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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第三幕-7

 カイムの発案によって実行された銀狐作戦は3つの作戦を統合した通称であった。一つはチロル山脈を安全に通れる東側の山道の封鎖を行うという内容の金狼作戦である。

 そして、次の作戦としてカイムが提案していたのは、先のヒト族侵攻により崩落した山脈中央の山道を突破するというトナカイ作戦だった。


「しっかし…使い物にならないとか言っといて、さっきから道の形は残してるじゃないか。なぁ、アロイス?」


「こんなの、獣道とも言えないぞ…草が生えてないだけの急斜面は道じゃない」


「ツェーザル、貴方はもう一度国語を勉強するべきですわね!」


 そのトナカイ作戦を実行する親衛隊2500が山脈越えを強行していた。8月2日に出発した第3戦車大隊に騒ぐ帝都で、密かに作戦計画書を提出しカイムが承認印を押すと親衛隊は彼と共に静かに帝都を出撃した。


「3日も山脈を登りっぱなしなのに、アイツら元気だな。ギラ、今の私の場所はここか?」


 そんな山脈越えが3日目に差し掛かった8月5日に、仲良く喧嘩するツェーザルとアロイス、ヴァレンティーネを見ながらカイムはギラに地図を見せながら尋ねた。


「そうですね…予定ではもうそろそろ山頂から下山の道に入ると…」


 カイムも登山経験が少ない為に、山脈越えにはギラや他の隊員を頼る事が多かった。

 だが、彼等もあくまで知識が有るだけだった為に、ギラも地図と見つめ合うと黙ってしまった。


「もう下山の道だった所に入ってます…さっきの岩と平地がここだった…」


 そんなギラを見詰めるカイムは右袖を引かれる感覚に振り返った。そこには、小柄なウサギ獣人のドロテーア立っており、地図を指差しながら自分達の位置を説明した。

 その幼さの残る短い指は、南よりの中央にある比較的高度の低い山道を示していた。


「有り難いな、ドロテーア准尉!君は登山の経験があるのか?」


「昔…東から帝都へ…その時の道がここでした…」


 カイムの感謝の言葉に頬を赤らめると、ドロテーアは満面の笑みで答えた。その返答は普段の曖昧な口調からは想像出来ない比較的はっきりしたものであり、近くにいたコージモやアロイス、ミュヘルは驚愕の表情を浮かべたが。

 そんな彼女の返答が戦乱を思い出させる様な内容であった事から、カイムはドロテーアの頭を鉄帽ごと撫でた。

 そんなカイムと、垂れ目を細めてされるがままにしていたドロテーアの間にギラが入ると、彼女に対して猛烈な敵意の視線を向けた。


「女の嫉妬…みっともない…」


「みっともなくて結構…人の恋路を邪魔する方がどうかと思いますよ"准尉"?」


「2人とも喧嘩は止めなさい…予定よりは少し早いか…全隊、一端休憩を…」


 ドロテーアの冷たい言葉にギラが熱の有る口調で呟くと、それを聞いていたカイムは溜め息混じりに休息を指示しようとした。

 だが、その指示は先を移動する部隊の停止のハンドシグナルに遮られた。


「敵は?」


「北側の上方。ここからなら撃ち下ろされます」


 走ってきたハーフリンクの伝令に尋ねたカイムは敵の位置を指差しながらされる報告に苦い顔をした。


「総統、共和国軍の斥候でしょうか?」


「いや、大部隊の山脈越えをしようと考える参謀が国防軍に居なかった。なら敵もやるまい。例の"鷲の森団"かな」


 ギラの問い掛けに伝令の指差した場所を双眼鏡で見ながら答えると、カイムは相手との距離を目測で測り始めた。


「総統!私の部隊で突撃し敵を殲滅します!」


「リヒャルダ…貴女、今は生身なんだよ…」


 無茶苦茶な発案をするリヒャルダをティアナが抑える中、カイムは敵と一番距離の近いマックス達の部隊に身を庇いつつ近寄った。

 彼の部隊は近くの岩や木を遮蔽物にしながら臨戦体制で銃を構えていた。


「敵との距離は500m以内だ…いや、もう少し有るか?」


「自分もそれぐらいだと思います」


「なら折角だ。突撃銃とラケーテンパンツァービュクセを試す。攻撃用意」


 マックス達先方を進む小隊には、先行量産された突撃銃とロケット砲が支給されていた。

 細身の小銃は銃身の先端を露出させたブルパップ式の小銃であった。小型のそれにまだ慣れないのか、多くの隊員が銃床を肩に当てながら首を傾げていた。


「弓を持つとはいえ野盗ですよ。流石に弾薬の無駄遣いでは?」


 隊員のゴブリンがロケット砲を担ぎ上げ用意しながら言うと、隊長であるマックスが鬼の形相で睨んだ。


「すっ!すみません!」


「マックス!そう怒るな、カルシウム(カルツィウム)不足だぞ。確かに数十人相手には勿体無いかも知れないが、ルドルフ大将の報告では万を越えるとか?なら牽制ついでには丁度良い」


 マックスの圧力にゴブリンが謝りそれを励ます様に雑嚢ごと背中を叩くと、カイムは考えを話した。


「もし…それでも連中が攻撃してきましたら…」


「全滅させろ。容赦はするな」


 マックスの問い掛けに冷たく答えると、彼はマックスの暗い表情に気付いた。


「申し訳ありません。総統にこの様な…」


「馬鹿を言え。私が無理矢理くっついて来たんだ。帝都じゃアポロニアが真っ赤になってる」


 彼の謝罪に軽口で答えたカイムは突撃銃のボルトを引いて給弾しようとした。

 それを無言でマックスが止めると、そのまま黙って首を何度も横に振った。戦闘に参加するなという猛烈な主張を前に、カイムは渋々第2線まで下がった。


「連中は私達を待ち伏せしていたのでしょうか?そうだとするなら…山賊無勢が調子にのって!纏めて叩きのめしてくれましてよ!」


「ヴァレンティーネ、落ち着け。連中もわざわざ親衛隊や国防軍を狙った訳では無いだろう。さながら地引き網漁だな」


「魚なら何でも良いと?」


「食えるならな」


 怒るヴァレンティーネを宥めアロイスの質問にカイムが答えた時、コージモが無線の受話器を渡してきた。


「攻撃準備出来ました」


「よし。なら、先ずは警告か…」


 マックスの報告にそう言ったカイムは、腰の拡声器に手を伸ばして掴むと立ち上がろうとした。


「カイム!何やってるの!」


「そういうのは俺がやります!」


「なっ!それくらい私も…あぁ、拡声器が…」


 慌ててギラがカイムの肩を掴んで座らせ、ツェーザルが拡声器を引ったくると立ち上がった。


「あ~、前方で待ち伏せする所属不明の連中へ。我々はガルツ帝国親衛隊である!我々は、東方の共和ガルツなる賊軍の討伐に向けて移動中である!そちらに交戦意思が無いのなら、この場を通してもらいたい!必要となれば、我々は諸君らを殲滅する用意がある!」


 拡声器が不要とも思えるツェーザルの警告は山に木霊した。

 その警告は聞こえなかったと言い逃れ出来ない程であった為、無駄に流れる沈黙が親衛隊全員に戦闘を予感させた。


「総統、一歩後ろに下がって」


 慣れない登山に黙り込んでいたブリギッテが突然カイムに近寄ると、その襟首を掴んで後ろに引いた。

 近くにいた数人が驚く中、ギラはカイムを庇うように抱きつきカイムのいた場所にブリギッテが仁王立ちした。その視線は山賊の居ると思われる場所を睨み付けており、その場所が一瞬煌めくと、ブリギッテ目掛けて1本の矢が飛んできた。

 その矢を眼前にして片手で掴むと、彼女はうっすらと笑みを浮かべた。


「弓矢だというのに、これだけの正確さ。相手は相当腕が立ちますよ」


 うっすらと声を漏らして笑うブリギッテを無視して、カイムはその矢にくくりつけられた紙をほどいた。


「矢文か…本当なら興奮すべきなんだろうけど、何も感じないな…」


 自分が周りの人間を巻き込んで行った近代化の感じながら、カイムはその文の内容を熟読し始めた。


「総統…連中はなんて?」


 ギラの不安そうな言葉に反して、カイムはブリギッテより更に大きく笑うと、山賊達の隠れる方へ歩み始めた。


「彼等は話し合いがしたいんだよ。敵の敵は味方だったという訳さ」


 カイムの言葉を理解した親衛隊全員は、警戒こそしたままで、彼の後を追った。

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