第一幕-1
6月15日の帝国首都であるデルンには普段と変わらない日常が流れていた。内戦前の準戦時下でも、住民は急速に技術発展する帝国と、改善され行く生活を享受していた。
「帝都はこんなに平和なのに、数km先では戦いが起きようとしてるなんて…想像出来ませんね」
北方から拠点を移したテオバルト教教皇であるゲーテは、窓の外を見詰めながら呟いた。
「不快に思いますか、アーデルハイド教皇?この戦いの元凶を前にして…」
「カイム総統…確かに貴方はこの内戦を引き起こした元凶かもしれません。しかし、これはいずれ起きていたこと。ただ、今この時に起こったというだけ」
テーブルを挟んで問い掛けたカイムに、彼女はただ静かに答えた。その表情は、全てを許すと言うような穏やかさを表していた。
そんな彼女の表情に、カイムは視線を背けた。その動きは挙動不審にも見えたのか、2人はギラへ視線を向けた。その彼女は不安気な表情で彼を見詰めていた。
「むしろ、多少なりこの内戦へ後ろめたさを感じるなら…貴方はきっと善き英雄でしょう。不快には感じませんよ…」
「貴殿方テオバルト教を巻き込もうとしてもですか?」
不自然に乱れた空気の中で放たれた教皇の言葉に、カイムは膝の上で手を組み揺らした。
そんな彼は、隣に座るギラ目配せをして書類を出させた。その書類はファイルに挟まれていたが、表紙には帝国国防軍の書類である事が書かれていた。
「カイム総統…まさか私達にも内戦で戦えと言うのか?」
「ドレヴァンツ…失礼、今はマリウス・ゲーテ殿でしたね。出兵せよなんて言いませんよ」
教皇の隣に座る彼女の祖父であり枢機卿のマリウスはカイムへ気軽に尋ねたが、その返答は嫌に早口だった。
そんな彼の言葉を受けると、マリウスは孫に一瞬不安の視線を向けながらテーブルの上のファイルを開き書類を取り出した。
「従軍司祭…ですか?」
「戦場の臨終する人員の見取りに戦死者の埋葬、精神面を支援する非戦闘員…か」
書類を確認をする2人は内容を呟いた。カイムの態度からもっと大きな要請と考えた2人の表情は疑念に曇った。
「本来なら、こういった要請はもう少し先だと考えてまして…ですが…ルーデンドルフ橋で戦闘がありました。現状で戦死者の処理に参っているのですが…せめて死者は弔うべきだと思いますので…」
歯切れ悪く語るカイムの話に含まれる"戦闘"という言葉に、2人は一瞬驚いた。だが、直ぐに教皇は書類にサインをしてカイムへ返した。
「陸戦規定の交渉という物が有ったのでは?」
「交渉の為に向かったアマデウスが王国軍の歩兵師団に狙われました…逃げる彼等を追跡した結果、橋での戦闘に…」
「騙し討ちか…あの髭の小僧のやりそうな事だ」
教皇の問いへ変わらぬ口調で返事をしたカイムに、マリウスは苦い顔をしながら言った。
「こちらとしては、南方の賊軍とはライン川を国境線にして、当面睨み合いというのも考えていました」
「しかし、連中は常識外れにも外交官を攻撃し、突然の侵攻…政治中枢が滅茶苦茶な以上、自滅するのを待つのも手と考えてました」
ギラとカイムの話に、テオバルト教の2人はお互いの顔を見た。
「てっきり最初から戦うつもりだと…」
「そもそもラインの守り作戦というのを実行していたのではないのか?」
不思議そうに眺める2人に、カイムは黙って俯いたまま頭を掻いた。
「確かに、軍は動かしたよ…しかし、戦うだけが軍の役目じゃないんだよ…連中も、独立は勢いでしたようにも見えたし…軍を張り付けてれば、陸戦規定を作れば…国家として滅茶苦茶な連中は時間を置く。そう思ったんだ…」
「結果的にこの様な戦闘へと発展した訳です」
口調が変わり始めたカイムに、ギラが急いで付け足した。
明らかに態度がおかしいカイムに、教皇やマリウスは説明を求める視線をギラに向け、部屋に数秒の沈黙が流れるた。
そんな沈黙に耐えかねたマリウスがテーブルに両肘を突いて手を組んだ。
「それで…軍の総統は、南の賊国にどう対処するのか?」
「従軍司祭だけが要件ではないのですね?」
沈黙をやぶるマリウスと教皇の問いに、カイムは変に驚きながら組んでいた手を離し腕を組んだ。それを合図に、ギラが更に書類を取り出しテーブルに並べた。
「近く議会と軍の将兵に召集を掛けます。その時に今後の指針の発表と、皇女…いえ、次代皇帝から発表が有るでしょう」
「そこで、ワシらも後押しをしろと?」
並べられた書類の内容をギラが大まかに説明すると、マリウスは目を細めてカイムへ尋ねた。その質問に回答したくなかった彼は、マリウスの視線から逃れる様に視線を下げ書類を見詰めた。
「これ以上帝国を混乱させる訳にはいかないので、協力しますよ」
そんなカイムの態度に疑念を感じながらも、ギラの視線に何かを感じた教皇はその書類の内容に同意しながら彼女に返した。
「それでは…これで…」
普段なら雑談や無駄話を始める筈のカイムは、荷物をまとめそそくさと去ろうとした。
「総…カイムさん、何かありましたか?」
「おい小僧、大丈夫か?」
心配する教皇とマリウスに作り笑いを浮かべながら、カイムは深く礼をした。
「私にも解らないですよ…」
上げた顔にまだ作り笑いを着けたカイムは、部屋の扉へ去っていった。