第四幕-6
6月10日のルーデンドルフ橋は、夏が近づく暖かさに包まれていた。川の流れも穏やかであり、この場所が軍に封鎖されていなければ釣り等も出来そうな気候だった。
「来ないな…敵さんも、やっぱり勝ち目ない内戦なんて止めたのかもな」
「馬鹿言ってんじゃ無いよ…連中は産業革命前の旧時代人だよ。止める訳無いじゃん」
「俺達だって、入隊前まで同じだったけどな」
橋の防衛をしている隊員達がぼやきながら、配給された昼食を取っていた。橋は中央から土嚢の積まれた陣地が点在しており、機関銃が設置され4人程度が待機していた。
「だけどよ…城の防衛戦で連中も解ると思ったけどな。技術的差で勝てないってのに…」
土嚢の影で喋りながら食事を取る班員3人に、先に警戒をする1人が声を掛けた。彼の言葉通り、親衛隊全員は賊軍に人員的な差では劣る事を知っていた。それでも、彼は銃器等の威力を理解していた為に負ける気を感じていなかった。
何より、自分達貧民を救い誇りを与えたカイムの言葉を彼等は信じていた。
「だよな!"知性も誇りもない賊軍に、私の精鋭たる親衛隊が負ける訳が無い!何より、私の作戦に抜け目は無い!"って総統が言ってたしな」
双眼鏡を覗く彼の言葉に仲間が返事をすると、1人のグールがフォークに刺したソーセージを持って横にたった。
「ほれウーヴェ、交代!温かい内に食っとけよ」
班員の彼がが双眼鏡覗くオーガの肩を叩くと、顔を向けた彼の口にソーセージを押し込んだ。
「デニス、献立は?」
「グーラシュ。好物だろ?」
「任せた!そろそろ見える筈だから!」
ウーヴェはデニスの言葉を聞くと、直ぐに双眼鏡を渡し土嚢下に滑り込んだ。
「はいよ…全く、南の連中は何考えてんだか…」
そう言うと、彼は土嚢に身を隠しながら双眼鏡を覗いた。その視界には鉄橋の半分、そして入り口付近の鉄条網や平原が見えた。平原の迫撃砲の着弾穴に一瞬の恐怖を覚えながら、彼はその視線を更に奥の森林に向けた。
軽く左右を見回すデニスの視界に、林道からうっすらと煙を吹き走る馬車の様な巨大な鉄塊が見えた。
「来たぞ!交渉班だ!工兵!」
慌てて後ろの陣地に声を掛けた彼だが、既に待機していた工兵隊が駆けてくると、鉄条網を開ける作業を始めた。
「交渉班の連絡は本当だったんだな!敵さん外交官に奇襲とか、何やってんだ!」
「連中は常識が無いのか?」
デニスの掛け声に、食事を取っていた全員が慌てて銃を取り構えた。機関銃手のウーヴェは、口を糧食で汚しながらも機関銃の給弾を確認をした。
「おまっ、は~っ、焦るのは解るけどさ…」
デニスの視線や言葉に、ウーヴェは自分の口元をポケットのハンカチで拭った。
「仕方ないだろ!一気に食ったんだから」
彼がそう言いながら機関銃の射撃準備を取り終わる頃には、橋を装甲兵員輸送車が渡り始め工兵が鉄条網を閉じた。
「少尉殿!御旅行お疲れ様でした…」
橋の北側へ進む輸送車の機銃手のエリアスにデニスが声を掛けたが、疲れを見せる表情に言葉は尻窄みになった。
「すみません」
「気にするな!昼夜問わない警戒に疲れただけだ!」
進み行く輸送車の上で、エリアスが謝罪にサムズアップして返した。
「余裕だぞ!この大隊なら8万の兵とだってやりあえる!」
去り際の彼の言葉は、表情に反してやたらと明るかった。そのことで、彼等は流石の銃器でも2倍や3倍、それ以上と戦うのは苦戦するという事実を感じ取った。
「安心しろ!訓練通り戦えば、誰も死なない!俺達みたいにな!」
本当の実戦を経験していない彼等の不安を察知したエリアスの言葉に、全員はただ静かに頷いて作業を続けた。
「ティアナ!連中が攻撃してきたってのは本当なのか?」
橋を渡りきり、大隊本部のテント前に止まった輸送車にツェーザルが近寄り尋ねた。車輌から降りてくるアマデウスや班員に続いてティアナが出てきた。全員の表情は疲れを見せており、ティアナは自分の足に躓くと、ツェーザルに倒れかかった。
「でなくちゃ、私達は帰って来てない…今頃…正装してアマデウスさんの交渉を見てた」
抑揚の少ないティアナの言葉は、帰還までの間にかなりの回数の戦闘と遭遇した事を表しており、閉じかかった瞳を無理に開けて彼女は話していた。
「連中だって同じ魔族だ!内戦で、同じ魔族で、同じ感情の有る人間同士の殺し合いなんだぞ!ちっとは罪悪感で…」
「斥候連中と何度も遭遇した…端から連中は話し合う気なんて無かった…」
「糞がっ!俺達の敵はヒト族連中だってのに!何なんだよ!」
力無い彼女を支えながら、侵攻する南軍に悪態を付いた彼は交渉班全員を見た。
殆どの隊員は衛生兵や看護士に介抱されており、怪我が無いと気丈に振る舞っていても精神的疲労を隠せて居なかった。
「同族を撃つのだから…しかも、無意味な突撃ばかり…仕事だって解っても、気だって滅入るよ」
「どうかしてるよ…俺達も、敵さんも…」
胸の中でも全員の疲労を庇うティアナに、ツェーザルは解っていると言いたげに頷き言った。その彼の胸に、彼女は一発力無い拳を当てた。
「解ってないのは…南の将兵だけだよ!皆、死にたくないって…叫びながら…」
逃げ切る為とはいえ、一方的に虐殺に近い攻撃をした記憶が過った彼女は鼻をすすり息を荒くした。そんな彼女の顔を誰にも見えないように抱くと、ツェーザルは彼女の頭を何度も撫でた。
数分程過ぎ、彼女は静かになった為彼が確認すると、彼女は泣きながら眠っていた。
「ツェーザル…大隊や陸軍の砲兵隊には警戒を指示した。君は橋で指揮を取って欲しい」
眠ったティアナを看護士に託したツェーザルに、近寄りながらハルトヴィヒが声を掛けた。
「嫌だって言ったら?」
「俺が行くが…お前はここで指揮を取って貰う」
「なら…俺が行くよ、大隊長殿。戦わないのは性に合わない」
本当の戦争という事に緊張した彼の言葉は、余裕が殆ど無かった。内戦はおろか、本当の意味で戦闘を経験していない彼等からすれば、これが初めての実戦と言えた。
「俺が指揮すりゃ、全員生きて帰れるからな!」
「適材適所だ!頼んだ!」
ハルトヴィヒの言葉へツェーザルは気軽に返した。だがハルトヴィヒは彼に握手を求め、彼も軽く息を吐きながら首を振ると握手した。
「総統に伝えておいてくれ…こんな馬鹿な事、早く終わらせてくれってな!」
本部テントへ装備を取りに歩き始めたツェーザルは、ハルトヴィヒに前を向いたまま言った。
「この前来た時言ったよ!お前の名前でな!」
「俺がお前を嫌いなのは、そういう所だ!」
振り向いてハルトヴィヒを睨んだは彼は、数秒後にお互い笑いだした。再び行だしたツェーザルにハルトヴィヒは敬礼すると、彼もまた手を上げて答えた。
「さぁ、来い賊軍共…戦争を教えてやる…」