第四幕-3
「ブリッツの乗り心地ってこんな良かったっけ?」
6月2日の早朝に帝都を出発したアマデウスは、トラックの荷台で幌の隙間から沈み行く夕日を見詰めていた。その荷台には、糧食等の物資が積まれているだけで、アマデウス1人だった。
「リヒャルダちゃんは運転荒いですから。彼女の周りは疾風怒濤って感じの人ばかりですし…」
「アマデウス副総統、これでもかなり飛ばしてた方なんですけどね」
助手席に座るティアナと、運転するマックスが黄昏るアマデウスに声を掛けた。マックスの"飛ばしてる"という言葉に、彼は小窓から運転席を覗いた。
「そんなに飛ばさなくても、予定では到着しても1日2日は余裕があるよ。無理しなくても…」
「何を言っているんですか…相手は南方貴族の賊軍ですよ。卑怯な手を使って来るかも知れないんですから、早めについて対策を取らないと」
アマデウスの気遣いに、マックスは個人的な感謝と親衛隊としての警戒を混ぜた微妙な表情を浮かべ言った。
「馬車より遥かに早いから、そろそろルーデンドルフ橋ですよ。飛ばしたお陰で夜中には到着です」
そんな2人の横で、小窓のアマデウスにティアナは呼び掛けると前方を指差した。その指先には、夕日に輝く水面とその光を受ける鉄橋の姿が見えた。
鉄橋は長さ300m以上あるワーレントラス橋であり、かなりの幅があった。そんな橋の周辺には土嚢と塹壕が掘られ、機関銃陣地や迫撃砲陣地まで作られていた。
遠目に見ると、土嚢の陣地は橋の上にも存在し、それら陣地には無線機や有線電話が設置されていた。その橋から200mほと離れた場所に、電灯と1台の装甲指揮車とテントが張られた指揮陣地があった。
陣地近くには糧食班が全員の朝食の調理と運搬の用意をしているのが見えた。
「これが…帝国軍…」
広大に広がった防衛陣地に驚くアマデウスは、停車する勢いに合わせて位置を確認する前席の2人の地図を覗いた。
「武装親衛隊仮設第一大隊がここ…帝国陸軍砲兵中隊があそこ…なら、私達はここかな?」
「着くのは夜中ですかね?ついでに夕飯の残り貰っていきますか?」
「それは良い考えだね!」
ティアナはコンパスを見て双眼鏡を覗きながら地図を指差し現在地を確認し、その結果にマックスは軽口を言った。それに賛同するアマデウスと頷くマックスに、うっすらと笑った彼女は手に持つ物を全てしまうと腕時計を見た。
「いい考えかもね。けど、弾薬の積込と班との合流もあるから」
そう言うと、彼女はマックスに発車の指示を出した。
「S・A6、こちら外交班、送れ。S・A6、こちら外交班、送れ」
朝食を逃した2人を横目に、備え付けの無線機のマイクを取り交信を求めた。
「外交班、こちらS・A6、ハルトヴィヒだ。ティアナ少尉か?予定より早い…いや、かなり早いぞ。予定では明日の早朝到着の筈ではなかったか?送れ」
「S・A6、こちら外交班、随分飛ばしましたよ。法定速度が施行前で良かったです。到着予定は2100頃ですので、班員への声かけと弾薬の用意をお願いします。送れ。」
「外交班、こちらS・A6、1830 通信手HG 了解。まだまだ準備に手間が掛かる。ゆっくりと来てくれ。終わり!」
ティアナの到着に驚くハルトヴィヒへ、彼女は連絡を付けるとマイクを戻すと座席にもたれ掛かった。
「本当に…これから戦争が始まるのか…」
軍務通信に、身を強張らせたアマデウスが呟いた。
それは恐怖と言うよりは、自分達が変化する時代の当事者という事を改めて理解したという感想だった。
「これは戦争じゃありませんよ…」
そんな彼の感想に、ティアナが静かに言った。その言葉は、普段の温和な口調と一転して冷たく暗かった。その言葉に、アマデウスは視線を釘付けにされ、マックスは横目で彼女を一瞬見ると運転に集中した。
「子供みたいな大人の、身勝手な我が儘を正すだけです」
笑みを浮かべて続けた彼女に、ギャップで車内は凍り付いた。