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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第三幕-5

 ガルツ帝国の民衆は、圧倒的不利な戦力差を覆した現状の国防軍の快進撃に湧いていた。当然ながら帝都デルンも快進撃に湧き、新聞は戦場の勝利を伝え通りの店は軒並み国旗を掲げていた。

 建設されたばかりの映画館には無数の人が集まり、導入されたばかりの映画によるニュースを見ようと行列を作っていた。


「こんな…魔族で殺し合いをしてるのに…」


 そんな街の通りを1人の女が足早に進んでいた。小柄な体躯に似合わない程の長髪のドラゴニュートの彼女は、背中の小さな翼が出るコートに小さな旅行鞄を持ちながら再建された帝都を見上げながら歩いた。

 その姿は帝都に来たばかりの"おのぼりさん"そのものであり、擦れ違う人々は街のあれこれに驚く彼女を微笑ましく感じていた。

 だが、彼女の向かう先は田舎から出て来たばかりの人間が向かう場所にしては不自然な場所であった。


「ここが…あの人の職場…」


 見上げる彼女の視線の先には、厳重な警備の敷かれた塀とその先はオレンジ屋根の巨大な建物があった。そのゲートの看板には帝国国防省と書かれ、近くの建物には映画館同様の長い行列が作られていた。

 ただ、その行列は男女を問わない変わりに全員が若く、真剣な目をしながら並んでいた。


「国防軍志願者はこちらで受け付けています!並んでお待ち下さい!」


 最後尾と書かれた看板を片手に駆け回るスーツ姿の悪魔の女を遠目に見ながら、ドラゴニュートの彼女は意を決してゲートへ向かった。


「お嬢さん!そっちのでっかい門は車両用!人はこっち!」


 守衛所の前に立つ野戦服姿の男のゴブリンが大声で呼び掛けると、ガラス越しに受付係のハーピィの女が手招きした。


「身分証の提示をお願いします」


「あの…そういうは持ってないんですが…」


 丁寧かつ事務的な口調で話すハーピィに、守衛所までやって来た彼女は若干戸惑いながら答えた。

 その答えに、ゴブリンは左手で担ぐ小銃を確認しつつハーピィに目配せをした。その視線を目だけ動かし確認すると、ハーピィは机の上の電話に手を取るとドラゴニュートの女を見た。


「申し訳ありませんが、身分証の無い方をお通しする事は出来ません…」


「そんな…」


 事務的に返答したハーピィに、ドラゴニュートは戸惑いの表情を見せた。

 その戸惑いを観察するハーピィは、ドラゴニュートの戸惑いが色恋沙汰の類いである事に気付き、彼女が工作員である可能性が低いと考えた。その事はゴブリンも察していたようで、肩を妬みのため息をつくと警備に戻って行った。


「ですが…貴女、軍の誰かのお知り合いで?こちらから確認の連絡を取りますので、宜しければお名前とお知り合いの方の名前をお願いします」


 機転を効かせたハーピィの言葉を受けたドラゴニュートは、一瞬躊躇いの表情浮かべて沈黙した。その反応はハーピィの予想していた状態とは異なっていた。

 内戦で旦那、もしくは恋人との別れか再会の約束をしに来たと思っていた彼女にとって、憎愛混じるドラゴニュートの表情は不自然さを感じた。


「テレーゼ・エンゲルブレヒトです。バーター…フリッツ・バーターさんに…確認を取って下さい…」


 ようやく口を開いた彼女の言葉に、ハーピィは噂で聞いていたバーター少佐の別れ話を思い出した。


「確認を取りますのでお待ち下さい」


 再び事務的な対応をすると、彼女は電話の受話器を取って長く話始めた。

 その内容を彼女は聞き取れず、表情の変わらないハーピィの女によって推測も出来なかった。数分間受話器の向こう側と話し合うと、ハーピィはテレーゼへ向き直った。


「それでは御案内します。お通り下さい」


 立ち入りを拒否されると考えていた彼女は、あっさりと許可された事に違和感を感じながら案内役の兵の後ろを付いて歩いた。


「エンゲルブレヒトさん、どうもフリッツの為に御足労頂いて。あぁ、そういえば私とは初めてお会いしますね。ザシャ・トラウトマン陸軍大佐です。彼奴とは古い付き合いで」


 大柄な見た目と反した柔和な挨拶をしたザシャに対して、テレーゼは軍人のイメージとのギャップに沈黙した。


「これは、ご丁寧にどうも。軍人…と言うんでしたっけ?同族を殺す様な野蛮な方々がここまで礼儀正しいとは知らなかったので」


 精一杯の皮肉を言って自分を律した彼女は、自分の出来る最大限の圧を付けてザシャを睨み付けた。

 そんなテレーゼの態度を全く気にしない彼は、むしろ少し吹き出すと胸元からハンカチを取り出して口元を拭った。


「いやいや、これは失礼!あまりにもフリッツの言葉通りのお人柄だったので。本当に軍人嫌いなのですね」


「それは侮辱の意味ですか?それに、私が嫌いなのは争いを起こす人や暴力を振るう人です。まさに…貴殿方はそういう暴力集団でしょう?」


 テレーゼは自分でも言い過ぎと思うような発言に、ザシャの反応を窺った。

 だが、彼は彼女の予想に反して冷静そのものであった。


「確かに…貴方の言うことには一理ある。ただし、貴方の平和というやつは、余りにも他人の悪意を無視し過ぎている。全ての人間に悪意が無い訳では無いのです。現に南は攻めて来た」


「一度も話し合ってもいないのに…こちらが手を差し伸べなくて何が悪意ですか!」


 冷静なザシャの言葉や態度に、テレーゼはもう一度強く主張を述べた。

 だが、流石のザシャも彼女の言葉に苛立ちを感じた。


「確かに…相手に平和の意志が有ればその考えに間違いはない。ただ、差し伸べた手を捕まれ刺し殺されかけた。貴女とて、殺されかければ抵抗するはずだ!その抵抗する帝国の力こそが我々国防軍だ」


「殺すくらいなら…殺された方がましです」


 売り言葉に買い言葉で出たテレーゼの一言は遂にザシャの逆鱗に触れた。彼は彼女の襟首を掴もうと手を伸ばしたが、寸での所で自分の片手を押さえると深く深呼吸した。


「その言葉は、戦場や一方的に虐殺される事を知らない…血を吐いた事の無い言葉だ。軍人の私とて感情を持ちますので、これ以降世間知らずの発言は控えて頂きたい」


「野蛮な人は真実を言われるのが許せないんですね」


「無知な者の大義無き言葉が憐れなだけですよ…」


 テレーゼの言葉に言い切ったザシャは、開けた演習場に整列する兵達を指差した。


「フリッツはあそこです。だが…貴女は近付かない方が良い。あの若者達には…貴女はヒト族より疎まれる」


「それってどういう…」


 テレーゼが聞こうとした時にはザシャは遠くへ行だしていた。その背中は話し掛けるなと言っている様で、彼女は言葉を続ける事が出来なかった。

 仕方なくフリッツの元へ向かったテレーゼは、彼の前に整列する黒いジャケットの集団全員がまだ若い子供である事に気付いた。そして、彼女はそんな彼等の指揮官として前に立つフリッツを見ると、瞳に怒りを浮かべつつ彼へと歩んだ。


「ばっ、バー…」


「大隊!気を付け!」


 そんな彼女が急いでフリッツの元に向かおうとすると、副官のヤーコプの大声による号令が響き、彼女の足が止まった。


「お前ら!大隊長からの出撃前の有難い御言葉だ!耳ん穴かっぽじってよ~く聞け!」


「了解しました!」


 ヤーコプの言葉に多くの部下が返事をする中、少しヤーコプを恨めしそうに見つめるフリッツは撫で肩を正すと一歩前に踏み出した。


「お前ら、いいか!俺達はこれから内戦…いやっ、戦場へ行く。そこには…お前達と同じ顔した連中が…俺達を殺そうとやって来る。


連中は叫んでるらしい"俺達は何時だって盾扱いだ"ってさ…"盾"だとふざけるな!何時も何時も不甲斐なく突撃ばかりして負け戦の切っ掛け作るのは東方の阿保貴族だ!


第一だ。殿下が必死に復興やろうとしてたのにだ。連中はバカやってる貴族どころか助けようと必死になって…書類を角に刺しながら街という街を駆け回ってた殿下を殺そうと躍起にやってる。偉いさんで、俺より若いんだぞ!そんなお姫様の首が欲しいって言ってる連中を同族って言えるか?無理だろ!


何時だって何処だって…敗戦すれば国は傷付くし、人は死ぬ。まぁ、だから、南の連中は異常な訳だ。国が、魔族が倒れかかってるのに…連中はガキから飯を取り上げようっていうゴミクズだ!死んで当然だ!」


 語っていたフリッツは、自分が熱くなっている事に気付くと帽子を取りつつその鍔で頭を掻いた。


「そんな連中とも、東方の連中は一緒くたには出来ないが…少なからず俺達はこのままじゃ連中に殺される。


俺は死にたくない。平和ボケして愛想尽かされた彼女も…俺達の後ろにいる。


忘れちゃならないのは、俺達は国の為に戦うわけだが、国のためだけに戦う訳じゃない。護りたい何かの為に戦う訳だ。


だから…難しいかもしれんが、敵には容赦はするな。白旗振るまでは殺す気でいろ。


騎士気取りで格好付ける奴の最後は大抵惨めだ。何より、護った後の世界を見れなくて何が戦場の英雄だ…


あぁ、いやっ、リヒトホーフェンを侮辱した訳じゃない。あれはやむを得なかった訳だが、そうでない俺達は生き残らにゃならんのだ!


その為には、とにかく命令に従う事。お前らが面倒だ何だと言ってる規則を護る事だ!あれには、お前らをきちんと兵隊として機能させる役割がある。俺達が協力し合えば、死ぬ事は少なくなる。誰も死なないとは言わない。戦場だ2%くらいは死ぬ。


だからこそだ。"馬鹿をせずに協力し、血反吐吐いても生き残る"


死んで良いのは平和を乱し、この国を潰そうとし、俺達を殺そうとする差別主義者と能無しのバカ垂れ共だけだ!


いいかお前ら!やるぞ!」


「第3戦車大隊、万歳!」


「総員搭乗!」


 フリッツは自分の長い話に苦笑いを浮かべながら隊員に激励を飛ばすと、隊員達が叫びヤーコプが号令を飛ばした。

 そんな光景を見つめていたテレーゼはフリッツに話し掛けるタイミングを逃した。慌ただしく戦車に搭乗する兵達を見詰めていたフリッツは、自分の大隊指揮車へ向かう途中に視線を感じて振り返った。


「バーター!これは…」


「仕事がある。それと…」


 引き留めようとしたテレーゼに素っ気なく返すと、わざわざフリッツの近くまでやって来た指揮車に足を掛けるとキューポラまで登った。


「もう、君とは…住む世界が違う。戦車、前進!」


そう呟くと、フリッツは大隊に前進の号令を出した。


「何で…皆、命は一つなのに…」


 そう呟いたテレーゼは、初めて見る戦車やそれを乗りこなし勇ましく戦場へと向かう子供達への驚愕に、遥か遠くに去り行くフリッツを止める事が出来なかった。

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