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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第二幕-9

 7月4日に発動された"夏の目覚め作戦"は、ヨルクとローレが主として率いるルーデンドルフ橋を経由して南方に直接侵攻するB(べー)集団と、先にライン川を西方に越えて西側から奇襲を掛けるA(アー)集団に別れていた。

 ガルツ帝国国防陸軍第1機甲師団のカールハイツ大佐率いる第1戦車大隊は、A集団の一員として南方に対する奇襲攻撃のために帝国西方を経由して移動する事となった。

 国防軍の宣伝を兼ねた行軍は、西方地域の市民に異常な程の急成長をした帝国の技術力と南方を軽く凌駕する軍事力を見せ付けた。既に西方で小規模作戦が行われた事で一部は軍や技術者が送られている事は彼等も知っていた。


「何か…懐かしいね。こういう街並みとか…もうグライフリーンなんて電線だ何だでごちゃごちゃしてるのに」


「言うほどですか?電線も殆ど地下への埋め込み式なのに?そもそも、大佐や俺達訓練ばかりで、最近の街なんて知らんでしょ?」


 カールハイツ達は戦車という帝国近代技術の塊に乗りながら、街の人々の羨望を感じつつ宣伝を行った。そんな彼等は7月9日にようやくついでの任務を完了させ、西側からハイルガルトへの南下を開始した。


「へ~。カールハイツ大佐、お嬢様が3日前に初陣を飾ったみたいですよ」


「本当に!無事なの?戦線はどうなったの?」


「何か…1500人で1万近くを捕虜にして、ヨルク閣下と共にウルフガルムへ向かってます。捕虜のシンデルマイサーが"ウルフガルムはもぬけの殻だ"とか言ってるという報告が来ました」


「あの似非商人…運が良いというか、何というか…」


 そんな前進をする彼等に、7月10日に作戦の進行状態の報告がA集団に無線で伝えられた。


「報告ではB集団がここで、ウルフガルムがここ。さっき通過した村がここなので、第1戦車大隊…つまり我々がここにいます」


「B集団の侵攻が予想より速いな…いやっ、私達が遅れてるのか…他の部隊の状態は?」


「第2歩兵大隊と第5、第6歩兵大隊が左右の斜め後方に。ここと、ここ。それにここです。ブルーノ准将達の砲兵大隊はさらに後方。ここです」


 通信手がカールハイツにそれぞれの部隊の場所を地図上で指差し、鉛筆で薄く丸を書いた。それを確認しつつ全部隊に進行速度を上げる指示を出そうとした時、キューポラから身を出していたカールハイツは脛を砲手に叩かれた。


「車長!前方11時、5km先に群衆!旗を掲げてるから賊軍だ!」


 キューポラの中で脛の痛みに耐えながら、カールハイツは砲手の報告してきた方向を双眼鏡で見た。


「嘘だろ…フリッチュ公爵旗があるぞ…他にも2つも貴族旗がある!」


「何だよあれ!一体何人兵が居るのか判んないぞ!20万なんて軽く越えてる!」


 通信手と装填手が双眼鏡を覗いたまま固まるカールハイツに違和感を感じ、車体や砲塔のハッチから身を乗り出して外を見た。そこには砲手の言った様に敵軍が旗を掲げて進軍していた。

 だが、何より問題なのはその数であった。優に20万を越える軍勢は統率の取れた一定の速度で前進しており、地形上少し高いなだらかな丘にいた第1戦車大隊はその全貌を見ただけで圧倒された。

 いくら120両近くいる戦車でもこの数の暴力には対抗出来ないと悟った操縦手は、タコホーンのスイッチを喉に違和感を覚えるまで強く押した。


「車長、右に切って180度旋回すればまだ逃げられますよ!」


「砲塔6時!いくら戦車でも20万なんて相手に出来るか!レオナルト、白リン弾装填!」


「バカ!人間相手にんな物撃つな!」


 緊急事態に混乱する大隊指揮車の中で、無線手が榴弾を抱える装填手を避けながら慌てて砲塔に登って来た。


「車長、各部隊から緊急通報!賊軍と会敵したとの事ですが…」


「会敵してどうしたの?まさか、交戦始まってるの?」


 慌てる割には言い淀む通信手に、カールハイツは頬に冷や汗を滴らせながら尋ねた。通信手はその問い掛けの返答に一瞬困ると、 意を決して答えた。


「敵軍は…全て白旗を掲げています…」


 その言葉は車内に思考が止まる程の沈黙を与え、その空白が全員に冷静にさせた。


「たっ、戦っても無いのに白旗って…しかも敵が?」


「そうだよな…そんな事ある訳…」


 通信手が装填手の言葉に納得しかけた時、キューポラのカールハイツが装填手の肩を足で軽く小突いた。


「そうでもないみたい。敵軍集団に…確かに白旗がある」


 耳に響く白旗という言葉に、全員がハッチを開けて車外から集団を確認した。


「本当だよ…白旗だ…」


「冗談キツいぞ。罠だろ、罠!」


「でも…必要のない軍の分散をしてまで白旗掲げる意味って?」


「物量攻撃で十分だし、奇襲な訳無いよな」


 車長を除いた全員が目の前の白旗を掲げる軍団に意見を述べた。全員が答えの出ない意見を言う中、双眼鏡を覗くカールハイツはキューポラの縁を掴んで遠心力をつけると、操縦手の背中を小突いた。


「ヨハン、前進してくれ!どうも敵さんは、こちらと話をしたいみたいなんだ」


 彼の言葉に操縦手はアクセルを踏んで戦車を前進させた。その揺れの中で全員が改めて敵軍団を見ると、貴族旗と白旗を掲げながら前進する1団があった。


「第1戦車大隊各車へ、こちら大隊指揮車。全車、180度旋回して砲塔6時。私が退却命令を出したら…迷わず逃げてブルーノ准将と合流しろ…通信終わり」


 カールハイツの命令に指揮車の全員が息を飲むと、真剣な表情を浮かべながら配置に戻った。


「大佐…敵がいきなり白旗捨てて突撃とかありませんかね?」


「解らない…けど、やれるだけやらないと軍人としてどうなのって話だよ」


「それで、3号戦車たった1両で兵力20万の貴族さんと交渉ですか?」


「割には合わないけどね…まぁ、私達プロフェッショナル(プロフェシオネル)ですから」


 カールハイツの強調したプロという言葉に車内の乗員達が機敏に動く中、大隊指揮車は敵軍の一団へと近づいた。

その一団は一人の要人を警護するための騎士が殆どを占める5000人程の交渉団であり、戦車と100m程の距離まで近付くと双方の動きが止まった。

 そんな南方の貴族軍の1団から現れた人物に、カールハイツはキューポラの覗き穴から覗く目を丸くすると慌ててハッチを開けた。


「おー、やはりか…西はとっくの昔に帝国と併合していたか。ここまで来た甲斐が有ったな」


「フリッチュ卿!これだけの大軍を率いたる貴方が何故白旗を掲げるのです?投降を促す勧告の為か?だとするのなら、我々を甘く見ないでいただきたい。例え侯爵が直接勧告に来ても、国防陸軍には降伏と投降は無い!」


 毅然とした表情を浮かべながら、カールハイツは集団から出てきたフリッチュに対して突き放す様に言い切った。その発言は帝国騎士改めて陸軍軍人としての誇りを込めた1言だった。

 車長の啖呵を切った言葉の"フリッチュ"という部分に驚いた乗員全員は、ハッチを開けてカマキリの外見をした老人に疑いの視線を向けた。


「あれがフリッチュ侯爵?もっとゴツい大男だと思ってた」


「何だよ爺さんじゃないか」


「えっ!隣のヒト族みたいな男じゃないの?」


「カールハイツ大佐!本当にあのお爺さんがフリッチュ卿なんですか?」


 全員がフリッチュに対して失礼な発言を小声で言い合うと、カールハイツは背中に嫌な汗をかいた。急いで止めようとする彼に、フリッチュは片手を上げて止めると独特な引き笑いを始めた。


「フリッチュさん、随分な事言われてますぜ?まぁ、確かにぱっと見たらその通りなんでしょうがね」


「構わんよ。わしの領地の領民だって、殆どわしの名前しか知らんだろうしな。彼等の言う通り、わしよりクニース君の方が迫力があるよ」


 内心焦るカールハイツと対照的に、目の前のフリッチュ達はそんな穏やかに談笑さえ行っている状態であった。その後の集団は降伏勧告をしに来た集団どころか、侯爵のいる軍の1団とも思えない明るさがあった。

 目の前の集団にカールハイツが疑念の視線を送り続けると、フリッチュはそんな彼の視線を溜め息混じりに受け流した。それは、大人が子供の自慢話へ適当に相槌を打つようであり、彼はフリッチュの態度で逆に困ってしまった。


「お前さん…わしが本気で投降を促す様に見えるのか?そうじゃ無いだろ?でなければ、全軍が白旗を振る訳あるまい。交渉するわし等だけで良いはずだ」


 諭すように言うフリッチュや彼の言葉に同意するように頷く周りの護衛達に、カールハイツはさらに状況が解らなくなった。彼としては、フリッチュ達が自分達に尊大な態度で一方的な降伏勧告後に退却しながら交戦をするつもりだった。

 だが、目の前のフリッチュやその護衛のヒト族の様なリザードマン達は、一向に武器を構えず本気で戦う気が無いのかと思えた。


「でっ、ですが…フリッチュ卿、そもそも貴方の軍勢が何を交渉すると言うのです?端から圧倒できる戦力差でしょう?」


「交渉…と言うよりは頼み事かな?対価として、わし等は帝国軍…いや、国防軍か?それの傘下に入る。諸君等の総統に従い、南方の王国…いや、賊軍討伐に参加しよう」


 突然フリッチュが言った言葉にカールハイツは驚愕した。圧倒的戦力を持って自分達と対峙する敵の大将が、自分の主を討つから頼みを聞いてくれと言うのだ。元騎士である彼からすれば理解に苦しむ発言であり、協力他の乗員達も目の前の老人達の発言に絶句していた。


「卿は…自分が何を言ったか解っておられるのですか?卿は今、自分の主を討つと言ったので…」


「あの小僧が主だと!冗談も大概にせい!わし等の主は後にも先にもただ1人…英雄リイトホーフェンだけだ!」


 カールハイツか問いただそうとすると、話の内容にフリッチュはさけんだ。その声は大きく響き、1団から後ろに控える軍団にまで届いた。すると、全軍の兵士達が剣や槍、弓を捧げ始めた。


「リイトホーフェンの為に!」


 軍団から響く歓声に、カールハイツは驚き絶句しながら後ろに控える部下の戦車隊を見た。そこには、自分達同様に驚愕する車長達やハッチを開けて呆気に取られる乗員達の姿が見えた。


「確か…クラウゼヴィッツの騎士レトガー…いや、違うな。帝国軍のカールハイツ大佐。わし等はな、確かに南方貴族だ。だが、南方に居るから全員があの髭の小僧の味方だとは想わんで欲しい」


 そう言うと、フリッチュは杖を突きながらゆっくりとカールハイツ達の戦車へと近付いて来た。


「わし等は確かに奴等の味方に付いた。だが、それはわし等が真に立ち上がるべき時では無かったから…帝国を護るためだったからだ。だから、偽りの平和といえど平和。それを守る為に…初代フリッチュやその同士達がリイトホーフェンから託された遺言を全うする為に行動したのだ。"再び私の名を名乗る者が現れた時、その者の味方となって戦ってくれ"…それが、わし等の先祖を救いわし等を生かしてくれた英雄の頼みだ。その英雄が再びこの国に現れた!なら、わし等が立ち上がり、今度こそ英雄と共に戦わなければならない!そのために、わし等はここにいる」


 戦車の前まで歩きながら語るフリッチュは、キューポラから見詰めるカールハイツを見上げると深く頭を下げた。


「わし等の頼みはただ1つ。リイトホーフェン殿に会わせて欲しい。議会では顔こそ見れどテンペルホーフのせいで声を掛ける事すら出来なかった。かの御方とは別人なのは知っているが…君達にこれ程の力を与えた以上、英雄に変わり無い!再臨された英雄に!この国を創りし方の生まれ変わりに会わせて欲しい。それが…わし等の頼みだ」


 余りに唐突な事態の急変に、カールハイツは頭をキューポラに肘を突いて頭を抱えた。彼は騎士から陸軍士官とななるに当たって、軍人意識や覚悟を固めたつもりだった。

 だが、目の前の事態はその軍人意識や覚悟を軽く超越するものであり、彼はどうすれば良いのか解らなくなった。それでも状況は進む一方で、フリッチュどころか護衛の者達さえも頭を下げだしていた。


「カールハイツ大佐…他の隊からも、その…同様の条件で交渉をされてると…状況判断と命令を求むと…」


 通信手が他の部隊の状況と命令を求めた時、カールハイツはB集団のヨルクに判断を求めようとした。

 だが、それと同時に彼は1つの考えを思い付いた。


「解りました。とは言え、私も所詮は大隊指揮官でしかありません。自分が総統に直接お願いする事は出来ませんし、将兵方に許可を求めても拒否されればどうにもなりません」


「なっ!なら、無理だと…」


「ですが、私達にはハイルガルト攻略の命令があり、各部隊には戦闘報告書を書く義務があります。もし…そこにフリッチュ卿等の賊軍から合流した帝国派がハイルガルト陥落に協力したと書かれていれば何とかなるかと…」


 カールハイツの提案にフリッチュ達の空気が明るくなると、彼等はカールハイツを改めて見詰めた。


「その言葉に偽りは無いな!」


「偽りも何も…戦闘報告書への偽装報告は国家反逆罪です。それに、あくまでも可能性の話で…」


「それだけ解れば十分だ!わし等の軍団の新たな目標が決まったぞ!」


 カールハイツの提案に喜んだフリッチュは、彼が説明を続けようとするのを軽く流して軍団によびかけた。


「敵はハイルガルトにあり!」


 最終的には軍団へとクニースが号令をだし、目の前に迫っていた軍団が味方となって雄叫びを上げ始めた。


「何とか…なったのか?」


「車長…一体どうやって報告するんですか?」


 どっと疲れが込み上げてきたカールハイツに通信手が尋ねると、彼は車長席に倒れる様に座り込んだ。


「とにかく…ブルーノ准将にこの事を報告。他の部隊には"フリッチュ卿と交渉して結論が出たから連絡を取り合ってハイルガルトへ向かうよう連絡しろ"って伝える様に指示しておいてくれ」


 カールハイツはその場の勢いに任せた自分を後悔しつつ、もしハイルガルトを予定より早く陥落させた場合の内戦を考えた。


「取り敢えず…総統への報告内容を考えないと…」


 砲手に励まされる様に肩を叩かれると、彼は姿勢を正した。

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