第三幕-2
「それで…カールハイツにベンヤミン程有能じゃない俺に、部隊を引き渡すってどうなのよ?なぁ、ヤーコプ」
「少佐、文句垂れないで下さいよ…戦車大隊の大隊長ですよ、指揮官ですよ。喜んで下さいよ…」
夜闇の中をメルクス・ポンメルン州の陸軍戦車訓練所に向かうフリッツは、副官のヤーコプに愚痴ると逆に言い返された。彼はヨルク率いる第1機甲師団の第3戦車大隊所属という事になっていたが、戦車兵不足と帝都の防衛戦力不足から形だけの首都配置の大隊長という扱いとなっていた。
本人はそれで構わないと考え、軍での女房役兼副官であるオーガのヤーコプ少尉もやむを得ないと受け入れていた。
「果たして喜んだものか?上の予定よりかなり早い東部戦線勃発だろ?南の勝ち戦に水差すんじゃないか?」
「それを防ぐための我等ですよ」
「予備戦力が本隊役ってのは冗談みたいな話だな」
愚痴り続けるフリッツは髑髏の付いた規格帽を目深に被ると、背もたれに寄り掛かりながら背筋を伸ばした。そんな彼の気の抜けた態度に戦場とのギャップを感じながら、ヤーコプはハンドルを握り直して肩を回した。
「せっかく偉くなったんですよ。彼女さんにも胸を張れるでしょ?嘗ての敗戦でやけ酒ばかり香って、カールハイツさんやベンヤミンさんに担がれたやけ酒騎士は欠片もないんだから!」
愚痴ばかりのフリッツを励まそうとしたヤーコプは、彼の過去と同居している彼女の話題をだした。古くからの付き合いで有るからこそ出せた話題だった。
だが、彼は隣のフリッツがジト目で自分を睨みつつ深いため息を付いたのを見て、その話題を出したことを後悔した。
「何か…あったんですか?」
「出てった!彼女、家を飛び出してった…」
フリッツに尋ねたヤーコプの視界には、彼の表情が制帽の鍔で口許以外がよく見えなかった。だが、口調や雰囲気から明るい気分で無い事だけはよくわかった。
「何でまた?」
ただ、フリッツが本当に話したくない時は黙る事を知っているヤーコプは、出来るだけ暗くならならい様に尋ねた。そんな彼の問いかけに、フリッツは数回座席で身を捩ると帽子を取って見つめながら口を開いた。
「俺さ…飛べもしないのに背中に小さい翼あるだろ?これのせいで不覚を取ったし、整った顔に耳から頬への切り傷出来たし…」
「整った~?冗談でしょ?」
「うるせぇ!とにかくだ!こいつが邪魔だから、家では私服なの!だから、彼女は内戦と俺が関係無いと思ってたんだ。そこに来て、任務でたまたま街に居た軍服の俺を見たんだと」
「はっ…それが…?何で?」
意味が解らないヤーコプが目を丸く点にしながら信号で止まると、不貞腐れるフリッツを見つめた。車内に少しの間沈黙が流れたが、フリッツが視線に耐えられなくなると帽子を指で回し始めた。
「彼女はな…まともに戦争とか戦災を経験してないんだ。ヒト族の奇襲は俺に付いて来て東だったから無事だし、その後は俺が西に避難させたから…つまりだ、彼女は平和主義者なの」
「それは…まぁ…普通では?備えるだけが一番良いでしょ?軍人の俺達だって…」
フリッツの言葉に言いかけたヤーコプだったが、信号が変わると運転に集中してしまった為に話が途切れた。
「優しくて、優しすぎて…"敵でも話せば解り合える"ってな…"同族を殺すなんて人のする事じゃない!貴方は本当の人でなしになったのね!"…そう言われたよ。相手はこっちを殺すつもりでやって来てるのにさ…戦わなくちゃ殺されて、戦後は悲惨な日々ってのに…あいつは昔のアポロニア殿下より絶対平和主義者なの」
「それは…なんともはや…」
「何か…悪いな、反応に困る話をして」
車内に気まずい空気が流れる中、2人は長いドライブの末に広い平原の訓練所のゲートに着いた。
「止まれ!身分証を提示し、氏名と階級、所属を言え!」
「ガルツ帝国国防陸軍第1機甲師団第3戦車大隊、大隊長のフリッツ・バーダー少佐と副官のヤーコプ・ベーレンス中尉だ!」
ゲートの守衛所から3人の警備兵が銃を構えながら尋ね、それに答えた2人は胸元から身分証を見せた。
「確認できました…フリッツ少佐、本当に連中が東に?」
「何だ?連中ってのはここに集まってる俺の部隊か?」
「まぁ、見れば解りますよ。それに、少佐なら誰よりも上手く扱えると思いますよ」
警備兵の不穏な言葉にフリッツはヤーコプをみたが、彼はフリッツの視線に肩を竦めて答えた。
そのまま2人は黙ったまま訓練所内で車を走らせ司令部に向かった。2人が司令部にたどり着くと、その前には佐官の軍服に身を包む1人のグールの男が待っていた。
「トラウトマン大佐!バルメン州で高等戦車訓練をしていると聞きましたが、どうしてここに?はっは~ん…大佐も太っ腹ですな」
「成る程、その訓練で成績優秀な奴等を連れて来てくれたって訳ですか?」
肩幅の広く大柄な男であるトラウトマは、車両から降りて敬礼しつつ質問や意見を言うフリッツ達に手袋をした手で頭を抱えた。
「久し振りの再会なのに、あれやこれやよく言ってくれる…階級もいちいちつけるな、ベンノでいい。まぁ、元気そうで何よりだ」
2人の態度にため息をつきながら笑顔を浮かべたベンノが改めて敬礼すると、それに合わせてフリッツ達も敬礼をした。
ベンノが敬礼を解いたので、フリッツ達も敬礼を止めると司令部に入ろうとした。だが、左右を横切ろうとする彼等の肩を掴むと、ベンノは引き摺る様に2人を訓練所の奥に引っ張った。
「お前さんの大隊隊員は全員揃ってる。おまけに配備される車両も先行量産された5号戦車だ。機動性と防御性、走破性にも優れてる車両だ。まぁ、大隊の半分だけで残りは4号のH型だが…」
「そんな新鋭車両なら、さぞかし隊員も屈強な男達だろうな!100倍の人数にも臆しないような奴等だと、なお良いな!」
「榴弾の雨にも臆しない、そんな兵ですよきっと!」
ベノノの説明を無視して勝手に話し出すフリッツとヤーコプは辺りに停めてある多くの車両に興奮しつつ、自分達の大隊長に配備された車両に盛り上がった。
だが、そんな2人が盛り上がる程にベンノは元気を無し、フリッツの"屈強な男達"という言葉には肩を震わせ反応した。その反応に不信感を感じたフリッツとヤーコプは彼をひたすらに見つめ続けた。嫌な沈黙が3人を包む中、気付くと彼等は大隊の車両が止められている整備場に着いた。
そこには既に多くの戦車兵達が整列しており、整備場の隙間から漏れる光にその顔は影となって彼等からはよく見えなかった。
だが、彼等との距離が近づく程フリッツとヤーコプの表情は唖然としたものとなり、ベンノは苦笑いを浮かべた。
「彼等が…お前さんの大隊に配属となる先進気鋭の戦車兵達だ」
「こいつら…全員…子供じゃないか!」
フリッツが怒鳴ると、それに呼応するように少年達は一斉に姿勢を正して敬礼をした。
「どういうつもりです?いや、どういうつもりだベンノ!こんな小僧が戦車兵だと、ふざけるな!ベンヤミンの言葉を借りるが、"殺し合いなんざするのは、おっさん連中で十分"だ!」
「彼等はれっきとした志願兵だ!基礎訓練もしたし、それこそ高等訓練も受けている。フリッツ…お前も解ってるはずだ。国防陸軍には纏まった兵力がない。逐次投入も限界を迎えつつある。その中で、俺の選りすぐりをお前に託すって言っているんだ!」
襟首を掴んで怒鳴るフリッツに、ベンノも掴み返すと額がぶつかる距離で2人は睨みあった。
戦車兵である少年達は、目の前の上官達の言い合いを黙って見つめていたが、突然の状態に彼等はどうすれば良いのか解らず立ち続けていた。
ただ、訓練では無い本当の戦闘が近づく事に多くの兵が不安を感じていた。
「まともに血を流し合う戦場に出たことないガキ共だぞ…これは…これは内戦だ。殺すのは同じ魔族だ。人を殺す痛みも知らない連中には戦車は…」
「その戦場から逃げて、酒に溺れたのは何処のどいつだ!」
突っ掛かるフリッツを上から睨んでいたベンノは、彼を突き放すと再び襟首を掴んで持ち上げた。
「お前は…俺達みたいな戦争屋よりかは遥かに人間らしい…だからだ!だから彼等を託せるんだ」
ベンノの腕か子供を戦争に駆り出すという自己嫌悪に震えている事に気付くと、フリッツはその手から抜け出して地面に着地した。
「俺に…戦闘前でビビってる子供を率いて人殺しをさせて、その上で一人も殺すなと?」
「剣は下手くそでも、ヒト族の軍から逃げても…お前の部隊に戦死者は居なかった。お前みたいな奴が、帝国軍にはもっと必要だ。勇ましさより、生き残る為には泥水も啜るような図太い奴がな…」
襟を正すフリッツの横をベンノが通ると、すれ違い様に肩を軽く叩いて行った。その口調が嫌に静かだった為に、フリッツは彼の広い背中を一発手の甲でぶった。
「ぬかせ…」
「出撃は4日後、作戦計画書は読んでいるだろう?期限内に調整しろ」
捨て台詞を吐いてベノンが去ると、フリッツにヤーコプ、そして多くの隊員達が残った。
「子供だ…殺しの駆け引きも知らない純粋な…殺し合いなんて知らなくていい…子供だ」
「これで、彼女さんには心底嫌われるでしょうね」
一列に整列する少年達の前を歩く2人が、兵達の顔を見ながらゆっくりと彼等の前を歩いた。歩く度に兵士達はフリッツを見つめ、2歩先に進むと正面を睨むように見つめた。
その訓練したてといった彼等の身振りに、フリッツは途中で止まると首を横に振りならため息をついた。
「嵐も雪も、太陽輝く」
指揮官自ら部隊へ現状の不満をぶつける中で、1人に兵が唄い出した。その歌はこの頃の戦車兵で流行りだした歌であり、その声に続くように多くの少年達が唄い出した。
「灼熱の日も、凍てつく夜も
顔が埃に汚れても、心穏やかに
穏やかに!
驀進するは戦車
嵐の中を!」
足踏みでリズムを取り歌う彼等の目線は、幼いながらに恐怖と戦い国の為に戦うという覚悟がある事をフリッツに理解させた。
歌に圧倒されたフリッツだが、全員の視線が自分に向き戦車兵としての誇りを主張するその姿に、彼は帽子を正しコートを払った。全員が高らかに歌うその歌は、士官2人も空で歌えるほど聞いていた。
いつの間にか歌は最後の4番に入ろうとしていた。
「唄え、中尉!」
突然フリッツがヤーコプに命令を出すと、彼は薄い笑みを一瞬浮かべるて兵に混じ唄い出した。
「火砲に地雷、我等を阻もうと」
「もっと声を張れ!」
フリッツの言葉にヤーコプがさらに声を張ると、それに釣られるように兵達も大きく声を張り始めた。
「微笑み弾き、我等は進む!
死を呼ぶ脅威が大地に潜むとしても
潜んでも!
未だ見ぬ道を我等は進む!」
若い声が訓練所に響き、建物の多くから兵が見つめる中フリッツは自分の役目を改めて理解すると、彼も目の前の少年達に自分の覚悟を示すように唄い出した。
「勝利の女神、微笑む事無く
故郷へまた、帰る事無く!
今、命尽きようと
我等は共に!
共に有り!
共に眠れ戦車!
我等が墓標!」
唄い終わった瞬間、戦車兵達は一斉姿勢を正すとフリッツに対して敬礼をした。
「第3戦車大隊、万歳!」
その光景に自分が雰囲気に乗せられた事を理解したフリッツだったが、横から脇腹をつつくヤーコプを前にとうとう彼も折れた。
「良いだろう…ガキんちょ共!これから向かうは地獄だぞ!覚悟しろ!」
フリッツの叫びに兵が雄叫びを上げると、訓練所は異様な熱気に包まれていた。