第二幕-11
ハイルガルトでのフンボルト・ファルケンホルスト連合軍を包囲した帝国国防陸軍は、彼等に降伏を促し続けてが2日経とうとしていた。
フンボルト達は包囲されているにも関わらず、散発的に突撃を敢行しては制圧射撃の前に追い返されるという状態であった。
「連中としても、この場所は最悪であろうな…前面に我輩達機甲部隊に、後方はハイルガルトの砲撃。前にも後ろにも出れん…」
「ですから!ヨルク大将、今すぐに包囲網を縮めて殲滅を…」
「ローレ中将…俺はそれに反対だ!」
とは言え、大軍を包囲したヨルク達は戦力的にも補給的にも一杯一杯であり、包囲網をどうするか対処に困っていた。
「カイムの小僧が…総統が出来る限り敵でも被害を抑えろって言ってただろうが!なら砲撃しながら前進なんて1番不味いだろ!」
「ですが!再三の投降勧告を無視して、さらには包囲突破の為の突撃までしています!下手に慈悲を見せればどうなるか判りません!フリッチュ卿にも被害がでて、こちらにも…戦死者こそまだまだ出ていませんが負傷者は居ます。補給もあります。これ以上の作戦の遅れは許容出来ません!」
その対処において、ローレ率いる第2機甲師団は早急にフンボルト達を殲滅すると言う提案を出し、1度は司令部で承認されかけていた。
だが、それにベンヤミン達が反論した事で司令部は方針を決めるための相談となった。
「何でだ!何で同じ魔族相手にそんな事言えるんだ!相手は職業軍人の俺達と違う平民だぞ!無理矢理戦わされてる国民だ!それを…」
「ならば!帝国に逃げればいい!それをしないということは、彼等が私達の敵になると言っているのと同じ!同じ魔族でも、相手が平和を望まないなら、討つだけです!帝国に仇為すなら全て…」
「極論過ぎるんだ!彼奴らだって誰もが好きで殺しあってる訳じゃ…」
「2人とも落ち着かんか!」
最終的にローレとベンヤミンの言い合いとなり、司令部を重苦しい空気が包み始めた。普段は活発に発言するアンネリーエさえ何も言えなくなると、ヨルクが怒鳴りながら2人を諌めた。
「確かに、ローレの言う通りでもある。敵は帝国に…我輩達や皇帝、総統に仇為した。だからこそ我輩達国防軍は戦わなければならんし、早期決着の為にも早く進まなければならない…」
ヨルクの擁護する発言に、攻勢論を唱えるローレは顔を明るくしながら地図を指差し話そうとした。
「だが、ベンヤミンの言う事もまた正しい。相手も魔族であり人間だ。なら、過剰な攻撃は決して行ってはならない!ましては、兵が徴兵された市民なら、我々国防軍の護るべき国民だ。カイム君やアポロニア殿下を…本当の虐殺者にする事は決して…許されぬ!さて、どうしたものかなフリッチュ卿?」
ローレの発言を右手で制し、意義を唱えようとするベンヤミンを見ながら発言をしたヨルクは、肩をすくめながら無線機に話しかけた。
「やむを得ないだろう…総統がそれをお望みで、あの御方に言われなき罪を与える訳にはゆかぬ…こちらが進まぬ状況に苛立つ以上、相手はそろそろ限界だろう。待っていればそのうち降伏するだろうさ。"勝者とは、1番辛抱強い者"…だったか?」
ヨルクがフリッチュの言葉に納得した様に腕を組んで頷くと、再び司令部に沈黙が流れた。
「失礼します!師団長、敵将のフンボルト卿等が面会を求めると白旗を振ってやって来ました!」
司令部の全員が状況の変化に喜んだが、兵士の報告を聞くと彼等は喜びより状況に対して困り出した。
「投降じゃなくて面会ですか…騙し討ちか、はたまた奇襲か…」
「奇襲については俺達は何も言えないだろ?勝ち戦の殆どは待ち伏せか奇襲だ」
「確かにそうだけど、言われると嬉しく無いわね。兵員の都合、絶対に被害を出す訳にはいかないでしょ!それより…どうして面会を求めるんでしょう?素直に降伏すれば…」
「ただ降伏しても、貴族としての面子が立たないと言う事ですよ。クラウゼヴィッツのお嬢さん」
突然の状況変化にそれぞれが意見を言う中、聞き慣れない声が響くと全員が天幕の入り口に視線を向けた。そこには、背の低い服を着たコウテイペンギンとドリルの様な金髪に右側の額にだけ角を生やしたオーガの女、そして数人の付き添いが兵達に銃を突き付けられながら立っていた。
彼等の姿にヨルク以外の全員は腰の拳銃へ手を掛けたが、彼等が一切武装していない事や兵達の厳重な警戒を前にその手を下げた。
「まさかな…そこにいるのは気取り屋のフンボルト卿でよろしいかな?」
「フリッチュ卿の声!どっ、どこに?どこに居られるのか?」
「阿保が…そこには居らんよ。わしがいるのはハイルガルトだ」
無線機から流れるフリッチュの声にファルケンホルストは目を見開き、フンボルトはわざとらしく声を上げて驚いた。さらに続けるフリッチュの言葉に、2人は驚いて黙ってしまった。
「それで軍曹。何故許可なくフンボルト卿とファルケンホルスト卿をここに通した?本来なら許可を通してから…」
「私が無理を承知で頼み込んだのです。こちらも、中々に切羽詰まり始めたので」
フンボルト達を連れて来たハッグの軍曹にヨルクが手を組んで口許を隠しながら言うと、フンボルトが頭を掻いて理由を言いつつ前に出ようとした。
それを周りの兵達が銃を構えて止めると、フンボルトは震え上がりながら数歩後ろへ下がった。
「待て待て!"撃つな"…でよかったか?その魔導…武器を下げてくれ。私は戦う気は無い」
慌てながらフリッパーを何度も横に振るフンボルトに横にいたファルケンホルストはため息をつくと、両手を頭の後ろで組みながら跪いた。
「クラウ…失礼、ヨルク殿。先に申しておきますが、私達に降伏の意思はありません。貴族の矜持として、敵に降るのは恥であります」
「なら、話し合いなぞ不必要だと思うが?我輩は間抜けの愚策と思うが、全滅覚悟の突撃でもすれば良い。どこかのシュモラーはそれで多くの戦死者を出して本人も死んだが、南方貴族の選民思想という矜持は死ぬ事で守れる。もしかすると、この包囲を突破して生き残れるかもしれんな」
ファルケンホルストがヨルクを睨み付ける様に目を細めて見つつ言うと、茶化す様にヨルクが返した。馬鹿にするような口調と身振りに、彼女は身を怒りに震わせた。
「卿は…卿は私をそんな愚か者と愚弄するのか…民や部下を無駄死にさせる愚か者と言うのかっ…」
怒鳴りかけた彼女は肩に違和感を感じて首を向けると、そこには副官の女悪魔に抱えられながら自分の肩を叩くフンボルトの姿があった。
「ヨルク殿。若者を苛めるのはどうかと思いますぞ?それに、南方とて一枚岩では無いのです。全員がテンペルホーフの様な選民主義では無いですし、現にフリッチュ殿とその仲間は私の知らぬ間に裏切っている様ですしな?」
ゆっくりと女悪魔に地面へ下ろされたフンボルトは、ファルケンホルスト同様にフリッパーを頭の後ろで組もうとしながら言った。
だが、フリッパーが届かないと判った彼は、ため息を混じりに天幕の中へと入った。流れる様に入ってきたフンボルトを全員が取り押さえようとしたが、ヨルクが笑って彼に着席を促した。
「なんと…まるで端から裏切るつもりだったような物言いですな?」
「あの国王気取りに本当に尻尾を振るのは、南方貴族の6割弱ですよ。確かに、奴は言う事も立派で財も有るし民の生活も良い。だが、民といっても階級付けされた民の生活を良い悪いなんて言えんでしょう?おまけに武力を盾に難癖付けて人の金を巻き上げる。人の弱みを楯に汚い仕事をさせる。だがらこそ、故あれば寝返るのです」
女悪魔に抱えられて着席したフンボルトがヨルクの言葉に回答すると、ヨルクの後ろ側へ立ったローレが疑念に眉を上げた。
「寝返る?その言い方は不自然では?それでは…」
「降伏すれば…多くの兵は裁判にかけられるのでしょう?皇帝への反逆なのですから…良くて刑務所に何百年、悪くて死刑。だからこその"寝返る"です。私達は貴殿方帝国軍に寝返りたく話し合いに来たのですよ」
ローレの質問の内容を察したファルケンホルストが答えると、椅子の上のフンボルトがフリッパーを組んで何度も頷いた。
「貴族の矜持として、部下や民に無意味な流血をさせられない。敗残兵達は納得いかない者が居た様ですが、突撃して死んだみたいですし?それに…わざわざ負け戦をして死ぬ気は無いですよ」
組んでいたフリッパーを離しながら言ったフンボルトは、テーブルの上に両手を放った。
「こちらとしての要求は、私と彼女の兵達の命の保証と傷病兵達の治療。まぁ、私達には紅茶と処刑の前に遺書を書く時間…かな?」
軽い口調で言ったフンボルトの言葉に、全員が驚きながらファルケンホルストを見た。彼女も無言で頷くと、組んだ両手を離すと頭を下げた。
「私の命はこの際ですから構いません。ただ…家族の名誉は守って頂きたい。それ以上には何も有りません」
「あっ!私も!私もそれを付け足そう!」
ファルケンホルストの言葉にフンボルトが反応しながらヨルクに視線を向けた。腕を組んだまま固まるヨルクに全員が視線を向けたが、彼は微動だにしなかった。
「そうか…なら、今ここで…」
「総統の命令だ。投降に条件を付ける者がいたら、最大限受け入れろとの事だ。それくらいなら飲むさ。シンデルマイサーの要求よりましだしな」
「ヨルク殿!あの商人紛いは生きているのか?」
「そうですよフリッチュ。あやつは難題を何個も要求してきて…」
覚悟を決めたフンボルトの発言を遮り、ヨルクは彼等の要求をあっさり受け入れるとフリッチュと無線機で話し始めた。
「えっ、それだけ?」
「それだけも何も、殺さなくて良いなら御の字だ。そういう事ですよ。フンボルト卿、紅茶は無いがコーヒーなら有りますぜ」
驚くファルケンホルストにベンヤミンが答えると、フンボルトに無造作にコーヒーを差し出した。
「話が済んだのなら、捕虜…いや、合流した兵員をハイルガルトに輸送したまえよ。こちらは準備が出来てるぞ」
そういったフリッチュに、ヨルクが立ち上がって場を閉めようとした。
だが、彼の視界の済みに通信兵が立っており、敬礼すると彼に近づき耳打ちした。
「帝都より緊急伝です。ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルらが東部から退却。東部は共和勢力に制圧されたようです」