線に上機嫌なカミラの歌が流れた。無線の通話を付けっぱなしにして響く歌は中々のものであった。
だが、出撃し戦場に向かう途中で無線の通話を付けたままにしている状態や、護衛戦闘機とはいえ気ままに飛ぶ姿はあまり良いものでは無い。
爆撃機編隊の後方をロールしながら上昇するカミラの機体を後部機銃座から見たネコ系獣人のディルクは、操縦席に座るウズラの鳥人であるゲッツに言った。
その口調はゲッツを茶化す様な言い方であり、機銃座からの有線通信で少し不機嫌になった彼は無線のスイッチを押した。
「カミラ少尉殿?無線で独唱会はそれぐらいで良いんじゃないか?」
「んなぁっ、嘘っ!さっきの定時報告か!」
ゲッツの注意にカミラは驚き声を漏らすと、無線は静かになった。
「G2、こちらE1。カミラ少尉、気が抜けてるぞ。お父様…いえっ、ロータル准将やガーランド大佐、ルーデル中佐が何も言わないからと言っても気を抜きすぎるな!対空兵器が無いとも限らんだろ!」
ルーデルが率いるゲッツ達単発爆撃機編隊の更に上空を飛行する6発爆撃機からブリュンヒルデがカミラへ小言を言った。
「大体貴女は…」
「大尉、そこまでだ。娘…家族が同じ部隊に居るとやりずらいな…カミラ少尉、下方警戒が苦しいからと歌うのも結構。だが、せめてばれないようにしろ」
「流石、父上!いやっ…ロータル・ツー・オイゲン空軍准将!こんな懐が深い人なら、直ぐに大将へ昇進ですな!」
ブリュンヒルデが続けようとした小言を鎮めたロータルに、カミラが余計な事を言うと無線は再び静かになった。
「あ~、B1からE1とG1。こちら…こちらルーデル。しかしよホントにカースナウなんて目立つ州都に兵を集結させるんですかね?まるで狙ってくれって言ってる」
「ルーデル。勝手に前線に出ていった総統が自分の執務室にアマデウス宣伝相宛に送った報告だろ。嘘な訳あるか!そもそも、その1言は口が裂けても軍人が言っちゃならん言葉だろ」
「私もガーランド殿に同意するよ。帝都の補給部隊から聞いたが、荒れ狂った皇帝を鎮める為に教皇達が身を捧げて親衛隊執務室にに24時間体制で張り込んだらしい。彼女の通報で、今では国防陸軍は大慌て。山道の軍も予定より早く前進するらしい。これだけの大事でこの出撃が初の実戦的な夜間演習となったら…私は泣くよ」
「3人とも…軍務無線を会話に使わないで下さい…」
将官と佐官が私語に無線を使いだした事をブリュンヒルデが嘆いた。だが、その口調の端には途切れる事の無い警戒と緊張感があった。何より、航空機を運用するのに慣れた彼等のとはいえ初の長距離飛行に山脈を越えての爆撃、突然のトラブルや予想外の迎撃による墜落が彼等の頭を過るため緊張感だけは編隊の誰もが解けなかった。
「州都に軍を集めたのは、やっぱり山脈に近いからでしょ?だよなメルヒオール?」
「アードリアン…こっち向いても顔なんて見えないんだから、うわっ!馬鹿!前向いて操縦しろ!」
「こらB3!何ふらついてんです!危ないでしょ」
「悪い、マルグリットとイルザ!いやっ、B4!発動機が駄々子で…」
緊張感を紛らわす為にスツーカ隊が無線で堂々と私語をし始めると、22機の大小様々な機体のパイロット達が警戒と緊張を隠すように話ながら飛行を続けた。
「E1、こちらJ1。そろそろ予定空域ですので、我々仮設J小隊は別任務へ向かいます。ご武運を!」
「J1、こちらE1。了解した。そちらこそ、輸送任務よろしく頼む」
「G6からG8。護衛してやれ。絶対に落とさせるな、死守しろ!」
私語が収まり始めた頃に、4発爆撃機の3機編隊が無線を流すと、ロータルが返答しつつガーランドが部下の護衛戦闘機に指示を出した。
「J1!こちら…こちら、ブリュンヒルデ。妹に、クラリッサに"死んでも戻れ"と伝えて下さい。他のレンチには"妹に手を出したら殺す"と伝えて下さい」
「やっ…やんわりと伝えときます。それでは!」
別れ際にブリュンヒルデがJ1の機長に言伝てを伝えると、彼はその言葉に滲み出る家族愛に声を恐怖と笑いで震わせながら答えた。
別動隊が翼を上下に振りながら離れて数十分後、無線に爆音が響いた。
「見えたぞ!町の灯りだ!」
何度もコックピットを天地返しして地表を確認していた編隊の誰かが叫ぶと、全員が前方下を確認してしようとした。
「本当だ…カースナウが無駄に明るい…」
「大当たり…1番槍で大戦果か?」
都市の明かりをプロペラの先に見たゲッツは呟くと、機銃座から必死に前方を見ようと悪戦苦闘するディルクが呟いた。
「なら…俺達、急降下爆撃機のやる事は1つだ。爆弾ばらまく大型機との正確性の差を見せ付ける!」
「ルーデル隊長…それって…」
無警戒の敵の主力を前に興奮したルーデルが力強く言うと、死霊族の青白い肌を更に青くしたイルザが慌てて酸素マスクをヘルメットに固定しながら言った。
「どうせ敵の司令部なんて豪華そうな建物だって相場が決まってる!あの中央街道のホテルなんてそれっぽいだろ?きっとあれだ旗立ってるし」
「ルっ、ルーデル?それは粗っぽすぎる考えだと思うよ!」
「何言ってるウッツ!お前の受け売りだぞ。早く計器の確認と機銃に給弾しろ!」
フットペダルとエンジンの隙間にある下方確認用の小窓で街を観察したルーデルは断言した。その力強い言葉は彼の後部機銃座のウッツも反論出来なかった。
「B1、こちらE1。そちらの爆撃終了と同時にこちらも爆撃を開始する。それで良いな」
「全く…手間の掛かる馬鹿だ…」
「オイゲン殿、ガーランド…ありがとう。そんじゃ…行くぞお前ら!」
説得を諦めたロータルとガーランドがルーデルの提案を受け入れると、彼は機体の出力を最大に上げた。
「横隊ケッテの2回爆撃だ。1から3と4から6だ。冷却器のフラップ閉鎖!過給器停止!横転降下で行くぞ!」
「了解!」
ルーデルの指示に全員が返答すると、彼の機体を右側に3機の爆撃機が2列に並んだ。機首を斜め上方に向けた機体達が右にロールを掛けると滑る様に降下を始めた。
「高度…6000…5500…5000…ダイブブレーキ展開!」
「展開了解!」
ウッツの言葉に返事をしたルーデルはダイブブレーキのロックを外すと一気に全開にした。彼に続く他の機体もダイブブレーキを展開すると、スツーカ達が真っ逆さまにホテル目掛けて急降下を始めた。
「機体角度85度!」
「ルーデル!外すなよ!そして機体を落とすなよ!」
ルーデルからの機体の角度の報告から、内臓の浮き上がる感覚に腹に力を込めたウッツが叫んだ。
「550…500…当たれや~!」
投下高度で絶叫しながら、ルーデルは爆撃用の投下スイッチを押した。胴体下の250kg1発、翼下の80kg合計4発が宙に放たれると、爆撃機3機はダイブブレーキを仕舞いこみ機首を無理矢理引き上げた。
建物の屋上を擦るかと思った編隊は、予想よりスムーズに上昇に入った。
「これが…爆撃…」
驚愕するウッツの言葉に後ろを振り向いたルーデルは、後続の3機が上昇する姿と爆発炎上し瓦礫となったホテルを見た。
「素晴らしい…」
彼はその威力に恐怖しながらも、未だに収まらない急降下の興奮と体にかかった過剰な重力を思い出すと堪らずに呟いた。