第三幕-3
西方貴族のオイゲン家は、西方の帝国合流と同時に帝国空軍への志願をした。親衛隊が西方で行った"グライフ作戦"を"ガルツの宵"の決行という形で協力した事がコネとなり、オイゲンはスムーズに空軍へ入隊する事となった。
当初は家長のロータル・ツー・オイゲン卿1人の志願の筈だったが、オイゲン4姉妹の長女であるブリュンヒルデ、三女のクラリッサが空軍に志願した成り行き上、姉妹全員が空軍に志願していた。
そんな姉妹の二女であるカミラは、軍上層部の意向である、"貴族の女性だから、安全な後方勤務"を無視して戦闘機パイロットに志願した。そんな彼女も、三女のクラリッサが空挺部隊への志願と聞いた時には、さすがに彼女も驚いた。
だが、鳥の様に空を舞い、どこまでも広がる大空を戦場とする空軍の戦闘機は、彼女の感性に訴えるものがあった。
そんな戦闘機乗りとなったカミラは、西方の大空を全速力で駆け抜けていた。
「何だよ!何で後ろで追っかけてた私が…ぐっ!」
コックピットのバックミラーを確認して後ろを振り向き、迫る機体を確認すると機銃弾が機体を掠めた。潰されたカエルの様な声を出しつつ、カミラはエンジンのスロットルを下げ機体を左に捻り大きく左旋回をかけようとした。
旋回の力で機体が軋み無線アンテナが震える中、彼女はキャノピーの真上に自分を追いかける戦闘機が見えた。液冷エンジンであるカミラの機体と違い空冷エンジンの機体は、彼女を追わずに大きく上昇をかけていった。
地面に対して平行な自分の上を通る機体の尾翼のマークと、その先で編隊飛行をする単発爆撃機達が見えたカミラは無線に叫んだ。
「B1、こちらM1!抜かれた!"空飛ぶ豚"のガーランドだ!」
慌てて旋回を止め右に捻りつつスロットルを全開にしたカミラは、翼の生えた豚のマークの戦闘機を全速力で追いかけようとした。
だが、ダイブで速度の付いていた敵機と違い、旋回して回避しようと速度を落とた彼女は追撃しようにも速度も高度も上がらなかった。
焦る彼女は照準器を覗きながら、前を飛ぶ機体をその十字に捉えようとした。だが、爆撃機編隊と重なる機体に引き金が迷うと、爆撃機に迫る機体の翼の上下が不自然に振れるた。焦れったくなった彼女は引き金を引いたが、全ての弾は機体の上に流れて行った。
「くっそ!何で…」
「カミラ様、避けて!こっちじゃない!大佐の狙いは貴女だ!」
無線から爆撃隊の女の声が響くとカミラは照準器から顔を上げ、上昇していたはずの敵機が斜め上から勢いよく自分の機体後方に滑り込むのを見た。
「ヤッバ!やられる!」
「させるかよ!」
回避運動をするカミラの機体の真後ろにガーランドの機体が付く直前、無線に男の声が響くと彼女の右後方上空から機体が1機ガーランドの後ろに付こうと下降してきた。
その機体が真後ろに付く直前、機首を垂直に上げたガーランド機は急減速し、それを回避した救援の機体の真後ろに付いた。
「なっ!今の…」
「M4、こちらG1。撃墜だ馬鹿もん。助けるお前がケツに付かれてどうする。先に落とさられた奴等と模擬戦やってろ」
速度を着けるためにダイブするカミラの無線に驚愕する声が響き、後方を確認すると助太刀に来た機体は細かく上下にロールすると旋回して去って行った。
「B1、こちらG1。護衛がダイブして消えたぞ。これなら七面鳥撃ちだ。護衛訓練終了。そちらは爆撃訓練に入ってくれ」
爆撃機編隊の真後ろに付いたガーランド機から無線が響くと、カミラはコックピットの背もたれに背中を打ち付けた。
「ちっ、くしょう!」
「おいおい、G1。いや、ガーランド良いのかよ?俺達が解散して回避に徹すりゃ何とかなると思うぞ?カミラの嬢ちゃん可哀想だろ?」
カミラが付けっぱなしにしていた無線に彼女の悔しがる声が響くと、それをフォローしようとする爆撃隊の声がスピーカーから響いた。
「ルーデル、護衛戦闘機が逃げ出した時点で任務は失敗だ。こちらの訓練に付き合わせて悪かったな。そちらの爆撃訓練に戻ってくれ」
「あいよ!そんじゃお前ら、続きをやるぞ!」
ルーデルと呼ばれた男の無線が響くと、ガーランドは機体をゆっくりと上昇させているカミラの機体の横に並んだ。
「カミラ少尉、大丈夫か?」
「大佐…大丈夫に見えますか?」
ガーランドの言葉にかなり不機嫌口調でカミラが答えたが、キャノピーから見えるパイロット用のマスクにヘルメットのガーランドは軽く励ますように手を振った。
「お前は良くやってる。俺がこれだけやれるのは、戦闘機の試験飛行をやってたからだ。それに…今回の作戦では俺達はルーデルやお前さんの親父さんのお供だ。よくて機銃で対地攻撃」
「それでも…」
「こんなのは経験と時間で何とかなる。とにかく、飛行機自体が実戦初投入なんだ。とにかく死ななけりゃ良いんだよ。制空隊、全機集合」
あくまで落ち込むカミラに対して、ガーランドは少し口調を暗くして付け加えると一気に高度を上げた。
「こんなに青くて広い…この空でまで、仲間の血は流させたくないんだよ…」
どこまでも広がる大地と空の境界を眺めながら、カミラは機体のスロットルを全開にした上でロールをかけると上空で編隊を組みつつある5機の戦闘機達の元へと舞い上がった。