第二幕-6
「まさか…ウルフガルムに無血入場出来るなんて…」
「人の居ない都市に進軍するのを無血入場って言うのかね」
シンデルマイサー軍と戦闘を行い戦果と捕虜を取ったアンネリーエ達第1歩兵大隊と第3歩兵大隊は、後続の補給部隊に身柄を引き渡し前進を再開、ウルフガルムに入場した。
その入場前に、彼女達はシンデルマイサーや指揮官達に対して取り調べを行った。その内容は、南方のザクセン率いる王国軍の現状と敵陣配置であった。黙秘されると思っていた彼女達だったが、彼等は戦後の裁判免除と一部財産没収免除、生き残っている兵員の帝国軍への所属とシンデルマイサー商会を軍の関係商社にするという多くの条件と共に取引を申し込んできた。
現場判断で収容所送りを決定しようとしたアンネリーエだったが、総統命令により取引に応じる事となった。
「国王気取りのもっさり髭馬鹿男は、ザクセン=アンラウに狂った思想に賛同する馬鹿貴族を集めてます。私らが出立した時に入れ違いでしたから…今頃ハイルガルトに主力が向かってる筈です。シュモラー卿にフンボルト卿、フリッチュ卿も居ます。合計戦力で50万は居るかと…」
その証言を受けて、帝国軍の南方侵攻B集団は領主であるザイトリッツ=クルツバッハや市民の居ないウルフガルムを急いで制圧した。
「B集団が集まっても、目の前の50万にその後ろの何百万の兵との戦いが待ってるなんて…ね」
「今は目の前のシュモラー卿の10万だろ…2万5千に損害無しで勝ったと思ったら次はその4倍。こっちの兵力の何倍だ?」
「はぁ…ここの兵力の5倍だよ…」
第1機甲師団と第2機甲師団が制圧し、補給部隊や工兵部隊の車両が慌ただしく駆け抜けて行く街道をアンネリーエとリーンハルトは各師団本部が置かれる公爵城へと向かっていた。
「おぉ!アンネリーエお嬢様にお坊ちゃん、無事だったか!」
帝都と異なり賽の目のような小道の多い大通りの角から、アンネリーエ達に声が掛けられた。その場で声は彼等の良く知っている声であり、アンネリーエは肩を落とし、リーンハルトは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ベンヤミン…お嬢様じゃなくて大尉です。ただの貴族のお嬢様と一緒にしないで欲しい!」
「ベンヤミンさん…いつも思うんですけど、"お坊ちゃん"って呼び方、馬鹿にしてますよね?」
小道から現れたのは第2戦車大隊長のベンヤミンであり、ラフに陸軍敬礼する彼は普段着ている国防陸軍の戦車兵用のタンクジャケットではない士官制服だった。
そんな彼はアンネリーエの言葉を受けて、斜めに被っていた帽子を正しながら制服を正した。
「なら…アンネリーエ大尉。自分はベンヤミン・ソルヴェーグ中佐です。呼び捨ては不敬なのでは?リーンハルト少尉も、副官なら上官の暴走を止め過度な悲観主義は止めるべきだ」
ベンヤミンの堀の深い強面が厳しい表情を浮かべ、気軽さの有った口調は重々しい陸軍士官のものとなった。彼の軍人としての態度に、まだまだ若いアンネリーエ等2人は叱られた子供の様に背筋を正して敬礼すると、頭を下げて謝罪した。
「申し訳ありません…ベンヤミン中佐」
「大尉と私の無礼を御許しください」
そんな畏まった態度をするアンネリーエやリーンハルトに、ベンヤミンは違和感を感じだ。騎士だった自分が使えていた主の娘やその婚約者に頭を下げられる事が違和感の正体と気付くと、彼は肩を竦めて2人の頭をヘルメットごと撫でた。
「だぁ~!止め止め!戦場じゃないんだ。気にすんな冗談だお坊ちゃん。お嬢様」
笑みを浮かべるベンヤミンに、頭を下げていた2人も笑いかけると大通りを城に向けて歩き出した。
「そういや聞いたぞ。お嬢様の部隊がシンデルマイサーをとっちめたって」
「もうその話聞いたの?耳が早いのね…第3歩兵大隊や第3戦車小隊、砲兵隊の協力のお陰」
「本当はもっと相手被害を抑えるつもりでしたしね」
「私にも…戦車があれば…」
ベンヤミンの問いかけに答える2人の話を聞いた彼は、アンネリーエの最後の言葉に片眉を上げた。
「お嬢様は…戦車に乗りたいので?」
「当たり前でしょ!帝国陸軍が誇る最大で最高の兵器だもの!」
熱く憧れを語る彼女の言葉を静かに聞いていたベンヤミンは、言い終わった彼女の暗い表情に気付いた。
「本当に、それだけですか?」
問いかけるベンヤミンの言葉が真剣なものとなり、アンネリーエは彼から顔を背けた。
「昔、父上はヒト族と戦いデルン撤退の立役者になった。母上はその父上を支えたいた。貴方達三騎士は…戦後はどうあれ、戦中は民や国の為に戦った。でも…私は…ただ逃げただけ。怯えていただけ…」
「でも、君は軍にヒト族の北方からの奇襲を知らせたじゃないか」
暗い顔で語る彼女に、黙っていたリーンハルトが励ますように言った。
「でもそれだけ!知らせただけ…あの時の帝国軍には私より若い子供も居た。そんな子供に戦わせて、私は後方に居た…だから…!」
一際大きな声で主張しようとした彼女だったが、ベンヤミンが再びヘルメットごと頭を撫でた。
「全く…見た目だけ年食って…俺からすれば、お嬢様だって子供だよ!ガキはそんなあれこれ考えなくて良いんだよ!何も考えずに生きれるのなんて、本当なら今のうちだけなんだぞ!そもそも、こんな同族殺しや内戦だ戦争なんて俺達おっさんがやってりゃいいんだからな…」
「でも…でも!」
励ますベンヤミンの話を聞いても主張を曲げようとしない彼女に、彼は暗い顔をすると声のトーンを落として語った。
「それにな、戦車に乗るのは止めた方が良い。あれはな…」
遠い目をしながら語ろうとした彼は、途中で止まると数日前の記憶に意識を飛ばしていた。
「あれは?」
話が途中で止まったベンヤミンに、リーンハルトが不思議そうな表情で尋ねた。
「あれは…良くない。鋼鉄の装甲に護られ、確実に相手を抹殺出来る砲塔。それに、馬より遥かに速い足だ…」
「むしろ素晴らしいじゃない!私も…戦車に乗れれば、もっと…」
ベンヤミンを遮って話そうとしたアンネリーエをリーンハルトが押さえた。ベンヤミンは彼に礼をすると、帽子のつばで表情を隠した。
「だからだ!あれに乗ると、5人いても加減が難しい。俺だって、500人吹っ飛ばした時には戦果を上げる事が頭を過った…」
「ベンヤミン…まさか、貴方が?」
「同族殺してんのにそう思える程の力だ。血気盛んな子供が乗っても、功を焦るか戦果で調子に乗るかで暴走する。なまじっか扱い易いからな…」
ベンヤミンが話終わり、3人は少しの間大通りを黙って歩いていた。何回かアンネリーエが話し掛けようとしたが、暗い表情をしているベンヤミンを前に口を開くだけで言葉が出なかった。
どうして良いか迷う彼女とそんな彼女を励ますリーンハルトに気付いたベンヤミンは、数回咳払いをすると暗い表情を誤魔化す様に帽子を取って人差し指で回し始めた。
「まぁ…あれだ!お嬢様はもっと戦場のおぞましさを学ぶんだな。きちんと自分や周りを制御出来た時は、大将に推薦してやるよ」
会話をしていると3人はいつの間にか城へ着いていた。
そんな城は侵攻部隊の本部である為、通信兵達や先の戦闘によって大量に運び込まれた戦死者達を埋葬する従軍司祭達が忙しそうに軍務に就いていた。
途中まで同行していたリーンハルトは戦闘で使った弾薬等の報告書を提出するために別れた。2人が階段を上がり城の上層階まで登ると、物々しい警備が敷かれていた。
警備に敬礼をしつつ身分証を見せると、2人はさらに奥の部屋へと通された。
「ベンヤミン中佐、アンネリーエ大尉、入室許可を求めます!」
仮説司令室となった城の1室の前で、ベンヤミンはノックをすると入室許可を求めた。
「構いませんよ。どうぞ入室してください」
司令室から響く声にベンヤミンは驚きの表情を浮かべたが、それを軽い溜め息1つで入室するアンネリーエへ続いた。
「久しいな!娘…いや、アンネリーエ大尉!そしてベンヤミン中佐!」
「どうも、アンネリーエさん。ベンヤミンさんも、お久し振りです」
「大将ならまだしも…ローレ中将までこんな最前線に来るなんて…」
数人の参謀達と地図を広げながら今後の戦術と作戦のすり合わせをするヨルクとローレの姿に、ベンヤミンは頭を抱えた。
そんな彼を無視しながら、アンネリーエは真っ直ぐに地図を広げられたテーブルに向かった。
「やはり、賊軍の本気は予想以上ですね…」
「であろう。この駒1つ当たり兵員は最低5万だぞ」
「偵察部隊の報告書では、今ウルフガルムに1番近いのはシュモラー卿の10万です。他にも軍が居ますが、かなり分散して進軍しています」
地図を見ながら驚くアンネリーエと、娘に対して手を腰に当て自慢げに語るヨルクを無視しながら、ローレの参謀であるサンマ魚人の男が書類を見ながら説明した。
地図の上のそれぞれの駒の位置を離して修正すると、ウルフガルムの駒を数個取ると別な物に取り換えた。
「エッケハルト少佐…この駒…いえっ、この旗は?」
「あぁ、これですか。第4歩兵大隊の連中が描いたらしいんですがね。なかなか上手かったので他の隊も採用してますよ。第2機甲師団じゃ、識別票で戦車に描くとか」
取り換えた駒には旗が刺してあり、その旗は帝国旗を勇ましく掲げる軍服姿のローレが描かれてあった。
「はっ、恥ずかしい…何でこんな物を…」
そんな師団旗に頭を抱えたローレが崩れ落ちると、全員が一瞬彼女を見たが直ぐに仕事に戻った。
「まぁ…これだけ余裕が有るように、既に対策や戦術はある。総統の許可もある。こちらに向かうA集団のカールハイツからは…面白い報告が来たしな…」
変に濁した言い方をするヨルクは、首を傾げるアンネリーエとベンヤミンの前で肩をすくめると数枚の書類の束を渡した。
「なぁに…この内戦、予想より早く終わりが見えるかもな…何て」
自分の父親の訳の解らない言葉に、アンネリーエはベンヤミンと顔を見合わせると書類の内容を確認した。