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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第4章:新世界は黄昏の国
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第一幕-6

「まさか…飛行機がこんな早くに完成して運用するなんて…」


「良い事じゃないの?」


「殿下…車の移動だったら、あと2日は発音練習出来ましたよ」


「それはっ!そうだけど…」


 デルン郊外に建設されていた空港の滑走路端で、カイムとアポロニアは広いその空間を眺めながら話していた。カイムは言いよどんだアポロニアに一瞬だけ満足そうな笑顔を見せると真顔で俯いた。

 彼から発音を習ったアポロニアは飲み込みが早かった。ほんの数日とはいえ、カイムが教えた標準語を彼女は少し喋れるようになっていた。

 そんなカイムの一瞬の笑顔を見逃さなかったアポロニアは、意地悪な笑みを浮かべて彼の顔を中腰で覗き込んだ。


「私も意外とやるでしょ?」


 そんな彼女の笑顔の自慢が目の前に広がると、カイムは滑走路へ顔ごと視線を反らした。


W(ウェー)じゃなくてW(ヴェー)…」


「何よ…夜はあんなに弱々しいのに…」


 照れ隠しで彼はアポロニアの発音指摘をした。すると、彼女は不満を感じたのか頬を膨らませながらカイムへ抗議を始めた。

 そんな2人が立つ滑走路は、舗装された縦が2480mに横が30mだった。だが、その空港には滑走路の他には簡素な格納庫と鐘楼の様な管制塔しかなかった。


「総統完全復活か?」


「我輩もこれで一安心だ…グライフ作戦大成功に西方の帝国併合が効いたんだろ。これで危機も去った」


 突っ掛かるアポロニアと軽くいなすカイムを格納庫から眺めるブルーノとヨルクは、楽しそうなアポロニアへ暖かい視線を送っていた。


「殿下の態度も効いたんであろう、ブルーノ?弱った男の落とし方だったか?」


「止めろ…あれは中々恥ずかしかった…何より殿下の為を思ったから耐えられたが…」


 ブルーノを茶化そうとしたヨルクだったが、彼の言葉に茶化された本人は言い返そうとして言葉を詰まらせた。そんな彼に同情するように肩を上げると、ヨルクは申し訳無さそうに帽子を取って頭を掻いた。


「殿下の危機が新たに1つ…か?」


 そんなヨルクとブルーノはアポロニアから視線を移した。その視線の先には、どす黒いオーラを放つ2人の女がいた。

 親衛隊に属する女性にとってカイムの存在は総統というだけでなく、強大すぎる異性だった。本来ならカイムは無数の女性からアプローチを受けてもおかしくなかった。

 それでも彼が独り身だったのは、ギラとヴァレンティーネという親衛隊最強の実力者達が直ぐ側で睨みを効かせて居たからだった。


「まぁ…ヴァレンティーネ少尉ならともかく、ギラ君は納得しないであろうな?」


「当たり前だ!ヨルク、お前は自分の心臓取られて笑えるか?ないだろ!そういう事だ…」


 空港に到着し車両から降りたギラとヴァレンティーネには多少余裕が有った。この頃、カイムが親衛隊本部より城にいる事で不安定になっていたギラも、ようやく現実を受け入れたとヨルクは理解した。

 だが、滑走路に近づきカイムと距離の近いアポロニアを見るなり表情が変わった。ヴァレンティーネと横並びで怒りに震える彼女をヨルクは、今にもアポロニアへ飛びかかりそうと思っていた。


「しかし…飛行機というのは1機だけなんだろう?こんなに広い格納庫が要るのか?」


 嫌な考えを頭を振って忘れようとするヨルクに、ブルーノが話題を変えるため後ろを振り返り言った。その動きに釣られ、彼もまた格納庫を見た。

 格納庫は横幅70mに縦幅11mという大きな格納庫であり、中には鍛冶ギルド上がりの中年整備士達が慌ただしく動き回っていた。その整備士達を指揮するのは親衛隊所属の技士達であり、見た目こそ親子程の差が有るが手際は圧倒的に彼等が速かった。


「確かにな…全幅9mなのだから、大き過ぎる」


「それは戦闘機の話ですよヨルク大将」


 そんなヨルクの独り言に、1人の空軍将校が声をかけた。

 グラマラスな体型にウェーブのかかった赤い髪の将校は、左手にファイルを広げながら掌を隠して肘を張る空軍敬礼した。


「しかしエーリカ…空軍少将。輸送機だとしても大きすぎるだろ?全幅34mぐらいな筈だ」


「准将、それは汎用輸送機の話です。完成したのは大型ですよ」


 エーリカはそう言うと、ブルーノにファイルを渡しつつ左目の泣きボクロを軽く掻いた。渡されたファイルを開くブルーノと、それを横から覗き込むヨルクはその内容に目を見開いた。


「キガント大型輸送機…だと…」


「我輩知ってるぞ。こいつは1番最後に製造する予定ではなかったか?」


 驚く2人から視線を反らしたエーリカは、軽く頬を掻くと格納庫の外をみた。


「訳は作った本人に聞くと良いですよ」


 彼女がそう言うと、ヨルクは格納庫の外が慌ただしくなっているのに気付いた。そんな彼に続き、ブルーノが騒ぎに気付いて滑走路のカイムの元へと走り出した。


「総統!この騒ぎは…」


「ブルーノ准将。将兵達が着いたんだよ」


 カイムの答える中、格納庫に居た将兵3人や親衛隊の士官が滑走路に整列する中、全員の視線は滑走路に進入しようとする空中の機体に集まっていた。


「カイム…飛行機ってあんなに…大きいの?」


「そのうちもっと大きくなるが…こいつは想定外だよ…」


 茫然とするアポロニアの言葉にカイムはただ呟いた。

 驚きで静かになっている彼等の上空に、50m近い巨大な鉄の塊が400km近い速度で旋回する姿には、カイムにも驚きしかなかった。

 その輸送機は、嘗ての世界では低速の布張り輸送機とバカにされていた。しかし、エンジンの出力増加に燃料の変更、全金属への改造で、布張り低性能という虚しい姿は欠片もなかった。


「見事な機体です、総統。爆撃機としても使えるのでは?」


「あれは爆撃機にするにしては上昇性能がまだまだですよ」


 カイムにエーリカが耳打ちする中、輸送機は滑走路に着陸すると、短い距離で停止して機体正面と側面の扉を開けた。正面からは比較的大型な戦車が荷下ろしされ、側面からは帝国軍の制服を着た集団や背広の議員達が降りてきた。

 続々と降りてはカイムとアポロニアに挨拶をする将兵や議員達の中に、カイムの会いたかった人物2人はいなかった。

 乗り込んでいた議会参加者が全員降りると大型輸送機はゆっくりと動きだし格納庫へと移動を始めた。空軍の制服を着た兵員が誘導を始め、機体が格納庫へ入るとエンジンが止まった。

 カイムが機体を追いかけ操縦手が出てくるのを待っていると、彼はタラップを降りて来る2人の人物に久し振りに再会した。


「おおっ、坊主!久し振りじゃねぇか!」


「久しいな、総統君。元気そうで何より…だ」


「マっ、マヌエラさん!レナートゥスさんも、どうして飛行服を着てるんです!」


 手を振りながら挨拶をするマヌエラとレナートゥスへカイムは驚きの声をあげた。

 その驚きはカイムだけでなく、いつの間にか直ぐ側に立っていたギラやヴァレンティーネ、親衛隊隊員達も同様であった。


「空軍の操縦手は?」


「あぁ、あいつらな…あいつらは…」


「全員、複座単発爆撃機の操縦訓練で手一杯だしな。何より、こんな大型機を飛ばせるのは現状私達だけだろ」


 カイムの疑問に何となしに答える2人に、親衛隊は唖然とした。

 彼は格納庫まで付いてきた他の将兵や議員達にも視線を向けたが、全員が察してくれとでも言いたげな表情を浮かべて頭を下げた。その表情にはやむを得なかったという事情と申し訳無さが混ざっており、カイムはそれ以上何も言わなかった。


「別に奴等を引っ張って来ても良かったが、練度が低いと困るだろう?これから先は…な」


 マヌエラの含みのある発言に、その場の全員がカイムとアポロニアに視線を向けた。その視線に気付くと、2人は一瞬表現を暗くした。


「細かい説明は議会で行います。当日には西方の方々も合流しますので、帝国の現状もよく解るでしょう」


 表現を堅くする全員にアポロニアは穏やかな口調で説明しながら、格納庫前に停められたバスに乗るよう促した。

 その説明に全員が驚きの表現を浮かべながら、指示通りにバスへ向かった。


「見た、あの表現?やったわ!流石、私」


「浮かれるのは開戦宣言をしっかり出来てからだ…」


 笑顔でカイムに耳打ちしたアポロニアは、彼の言葉に真顔になると暗い顔で俯いた。


「やっぱり…戦うしかないの?」


「いくらこちらが平和を求めても、相手にその気が無いなら戦うしか無い…理想ばかり見るのはいいが、現実は苦過ぎて辛すぎる」


「解ってる…覚悟は決めた。国の為、民の為なら…貴方とこの手を血で染めましょう」


 自分の両手を見詰めていたアポロニアは決意の表現を浮かべてカイムと向き合った。カイムはその表現を受けて、ただゆっくりと頷いた。


「全ては…新しき時代の為に…」


 彼の呟きに親衛隊全員が頷くと、カイム達は格納庫を後にして街への帰途についた

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― 新着の感想 ―
[良い点] つい最近まで馬が主流の移動手段だったのに運用可能な飛行機作るとか、マヌエラとレナートゥスの技術力異常過ぎだろ… 超激務に加え精神的重圧に襲われるカイムより思う存分技術チートしてる2人の方が…
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