第一幕-4
「何故総統秘書の私に退室を促すのです!」
「聞き分けが無いのね。皇女…いえっ、皇帝命令!退室しなさい、ギラ・フィンケ!」
19日の昼前、親衛隊本部は突然の貴賓に市民には解らない程度の厳戒態勢となった。
数人のSPを連れながらやって来たアポロニアは、彼等を室外に待機させると迎えに来たギラに対して退室を促した。
「こっ、皇帝とは言えここは親衛隊の本部!そして私は親衛隊です。総統の側に…」
「今後の国政の重要な相談です。貴方は、帝国の興廃に余計な口を挟むと?」
カイムの執務室で、あくまで同席を要求するギラへと、それを拒否して退席を促すアポロニアの言い合いが数分間響いた。
アポロニアの入室まで、執務室にはカイムとギラ、アマデウスから副総統を任されたアロイスが、発動中のラインの守り作戦の現状や今後の議会での内容について相談していた。
その為、空気の様になり始めたカイムとアロイスは、お互いに目配せをすると口論する2人に対応しようとした。
「アロイス大尉、ギラ中尉、任務拝命致しました。それでは失礼します」
「アっ、アロイス!放しなさい、人を雑嚢みたいに担ぐな!」
アロイスが流れるようにギラを担ぐと、敬礼しながら執務室を去っていった。
扉の外に響くギラの喚き声が消えると、一連の行動に驚くアポロニアへカイムは尋ねた。
「それで…"皇帝陛下"。一体何をしにこの総統執務室へ?」
皇帝陛下を強調したカイムの言葉に、アポロニアは黙ったままソファに腰を掛けカイムと向き合った。
「それよ…カイム、あなたは私の事をどう思う?」
突然、目の前の皇帝から意味の解らぬ質問をされるとカイムは面食らった。
とは言え、実際に皇帝と成りつつあるアポロニアの疑問に、現在のカイムはぞんざいに扱える心境では無かった。
「次代皇帝でしょう?それ以外に…」
「そう言う事じゃ無くて!私自身のこと…」
彼の言葉を遮った彼女の言葉は、独特な鬼気迫る物だった。その視線や自分を見つめる表情に、彼は打ち首覚悟で本音を言い始めた。
「我が強い、向こう見ず、理想主義、妄想癖…」
次々に上げられる欠点に、アポロニアは内心怒りながらも黙って受け入れた。
「あっ、合ってるけど…そうじゃ無いのよ…」
そんな彼女の怒りと事実に納得する反応に、カイムはアポロニアが良い面を尋ねていると理解した。
「美人、何だかんだで優しい、前向き…」
「やっ、ちょっと!私が聞いてるのはそういうことじゃ…」
そんなの彼女の反応に更に意図が解らなくなったカイムだったが、少し前までアロイス達と話していた事で一つの違和感に気付いた。
「済まん、もう一度言ってくれないか?」
カイムの真面目な表情と言葉に、アポロニアは一瞬頬を赤くした。
「私が聞いてるのはそういう事じゃ」
顔を背けて言った彼女の反応より、カイムは言葉に首を傾げた。
「私?私だろ…」
言いかけたカイムは、彼女が何を求めていたのかを察すると手を打った。
「訛りか!ヨルク大将も似たような訛りしてたし、北方訛りか?」
やっと出て来たら言葉に、アポロニアは背けていた表情に笑顔を浮かべると、直ぐに消してカイムと向き合った。
「それだけなら良いのよ…私は皇女だから、東西南北様々な地域に居たのよ。だから…標準語どころか北方訛りさえ喋れないのよ!」
悲観的な表情を浮かべたアポロニアは、両手で顔を覆い頭を振った。
「通じてるし、そんなに気にする必要も無いと思うが…」
日本語を話せなくなったカイムの訛りについての理解は大幅に変化していた。その上で、彼女の言葉は彼にも十分理解できるものだった。
そんなカイムの励ましの言葉にも、アポロニアは涙目で不機嫌な表情を浮かべた。
「通じるだけじゃ駄目なの…帝国皇女じゃなくて、立派な帝国皇帝になりたいの!」
そう叫んだ彼女は、俯きながら膝の上の握り拳を震わせた。そんなアポロニアの姿に、カイムは何も言えなくなり沈黙した。
「議会でも…南方連中や東方連中に言われた…"この皇女もこの言葉では一生自室住まいだ!"って…」
議会の時に言われた野次を思い出し、沈黙を破りつつアポロニアは怒りに身を震わせた。それを前に、カイムは大きく息を吐きながらテーブルの上に放置されたコーヒーに手を付けた。
「訛りとは、一つの国や地域の文化を表す大切な財産だ。それを蔑ろにする事は、その文化に生きる人にとっての大きな侮辱だ」
先の会議で冷めきったコーヒーに眉をしかめると、カイムは静かに言った。変に圧の掛かった言葉にアポロニアが一瞬怖がると、カイムは空になったカップごと手を振った。
「済まん、そういうつもりで言った訳では無いんだ。ただな、格調高い言葉は国民にとっても財産だ。アマデウスに頼んでおくよ」
場の空気を変える様に言いながら、カイムは執務室の電話を取ろうとした。
「何を言ってるの?わざわざ人払いをしてあんたに言ったの…皇帝の問題を解決するのは総統の仕事でしょ?」
受話器を取ったカイムにアポロニアが言うと、執務室の空気が冷たくなった。
「どっ…どうしてだ?何で私が…」
「あんた、ちゃんと標準語喋れるでしょ?それに、帝国皇帝が標準語を習ってるなんて、知られる訳にはいかない」
「私は教えるの下手だぞ?それに…」
「そうね…教えて貰う代わりに、貴方の話を聞いてあげる。愚痴とか何だって良いわ」
何とか余計な仕事を回避しようと言い訳をするカイムに、アポロニアは不適な笑みを浮かべながら条件を言った。
その"愚痴"という部分を聞くと、カイムの脳裏に教育を依頼しようとしたアマデウスの顔がちらついた。精神衛生管理をすると言いながらアポロニアを絡ませたアマデウスに、カイムは勘違いをしながら彼の参謀としての評価を高くしながらも苦々しく思った。
「まぁ、そうね。皇帝に教育係が付くなら、総統にも悩み相談係が…」
「わかったよ、わかった!だが、演習授業の成績は良くなかったぞ…」
「演習?何それ?」
畳み掛けて来たアポロニアに、カイムは愚痴りながら承諾した。愚痴についての彼女の質問を完全に無視しながら、彼は不貞腐れる様に窓に立った。
「指導案とか…書くべきなのか…?」
嘗ての学生時代に過ごした過酷な数週間を思い出しつつ、彼は嘆いた。それでも、自分をしたり顔で見つめる彼女が知り合いであるという事に、彼は嘗て程の緊張感を感じなかった。




