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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第三幕-4

「東部戦線攻勢作戦である"銀狐作戦"参加の部隊に、これ程の精鋭が揃った。それは事前に訓練を極秘で視察しているので、間違い無いと確信している。また、その働きには帝国総統として感動している。


本作戦は帝国東部にて蜂起し暴虐の限りを尽くす共和ガルツなる暴徒の制圧、それに伴う首謀者達の粛清が主たる目的である。


愚かしい共和主義と言い換える特権主義者達の跋扈や、それに気付かず彼等の甘言に騙される程に民を困窮させたのは一重に帝国政府の責ではある。それを諸君ら国防軍と親衛隊の武力処理に任せてしまう事は、この場を借りて謝罪したい。


だが、このまま奴等を放置し道徳や自制心の無い共和主義が跋扈すれば、帝国どころか魔族が滅亡する。諸君らの任務は、帝国以上に魔族の命運が掛かっているのである。魔族の未来を護るための諸君らの出陣であり、銀狐作戦である。


この作戦で諸君らに課せられる任務の1つ1つは単純である。しかし、諸君らの成果は魔族の命運を左右する重要なものである。


無事に任務を完遂し、帝都デルンに帰投して貰いたい。以上である」


 帝都デルンの国防省に集まった国防軍の多くの部隊への演説を終えたカイムは、整列する兵達に敬礼をした。


「カイム万歳!アポロニア万歳!ガルツ帝国万歳!」


 そんな彼に対して、兵の全員が敬礼や親衛隊敬礼をしながら声援を送り出し、周辺に兵の声が響き渡った。そんな彼等の鳴り止まない熱い声援を背中に受けた制服姿のカイムは、壇上から降りると擦れ違う兵達に敬礼をしながら舞台袖に入った。


「流石カイム!たった数時間で丁度良い長さの演説書けるなんて。毎日あれだけの激務をこなして…君は帝国総統…仲間として本当に誇らしいよ!」


 駆け寄ってきたアマデウスが満面の笑みで言うと、肩を組んでガッツポーズを見せた。


「これでは道化だよ…」


 そんなアマデウスに苦笑いを浮かべながらカイムが呟くいても、アマデウスは目を閉じて頷きながら肩を叩いた。


「カイム…解ってるよ。でも、君は戦っちゃ…いや、違うな。死んじゃいけないんだ。それは皆が思ってる事で、皆が1番避けようとしている事なんだ。だから、ヨルク大将もブルーノ准将も、皆が止めるんだ」


 カイムに言い聞かせるアマデウスの表情は、彼の主張や心境を理解している納得とそれをさせられない立場的思考、友人としての同情等の入り交じる複雑かつ気まずいものだった。


「僕なんかの立場じゃ解らないくらい辛いんだろうけど…頼むよ、割りきって考えてよね。東部戦線が終結したら、気分転換に付き合うからさ」


 念押ししたアマデウスは、カイムの肩をもう一度叩くと部下を引き連れて去って行った。


「東部か…それが済んでも南。そのつぎは隣の大陸への対策…何をどう変えるのさ…」


 滅入り始めた気分から、彼の言う通り気分転換が必要と感じたカイムは足早に国防省の廊下を歩いた。

 そんな廊下の途中で、彼は数枚の書類を持って立っているギラを見付けた。彼女は彼の姿を見ると、暗い表情を明るく変えつつ親衛隊敬礼をしようとした。

 だが、カイムの険しい顔を前に上げようとした腕を止めると、彼女は会釈をしつつ彼の隣を歩いた。


「素晴らしい演説でした。国防軍の皆さんも聞き入っていましたよ。普段と比べると短くて身振りとかも少なかったですけど」


「短い時間で書き上げた物だ。受け売りばかりだ。素晴らしくも何ともないさ」


 自虐混じりに肩を竦めたカイムは苦笑いを浮かべた。

 そんな彼の態度に微笑むと、ギラは抱えていた書類を胸元に抱えるように持ち直した。


「受け売りでも、言わなければ言葉に意味は無いですよ。それに…貴方の言葉だから皆が聞くんです」


「"英雄の再来"…だからか?…いや、済まない」


 ギラの励ますような言葉に続けて自虐をしたカイムだったが、静かに見つめるギラを前に顔を背けて謝罪した。


「総統は根暗の皮肉屋ですからね。別に良いですよ、知ってますから。きっとアマデウスさんにも"道化みたいだ"とか言って困らせたんでしょ?」


 ギラのはっきりとした物言いに、カイムは一瞬目を丸くすると直ぐに笑いだした。


「アポロニアもそこまで言わなかったが、本当にそうだな!いや、やっぱりはっきり言われた方がすっきりするよ!上司は部下の皮肉や文句をしっかり聞かなきゃな」


 カイムの明るい言葉にギラも笑顔をみせたが、"上司と部下"という言葉に口を接ぐんだ。


「私は…"ただの部下"ですか?」


「今はそうだろ?お互いの立場もある。公私混同は出来ないさ」


 暗い表情で尋ねるギラに驚きつつ、カイムは首をならして肩に手を置きながら答えた。その表情は少し赤く、照れ隠しに素っ気なく言っている事を理解したギラは意を決するとカイムの前に立った。


「なら…総統。いえっ、カイム!私は…私は貴方にとって邪魔ですか?」


「じっ、邪魔?一体何を…」


 彼女からの突然の疑問にカイムは聞き返そうとしたが、ギラの真剣な眼差しを前に彼は疑問を返す事を止めた。深く息をして少し考えると、カイムは肩の手を首の後ろへ回して襟足を撫でた。


「邪魔と思った事はない。実際、君が居なければ親衛隊なんて設立出来なかった。出来たとしても、もっと四苦八苦して私の心が折れたかもしれない。それを支えてくれたのは、アマデウスやブリギッテ、マヌエラさんやレナートゥスさん。そして、君や親衛隊隊員達だ。邪魔なんて口が裂けても言わない。それに…君は仕事が出来る良い秘書だ。この激務で自分の予定管理までは手が届かんしな…」


「それだけ…ですか?」


 当たり障りの無い総統としての意見を言ったカイムだが、俯くギラの一言に片手で顔を覆った。

 そのまま空いた片手で自分の制帽を脱ぐと、カイムはギラの頭の略帽にそのまま被せた。


「これは…ただのカイムとしての言葉だから…格好悪くても無視してくれ」


 顔を真っ赤にするカイムは、若干恥ずかしさを混じらせた口調で言った。


「これでも一応男だ。襲われたとか成り行きとかは置いておいても、何度か抱いた女に愛情が移るくらいにはまだ人間のつもりだ。例え、救ってくれた英雄だから自分を好いてくれるって知っててもな…」


 カイムは言い切ると大きく深呼吸し、ギラの頭の制帽に手を伸ばそうとした。その手を自分の手と組ませると、カイムの足に自分の絡ませたギラは彼を廊下の壁に追いやった。

 ギラの突然の行動にカイムは驚いたが、不機嫌な表情を浮かべた彼女を見るとなされるままに体重を壁に掛けた。


「前にも言ったと思いますが…私、そんな安っぽい女じゃありません。そんなんだったら、偉くなったのに何時までも気乗りしない英雄なんてとっくの昔に愛想尽かしますよ。カイムだから好きなんです!だから…」


 不安そうな表情を浮かべたギラは足をカイムの股に滑り込ませながら上目遣いで言った。その瞳は少し潤んでおり、カイムは少し態とらしいとも感じた。それでも直線的な感情を前に組んでいる手の反対の手でギラの腰を抱いた。


「居てくれなければ…困る、ギラ…いやっ!すまん!予想以上に自分が格好悪…」


 格好を着けて自爆したカイムの言い訳は、ギラの口で押さえられた。外の喧騒が少し響く廊下に、甘い沈黙が流れていた。


「何で…あんな事聞いたんだ?」


「女の子には…色々あるの…今は何も聞かないで」


 自分の顔からゆっくりと離れる整ったギラの真っ赤な顔に、顔を暑くしたカイムが問い掛けた。それに答えたギラはもう一度顔をゆっくり近づけ潤む瞳を閉じた。


「この雌羊!あんた、こんな所で私の総統に!」


「こらヴァレンティーネ!静かにして!」


「あんた、こんな良い時に何で…」


 2人の甘い空気を破る様に廊下の先から声が響くと、カイムの視界に廊下の先のT字路で自分達を覗くヴァレンティーネとティアナ、リヒャルダの女性だから3人が見えた。さらには反対側の廊下の隅にブーツの爪先が覗いており、まだこっそり盗み見ていた人物が居るのをカイムは理解した。


「お前達…反対に居るのはマックスだけじゃ無いな!アロイスは絶対にいるだろ。そう考えると、ツェーザルも居るな?」


「みっ、皆!何でここに?」


 カイムとギラが声を出すと、廊下から6人が申し訳無さそうに出てくると2人の前で親衛隊敬礼をした。


「いや~そのですね、総統…最近のギラ大尉の様子が変なのが気になってたんですよ」


「ティアナ中尉の言う通りです!むしろ、私達5人は2人の雰囲気を護る為にヴァレンティーネを抑えたんですよ!誉めて欲しいです!」


 言い訳ついでに話題をすり替えようと目を泳がせるティアナとリヒャルダに、男3人はただひたすらに頷いた。

 当のヴァレンティーネは5つの手を有らん限りの力で握り締めつつ、5人を掻き分けながらカイムの前に立った。


「総統!トナカイ作戦の準備が整いました。皇帝や軍上層部に知られる前に御準備下さいまし…ギラ、今に見てろよ色ボケ女…」


 カイムに満面の笑みを浮かべて報告と書類を渡しつつ、ヴァレンティーネはどす黒い雰囲気を纏いながらギラを睨み付けた。


「負け犬は大変ね…それより!カイム、本当に決行するの?アマデウス宣伝相やアポロニア殿下に何を言われるか…」


 そのどす黒いオーラを掻き消す幸せな空気を発しながら、ギラは未だに抱き合うカイムの顔を見上げた。

 そんな彼女の頭から制帽を取り被り直すと、カイムは書類を捲りながら総統の表情を顔に張り付けた。


「これからやる作戦は、多いに批判されかねない事が多い。なら、私が前に出なければ他の者に罪が掛かる。戦後に首を斬られるのは…私ただ1人で十分だ」


「地獄だろうと…カイム、何処までもお供します!」


 カイムの発言にギラはこっそりと彼の脇腹を軽く叩くと親衛隊敬礼をしながら言った。


「カイム万歳!」


 それに続いて6人が敬礼すると、カイムは制帽を目深に被った。


「少しずつでも…この国をさっぱりさせんとな…」


 廊下を歩む彼の心を圧し殺した呟きに、全員は決意の表情を浮かべ静かに頷いた。

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