第四幕-4
夜中にルーデンドルフ橋の防衛線に到着したアマデウス一向は、夜が明けるまで休息を取る事となった。
「ブリッツの数が足りないのは解りました。ですが、装甲兵員輸送車へ乗り換えろとはどういう事ですか?」
慌ただしい早朝に、積み込む武器弾薬の確認をしようとしたティアナへ、ハルトヴィヒが車輌交換を通達したのだった。
「出発時はこいつを使ってたんだがな…装甲は素晴らしいし、総統のお心遣いは有り難いが…相手が銃火器を使わないなら、ブリッツの方が人を乗せられる」
ハーフトラックの装甲車輌を指差すと、彼は気まずい笑顔を見せながら彼女に書類を渡した。速度が比較的遅い装甲兵員輸送車にうっすらと難色を示したティアナだったが、既にハルトヴィヒの部下達が作業を始めているのが見えた。
その光景と彼の笑顔に、彼女は苦笑いをしつつ書類を確認してサインした。
「ならせめて、MGの弾薬を2箱くらい追加しておいて下さいね」
ハルトヴィヒの顔面に指で2を示しながら、ティアナは集積された弾薬から弾帯箱を運んだ。
「それぐらいで良いのか?迫撃砲の1つくらい…」
補給する火器弾薬に関する書類へ書き足していた彼は、作業に加わる彼女に声を掛けた。
その言葉へ首を横に振ると、ティアナは朝の喧騒に目を覚ましテントから出てきたアマデウスの元へ向かった。
「戦いに行く訳じゃないんですから…それに、雑兵相手に炸薬の有る兵器は勿体無いですよ。ただ撃てば良いんですから」
振り向き様にハルトヴィヒへ言った彼女の表情は、冷たい瞳の笑顔だった。
積み替えを終えて朝食を取り次第、ティアナ達はウルムガルトへ出発した。アマデウスとティアナが指揮する全7人の護衛班は、予定より早く出発したにも関わらず移動に遅れが発生していた。
「誰だよあんな地図書いたの…こんな支流が有るなんて書いて無かったぞ!絶対、適当に書いたよあれ!」
「あ~揺れる…う~、気持ち悪い…」
「コージモ、吐くなよ!お前それでもツバメかよ!三半規管弱すぎだろ!エリアスも、ぼやいてないで背中さすってやれよ!」
「あんたら、五月蝿いよ!どうして7日もこんな車内で騒げるの?たくっ…寝てるミヒェルを考えなさいよ…」
ウサギ獣人の少女がハーモニカで、振動が来る度ぎこちなく歪むキラキラ星を奏でる中、残りの5人は思い思いに現状を過ごしていた。
彼等の移動には問題があり、それはライン川の支流だった。比較的大きな支流は西側の源流付近に集中していたが、ニースヴァイセン下の南側には小さな支流がいくつかあった。その支流やぬかるんだ道で速度を出せないハーフトラックは、スタックこそしなかったが移動に遅れを生じさせていた。
それでも移動するしかない彼等は、4日間未舗装の道を揺られながら移動を続けていた。
「ドロテーアさん…ハーモニカ上手いね。どこで習ったの?」
2日目から兵員室に広がる倦怠感に耐えられなくなったアマデウスが、夜空を見上げるのを止めハーモニカを吹くドロテーアに声を掛けた。彼女はアマデウスの言葉に数回耳を動かし、演奏を止めた。
「独学…仕事で…貧民街で吹いてると、おじさん達がお金くれたから…]
まだ幼さの残る表情は、嘗ての記憶に曇った。それでも、声は明るい物であった。
「今は趣味…好きに吹ける…総統のお陰」
赤い頬に笑顔を乗せて、彼女は手の中のハーモニカを撫でた。舌足らずで感情が薄いが、タレ目を細める彼女は喜びを表していた。
「珍しい…ドロテーアが話してる。いつも吹いてるかボーッとするかだけなのに」
「リリー…五月蝿い…」
いつの間にか静かになっていた兵員室は驚きで満ちていた。
その沈黙や、悪魔のリリーの呟きに口をへの字に曲げると、ドロテーアはそっぽを向いた。
「ごめん、悪かったって!ねぇ、ドロテーア?何か皆が好きそうなの吹いてよ!」
彼女の態度に、機嫌を直そうとしたリリーが抱きつき曲のリクエストを掛けた。
「何で国歌?」
ヘソを曲げたドロテーアが淡々と国歌を吹く中、突っ込みを入れたアマデウスは運転席のマックスとティアナを見た。
「あの支流がここで…後ろの平地がここだから…そろそろ近くの森林に入るはず…」
「となると、このまま南に進めばウルムガルトですか」
「そろそろウルムガルトなのかな?」
助手席で位置を確認するティアナと、ハンドルを握るマックスにアマデウスは声を掛けた。
2人は小さく頷くと、ティアナは腕時計を見た。
「20:45…なら明日の昼には着きますよ」
「馬車ならどれだけ時間掛かるんだろうね?」
彼女の見立てにふと考えた感想を述べながら、アマデウスは装甲板のスリットから外を見た。
「運転する身としては、考えたくないですよ…」
「止めて休まなくていいの?」
「そうですね…後ろが騒がしくなってきましたし、そろそろ」
運転席で苦笑いをするマックスを見て、アマデウスはティアナへ聞いた。聞かれた彼女は、兵員室で寝ずらそうに寝ている同族のミヒェルを軽く見た。
その姿に納得して頷くき改めてスリットから外を見ると、アマデウスは眉をひそめた。
「ならさ…まだ明かりなんて見えないよね?だとすると、あれって何だろ?」
スリットで視界が狭い事を忘れて、彼はその明かりを指差した。
「アマデウスさん…ここに明かりが有るなんて…」
「確かにある!それに、あれは松明とかでもないぞ!11時半の方向!」
マックスが彼の言葉を疑いながら前方の確認をしようとすると、それより先にエリアスが叫んだ。
彼の言う通り、その明かりは松明等の照明にしては小さかった。更に、その小さな明かりはまばらに増えていた。
その事に嫌な予感を背筋に感じたティアナは、驚くマックスの肩を叩いた。
「後退する!旋回急げ!」
先の森に1列で広がる長い明かりが揺らめいた時、彼女は車内で目一杯に叫んだ。それと同時に、遥か先に見えていた明かりは一斉に空中へ打ち上げられた。
「火矢か!伏せろ!」
荒く社内が揺れる中、エリアスが叫けび全員が車内で隠れた。
オープントップの兵員室は上方から降って来る攻撃には無力だった。
「一体何が?」
「敵です…戦闘です…」
自分より小柄なドロテーアに庇われ、複雑な表情を浮かべていたアマデウスは、初めての戦闘に顔を強張らせた。火矢の雨が手前の大地にふりそそぐのを見ながら、マックスは車輌を旋回させて退却しようとした。
「迫撃砲…貰ってくれば良かった…」
ティアナの後悔と共に、休息は遥か先になった。