第二幕-4
「えぇいっ、何で父上は私に戦車隊を指揮させてくれないんだ…」
「適材適所だよ、クラウ…アンネリーエ。君は乗り物酔いが凄いだろ?車内でみっともない姿は見せたくないでしょ?」
「第1機甲師団長の娘が…ヨルクの娘が戦車に乗れないなんて…格好がつかないでしょ!」
ウルフガルムの林道を進む野戦服を着た女が、隣を歩く悪魔の男に言った。
アンネリーエと呼ばれた薄い褐色肌の彼女は、国防陸軍の野戦服に大尉の階級を付けていた。普通の女性より遥かに美人であり一回り手足が細いのか、服に着られているような見た目ではあった。
だが、その細身な体に似合わず武骨な機関銃を軽々と持ち、不貞腐れるように近くの小石を蹴って歩いた。男の方は顔こそ美形ではあったが、数ヵ所のサンマ傷があった。そんなサンマ傷を隠すように髭を伸ばす背の高い男だった。
「そもそもだよ、お義父さん…いやっ、ヨルク大将は君に戦場へ出て欲しく無かったんだよ?それを無理言って俺まで付けて…」
「リーンハルト…私は女だからとか貴族の娘だからって、銃後で何もしないのは嫌なの!そんなんじゃ、亡き母上から譲られたこの名前が泣くよ」
暗い顔で俯くアンネリーエに、リーンハルトと呼ばれた男はため息混じりに空を仰いだ。鬱蒼とした林道には余り光が入って来ないため、変に陰鬱な空気を演出していた。
「銃後…ねぇ…女ってのは、男と違うんだ。男は戦ったり守ったり、それこそ殺す事しか出来ない。でもな、女ってのは命を産み出すことが出来る。守る為に戦うという手段以外で命と関われる。だから尊いし、男が命懸けで護らなきゃいけないんだ」
「それって女性蔑視?子供を産まないって選択もあるでしょ?」
「そうじゃないよ。男は逆立ちしたって子供は産めない。子供が産めるって事は本能に愛があるって事さ。つまり、平和な世界には男より女が必要って事!平和な世界にこそ愛が必要だ!だから…手を血で染めるのは男だけで十分だ…血染めの愛なんて虚し過ぎる…だからお義父さんは君にお義母さんの…」
「はいはい、解りました! 本当に類は友を呼ぶね…父上にも似たようなお説教を10時間くらいぶっ続けで言われた…」
序盤明るかったリーンハルトが口調を落とし説教めいてきた事で、彼の意見が長くなりそうだと感じたアンネリーエは早々に話を切り上げた。
そんな彼女のヘルメットごと頭を掴んだ彼は、彼女のその下の金髪で短い癖毛を滅茶苦茶にするように撫でた。
「やっ!止めっ、止めろ!」
「話を切った仕返しだ!」
2人が仲良くじゃれ合う姿に、周りの若い兵は羨望を向け中年兵は温かく見守る視線を向けていた。
だが、そんな温かくも冷めきった空気は先方を進む兵達が顔の横で拳を握る停止の合図をした事で消え去った。
「中隊、その場に伏せ!」
過剰に響かないようアンネリーエが中隊250人に号令を出すと、訓練通りの手順で全員が素早くその場に伏せた。
「第3戦車小隊の報告に有ったシンデルマイサーの兵か…まさかウルフガルムから本当に出てくるとは…」
「市街戦を避けられたのはいいが…まさか大隊長の居る真っ正面に来るとはな…」
「とにかく…予定通り包囲網を敷く。1500人ちょっとと戦車13両で約2万5千を包囲するとはね…昔なら、父上を馬鹿だと思って教会に駆け込むよ…」
先行しているベンヤミン率いる第2戦車大隊第3小隊は本隊と離れてウルフガルムの警戒に当たっていた。その小隊から敵主力が町を出たと報告が上がると、師団本部のヨルクから各大隊と協力して包囲網を敷く命令がやって来た。
「時代は変わったな…まぁ、俺達も学校だ、電気だ、ガスだ、水道だと色々慣れてきたよな」
「これが南なら未だに井戸から水汲んで、火は薪か?誇り無き貴族が横暴を聞かせるこの世の終わり…勘弁して欲しいね!」
「それを阻止する内戦だ。やれるだけやってみる」
雑嚢から地図とコンパスを取り出して現在地を確認すると、アンネリーエは水筒の水を一口飲もうとした。
水筒の口を開ける手が震えているのに気付いたリーンハルトは、そんな彼女のヘルメットを軽く叩いた。
「安心しろ。死ぬ時は一緒だし、抱き締めてやるから!」
「リーンハルト中尉、軽口はそこまでだ…全員、戦闘準備!6班は迫撃砲を準備しな!ライマー、無線機持ってこい!」
リーンハルトのキメ顔で放つ恥ずかしい言葉に、アンネリーエは彼を睨み付けるながら号令を出した。
「お嬢さ…大尉!この重機関銃ってのも使うので?人間相手には威力がありすぎです!」
「軍曹!何でそんな大物を持ってきたと思う!使うためだろ!早く給弾作業を始めろ!復唱!」
「さっ、作業開始します!」
アンネリーエがトロールの軍曹を一喝しながら中隊全員に指示を出すと、隊員それぞれが小銃や機関銃、サブマシンガンに給弾をさせ始めた。
遮蔽物を使い隠れながら、無線兵のライマー上等兵がハーフリンクの小柄な体に似合わない背負い式の無線機を持ってやって来た。
「第1歩兵大隊各隊へ、こちら大隊長アンネリーエだ。進撃中の敵部隊を確認。各隊、敵を視認できるか?送れ」
ライマーから渡された受話器に話しかけながら、アンネリーエは機関銃の給弾作業を始めた。
「大隊長へ、こちら第2中隊。敵軍を確認。攻撃準備よし。送れ」
「大隊長へ、こちら第3中隊。こちらも視認しました。予想より道が悪く現在作戦予定地点に移動中!到着まで後15分。送れ」
「各中隊、こちら第1中隊。攻撃命令と共に射撃開始しろ!送れ」
「第1中隊、こちら第2中隊。1330 通信手EJ了解。通信終わり」
「第1中隊、こちら第3中隊。1331 通信手BK了解。通信終わり」
移動中の第1歩兵大隊は東に1列横隊に何かしていた。第1中隊が正面に当たり、敵から東側斜め前と東側側面を取るため大隊を3つに分割していた。
1.5km毎に離れている各隊へ命令を送ると、彼女はリーンハルトに機関銃を任せて双眼鏡で前方を警戒した。
「第2機甲師団所属第3歩兵大隊、こちら第1機甲師団所属第1歩兵大隊長アンネリーエ大尉。ウルフガルムから侵攻するシンデルマイサー軍を確認。そちらの状況を確認したい。送れ」
「第1歩兵大隊長アンネリーエ大尉、こちら第2機甲師団長ローレ中将。こちらの歩兵大隊も敵を視認し展開完了。何時でも攻撃出来ます。送れ」
状況を協力する事になった第2機甲師団の第1歩兵大隊へ確認を取ろうとしたアンネリーエは、スピーカーからローレの声が響くと響くと背筋と口調を正した。
「ロっ!ローレ中将!何で…というか無線の通信距離に居るって事は最前線!将兵が何をしてるんです!貴女が居るべきなのは前線の後ろですよ、前じゃ無いです!…送れ」
帝国将兵の悪い癖として、指揮官が誰よりも前に出ようとする為、将兵達には過剰に前に出る事は禁止となっていた。
そんな規則を無視して、最前線で直接的指揮を取るローレの澄ました声にアンネリーエは驚きの声を上げた。
「あら?ヨルク将軍もそろそろ到着しますよ。"現場の解らない者に指揮はできない"って総統も言ってましたから。送れ」
指揮官戦死の危険性という座学を思い出しながら、彼女は正した背筋を脱力させた。
「わかりましたよ…第2機甲師団本部、こちら第1機甲師団第1歩兵大隊。1340 通信手AC了解しました。終わり」
「ペルファル親子ならいざ知らず…他の将軍まで前に出まくるとは…将軍戦死なんて事起きたらどうすんだよ…」
「退けないし、負けられない。この作戦がそれだけ重要って事!」
受話器から耳を離し息をつく彼女に給弾作業を終えたリーンハルトが話しかけた。彼の言葉で背中に嫌な汗をかいたアンネリーエは強めな口調で言った。
「大隊長、第3戦車小隊と第1砲兵大隊からです。第3戦車小隊は"敵の背後を取った。何時でも砲撃可能"と。第1砲兵大隊は"とろとろするな、歩兵共!早く大砲撃たせろ!"との事」
「連中早いな…歩兵のこっちが遅れて、自走砲だの戦車だのが予定より先に準備出来るなんて」
「機械化の波か…んっ!」
ヘッドフォンとタコホーンを使って通信していたライマーの報告を受けたリーンハルトが驚きの呟きを漏らすと、アンネリーエも呟いた。
そんな彼女が自分達より前の機関銃手が前を指差すのに気付いた。そこには有効射程に入り、包囲の中にゆったりとした足並みで入ってくる敵軍が見えた。
アンネリーエが双眼鏡を覗くと、遥か前方を警戒こそしているがいまいち緊張感の無い集団が見えた。
「包囲作戦参加中の各隊へ、こちら第1歩兵大隊長…」
機関銃手をリーンハルトに譲ると、アンネリーエは再び受話器を採って命令を語った。その声に第1歩兵中隊全員が耳を傾けながら、遥か先の集団に照準を定めた。
「攻勢作戦最初の戦闘だ…ヘマするんじゃないよ!攻撃…開始!」
その一言と共に、全員が引き金を引き、野砲のレバーを下ろした。
各地で轟音が響くと、林道が再び猛烈な勢いで噴火の如く爆発しながら黒煙と死を撒き始めた。