第四幕-2
ガルツ王国の首都であるザクセン=アンラウ州のハレブルクからフランケンシュタイン卿に、王からの命令が届いたのは5月30日の事だった。
「ザクセン=ラウエンブルクの命なら…やむを得ないか」
マーデン=カールスベルク州都であるウルムガルトの後方にある要塞の指令室で、オーガであるフランケンシュタインは額から伸びる1本の角を撫でた。
片手に持つ命令書を見詰めるその表情は明確な不服が表されており、彼は目の前でふんぞり返る人物を睨み付けていた。
「フランケンシュタイン卿…ここの兵は数が少ない。そもそも、卿は要塞の指揮官であり、兵は守る事しか知らぬ。だから、この私テンペルホーフとその軍が居るのです!」
「貴方の兵は私の半分程でしょうに…」
円卓の反対側でテンペルホーフがフランケンシュタインを見下す様に言うと、隣に座るシンデルマイサーが付け加えた。
その言葉に不機嫌になると、彼はフランケンシュタインから命令書を摘まみ取った。その態度に腹が立ったフランケンシュタインは、沸き上がる怒りを深呼吸で抑えると、副官へ指を鳴らした。その音は常人の音より倍の音量の為、円卓に座る2人驚きで肩を震わせた。
「閣下、どうぞ」
副官の悪魔族の男が、彼の前にコーヒーを置いた。そのカップを彫りの深い顔で睨み付けると、フランケンシュタインはゆったりとした動きでそれを掴んだ。
圧のある彼の動きに、テンペルホーフが褐色の肌に一筋の汗を流し、シンデルマイサーは顔を青くした。
「命令ならば仕方ない。我が軍は君達の軍を支援し、先方を譲ろう」
コーヒーを静かに飲んだフランケンシュタインの言葉に、張り詰めた空気が去ったのを感じた2人は肩の力を抜いた。
「だが、1つだけ聞かせて貰おう。交渉に出向く卿が、何故軍を率いてウルムガルトに向かうのか?」
そんな気の抜けた2人へただ静かに、そして刺すように言った彼の言葉が再び空気を冷たくした。
「フランケンシュタイン卿…私は交渉の為に来たとは言え商人。戦えない以上は護衛が必要であって…」
「たった1人の護衛に2万か?」
「北の卑怯者達が軍勢で来るかも知れません。保険も無しに…」
「それなら、ここに早馬で伝令を出せば良い!礼儀も知らぬ若造が口を挟むな!」
フランケンシュタインの怒りに、言い訳を言っていた2人は口を接ぐんだ。
「賊を討つのに、礼儀も何も有りはしないでしょう?そんな腰抜けだから、支援を命じられ巣穴に隠るしか無いのですよ…」
静かになったのも束の間、テンペルホーフが呟いた。
その彼の侮辱に、フランケンシュタインは立ち上がりテンペルホーフへ歩み寄ると彼の胸ぐらを掴んだ。
「言ってくれるじゃないか…侯爵の腰巾着の分際で!」
「巣穴を守る事しか出来ない毒蛇よりは遥かに有効ですな!用は済みました。私達はこれで失礼する!」
フランケンシュタインの手を払い、テンペルホーフは敵意を剥き出しにしながら指令室を去っていった。
「先程の発言は、王に報告させてもらいますよ」
「勝手にしろ、太鼓持ちが!」
怒りに任せて乱雑に腰を下ろした彼に、シンデルマイサーが付け加えると足早にテンペルホーフの後を追った。小走りの後ろ姿に、フランケンシュタインは頭を抱え両肘を円卓に突いた。
「腰巾着と威勢だけの若造が…戦果に目が眩みおったか…」
「しかし、不味いのでは?使節を軍勢で迎えるなんて…奴等の事ですから、暴走してそのまま開戦では?」
「所詮はザクセン=ラウエンブルクに媚を売る為か…勝てば良いという物では無いだろうに」
「大陸初の内戦ですから…」
フランケンシュタインの嘆きに、副官が疑問を呈した事で部屋は暗い雰囲気に包まれた。
「ウルムガルトの状況は?」
「まだ何も…ですが、早馬を送って避難勧告を出しましょう」
静かに副官へ尋ねた彼は、抱えていた頭を起こしコーヒーカップを掴んだ。
「奴等…早まった事をしなければ良いがな…」




